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疾風怒濤の悪役令嬢  作者: 小湊拓也
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第183話

 翼を備えた生き物である。

 白い羽毛の翼、黒い皮膜の翼。各々、一対ずつ。

 計四枚の翼が、巨大な背中から広がっているのだ。


 空は飛べまい、とドルフェッド・ゲーベルは思った。

 飛べたとしても、のたのたと重そうに浮かび上がる、無様な動きにしかならないだろう。


 この巨体ならば、地上を動き回る方が遥かに速い。

 瞬発力の塊である筋肉が、巨大な全身あちこちで躍動している。


 躍動する豪腕が、ドルフェッドの部下たちを薙ぎ払う。

 二人、三人と、砕け散った。


 武装した屈強な男の肉体が、複数。破裂した臓物や脳髄の飛沫を大量にぶちまけながら、原形を失ってゆく。


 血まみれの拳が、臓物の絡み付いた手刀が、ドルフェッドにはようやく見えた。

 部下たちを直撃・粉砕した、その瞬間には見えなかったのだ。


 ベルクリス・ゴルマーの鎖鉄球に匹敵する、徒手空拳の豪腕。

 破壊力と速度、両方を生み出す筋肉を、全身で隆起させた怪物である。


「……平伏せよ。我は、国王なるぞ」

 獣の鼻面のように迫り出した口吻が、牙を剥き、言葉を発する。


 獅子、に似ている。

 頭髪と髭が完全に繋がり、豊かな鬣を成しているのだ。

 その鬣を割って四本、斜め後ろ向きに角が伸び、それはどこか王冠を思わせなくもない。


「平伏せぬ、とあらば……叩き潰し、這わせねばならぬ」


 それは、角ある獅子の頭部を有する巨漢であった。

 隆々たる全身の筋肉は、猛々しく躍動する度に敏捷性と怪力を生み、殺戮をもたらす。


 周囲には、すでに十を超える屍が散乱していた。

 皆、人の形をとどめていない。

 潰れた肉塊である。死体と言うより、人体の残骸だ。


 ドルフェッドの部下たち、である。

 王弟ベレオヌス・シオン・ヴィスケーノ公爵の私兵隊。

 なりふり構わず金で集められ編成された、ヴィスガルド王国最強の戦闘集団。


 それが今、殺害と言うより粉砕されつつある。

 長き眠りから覚めた、怪物によって。


 王都ガルドラント。

 かつてゴルディアック家の大邸宅であった場所の、地下である。

 大邸宅そのものは地上から消え失せたが、地下の、この奇怪な空間は残っている。


 常時、巡回のために人員を割いてまで、この場所を警戒していたのは正解だったとドルフェッドは思う。

 そうしていなければ、この怪物が人知れず王都へ解き放たれていたところである。


 つい先頃まで、ここでは一人の男が透明な柱の中にいた。

 その柱が砕け散り、男は解放された。


 そして。

 外気に触れて変質したかの如く、男は人外の異形へと変貌を遂げたのだ。


 鬣と角を備えた、魔獣。

 筋骨たくましい背中からは、四枚の翼が広がっている。


 威圧のための翼か、とドルフェッドは思った。

 羽毛と皮膜。二種類の翼は、この筋骨隆々たる怪物を、さらに巨大に見せている。


「貴様たちは、何故……この私に、平伏せぬ」

 国王を自称する怪物が、言った。

「国王たる、この身の行く手を何故、阻もうとする? 不敬の罪、裁いてくれようぞ」


「国王陛下は王宮におわす」

 言いつつドルフェッドは、右手の槌矛を怪物に向けた。

「詐称の罪……この場で、裁いてくれよう。不敬の極み、貴様には死罪を申し付ける」


「国王が……王宮に、いる? と……」

 怪物が、ギラリと両眼を輝かせる。


 獣の如く、口吻の迫り出した顔面。

 だが、人間の原形をとどめてはいる。

 燃え輝く真紅の瞳には、特に。


「その者こそ、詐称の咎人であろう。国王は私だ。ここヴィスガルドは、私が……ギルファラルと共に、作り上げたる王国よ」

「聞け。建国王アルス・レイドック・ヴィスケーノ陛下はな、遥か五百年も昔に亡くなられたのだ」


「五百年……」

 建国王を名乗る怪物が、右手で鬣を掻きむしるように頭を押さえる。

「そう……であった。私は眠っていたのだ、長きに渡り……よもや、五百年もの月日が経っていたとは……」


 攻撃を仕掛ける機会か、とドルフェッドは一瞬だけ思った。

 棘の生えた盾を、左手で構える。


 武装した人体を一番で粉砕する敵の怪力を、この盾で受け流す事は出来るであろうか。


 その後、右手の槌矛を叩き込む。

 そんな安直な手段で、倒せる相手か。


「今、王宮にいるのは……我が、子孫か……ならば会わねばならぬ、か……」

 頭を押さえ、思い悩みながらも。

 歴戦の豪雄アルス・レイドックを自称する怪物は、隙を見せない。


 正面や左右からは、いかなる攻撃を仕掛けても対処されてしまうだろう、とドルフェッドは思った。

 だが、背後ならば。


 熊の如き巨体が、ひとつ。

 熊の如く足取り静かに気配なく、後方から怪物に迫っていた。

 長柄の戦斧を、構えている。


 ドルフェッドの息子、ゼノフェッド・ゲーベルであった。


 この場で生き残っているのは、もはや自分たち父子だけだ。

 増援など、呼んだところで死者が増えるだけだとドルフェッドは判断していた。


 王弟ベレオヌスの栄えある私兵隊、その隊長と副隊長たるゲーベル父子の手で、この怪物を滅殺せねばならない。


 ゼノフェッドが、戦斧を振り下ろす。

 怪物の後頭部を、鬣もろとも叩き割る一撃。


 それが空を切り、床の石畳を粉砕した。

 翼ある怪物の姿が、消え失せていた。


 そう思えた時には、ゼノフェッドは吹っ飛んでいた。

 血飛沫が、散った。


「ぐぅっ……てめ……ッ!」

 ゼノフェッドの巨体が、床に激突し、すぐさま立ち上がる。

 そのまま、がくりと片膝をついてしまう。

 戦斧の長柄に、すがり付く格好になってしまう。


 戦斧で、怪物の攻撃を辛うじて受け流したようだ。

 それでも、痛手を負った。

 受け流しが出来ていなかったら、部下たちと同じ死に様を晒していたところであろう。


 褒めてやっても良い、とドルフェッドは思う。

 とっさの防御を、この息子には幼い頃から叩き込んできた。


 部下たちにも、同じくらい徹底的に訓練させるべきであった、ともドルフェッドは思う。


「……私の攻撃を受けながら、原形をとどめているとは」

 自称・建国王アルスが、消えていた姿を、いつの間にか現している。


 ゼノフェッドによる背後からの奇襲をかわして即、反撃を行う。

 その動きが、ドルフェッドには見えなかった。


 ゼノフェッドを一回り上回る巨体が、隆々たる筋肉を躍動させた瞬間、目視不可能な速度を発揮したのだ。

 そして今、言葉を発している。


「不敬の逆賊ながら見事である。誉れある剛勇の者として、堂々たる死を遂げるが良い」

「化け物が……偉そうなクチ、きいてんじゃねえぞ……」

「私は国王だ。偉大なのだよ。ゆえに、そう振る舞う。当然であろう」


 言葉と共に、怪物が動く……よりも先に、ドルフェッドは踏み込んでいた。


 主君ベレオヌスからは猪とよく言われる、ずんぐりと横に大柄な身体が、盾と槌矛を構えたまま地響きを立てる。


 地響きが一度、起こっている間に敵は死ぬ。潰れている。

 それが自分ドルフェッド・ゲーベルの戦い方である。


 左腕から、盾がちぎれ飛んだ。

 国王を自称する怪物が、ドルフェッドの突進を、豪腕で迎え撃ったのだ。

 羽虫を追い払うような、無雑作な一撃。


 それをドルフェッドは、辛うじて受け流した。

 結果。盾は失われ、左腕に重い激痛が走った。

 骨が、どうやら折れた。


 だが右腕は無事だ。

 理想的な間合いで、槌矛を振るう事が出来た。

 頑強極まる手応えが、返って来た。


「ほう……」

 自称・建国王が、感嘆の息をつく。

 その筋骨たくましい胴体の脇腹に、ドルフェッドの槌矛は深々とめり込んでいた。


 肋骨をへし折り、筋肉を叩き潰した感触。

 握り締めながら、ドルフェッドは青ざめた。


 めり込んだ槌矛が、怪物の脇腹から押し出されてゆく。


 折れた肋骨、潰れた筋肉が、再生回復を遂げてゆく。

 それも感触として、槌矛の柄から伝わってくる。


「誉れ高き、剛勇の士よ。お前たちに存命の機会を授けよう」


 完全に押し出された槌矛を、ドルフェッドはもはや構え直す事も出来なかった。


「我が臣下となれ。選択の余地など、あるまい? 国王たる、この私に仕えるのだからな」

 王を自称する怪物が、この場においては今や、本物の支配者となりつつある。


「父ちゃん……!」

 ゼノフェッドが、立ち上がろうとして失敗し、戦斧の長柄にすがり付く事も出来ずに倒れ伏す。

 血を、吐いていた。


 この場を切り抜けるためには、とドルフェッドは思案した。

 自称・建国王に、とりあえず口約束で忠誠を誓っておくべきか。


 自分も息子も、このままでは殺される。

 部下たちと同じく、人の原形をとどめぬ人体の残骸と化す。

 無駄死にである。


 思いながら、ドルフェッドは気付いた。


 ぶちまけられ散乱した、部下たちの残骸の中に、一つだけ原形を保った屍がある。

 まるで生きているような、綺麗な死体である。


 その死体が、ゆらりと立ち上がった。

 死体では、なかった。


「…………貴様!?」

 自称・建国王が、気付いて振り返る。


 肉食獣の如く鼻面の迫り出した、その顔面にグシャアッ! と凶器が叩き込まれていた。


 二本の、牙剣。

 怪物の潰れた顔面に、埋まっている。


 ドルフェッドは呻いた。

「最後まで、死んだふりをしておれば……貴様一人は、助かったかも知れんのだぞ」


「どうでしょうか、それは」

 左右二本の牙剣を、揃えて右側から叩き込んだ姿勢のまま。

 ガロム・ザグは言った。


「ともかく。おい、建国王アルス・レイドック……の役割を大魔導師ギルファラルから与えられただけの、どこぞの馬の骨よ。建国王の死体に五百年も入り込んで一体、何を企んでいた?」

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