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疾風怒濤の悪役令嬢  作者: 小湊拓也


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第181話

 ヴィスガルド王国の国旗に描かれているのは、勇壮なる騎士の姿である。

 この人物は、翼ある小さな生き物たちに取り囲まれている。


 建国の英雄アルス・レイドック・ヴィスケーノと、彼を守る唯一神の使者、『御使い』と呼ばれる存在である。


 建国王アルス・レイドックは、唯一神の加護を得て魔女王ヴェノーラ・ゲントリウスを討ち滅ぼし、ヴィスガルド王国を興したという。


 であるからして。

 建国王アルスを題材とする後世の芸術作品は、絵画であれ立体物であれ、アルス王本人の周囲に、翼ある御使いを配置したものが多い。


 と言うより、御使いを入れなければ、唯一神教会より苦情が入る。

 そんな時代が、長らく続いたようである。


 国旗の作成・制定にも、教会の意向を入れぬわけにはいかなかったのだ。


 英雄アルス・レイドックの協力者として、まず名前が挙がるのは、大魔導師ギルファラル・ゴルディアックだ。

 広く名を知られているのは、彼のみと言って良い。


 この両名に、当時の唯一神教会が、非協力的であったわけではないだろう。

 ヴィスガルド建国の際にも、教会の権威が必要であったのは間違いない。


 それでも、とテスラー・ゴルディアックは思う。

 教会としては、やはり教会の存在なくしてはヴィスガルド建国は起こり得なかった、という歴史でなければならなかったのだろう。


 思い返せば。

 テスラーが幼き日を過ごした、ゴルディアック家の大邸宅にも、建国王の彫像が置いてあった。

 左右に一体ずつ、御使いが配置されていた。


 アルス王と、左右の御使い。

 三体とも、宝石類や貴金属で、煌びやかに飾り立てられていたものだ。


 豪奢に、派手に。

 いささか胸が悪くなるほどに。


 あの大邸宅は、全てが、そのような有り様であった。


 ゴルディアック家の大人たち老人たちは、自分たちの周囲を、ひたすら煌びやかにする事しか考えていなかった。


 ヴィスガルド王国東部、グルナ地方。

 執政府ゼノゴット城。


 比べれば。この城は、同じ豪奢であっても、かの大邸宅よりは幾分ましだとテスラーは思う。


 城内、入り口近辺の大空間に、小屋ほどもある石像が鎮座している。

 建国王アルス・レイドックと、その左右に控える二体の御使い。

 巨石を、ひたすら精緻に彫り上げたものである。


 宝石や貴金属など、ひとかけらも身に付けていない。

 ただ、石を彫った。それだけの作品だ。


 アルス王は勇壮にして重厚。

 左右の御使いは、目立つ事なく、建国王の補佐に徹している。


 煌びやかさなど一切ない。

 その重厚さで、見る者の心を引き締める。


 ここゼノゴット城は、全体が、そのような趣であった。

 城主バルフェノム・ゴルディアック侯爵の、感性によるものだ。


 そのバルフェノム侯が、石造りの建国王を背景に佇んでいる。

 謁見の間を出て、ここまで足を運び、孫である自分を出迎えてくれている。


 それでもテスラーとしては、この祖父を、全面的に許す事は出来なかった。


 内心はどうあれ、相手は祖父である前に、グルナ地方の領主である。

 拝跪せねば、ならない。


「ただ今、戻りましてございます……バルフェノム・ゴルディアック侯爵閣下」

 テスラーは跪いた。


 二人の同行者が、後方で同じく片膝をつき、頭を垂れる。

 クロノドゥールと、レニング・エルナードである。


 この両名がいてくれる、おかげで自分は冷静でいられる、とテスラーは思った。


「…………全て、無駄に終わりました。この私テスラー・ゴルディアックが非才・無能なるがゆえの失敗でございます。どうか罰を賜りたく存じますが」


 否、あまり冷静ではない。

 言葉に、口調に、敵愾心にも等しいものが出てしまう。


 それを咎めるでもなく、バルフェノムは言った。

「御苦労であったな、テスラーよ。まあ、そう申すな。誰かに罰を与えるとなれば、私はまず己自身を罰さねばならなくなる。ともあれ三人とも、面を上げてくれ」


 言われたので、テスラーは顔を上げた。

 祖父であり主君である人物を、うっかり睨んでしまった。


「ゼイヴァー卿は、どちらに……」

「兵の調練に出ておる。心配せずとも罰など与えておらぬよ。こたびの件で私は、誰かを罰しようとは思わぬ……クロノドゥール、おぬしも御苦労であった」


 ほんの少しだけ、バルフェノムは声を潜めた。

「……書簡は読んだ。アラム・ヴィスケーノ王子、とおぼしき者が現れたのだな?」


「間違い、ありません。バルフェノム様」

 クロノドゥールが答える。

「俺の、個人的な考えを言わせてもらえば……ベレオヌス公の息子なんぞより、ずっと危険だと思います」


「それが本当にアラム王子であるならば、な。まあ、そのような事はあるまい。王太子殿下は現在、王都におられる。アイリ・カナン妃殿下と、それはそれは仲睦まじくお過ごしである」


「…………」

 クロノドゥールは何かを言いかけ、思いとどまったようである。


 テスラーの、もう一人の同行者に、バルフェノムは言葉をかけた。

「お会いするのは……初めて、でありましたな。レニング・エルナード卿」


「バルフェノム侯閣下が、私をご存じとは……」

「旧帝国貴族で、いくらかは情報通を気取る者であれば。貴公の名前は必ず、どこかで聞くものよ」


 バルフェノムは、身を屈めた。

 跪いたレニングと、目の高さを近付けた。


「我ら、帝国貴族の結束のため……水面下で、随分と動いてくれていたのだな」

「……もはや限界でございます。旧帝国貴族と一括りにされがちな方々を、水面下の動きで結束に導く事など……私では、叶いません」


「帝国貴族、あるいは旧帝国貴族。呼び名としては……まあ、後者の方が適切なのであろうな」

 バルフェノムは笑った。


「過ぎ去りし時代の栄光にしがみつくばかりで、先へ進もうとしない。先へ進むため結束する事も出来ぬ。故に、揶揄と嘲りを込められ……旧帝国、などと呼ばれてしまう」


 自嘲、に近い笑みだ。

「新たなる帝国には成れぬ、万に一つも成り得ない。今のままでは、な」


「もはや水面下の動きではいけません。王国全土の旧帝国貴族を、結束へと導く……表立った指導者が、必要なのです。バルフェノム侯爵閣下、貴方様のような」


「私は、そのような器ではない。それよりも」

 バルフェノムは、ちらりと視線を動かした。


 もう一人。

 テスラーたち三名と距離を隔て、いくらか後方で平伏している者がいた。


 間近でバルフェノム侯に拝謁するなど畏れ多い、と言わんばかりである。


 純白のローブに包まれた細身が、深々と床に伏しており顔が見えない。

 それでも、女性である事は見て取れる。


 バルフェノムが、声を投げた。

「そこな御婦人、もっと近くへ来られると良い。テスラーの客人ならば、すなわち我が客人。過度に謙る事もあるまい」


「いや、バルフェノム様。その女を、どうかお近付けになりませんように」

 クロノドゥールが、バルフェノムを背後に庇った。

「……こやつ、化け物です」

「ほう。つまり、戦力か」


「マローヌ・レネクと申します。そちらのクロノドゥール殿には……一度、殺されかけました。まあそれは別にいいんですが」

 女は名乗り、顔を上げた。


 純白のフードの中で、まあ美しいと言える容貌が、微かに痙攣している。

「私は……かつてバステル地方にて、クランディア・エアリス・ヴィスケーノ正王妃殿下にお仕えしておりました」


「なるほど。つまり、そなた……看取ったのだな? 正王妃殿下を」

「…………はい……」

 マローヌは、ここでは、そう応えるにとどめた。


「あの方の御最期に関しては、私としても……思うところ、ないわけではない。後ほど話をしようか、マローヌ嬢」

 バルフェノムは言った。

「人材が増えたのう? テスラーよ。これも私にはない、そなたの人徳かな」


「人と縁を紡ぐ。私は南で、それをしておりました。危うく、全て台無しになるところでしたが……幸い、エルコック・ハウンス殿は生き延びてくれました」


「生き延びたのう。父親に似て、悪運の強い」

「侯爵閣下……エルコック殿を通じて、ベレオヌス公と縁を紡ぐ事は出来ませんか」


「ベレオヌス公を、利用する……か。それは私も幾度、考えた事か」

 バルフェノムは、天井を見つめた。


「王弟ベレオヌス・ヴィスケーノ……あの男は、いかん。利用しようとすればするほど、利用される。危険なのだよ。こちらから縁を持とうとするには、あまりにも」

「だから……可能な限り、勢力を殺いでおくしかない。と?」


「後継者となり得る人間がいるならば。認知される前に、この世から……消しておきたかったのだが、まあそれは良い。テスラーよ、そなたとクロノドゥールには引き続き、人と縁を紡ぐ仕事をしてもらう」


 天井を見つめていたバルフェノムの目が、まっすぐ向けられてくる。


「ヴェルジア地方へ行け。領主メレス・ライアット侯爵を、我が陣営に引き込むのだ。まあ明日で良い。今宵は、ゆっくりと休め。母上にも、顔をお見せしておくのだぞ」

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