表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
疾風怒濤の悪役令嬢  作者: 小湊拓也


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

160/195

第160話

「もう、おやめになってはいかが?」

 シェルミーネ・グラークは、声をかけた。


 強盗の屍が、五人分。周囲に散乱している。

 恐らく五人分であろう。正確な人数は、よくわからない。


 切り刻まれて、いるからだ。

 滑らかな断面が無数、月明かりを受け、生々しい光沢を晒している。


 魔剣・残月をシェルミーネが一閃させるだけで、このような事になってしまった。

 ここまで切り刻むつもりは、なかったのだ。


「御覧の通り、私とっても強い武器を持っておりますのよ。これでは一方的な殺戮にしかなりませんわ。もちろん……一方的な弱い者いじめ、大好きですけれども私」


 まだ大量に生き残っている強盗団が、切り刻まれた仲間たちを遠巻きに見つめ、動きを止めている。

 明らかに、怯んでいる。

 説得の好機だ、とシェルミーネは思った。


「命あっての物種。死ぬ思いで富を獲得したところで、本当に死んでしまっては無意味ですわよ……というお話。こちらのリーゲン・クラウズ殿も、なさっているのではなくて?」


「もちろん、している。こいつらも、それはわかってる」

 リーゲン・クラウズが言った。


「わかってても、やめられない事ってのがな。世の中には、確かにあるんだよ悪役令嬢。お貴族様でも庶民でも、その辺りは変わらないと思う」


「何を……やめられませんの?  こちらの方々は」

「奪って生きるのを、だ」

 口調暗く、リーゲンは言った。


「世の中、仮に平和であったとしても。どれほど人道的で頭のいい御方が、世界を治めていたとしても……人から奪ってしか生きられない連中ってのは、いなくならないと。そうは思わないか、シェルミーネ嬢」


「……いなくは、ならずとも。減らす事は出来ますわ」

 ここで、この強盗たちを皆殺しにすれば。

 人から奪って生きる者を、世の中から減らす事は出来る。無意味な殺戮には、ならない。


 そう思いつつ、シェルミーネは言い放った。

「……ここまで、ですわよ。貴方がたは」


「へっ……どうやら、そのようだなあ」

 強盗たちが、口々に言った。


「殺したきゃ殺せ、ただじゃ死なねえぞ」

「これだけの、お宝がなぁ! 目の前にあるんだぞ!? 命の一つ二つ、惜しんでられるかよおおおッ!」

「金は奪う、奪い損ねたら死ぬ。俺たちはな、ずっとそうやって生きてきた。今更、変えられねえ」


「今からでも、お変えなさいませ」


 隊商員や、リーゲンの仲間の兵士たち。

 荷馬車を守っていた者らが今、こちらに集まりつつあった。

 強盗の人数が減り、荷馬車の防衛に戦力を割く必要がなくなった、という事だ。


 その様をちらりと見渡し、シェルミーネはなおも言った。


「奪おうとなさるならば、奪われまいとする力が必ず働きますわ。奪う者を、この世から排除せんとする力もね。本当は、おわかりなのでしょう? 奪って生きる道には限界がある、という事……だからね、ここまでになさいませと。そういうお話を、しておりますのよ」


「今更……真面目に働けと、働いて生きろと……そう言うのか、俺たちに」

 強盗たちの中には、涙ぐんでいる者もいる。

「そんな事……出来るなら、最初から……」


「出来ずとも、なさいませ。奪わずにゆく生き方を」

 シェルミーネは睨み据え、告げた。

「貴方がたには、ね……他の道など、ありませんのよ」


「道がねえ、だと……おい小娘! 何でテメーが決めつけてやがんだよ!」

 強盗の一人が、凶暴性を剥き出しにした。


 巨体である。生き残った強盗たちの中では、有数の猛者なのであろう。

 大型の剣を振りかざし、叫んでいる。

「ぶち殺すぞ! この……」


 叫び声が、そこで凍り付いた。

 大剣を振るおうとする動きが、硬直している。

 凶悪な顔が、青ざめている。


 猛々しく怒り叫んでいた大男が今、恐怖に支配されていた。

 何を、誰を、恐れているのか。

 眼前の、悪役令嬢か。


 シェルミーネは、何もしていない。

 ただ見据えているだけだ。

 怒りと殺意を視線に込めて、睨んでいる、わけではない。


 冷静に、計算をしているだけである。


 生き残っている強盗団の中では最強かも知れない、この大男を殺害すれば。

 他の強盗たちは、戦意が完全に折れる。なりふり構わず、逃げてくれるかも知れない。

 皆殺しの手間が、省ける。


 そう思いながら、視線を向けているだけだ。


 大男が、後退りをしている。

 追い詰めるように一歩、進み出てみようか、とシェルミーネが思った瞬間。

 大男は、こちらに背を向け、逃げ出していた。


 他の強盗たちが、それに続く。

 シェルミーネの計算通り、戦意を完全に失っていた。


 逃げ散って行く強盗団を見送りながら、リーゲンが呟く。

「別に怒ってはいない、憎悪はない。ただ足元の障害物を取り除く、ように人を殺す……今そんな目をしていたな、悪役令嬢殿。その目で睨まれたら、逃げるしかなくなるわけだ」


「恐がらせる、つもりはありませんでしたわ」

「お見事だよ、まったく」

 リーゲンは、誉めてくれているようだ。


「ハッタリを効かせて、敵を追い払う……ボーゼル侯にだって、なかなか出来なかった事だ。まあ、それはともかく強盗どもは逃げて行く。これが戦なら、追撃をかけて、殺せるだけ殺しておくところだが」


「そんな場合では、ありませんわ」

「そうだな」


 ちらりと、リーゲンは視線を動かした。

 この隊商の主エルコック・ハウンスという人物が、あちらで襲撃を受けているはずであった。


 強盗団は、陽動でしかない。

 敵の本命とも言える戦力が、エルコックの方へ向かっている。


「クロノドゥールが付いているから、心配ないとは思うが……俺たちも、行こうか」


 動きかけたリーゲンを、何者かが呼び止めた。

「待ってくれ、リーゲン殿……それに、悪役令嬢」


「お前……」

 リーゲンが、目を見開いた。


 三人、こちらに歩み寄って来たところである。


 一人は、若い兵士だった。

 隊商の護衛、ではない。

 リーゲンにとっては不倶戴天の敵、とも言える相手の一人である。

「……どうした、今日は兄貴たちと一緒じゃないのか」


「兄貴たちは、死んだよ」

 平然と、ドメル・オーグニッドは言った。

「俺も死にかけたが、ミリエラ嬢に助けてもらった。まあ……兄貴たちの事は、とりあえずいい。それよりも」


 他の二人は、少女である。

 一人はミリエラ・コルベム。

 そして、もう一人は。

「ゲラール家の御令嬢だ。御身の安全確保を、あんた方に頼みたい」


「…………フェアリエ・ゲラールと申します」

 消え入るような、声であった。

 幻影ではないのか、と思えてしまうほど儚げな少女である。


「シェルミーネ・グラークと申しますわ。貴女は、ペギル・ゲラール侯爵の」

「……………………孫です…………」

 その口調から、シェルミーネは読み取った。


 ロルカ地方領主ペギル・ゲラール侯爵は今もはや、この世にはいない。

 何かが、起こった。

 ドメルの兄二人も、そこで死んだ。


「皆殺し……に等しい事態が、起こりましたのね」

 シェルミーネは言った。


 ドメルが、呻いた。

「俺一人……こうやって無様に逃げている最中と、そういうわけだ」


「フェアリエ嬢を、守ってこられたのでしょう?」

 などとシェルミーネが言ったところで、ドメルにとっては慰めにもならないだろう。


 フェアリエ・ゲラールが、じっと見つめてくる。

「同姓同名の別人、では……ないんですね。本当に、グラーク家のシェルミーネ嬢……」


「ええ、そうですわよ。悪行三昧で実家からも見限られて家出の真っ最中、惨めな悪役令嬢シェルミーネ・グラークでございますわ」

 シェルミーネは微笑んで見せた。


 フェアリエも微笑んだ、のであろうか。

「私……貴女が、眩しかった」


「フェアリエ嬢は……花嫁選びの祭典に?」

「出場して、最初の方で脱落しました。その時の私の名前は、フェアリエ・ゴルディアック……信じられますか? 私、ゴルディアック家の代表者だったんですよ」

「そうでしたの……」


 ゴルディアック家からも一人、令嬢が出場しているとは聞いていた。

 いつの間にか、いなくなっていた。

 シェルミーネの取り巻きの中にも、いなかった。


 フェアリエが、今度は明らかに微笑んだ。

「シェルミーネ嬢は……私なんて、眼中になかったでしょう?」


「ふふっ。あの時の私にはね、小生意気な平民娘アイリ・カナンしか見えておりませんでしたわ」

 シェルミーネは言った。


「フェアリエ嬢。貴女も、私と同じですのね……忌々しい平民娘に、してやられて。お仲間、という事にさせていただきますわ。御身の安全、私がお守り致しましょう」


「私……自分の力で、戦いたい……」

 フェアリエの儚げな容貌から、微笑みが消えた。

「私には……その、力が……あるのかも……」


「このお嬢様の言う事は真に受けねえでくれ。ご家族を亡くしたばっかりでな、心が落ち着いてねえ」

 容赦のない事を、ドメルが言った。

 フェアリエは、俯いてしまう。


 シェルミーネは、問いかけた。

「ミリエラさん、ヒューゼル殿は……」

「戦いに」

 ミリエラが言いかけた、その時。


 轟音が、聞こえた。

 複数の人体を、粉砕する音。


 この音を発する者と、ヒューゼル・ネイオンは今、戦っているのだろう。

 この音を発する者が、フェアリエの祖父を、ドメルの兄二人を、殺したのだろうとシェルミーネは思った。


 声が、聞こえる。

「答えよ。私に、教えるのだ……死せる人間は、どうすれば……生き返る?」


「…………ジュラード……! そう、貴方が。このような場所に」

 禍々しい名を、シェルミーネは呟いた。


「今度こそ。教えて差し上げなければ、いけませんわね……死んだ人は、生き返っては下さいませんのよ」


「………駄目、なのですか?」

 フェアリエが、か細い声を漏らす。

「お祖父様も、お母様も……戻って来ては、下さらないのですか? 私が、何をしても……」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ