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疾風怒濤の悪役令嬢  作者: 小湊拓也


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第16話

 ヴィスガルド国王エリオール・シオン・ヴィスケーノは、一言で表現するなら『無難な人物』であった。


 国を作り上げ、発展させてゆくには、『有能な君主』が必要である。

 建国者アルス・レイドック・ヴィスケーノや、先の叛乱者ボーゼル・ゴルマー侯爵の如き、野心ある英雄の存在が望まれる。


 国を維持するためには、しかし際立ったものを持たぬ『無難な君主』が必要となる場合もある。

 オズワード・グラークは、そう思っている。


 5代前のグラーク家当主ガイラム・グラークは、英傑ではあったが暴君と紙一重の人物であったという。

 当時のグラーク家は、戦争ばかり行っていた。


 代々、戦争と謀略で獲得してきた領地を、グラーク家は自分オズワードの代でことごとく失った。


 結局、自分が娘シェルミーネを、花嫁選びの祭典になど行かせたのが原因なのだ。

 あの娘は、他人を蹴落として這い上がるような事には向いていない。悪役令嬢などとは、口で言っているだけである。

 それでも準優勝。褒めてやるべきではあった。


 優勝者に向かって今、オズワードは跪いている。

「グラーク家の大馬鹿者シェルミーネと……打算無き友誼を結んで下さった事。まずは、ありがたき幸せにございました。アイリ・カナン・ヴィスケーノ王太子妃殿下」


 王族の墓所として、ふさわしいとは言えない。

 辺境ドルムト地方の、鄙びた教会墓地。

 可愛らしい、とさえ思える小さな墓碑の下で、王太子妃アイリ・カナン・ヴィスケーノは眠っている。


「おかげ様をもちまして、あやつ……貴女様のおられぬ世界に、耐えられなくなってしまいました。どうしようもなき寂しがりの馬鹿娘でございます」


 王都ガルドラントを目指して、シェルミーネは旅立った。

 親友アイリ・カナンの死に関し、何らかの決着を付けなければ、あの娘は一歩も先に進めないのだ。


「貴女様こそは……アルス王やボーゼル侯の如き暴力を持たぬ、だが紛れもなき英傑であられた。我らグラーク家が王都に在れば、アイリ・カナン殿下……貴女様を、何としてもお護り申し上げたものを」

 目を瞑り、うなだれ、亡き王太子妃にもうひとつ祈りを捧げた後、オズワードは立ち上がって歩き出した。


 フェルナー・カナン・ヴィスケーノ王子は現在、ジルバレスト城にて領主夫人アルテミラ・グラークによる庇護のもと、健やかに過ごしている。


 ガルドラント王宮では、アイリ妃の偽物が今のところ充分な仕事をしているのだろう。適当な赤ん坊が、フェルナー王子に仕立て上げられているのだろう。


 アイリ・カナンは今日も元気に、その幸せな姿を王都民に顕示し続けている。民の希望で、あり続けている。

 そういう事に、なっているのだ。


 だが、いずれは発覚する。


 王国民の希望アイリ・カナンが、事もあろうに殺害されたのだ。

 民は怒り狂う。

 先のボーゼル・ゴルマー侯爵の叛乱をも上回る事態に、なりかねない。


 そうなった時、アイリ妃の遺児を抱え込んだグラーク家が、無関係でいられるはずはなかった。

 備えは、万全にしておかなければならない。


 墓地を出て、教会の礼拝堂に入る。

 そこで、オズワードを待っている者がいた。


「来ましたよ、父上。暗殺者です」

 長男ネリオ・グラークである。

 この息子が報告に来た、という事は、すでに片がついているという事だ。


「フェルナー殿下も母上も、ご無事です……申し訳ありません、迂闊でした。まさか城にまで入り込まれるとは」

「致し方あるまい。ドルムトは、人の出入りをさほど厳しく取り締まっているわけではないからな」

 ただでさえ、豊かではない土地。人の出入りにまで制限をかけたら、なお貧しくなる一方である。


「50人でした」

 ネリオが言った。

 暗殺者の人数なのだと、オズワードは一瞬、気付かなかった。


「……赤児1人を亡き者にする、ためだけにか」

「アルゴ・グラークのいる城に、入り込もうと言うのですからね。金を惜しまず、腕利きの殺し屋を集めたのでしょう」


 ネリオは、微かに苦笑した。

「50人のうち、少なくとも30人はアルゴの奴が1人で片付けてくれました。生き残った者たちの口から、ベレオヌス公爵の名前が出てしまったのですよ父上」

 拷問をしたのか、という問いかけをオズワードは呑み込んだ。

 グラーク家の臣下には、汚れ仕事を専門に行う者も大勢いる。


「ベレオヌス公、か。思った通りの名前ではある」

「お会いした事はありません。まあ、悪い噂しか聞こえてこない御方ではありますが」

「ほぼ噂通りの人間、と思って良かろうな」


 ベレオヌス・シオン・ヴィスケーノ公爵。

 国王エリオールの実弟である。


「この国の王侯貴族が多かれ少なかれ抱く、民に希望を与えてはならぬという思想……それを最も露骨に体現なさった御仁よ。平民の娘が生んだ王子など、確かに許してはおけまい」

「……まさか、王太子妃殿下も」


 アイリ妃を殺害した刺客は、兵士ガロム・ザグが討ち取った。

 もし生かして捕らえていたら、ベレオヌス公の名を聞き出す事が出来たのだろうか。


 ネリオが、口調を改めた。

「もうひとつ御報告……シェルミーネが、ゲンペスト城に入りました。やはり放ってはおけぬようで」

「ゲンペスト城、か」


 ヴェルジア地方の後任領主メレス・ライアット侯爵には、厄介な物件を押し付けてしまった。

 手を触れぬように、とは伝えてある。


「かの城に誰か立ち入ったところで、まあ即座に何かが起こるわけではない」

「ええ。ゲンペスト城の地下深くにあるものは……ガイラム・グラーク侯爵が、しっかりと封じて下さっています」

 梟雄として知られる父祖の名を、ネリオは口にした。


 ゲンペスト城の地下空間。

 己の5代前の当主が、朽ちかけた剣を石畳に突き立てたまま、白骨死体と化している。

 その様を目の当たりにした時、オズワードは根拠もなく確信したものだ。


 ガイラム・グラークが、己自身を蓋として、何かを地下深くに閉じ込めていると。

 それを、決して解き放ってはならないと。


 同じものを、シェルミーネも見るだろう。あの娘は一体、何を思うのか。


 ともかく。ゲンペスト城に関してオズワードは、調べられる事は調べてみた。

 だが、何しろグラーク家の当主である。

 7つの地方を支配する大領主として、オズワードは多忙であった。

 古城に関する調べ事など、している暇はなくなった。


 それが突然、暇になったのは2年前である。


「何しろ支配地が7分の1になってしまいましたからね。私も暇になりましたから、色々と調査をいたしましたよ」

 ネリオは、いささか得意げである。

「やはり父上の最初のお見立て通り……ゲンペスト城の地下にあるのは、帝国時代の遺構です」


「まるで、そこに重石を載せるが如く、エンドルム家はゲンペスト城を築いた」

「エンドルム家は、旧帝国系貴族の中でもかなり大きな方……どうやらね、その遺構を管理と言うか封印する役目を担っていたようです」

 その役目を百年前ガイラム・グラーク侯爵が、引き継いだのか、奪い取ったのか、押し付けられたのか。


「で、問題は……その遺構というものが、そもそも何であるのかという事ですが申し訳ありません、それは確証が掴めるまで今少しお待ち下さい」

「確証に至らぬものは、掴んでいるのだな」


「……帝国時代最後に行われた、花嫁選びの祭典。それに関わりあるもの、である可能性が高いとだけ申し上げておきましょう」


 帝国時代最後の、花嫁選びの祭典。

 とある歴史人物の名前が一瞬だけ、オズワードの脳裏に浮かんだ。

 帝国滅亡の元凶、と言われる人物。


 オズワードは軽く、頭を振った。

「……何にせよ。メレス・ライアット侯爵には、とんだ大荷物を押し付けてしまったものだ」


「ライアット家も、何と申しますか、色々と噂の聞こえてくる方々ではあります」

 それら噂の内容を、ネリオは口にしようとしない。


 現当主メレスの父シグルム・ライアット侯爵は、国王エリオールの片腕とまで言われた人物である。

 宰相ログレム・ゴルディアックと並ぶ、国政の要であったと言って過言ではない。


 それほどの人物が、ある時、謎の死を遂げた。


「シグルム・ライアット侯爵の死に関しても、様々な説が飛び交っているようですね。事故、それに暗殺」

「……暗殺か。あの男を暗殺するのは、並大抵の事ではないぞ」

「王国有数の剣士、と言われてはいたようですが……父上は、シグルム侯をご存じで?」

「戦いぶりを1度、目の当たりにした。左右2本の剣で、賊徒の群れを切り刻む……恐るべき使い手であった」

「二刀流ですか。まるで、ガロム君のような」

「速度、正確性、殺傷力、全てにおいてガロムよりも一段階は上であったな」


 それほどの剣士が、死んだ。


 息子メレスの代になって、ライアット家はヴェルジア地方の領主に封ぜられた。

 王宮から、遠ざけられたのだ。


 現在、王国の政治を一手に司っているのは、宰相のログレム・ゴルディアック侯爵である。

 無難であっても決して無能ではなかった国王エリオールが、いつの頃からか覇気を失い、ログレム侯に全てを一任と言うか丸投げするようになってしまった。


 ログレムと並んで国王配下における双璧を成していたシグルム・ライアット侯爵は2年前、花嫁選びの祭典が行われていた頃には、地方から見ても明らかなほどに冷遇されていた。

 国政に関わる地位から、完全に外されていた。

 国王の不興を、買っていたのだ。


 そして祭典終了後、シグルム侯は亡くなった。

 独裁を目論む宰相ログレムによる謀殺、とも言われている。


 息子メレスは、何を思うのか。


 数日前、彼がジルバレスト城を訪れた際には、その事には全く触れられなかった。

 メレスはただ、シェルミーネとの結婚を求めてきただけだ。


「メレス侯爵はどうやらゲンペスト城で、シェルミーネと行動を共にしているようです」

 ネリオが言った。


「我が家の悪役令嬢に、本気で御執心と見えますね。今後も、あいつの旅に同行しかねませんよ。領主の地位を放り出して、ね」

「ふん。そうなれば、我らがヴェルジアを取り戻す好機と言えなくもないが」


 ある事に、オズワードは気付いた。

「……ネリオよ。お前に逐一そのように情報を送って寄越す者たちが、ヴェルジアに残っているのか?」

「ヴェルジアだけではありませんよ父上。クラム地方やバスベルド地方にも、我らグラーク家はしっかりと根を張っております」

 ネリオが微笑む。


「父上に、その気がおありなら……没収された6つの地方、今すぐにでも取り戻す事が出来ますよ」

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