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疾風怒濤の悪役令嬢  作者: 小湊拓也


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155/196

第155話

 隊商の、夜営である。

 高価な積み荷を満載した荷馬車が複数、月明かりの中、野晒しになっているのだ。


「襲って奪え、と言ってるようなもんだよな!」

 リーゲン・クラウズは叫び、槍を突き込んだ。


 斬りかかって来た一人の強盗が、串刺しとなって絶命する。

 屍から槍を引き抜いている、暇がない。


 二人目、三人目の強盗が、左右から獣のように襲いかかって来る。

 戦斧で、戦槌で、リーゲンを叩き斬り、あるいは殴り潰さんとしている。


 これが、槍という得物の厄介な点ではあった。

 有利な間合いを保つ事は出来るが、迂闊な突き刺し方をすると抜けなくなってしまう。

 乱戦でこうなっては、手放すしかない。


 屍もろとも槍を捨て、リーゲンは左腕の盾から短剣を引き抜いた。

 引き抜くと同時に、投射。

 二度、それを行う。


 強盗二人が、それぞれ斧と槌を振りかぶったまま硬直した。

 両名とも、眉間に短剣が突き刺さっている。


 硬直した屍二つを蹴散らすように、リーゲンは踏み込んだ。

 腰の長剣を、引き抜きながらだ。


 ヴィスガルド王国、クエルダ地方。

 商人エルコック・ハウンスの隊商は、原野での夜営中に、強盗団の襲撃を受けていた。


 岩の多い、原野である。

 実のところ岩ではなく、建物の残骸だ。

 前領主バラリス・ゴルディアックの暴政によって、廃墟となった街。


 原野のようなものだ、とリーゲンは思う。

 建物の残骸も、荷馬車を隠す役には立ってくれない。


 隊商員のうち、戦闘の出来る者たちが、荷馬車を防衛していた。

 様々な武器を振るう、屈強な獣人たち。

 荷馬車に群がる強盗団を、片っ端から打ち倒してゆく。


 なかなかの頼もしさではあるが、強盗の群れは、あまり数が減ったように見えない。


 だから自分たちがいる、とリーゲンは思い定めた。

 ボーゼル・ゴルマーの残党兵団。

 護衛として、この隊商に雇われている。


 総勢百七名。

 戦える隊商員たちと合計したところで、せいぜい二百人である。


 この強盗団は、どれほどの規模か。

 数百人。

 いや。リーゲンの体感としては、千人を超える。


 現クエルダ地方領主バイル・ラガント侯爵は、英邁な人物である。その統治を外から見ているだけで、わかるものがある。

 領内で、賊徒が常時これほど大規模に群れている状況を、彼が許しておくとは思えない。


 この強盗団は、だから急遽、領内外から金で集められ、編成された者たちであろう。


 そんな強盗たちを、かつてボーゼル・ゴルマーの配下であった兵団が迎え撃つ。

 強盗一人を、最低でも二人がかりで強襲する。

 それを高速で繰り返し、圧倒的人数差を縮めてゆく。


 その戦い方で兵士たちは、強盗団を手際良く殺戮していった。


 ただ、やはり数の違いは如何ともし難い。 

 やがては、最低でも二人がかり、などと言っていられなくなる。


 今のリーゲンが、そうであった。

 単身で、複数名の強盗を相手取らなければならない状況である。


 様々な方向から突き込まれて来る槍を、リーゲンは左腕の盾で受け流し、押し返した。

 そして、右手の長剣を振るう。

 人体を切断する手応えを、柄もろとも握り締める。


 いくら斬り殺しても、強盗たちは怯む事なく襲い来る。

 野晒しの富に、目が眩んでいるのだ。


「殺して、奪って、一獲千金の一発逆転……それしか考えられなくなってるんだな、お前ら」


 自分よりも年下と思われる、少年にしか見えぬ若い賊徒を一閃で斬殺しながら、リーゲンは苦笑した。

「……同じ、か。俺たちも、下手すると」


 ボーゼル・ゴルマーという卓抜した指導者の下で、自分たちは戦う事が出来た。

 民を、救い守る者として。

 旧帝国貴族の圧政に立ち向かう、誇り高き叛乱者として。


 叛乱者など、しかし一つ何かが違うだけで、単なる強盗と化す。

 民を殺して奪う生き方しか、出来なくなる。


 ボーゼルの死後。

 自分たちは、いつ、そのようになってもおかしくはなかった、とリーゲンは思っている。


 幸いにして、隊商の護衛という仕事を得る事が出来たのは、レニング・エルナード元伯爵のおかげであった。


 優れた交渉人であって、兵士でも戦士でもないレニングが今、この状況を、自力で生き延びてくれている事を、リーゲンとしては唯一神に祈るしかない。


 叩き付けられてきた戦斧を、盾で斜めに受けて衝撃を逸らす。

 そうしながらリーゲンは、長剣を突き込んだ。

 切っ先が、強盗の喉を抉り裂く。


 返り血を半身に浴びつつ、リーゲンは駆けた。

 矢が、飛んで来たからだ。

 立ち止まっていては、的になる。


 恐らくはリーゲンを狙って放たれたのであろう矢が、強盗の一人を刺し貫いた。


 烏合の衆、としか言いようがなかった。


 千人以上、人数が集まっただけで、戦闘時の動きが全く出来ていない。

 人数で劣る、こちらの戦闘員を、二対一や三対一で囲み殺す連携も出来ない。

 弓の射線上に、味方の徒歩戦力を普通に入り込ませてしまう。


 リーゲンは、思わず叫んでいた。

「おい、もうやめろ素人ども! 部隊戦闘なんて無理なんだよ、お前らには!」


 斬りかかって来た強盗の一人を、盾で殴り倒す。

「命あっての物種だろうが! ここで大金が手に入ったってなあ、死んじまったら」


「……本当は、わかってんだろ? 兄ちゃんよ」

 殴り倒された男が、起き上がってきた。

 鼻血にまみれた顔面で、ニヤリと笑う。


「殺して奪う……さもなきゃ死ぬ。俺たちにゃ、これしかねえ。出来ねえんだよ、他の事は! わからねえのか、おい!」


 大型の剣を振りかざし、襲いかかって来る。

 擦れ違いざまに長剣を一閃させながら、リーゲンは呟いた。


「……わかるよ。真面目に、働いて生きるなんて事。絶対に出来ない奴ら、いるもんな確かに……」


 強盗は倒れた。

 鼻血まみれの生首が、転がった。


「世の中、どれだけ平和だって……どんな立派な人間が、国を治めていたって……殺して奪う生き方しか出来ない奴は絶対、出て来る。たとえ……国を治めているのが、ボーゼル侯でも……」


 自分は、そうではない。どのような運命を辿っても、そうはならなかった。

 などとは、口が裂けても言えない。


 一人、悲鳴のような雄叫びを上げ、槍を突き込んで来た。

 禿頭に白髪のこびり付いた、老齢の男。


 そのような歳になっても、殺して奪う生き方を改められない男。

 皺深い顔面に浮かぶ、凶悪な形相は、泣き叫んでいるようでもある。


 そうなっていた、かも知れない自分の姿。

 今後なるかも知れない、自分の姿。

 リーゲンは、そう思った。


 思っただけだ。仕事の手を、緩めてはならない。

 積み荷を狙う強盗団は、皆殺しにしなければならない。


 私より、積み荷を守って下さい。

 納品先が決まっている物もある。これらを奪われてしまっては、私は信用を失う。

 商人としては、死亡も同然なのです。


 雇い主エルコック・ハウンスは、そう言っていた。

 言われた通りに、しなければ。


 手を緩めずに、リーゲンは長剣を振るった。

 その長剣を、槍で叩き落とされていた。


 殺して奪う生き方を、老齢まで続けていられた男の技量は、侮れない。

 泣き叫ぶように吼えながら、その男は僅かな白髪を振り乱し、なおも槍を振るう。


 穂先をかわしながらリーゲンは、腰に取り付けてあったものを右手で取った。

 束ねられた、鎖。


 その先端部、小型の鉄球が、高速で唸る。


 泣き叫ぶような顔面が、砕け散った。

 頭蓋の破片が、白髪をこびり付かせたまま宙を舞う。


 その時には。

 さらに二人の強盗が、リーゲンの背後にいた。

 剣を、戦槌を、叩き付けて来る。


 一人の敵に、時間をかけ過ぎた。

 かわせるか。

 ゴルマー家の父娘であれば。振り向きざま、いや振り向きもせず鎖鉄球の一振りで、背後の敵を粉砕する事が出来る。だが自分では。


 そんな事をリーゲンが思っている、一瞬の間。


 閃光が、二人の強盗を貫いた。

 それは、刺突でありながら斬撃でもあった。


 剣を、戦槌を、それぞれ振りかざしたまま、二つの屍が立ち尽くす。

 首から上が、消失していた。

 ぞっとするほど滑らかな断面が、頸部に残っている。


 二つの生首が、落下して重い音を立てる。


「鎖鉄球。なかなかの、お腕前ですわね……ベルクリス・ゴルマーには遠く及ばぬ、とは言え」


 涼やかで、耳に心地良い声。

 馬の尾の形に束ねられた金髪の揺らめきが、リーゲンの視界をかすめる。


「言うべきか、どうか……まあ良いですわ、お伝えしておきましょう。ベルクリス・ゴルマーは、生きておりますわよ。私、殺されそうになりましたわ」


「…………下手くそな尾行を、してる奴がいるとは聞いていた」

 ベルクリス・ゴルマーの名には触れず、リーゲンは言った。

「やはり……あんただったか、悪役令嬢」


「陽動、ですわね」

 リーゲンと背中を合わせた格好のまま、シェルミーネ・グラークは得物を構えた。


 刺突で首を刎ねる、細身の長剣。

 閃光そのものの刀身が、うねり揺れる。


「ならず者の方々を大勢、無理矢理に、お金で雇って隊商を襲わせる……お金を出した、どなたかの目的とは。一体、何なのか考えてしまいますわ」


「隊商の主、エルコック・ハウンスの命だろうな。俺たちが、ここで戦ってる間……本命と言える戦力が、エルコック殿の方へ向かう。まあ、そっちはクロノドゥールたちに任せておく」


 隊商を守る。

 隊商を率いる商人、本人のみならず。積み荷を守り、隊商員たちをも守り抜く。

 それが自分たちの仕事なのだ、とリーゲンは思い定めた。


「足止めされている、とわかっていても、俺たちはここで戦い抜かなきゃならん。来た以上は力を貸してもらうぞ、悪役令嬢」

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