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疾風怒濤の悪役令嬢  作者: 小湊拓也


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第154話

 慈善事業をしているわけではありませんからね、と言っていた商人エルコック・ハウンスが、慈善事業にも等しい市場を開いた。


 暴君バラリス・ゴルディアック侯爵による破滅的な悪政から、まだ完全には立ち直っていない、ここクエルダ地方の民衆のためにだ。


 いや。誰のために、という話ならば、エルコック自身が金儲けをするため、であるに決まっている。


 儲けなど出るのか、と思えてしまう安値で、エルコックは様々なものを今日一日で売り捌いた。

 日持ちのしない食料品が、大半であった。


 大量に引き連れている荷馬車隊の、ほぼ四分の一が空になったようである。


 残りの四分の三は、市場で大量に売り捌くような薄利の品ではなかったり、納品先が決まっている客注品であったりと、まだ様々だ。


 これらの品を携え明日以降、この隊商はクエルダ地方を出てゴスバルドを通り、さらに北上して行く事になる。


 今は、夜営中である。


 市場の開かれた川辺の街から、いくらか北へ進んだ所に開けた原野。


 所々に岩がある、とテスラー・ゴルディアックは思っていたが、それらは岩ではなく、建物の残骸だった。

 原野と思われていた、この一帯は、廃墟であったのだ。


 昼に市場を開いた川辺の街は元々、この辺りまで広がっていたらしい。

 その区域を、このような廃墟に変えたのは、前領主バラリス・ゴルディアックである。


 街を破壊し、民を虐殺し、享楽にふける。

 ゴルディアック家には、そのような人間しかいないのではないか、とテスラーは思う。


「……僕も、含めて」

 天幕の中。

 作業、とも呼べぬ手慰みに没頭しながら、呟いてみる。


 エルコックが、テスラー個人のために天幕を用意してくれた。

 だから夜間、一人で角灯を点し、こんなものを作っていられる。


 とりあえず、形だけは出来上がった。

 テスラーは息をつき、卓上に置いた。


 掌に載る大きさの、金属塊。

 そのようにしか見えない。

 何の役にも立たぬ物体である。現時点では。


「まるで……僕だな」

 自嘲してみる。


 バラリス・ゴルディアックは暴君として、ここ王国南部の地に災厄をもたらした。

 同じゴルディアックの血族である自分が領主であったら、どうか。

 同じ事をしない、と言えるのか。


 バラリスは、父祖である大魔導師ギルファラル・ゴルディアックの後継者たらんとして魔法の探究に傾倒し、クエルダ地方の民衆を不当逮捕・収監しては、血生臭い実験を大いに繰り返したという。


「僕も……」

 自身の作り上げた金属塊を、見つめ、テスラーは呟いた。

「民衆で、これを……試していた、かも知れない……」


「そう。それって、人の身体で試すものなんだ」

 いきなり、話しかけられた。

 若い女が一人、天幕の入り口に佇んでいる。


「こんばんは、入りまーす……ってね、声かけたのよ? 一応」

「……申し訳ない、聞こえなかった」


「物作りの好きな若君様、なのは知ってるつもりだけど。熱中すると、他は何にも見えなくなるし聞こえなくなるのね」

 美しい、とは言える顔が、ニヤリと歪む。

「微笑ましい、と思うわ」


「……何の用かな、マローヌ・レネク殿」

 自分の作ったものを、さりげなく背後に隠しながら、テスラーは訊いた。

「今は夜で、僕は男だぞ。一応」


「ああ、なるほど。こんな生き物を、女と認識してくれてるのね。お優しい事」

 笑顔の歪みが、ぐにゃりと深まった。

 白色のローブをまとう細身が、一瞬、人体ではあり得ない震え方・曲がり方をした。


 そのまま異形の姿を露わにする、事もなくマローヌ・レネクは言う。

「まあね、貴方に用事があるのは私じゃないのよ。この御方が……若君様と、お話をしたいと」


『やあ、すまない。そちらは夜なのかな?』

 声は聞こえる。姿は、見えない。


 いや。

 何やら、空気の揺らめきがマローヌの傍らに集まり、固まり、うっすらと人影のようなものを成している。

 それが、言葉を発しているのだ。


『君の事が、どうにも気になってねえ。迷惑だろうが……私の、話し相手をしてもらうよ。テスラー・ゴルディアック』


「僕に拒否権が無いのは重々、承知しておりますよ。魔界のどなたか」

 テスラーは苦笑した。


「まあ僕としても。あなたのような存在に、興味が無いわけではない……確か、我が父祖ギルファラル・ゴルディアックと縁深い御方。なのですよね?」


『私は、そのつもりだけれどね。ギルファラルが私を、どう思っていたのかは……ついに、わからずじまいだった』


「そう。大魔導師ギルファラル・ゴルディアックは、もう何百年も前に亡くなったのです」

 テスラーは言った。

「何百年前ではなく、昨日であったとしても。本日、先程であったとしても……死んだ人間は、生き返りはしない」


『それが、世界の理。当然の事だ。が……ギルファラルは、それに挑んでしまった。世界の理を、否定せんとしたのだよ』


「死んだ人を……生き返らせようと?」

『かけがえのない友、アルス・レイドックをな』

 ここヴィスガルド王国・初代国王の名が、魔界のものの口から出た。


『テスラーよ。君が幼少期を過ごした、ゴルディアック家の大邸宅……あの地下に、勇者アルス・レイドックの屍と魂が保管されているとしたら?』

「…………にわかには、信じられないお話です」


『信じられない事を、してしまったのだよ。あの、かわいそうなギルファラルは』

 その口調は、楽しんでいるようであり、本当に哀れみを感じているようでもあった。


『アルス・レイドックの屍を、いかにして蘇生させるか? ギルファラルは、大魔導師たる己の力と知識を余すところなく用いて様々な術法を編み出し、試みた』

「全て、失敗に終わったのですね」


『これまで君も度々、目にしたと思う。人が、人ならざるものと化す有り様……全てはな、その失敗の名残だ。人体を蘇生させるための術法が、人体を異形のものへと作り変える手段として、今この時代まで残ってしまったのだよ』


「全て……大ギルファラルの仕業である、と。ゴルディアック家は本当に、昔から……人々に災厄をもたらす事しか、していないのですね」


 苦笑しつつテスラーは、己の作り上げたものに手を触れた。

 掌に載る大きさの、小さな鋼鉄塊。


 こんなものが、世の人々の役に立つわけがない。


 この装置が仮に、テスラーの想定通りに機能したとして。

 喜び、有り難がってくれる人間が、もしかしたら少数は存在するかも知れない。

 結局は、しかし厄災をもたらすものにしか、ならないのではないか。


(わかっていて……何故、作った? 僕という愚か者は……)


『それは……心臓、かな?』

 一瞬にして、見抜かれた。


『人体に、血液ではなく……魔力を循環させるための装置。鋼の心臓、といったところか』

「…………何故、おわかりに?」

『発想が、ギルファラルによく似ている。君は』


 姿は、無きに等しい。

 空気の揺らめき、おぼろげな人影としか、認識する事が出来ない。

 それが、全てを見抜く眼差しを向けてくる。

 テスラーに、鋼の心臓に。


『勇者アルスの、死せる肉体に……ギルファラルは、血液の代わりに魔力を循環させようと試みた。血は、生きるために必要なものを人体の隅々にまで届けてゆく。魔力は、それ以上の様々な力を、人間の肉体に行き渡らせる』

「死体も蘇る、かも知れない……と」


『結局は上手くいかなかった術式の一つとして、ゴルディアック家のどこかに残っていたとは思うが……君は独力で思いついたのだね、テスラー。凄い子だ』

 誉められた、ようではある。


『ギルファラル本人の転生体が、仮にいるとして。それは君ではない、と私は思う。一方、君はギルファラル・ゴルディアックの、何かを確かに受け継いでいるとも私は思っているよ』


「僕は……クロノドゥールかリーゲン殿が、瀕死の重傷を負ってもう助からない、という時に、この鋼の心臓を埋め込んでみようかと思っている。無許可でね」

 テスラーは言った。


「話を聞く限り、ギルファラル・ゴルディアックというのは偉人なのだろうけど、ろくな人間じゃあない。僕は……父祖たる偉人の、ろくでもない何かを、確かに受け継いでいるのかも知れない」


『あっははははは。確かにテスラー、君を見ているとね。ギルファラル本人ではないか、と錯覚してしまう瞬間が無くはない』


 特に根拠もなく、テスラーは確信した。

 この姿なき魔界の何者かは、大魔導師ギルファラル・ゴルディアックその人と数百年前、対等に会話をする間柄であったのだ、と。


『それはともかく、その心臓……現時点では、まだ使い物になるまい?』


「魔力の循環装置だからね。魔力そのものが無ければ、どうしようもない。血液は人体に元々備わっている、栄養を摂って増やす事も出来る。だけど魔力は、そうもいかない。無い人間に備わる事は、あり得ないから」


 鋼の心臓を、テスラーは手に取った。

「僕が……だから乏しい魔力を毎日、少しずつ、これに注入してゆこうかと」


 細く弱々しい両手の中で突然、鋼の心臓が脈打った。

 光を、発しながらだ。


 おぼろげな人影を、テスラーは思わず睨んだ。

「…………何を、した?」


『余計な事をして、すまない。私の魔力を、ちょっとだけ注入してみた』

 魔界の何者かが、面白がっている。


『ある段階でギルファラルは、屍の蘇生に見切りをつけた。死者の、肉体ではなく霊魂の方に働きかけようとしたのだな。アルス・レイドックの霊魂を、ギルファラルは確保して屍にしまい込んだ。屍を、蘇生させるのではなく、霊魂の単なる保管容器として用いたのだ。そのような状態で数百年……ヴィスガルド建国王アルス・レイドック・ヴィスケーノは今なお、ゴルディアック大邸宅の地下で眠り続けている』


「霊魂を……確保……? そんな事が、出来るのか」


『そこだよテスラー。大邸宅の地下で眠り続ける勇者アルスの屍に実際、何が入っているのかは私も知らない。だがギルファラルは、それをアルスの魂であると信じて疑わなかった。死者の霊魂を、生者として復活させる手段……自身がそれを発見・確立するまで、アルスの霊魂を保存する。そのための容器としてギルファラルは、アルスの屍を用いている。それが今も続いているわけであるが』


 鋼の心臓が、またしても脈打ち、強く発光した。


『そんな気の長い方法とは、別のやり方で……テスラーよ。その心臓があれば、死んだ人間が生き返る、かも知れないなあ』

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