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疾風怒濤の悪役令嬢  作者: 小湊拓也


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第152話

 ゴルディアック家には、感謝をしなければならない。

 ペギル・ゲラールは、そう思っている。


「我が家に、フェアリエを授けてくれた……それは、それだけは、感謝をしてやろう。旧帝国貴族ども」


 孫娘フェアリエ・ゲラールは今、ペギルの後方で青ざめている。

 怯えながら、呆然としている。


 何に対して怯えているのか、自身も把握していない。理解していない。

 そんな様子であった。


 ヴィスガルド王国南部。ロルカ地方。

 執政府ケルティア城の庭園にて、確かに怯えて当然と言うべき光景が展開されていた。


 小屋ほども巨大な、黒い全身甲冑の群れ。

 置物などではない。生きた中身を有する、黒金の怪物たちである。

 それが、大部隊を成していた。


 ケルティア城を守っていた兵士たちが、変じた姿。


 兵士長オーレン・ロウレルただ一人が、その変化を免れながら奮闘し、フェアリエを守ってくれていたのだ。


「侯爵閣下! おいでになっては、なりません。お逃げ下さい、ラウラ様フェアリエ様と御一緒に!」


 ペギルとフェアリエを、まとめて背後に庇って長剣を構え、黒金の巨大兵団と対峙しながら、オーレンは言った。


「……申し訳、ございませぬ。お留守を預かりながら、この始末……」

「このような事の出来る者が、実在してしまう。防ぎようがあるまい、もはや」


 このような事。

 兵士たちを、黒金の怪物に変えてしまえる者。

 巨大兵士たちを背後に従え、佇んでいる。


 暗黒色のローブを身にまとう、闇そのもののような男。

 フードの内側で燃え上がる二つの眼光が、フェアリエに向けられている。


 その眼差しを遮るが如く、よろよろと杖をつき佇んでいるのは、ペギルの娘ラウラ・ゲラールだ。


「大ギルファラル・ゴルディアックは……遥か昔に亡くなられたのよ、ジュラード殿。死せる御方に、貴方は何をさせようと言うの」

 顔見知り、であるようだ。

「死んだ人は、もう生き返らないのよ」


「そう。それが自然の、世界の、理というものだ。奥方よ」

 ジュラード、と呼ばれた男が言った。


「ギルファラルは……それを、変えようとした。変えるための手段を、構築したはずなのだ。私は、それを知らねばならぬ」


「それを貴方は、私の娘から聞き出そうと言うの?」

「……ゲラール家より来られた奥方よ。私は、そなたに感謝せねばならぬ」

 禍々しく燃える眼光が、ラウラに向けられた。


「ゴルディアック家において、蔑ろに扱われながら……よくぞ、この時代に産み落としてくれた。大魔導師ギルファラル・ゴルディアックの転生体を」

「私が産んだのは、私の娘よ。ふざけた事を言わないで」


「ここまでだ、フェアリエ・ゴルディアック。そなたの内にあるものを目覚めさせよ」

 燃える眼光が、ラウラを迂回し、フェアリエに迫る。

「さもなくば……母君が、死ぬ。私に殺される。守りたいとは思わぬか」


「…………お母様……お祖父様……」

 か細い声が、ペギルの心を刺した。


 フェアリエが怯えているのは、この黒金の怪物たちと、それらを操る黒衣の男に対して、ではない。

 自身の内にある何かを、フェアリエは恐れている。


 何が、出来るのか。

 自分は祖父として、この孫娘のために。


「…………ジュラード、と言ったな。おぬし、ゴルディアック家と縁ある者か」

 思いつかぬまま、ペギルは言った。

「この子の名は、フェアリエ・ゲラールであって……フェアリエ・ゴルディアックではない。間違いは、許さぬぞ」


「ゴルディアック家と縁が切れた、と思っておるのだな」

 哀れみ、に近いものが、ジュラードの口調に宿っている。


「確かに。ゴルディアック家という腐り果てた大木に、そなたらを縛る力はない。が……ギルファラル・ゴルディアックからは、逃げられぬ。あやつの呪いを、妄執を、さあ受け入れるのだ」


「逃げなさい、フェアリエ」

 ラウラやオーレンにも言われているであろう事を、ペギルは言った。

「この場で、そなたが出来る事は何もない。そして、それを恥じてはならぬ」


「何も……ない、のですか? 私に、出来る事……」

 フェアリエの微かな声が、震えている。

「……何か……今、ここで私が何かをすれば……みんな、助かるかも知れないのに……」


「助からぬ。そなたには何も出来ぬ。皆を助けるような力など、そなたには無いのだ。それで良いではないか」


 大勢の人々を、救い守る。

 英雄ボーゼル・ゴルマーでさえ、それをやり遂げる事は出来なかったのだ。


「何も出来ぬ娘で良い、生きるのだフェアリエよ。何かが出来る人間など所詮おらぬ。誰かのために何かをしようとするな。己の事しか考えぬ、利己的な卑怯者となれ!」


「お祖父様……」

 フェアリエが、何かを言おうとしている。

 ペギルは、もはや聞かなかった。


「オーレン、そなたに命ずる。フェアリエを、殴ってでも連れて逃げろ。そしてラウラ……すまぬ、死んでくれ」

「仕方ないですね。まったく、貴方の娘になど生まれてしまったばかりに」


「何を言っているんです。あんた方も逃げるんですよ、さっさとして下さい」

 ザム・オーグニッドが、ペギルの前に立ち、ジュラードと睨み合う。


「このジュラードってのは、ゴルディアック家に隠れ棲んで色々やってたクソ野郎です。我らが主ベレオヌス公にも、こそこそ接触して……利用しようと、してやがった。ちょっと生かしちゃおけません、ここで始末しましょう」

「……戦って、くれるのか。マレニード侯の部下である、そなたらも」


「ペギル・ゲラール侯爵の身辺警護が、我らの任務でありますれば」

 三兄弟の長兄イガム・オーグニッドが、言った。

「警護対象には、御一族の方々も含まれます……というのは、我々の独断ですが」


「あんたらに何かあったら俺ら全員、マレニード侯に〆られます。俺ぁそっちの方が恐え」

 末弟ドメル・オーグニッドが、傷跡のある顔面でニヤリと笑う。

「てなワケでなぁ、おいジュラード! 顔無し野郎! てめえ好き勝手やんのもな、ここで終わりだぞ」


 淡い光が三つ、ユラリと躍る。

 オーグニッド兄弟の構える、抜き身の長剣。


 気の光を帯びた刃が、防御の形に閃いていた。


 ジュラードが、雷鳴を発したのだ。

 黒衣の袖から現れた、枯れ枝のような両手から、激烈な放電の光が迸る。


 電光の嵐。

 それを三兄弟が、淡く発光する刃で切り払う。


 電光の飛沫が、散った。

 気をまとう刀身の破片も、キラキラと飛散した。

 黒焦げの肉片も舞い散り、崩れて灰に変わり、漂った。


 イガムとザムが、ぼろぼろと遺灰をこぼす焼死体に変わっていた。

 ドメルの生死は、不明である。


 悲鳴が、聞こえた。

 泣き叫ぶフェアリエを、オーレンが左肩に抱え上げ、走り去って行く。


 忠勇の兵士長が、主君ペギルの最後の命令を実行してくれた。

 それを確認しつつ、ペギルもまた電光に灼かれ、焦げ崩れていた。


 残酷だった。

 祖父も、母も、この世で最も残酷な人間である。

 心から、フェアリエ・ゲラールは、そう思った。


(私に……何も、するな……なんて……)


 今、自分を抱え上げて走っている、このオーレン・ロウレル兵士長とて同様に残酷である。

 フェアリエに、何もさせてはくれない。

「私……何か、出来たかも……知れないのに……」


「何も、お出来になりませぬ。貴女には」

 フェアリエを容赦なく運び、走りながら、オーレンは言った。

「私とて、何も出来ませぬ……ジュラード……あやつは、化け物でございます」


「放して……私を、下ろして……オーレン殿……」

「お辛いでしょうが、今は……逃げて、生き延びる事のみ、お考え下さい。フェアリエお嬢様」


「逃がさぬ」

 ジュラードの声。


 それと同時に、オーレンは立ち止まった。

 フェアリエの身体が、半ば投げ出されるように解放される。


 オーレンの、気が変わったのか。

 フェアリエの願いを、聞き入れてくれたのか。


「……お逃げ……下さいっ、フェアリエ様……」


 そうでは、なかった。

 オーレンの全身に、黒いものが絡み付いている。

 暗黒そのものを引き伸ばしたかのような、黒色の糸。


「我が弟子の形見、活用せねばな」

 ジュラードが、歩み迫って来る。


「さて、フェアリエ嬢。そなたの祖父も母も死んでしまったが、悲しむ事はない。生き返らせる事が出来る」


「……生き返る……お祖父様も、お母様も……?」

「さよう。死せる者が、甦る。世界の理が、変わるのだよ」


 禍々しく燃え輝く両眼で、フェアリエを見据えながら。

 ジュラードは、フェアリエではない者に語りかけていた。


「さあ目覚めよ、ギルファラル・ゴルディアック。お前は、いかにしてアルス・レイドックの魂を確保した? いかにして自身の魂を、こうして転生させたのだ。同じ事を私は、今からでも出来るのか? 教えてくれ……どうか、頼む」


 祖父は、電光に灼かれて焦げ砕けた。

 母は、それよりは原形をとどめた屍となり、横たわっている。


 そのような状態から、両名を生き返らせる手段が、あると言うのか。

 自分の中に在る、この得体の知れぬ何かを目覚めさせる事で、それが可能となるのか。


(大魔導師ギルファラル様……貴方が、祖父と母を……生き返らせて、下さるのですか……ならば……)


「ぐっ……!? き、貴様……ぐぁあああああ」

 ジュラードが、悲鳴を上げている。


「…………やっと……油断を、してくれたわね……ジュラード殿……」

 母ラウラの屍が、声を発した。


 いや。辛うじて、まだ屍ではない。

 無惨に、焼けただれている。

 だが、生きている。


 ジュラードの電光。

 その最も烈しい部分は、オーグニッド兄弟が受けていた。

 彼らは母を、守ってくれたのだ。


「さあ、貴方の心を……暴いてあげる……どんな、おぞましい記憶を、正体を、隠し持っているのか……暴き出して、あげるわ……」


 以前ヒューゼル・ネイオンに対し行った事を、ラウラは今、ジュラードに仕掛けていた。

「私が……イルベリオ先生から教わって唯一、使えるようになった魔法……貴方のような化け物に、どれほど効くものか……しら、ね……」


 今のうちに、逃げろ。

 母は自分に、そう言っている。

 それをフェアリエは、理解はしていた。

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