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疾風怒濤の悪役令嬢  作者: 小湊拓也


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第15話

 黒い暴風が吹いた。そう見えた。

 黒騎士が、踏み込んで来たのだ。


 闇そのものに板金加工を施したかのような、暗黒色の全身甲冑。

 その禍々しい黒一色の塊から、2つの白い閃光が迸る。

 左右2本の、長剣。


 シェルミーネ・グラークは、後方へ跳んだ。

 かわした、と言うより逃げた。

 それほどに凄まじい斬撃の閃光が2つ、交差する形に眼前を通過する。


 シェルミーネは着地した。

 足元が微かに沈んだ、ような気がした。


 ルチア・バルファドールの雷撃を先程、床に叩き込んだ。石畳の一部が、砕け散った。

 目に見えた損傷は、それだけだった。

 目に見えぬ破壊が、実は大広間全体に及んでいるのではないか。


 そうシェルミーネが思った時には、もうひとつの暴風が吹いていた。


「シェルミーネ嬢に刃を向ける事は、許さぬ……」

 メレス・ライアット侯爵の、踏み込みと斬撃。

 黒騎士に、まっすぐ激突して行く。

「名のある剣士と見受ける! が、その名を明かせぬ事情がおありか」


 焦げ臭い火花が、大量に飛び散った。

 メレスの長剣と、黒騎士の双刀。

 それぞれ一閃した、と見えた時には、すでに複数回のぶつかり合いが起こっていた。


 3つの白刃が、目視困難な閃光となって、剣士2人の間で、周囲で、激突を繰り返す。


 シェルミーネは息を呑んだ。

 黒騎士の二刀流は、同じく左右2本の牙剣を振るうガロム・ザグの戦技よりも、速度・正確性・殺傷力、全てにおいて一段階は上である。


 メレスが、防戦一方に追い込まれつつあった。

 1本の長剣で、2つの白刃を受け流し、弾き返しながらも、攻勢に出られぬまま、じりじりと後退してゆく。

 その身を覆う豪奢な甲冑からも時折、火花が飛ぶ。

 黒騎士の斬撃。

 甲冑がなければメレスは今頃、全身に浅手を負っているところだ。


 加勢するべきであろう、とシェルミーネは思う。これは剣術の試合ではないのだ。


 だが。シェルミーネも今、恐るべき相手と対峙している。


「ど腐れ悪役令嬢シェルミーネ・グラーク……私、あんたの事が大っ嫌いだったわ」

 魔法令嬢ルチア・バルファドールの周囲に、小さな太陽のような火球がいくつも生じ、浮かんでいた。

「でもアイリは、あんたとだって仲良くする事を諦めなかった。ああいう子だから、ね」


 ルチアの魔力が、怒りが、それら火球に流し込まれてゆく。

 小さな太陽たちが燃え盛り、魔法令嬢の歪んだ美貌を禍々しく照らし出した。


「さっきも言ったけど私、うちの父様とか母様とか年寄りども、うっかり皆殺しにしちゃってさあ。今、お尋ね者なのよね。結構な賞金かかっちゃってるわけよ」

「……それは、良いお知らせ」

 槍を突き込んで来る陰影の兵士を2体、3体と斬り捨てながら、シェルミーネは言った。

「路銀の足しに、させていただきますわ」


「何、お金そんなに持たせてもらえなかったんだ? あんたの実家、落ちぶれて貧乏貴族になっちゃったからねえ。誰かさんのせいで」

 ルチアが笑う。

 いくつもの火球が、さらに燃え上がる。

「ちなみに私、実家の連中殺しまくって金目のもの持てるだけ持ち出したから裕福よ今。まあ実家そのものは無くなっちゃったから……アイリの力には、なってあげられなかった」


 小さな太陽のような火球たちが、一斉に飛翔してシェルミーネを襲った。

「……王宮で、何かあったのよね? で、アイリは逃げ出さなきゃいけなくなって……私なんかには、頼れないから……」


 会話に応じている余裕が、シェルミーネには、もはや無かった。

 いくつもの火球が、様々な方向から流星のように飛来する。


 細身の長剣に、シェルミーネは己の魔力を流し込んだ。

 そして、振るう。

 優美に鍛え込まれた肢体が軽やかに翻り、斬撃の弧を大きく描き出す。

 魔力を宿した、三日月の如き光の弧。

 それらが、飛来する火球たちを薙ぎ払う。


 薙ぎ払われたものたちが、爆発した。

 その爆発が、石造りの大広間を揺るがした。


 シェルミーネの足元で、またしても石畳が沈む。

 沈降が、止まらない。


 大広間が、崩落していた。


 ゲンペスト城の地下。かなり大きな、空間がある。

 大量の瓦礫と一緒に、シェルミーネはそこへと落下していた。


 そして、受け止められた。

 跳躍した何者かが、シェルミーネの細身を空中で抱き止めたのだ。


 頼もしい抱擁の感触の中、シェルミーネは呆然と呟いた。

「…………ガロム、さん……」

 令嬢を抱いたまま、ガロム・ザグは着地した。

 衝撃は全て、若き兵士の頑強な肉体が吸収してくれた。


 少し離れた所で、あの獣人の若者が、ルチアを同じく抱き止め着地している。

「……助かったわ、クルルグ」

 にゃーん、と声を発する獣人の鼻面を、ルチアがそっと撫でている。


 自分もガロムの、傷跡走る顔面を撫でてやるべきであろうか。

 シェルミーネがそんな事を思った時には、しかしガロムは抱擁を解いていた。

 力強い両腕からシェルミーネは解放され、自分の足で立たなければならなくなった。


 そして、見た。

 広大な地下空間の中央。1人の死者が、跪いている。


 錆びた甲冑に身を包んだ、大柄な白骨死体。

 同じく錆びた剣を床に突き立て、そこにすがり付いている。


 崩落した瓦礫が全て、跪く屍を避けるようにして落下し、積み上がっていた。


 その瓦礫の山に、ガロムが声を投げる。

「すまんな領主殿。俺の身体がもう1つあれば、あんたも受け止めてやれたんだが」

「……な……何の……これしきの事……」

 瓦礫の山が、崩れた。

 メレスが、よろよろと姿を現していた。


「よくぞシェルミーネ嬢を守ってくれた。ガロム・ザグ……君は、それでいい」

 秀麗な顔が、血まみれである。

 受け身は一応、取ったようだ。


 そして。黒騎士も、瓦礫の中からユラリと身を起こしていた。


 シェルミーネは見渡した。

 崩落した上階と同じく、石造りの空間である。


 どれほど斬滅しても減ったように見えなかった陰影の兵士たちが、1体もいない。


「このお城の、怨念……全部、私がもらうわ」

 獣人の格闘士クルルグを傍らに従えて、ルチアが言った。

 右手を軽く、掲げている。


 形良い掌の上で、光が集合し、渦巻き、くすぶっている。

 闇よりも暗い光。シェルミーネは、そう感じた。


「人間の怨念なんて、弱っちいもの……にしても、まあ使いようだって事はわかったし。で、こんなのよりもっとヤバい何かが、あるみたいだけど」

 怨念の、塊。

 先程まで陰影の兵士の大部隊であったそれを、右掌の上でくすぶらせながら、ルチアは見据えている。

 朽ちかけた剣を石畳に突き立て、跪く屍を。


 錆びた刀身の根元に銘打たれたものを、シェルミーネは辛うじて見て取った。


 剣を咥えた竜、の紋章。

 自分の、この金髪を束ねる髪留めにも、彫り込まれている。

 グラーク家の、家紋であった。


 ガロムが、恭しく告げる。

「……ガイラム・グラーク侯爵閣下です。シェルミーネ様」

「この方が……」


 グラーク家、百年前の当主。

 ここゲンペスト城にて、エンドルム家を女子供に至るまで殺し尽くし、ヴェルジア地方を支配下に収めた人物。

 その屍に、シェルミーネは歩み寄った。


 1歩だけで、もう足が動かなくなった。


 近付いては、ならぬ。

 父オズワード・グラークの、5代前である父祖に、そう叱りつけられた気分であった。


 朽ちかけた剣に、すがり付いた屍……否、とシェルミーネは思った。

 朽ちかけた剣で、ガイラム・グラークは今なお何かと戦っているのだ。


 ゲンペスト城の、広大な地下空間。

 そのさらに下方、地底深くにある何かを、その剣で封じているのだ。

 エンドルム家の亡霊、などではない、もっと禍々しい何かを。


 死者の想念は、それそのものでは生者に何の影響も及ぼさない非力なもの、であるはずだった。

 だが、これは。

 近付く事が出来ない、どころかシェルミーネは1歩、退いていた。


 ルチアは1歩、無理矢理に近付こうとしている。

 その眼前に、クルルグの巨体が立ち塞がった。


「近付くな……って言うの?」

 獣人の若者が、にゃーんと応える。

「そう……そうね。クルルグの勘は、当たるもんね」

 ルチアが呻く。


「この下には、とんでもない力が眠っている。この国そのものと戦争やるなら絶対、手に入れなきゃ……でも、そうねクルルグ。きっとまだ時期尚早なのよね。いいわ、諦めない」


 この国そのものと、戦争をする。

 ルチアは本気なのだ、とシェルミーネは理解した。


 人影が、5つ。

 いつの間にか、ルチアの背後に着地していたからだ。


 先程まで、陰影の兵士の軍勢に潜んでいた者たち。

 全員、ルチアと同じく白色のマントに身を包んでいる。フードを目深に被り、素顔を見せない。


 小柄な者、大柄な者。体型から、恐らくは女性であろうと見て取れる者。

 5名全員に共通しているのは、その剣呑極まる気配であった。


 1人の例外もなく、クルルグまたは黒騎士と同程度には危険な相手である。


「ねえ悪役令嬢。さっきの話の、続きだけど」

 右側にクルルグを、左側に黒騎士を、背後にその他5名を従えて、ルチアは言った。


「アイリはね、私なんかに頼れないから西へ行った。ドルムトへ向かった。グラーク家に……ねえシェルミーネ・グラーク? あんたに頼ろうとした……のかなぁ、アイリったら」


 この恐るべき7名に加えて、今のルチアは陰影の兵士たちを作り出す事が出来る。兵糧を必要としない、死の兵団。


 地方ひとつを攻め落とし、支配下に置く。その程度の事は、容易く出来るだろう。

 そこを拠点に、王都を攻める。


 先の、ボーゼル・ゴルマー侯爵による叛乱と同じようなものを、ルチア・バルファドールは引き起こす事が出来る。

 戦争が、起こる。民が死ぬ。


「悪役令嬢シェルミーネ・グラーク……あんたって本当くそ女だったけど、少なくとも嘘つきじゃあなかったわよね。正直に言いなさい、アイリはどこにいるの?」

「……あの子なら、確かに逃げて来ましたわね。王都から、はるばるドルムトまで。ふふっ、御苦労な事」


 シェルミーネは、笑顔を作った。

「まったく、あんなおめでたい子いませんわ。この私に恥をかかせた、身の程知らずの平民娘! そのような者に私が何故、救いの手を差し伸べるなどと思ってしまうのやら」


「アイリは、どこ」

 ルチアの声が、刃物のような硬さと冷たさを帯びる。

「御託はいいから、それだけ教えて」


「ドルムトの、土の中ですわ」

 嘘ではない。

「私が、ね……親愛の想いを込めて、斬殺いたしましたのよ」


 これで、良い。

 ルチアが戦を挑むべき相手は、ヴィスガルド王国ではなく、シェルミーネ・グラーク個人なのである。


 ルチアの顔から、表情が消えた。

 一切の感情が、消え失せた。


 たおやかな片手が、軽く掲げられる。


 石畳に、光の紋様が生じた。

 魔法令嬢を主とする主従計8名を丸く囲む、それは魔法陣であった。


 消えた。

 魔法陣も、ルチアも、その配下7名も、姿を消していた。


 ガロムが、ぽつりと言う。

「……また悪い癖を出しましたね、シェルミーネ様」


 無言のままシェルミーネは、いなくなった者たちを見送っていた。

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