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疾風怒濤の悪役令嬢  作者: 小湊拓也


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第147話

 暴君バラリス・ゴルディアックは、ここクエルダ地方の領主であった。


 ゴルディアック家の長老ゼビエルは彼に、ある役割を求めていたようである。


 ヴィスガルド王国南部における、旧帝国系勢力の拠点を作り上げ、保つ事。

 これが成功すればゴルディアック家は、バラリスを通じ、王国南部に影響力を及ぼす事が出来るようになる。


 ある程度までは成功していたのではないか、とテスラー・ゴルディアックは思っている。


 王国南部の旧帝国系貴族たちを、バラリスは確かに、まとめ上げてはいたのだ。

 ゴルディアック家の威を借りて、ではあろうが、それなりの統率力は持ち合わせていたのかも知れない。


 そこで、しかし己の力を過信してしまったのだろうか。


 王国南部における旧帝国系勢力の領袖として、バラリスは驕り高ぶり、遊興にふけり、領主の務めを怠るようになった。

 クエルダ地方は、荒れ果てた。


 今も、こうして街道が巨岩に塞がれている。


 山沿いの、街道である。

 数年前、悪天候による落石事故が起こり、街道に岩が落下したまま放置されているのだという。


 そのような事が起こっても、領主バラリス・ゴルディアックは何も手を打たなかった。

 結果クエルダ地方には現在、このような場所がいくらでもあるらしい。


 バラリスの死後、この地は叛乱者ボーゼル・ゴルマーの支配地となった。

 領内の整備をしている暇もなく彼は、王国正規軍による討伐を受ける事となり、敗れて死んだ。


 現在、領主としてクエルダ地方を治めているのは、バイル・ラガント侯爵という人物である。


 叛乱討伐後、ヴィスガルド王国によって正式に任命された統治者ではあるのだが、その人事には、王弟ベレオヌス・ヴィスケーノ公爵の意向が強く反映されているという。

 つまり、派閥としてはベレオヌス公に属する貴族であるという事だ。


 何であれ有能な領主である事に違いはなく、前任者バラリス・ゴルディアックに破壊され尽くした領内を現在、丁寧に修復している最中であるらしい。


 とは言え、この街道にまでは、まだ手が回っていないようだ。


 民家ほどもある巨大な岩が、街道に鎮座している。

 商人エルコック・ハウンス率いる隊商の、進行方向を完全に塞いでいる。


 その巨岩に、錨が撃ち込まれた。


 鎖を引きずり、飛翔する錨。

 鎖は、クロノドゥールの右前腕と繋がっている。


 鋼の大箱とも言える形状の義手から、錨が射出されたところであった。


 金属製の筒が、排出されて宙を舞う。

 それをテスラーが受け止めている間。


 錨の直撃を受けた巨岩は、砕け散り、崩壊していた。


 商員たちが、歓声を上げる。

 隊商の主エルコック・ハウンスが、本当に嬉しそうに手を叩く。


「お見事! クロノドゥール殿。おかげ様で、大掛かりな迂回をせずに済みましたよ。本当に、ありがとう」


「……こいつを、なあ」

 クロノドゥールは、ちらりと視線を動かした。


 黒覆面の隙間から、二人の戦闘者を見据える。

 人間の兵士リーゲン・クラウズと、獣人の剣士ウージェン。


「お前らみたく、動ける奴らに当てられたらな。理想的なんだが」


「ふん。まあ若君様に頼んで、精度を上げていただく事だ」

 リーゲンが言った。


 エルコックが、いつの間にか、テスラーの傍らにいた。

「その筒に、何かしらの爆発力を詰め込んで……錨を、撃ち出すのですね」


 二十五歳、であるという。

 テスラーよりも七つ年上の青年が、子供のように目を輝かせている。

「……魔力、と見ましたが? もしやテスラー殿、貴方が」


「ええ。私には生来、若干の魔力が備わっているんです。若干です。魔法使いと呼ばれている方々には、遠く及びません」

 テスラーは言った。

 触れられる前に、付け加えた。


「ゴルディアック家は、偉大なる魔法使いの家系……らしいですが。私の魔力など、本当に微々たるものです。大魔導師の生まれ変わりなどと言われるのは本当に迷惑なのですよ、おわかりですか? マローヌ・レネク殿」


「えっ、なあに若君様。聞いてなかったわ」

 などと言いつつマローヌ・レネクは、岩を砕いたばかりの錨に手を触れている。


「私これ、喰らったわ。死ぬほど痛かったんだけど」

「お前さんが死ぬかよ。ほら、引っ込めるからどいてくれ」


 クロノドゥールが鎖を巻き上げ、義手に錨を差し込み戻す。

 魔力の筒を装填すれば、また発射する事が出来る。


「大ギルファラル・ゴルディアック……その偉大なる御名は、聞き及んでおりますよ」


 細かく散らばった岩の破片を、街道の両脇へと運び寄せて隊商の通り道を空ける。

 商員たちの、その働きを見守りながら、エルコックは言った。


「我こそは大魔導師の後継者たらんと、的外れな頑張り方をなさる方もいらっしゃるようですね。ゴルディアック家には……このような物言い、失礼でしょうか?」


「いえ、本当の事ですから。バラリス・ゴルディアック侯爵が、まさにそうであったとか」

 テスラーは苦笑した。


「……私の父も、そうでしたよ。息子の私に魔力が発現し、随分と的外れな喜び方をしていたものです。私を、大ギルファラルの後継者であるなどと」


「その、お父上は?」

「死にました」

「それは……大変、申し訳ない事を、お訊きしてしまいました」

「お気になさらず。私は、父が死んで安心するような不孝者ですから」


「お詫びの真似事にも、なりませんが」

 エルコックは、真昼の晴天を見上げた。


「……私の父親について、お話し致しましょう。独り言です、聞き流していただければ」

「伺います、是非とも」


「私は父の、顔も名前も知りません。母がね、ついに教えてくれなかったのですよ。お墓の中まで持って行ってしまいました」


 エルコックの日焼けした美貌に、苦笑めいたものが浮かぶ。


「女手ひとつで私を生かしてくれた人、もちろん感謝はしていますよ。父にも、感謝はしなければならないでしょう。息子に顔も見せてはくれませんでしたが、お金は随分と下さったようですからね……そう、私の父はお金持ちなんですよ。王都にお住まいの、やんごとなき御方であるようです」


「……貴族の方、なのでしょうか?」

「ですかね。もしも旧帝国系であれば、私もテスラー殿と……まあ、お仲間のようなもの」

 一瞬エルコックは、本当に嬉しそうな顔をした。


「ともかく。私の父にとって母は、行きずりの女でしかなかったという事。高額の手切れ金を獲得して、母も幸せだったのではないでしょうか。少なくとも、息子の前で父の悪口を言う事はありませんでした。あんたの父さんは世界一いい男、何故ならお金をたくさんくれたから……それが母の、口癖でしたね」


 大金だけを残し、自身の存在は消す。

 エルコックの父親は、自分の父とは比べ物にならぬほど立派な人物だ、とテスラーは思った。


 テスラーの父は存在し、妻や息子に暴力を振るったのだ。


「そのお金を元手に、母は商売を始め、私がそれを受け継ぎました。はっきり言って、押し付けられたようなものですよ。母は確かに凄腕の商人ではありましたが、酒浸りでしてね。死因もそれです。父の事を、ずっと引きずっていた……などとは、考えないようにしていますが」


「お父上の事を……知りたい、とは?」

「興味はありますよ、もちろん。まあ、王都の大貴族様らしいのでね。一介の地方商人に過ぎない私では……物凄い額の賄賂でも送らない限り、お目通りは叶わないでしょう」


「ご主人」

 獣人の剣士ウージェンが、いつの間にか傍らにいた。

「尾けられて、いる」


「ほう」

 エルコックが、興味深げな声を発した。

「この辺りに住まう、山賊・強盗の類かな? こちらは強い護衛を雇ったばかりだと言うのに、何とも命知らずな」


「人数、二人か三人。尾行、下手くそ」

 淡々と、ウージェンは告げた。


「……でも、強い。用心、越した事ない」

「それは、その通りだ。君たちに全て任せるよ、ウージェン」


 会話を、遮られた。

 テスラーは、そう感じた。


 この隊商を何者かが尾行しているのは、事実であるとして。

 それを報告するついでにウージェンは、エルコックとテスラーの会話を遮断したのではないか。


(エルコック殿のお父上には、触れるな……と?)


「ウージェンはね。売られていた獣人たちの中から、私の母が見出した人材なんです」

 歩み去るウージェンの後ろ姿を見つめ、エルコックが言った。


「頼りない息子の、お守り役として……母が、私に付けてくれたんですよ。私にとっては、ちょっと怖い兄のようなものです」


 エルコックの母は、息子が知らぬ事を、いくつかウージェンに教えてあるのかも知れなかった。

 例えば、エルコックの父親に関して。


 思いかけて、テスラーは頭を横に振った。

 自分が興味を持つような事ではない、と思い直した。


 別の事を、考えた。


 この隊商を尾行している者がいる。

 二人か三人。手練れである、とウージェンは言った。


 シェルミーネ・グラークとヒューゼル・ネイオンではないか、とテスラーは思った。


 もしそうなら、この隊商を尾行しているのではなく、ボーゼル・ゴルマーの残党部隊を追っているのだ。


 商人エルコック・ハウンスに護衛として雇われた事も、恐らくは書簡によって、ゴスバルド地方領主マレニード・ロンベル侯爵に逐一、報告されているだろう。


 山賊・強盗の類ではなく、王国地方軍が、この隊商を攻撃するかも知れない。


 それよりも今しかし、テスラーの心を占めている事は、ただ一つ。

 声に出さず、語りかけてみる。


(また……貴女に会える、かも知れない……のか? シェルミーネ・グラーク嬢……)

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