表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
疾風怒濤の悪役令嬢  作者: 小湊拓也


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

144/196

第144話

 現ヴィスガルド王家と、旧帝国系貴族。


 支配者として、どちらが、ましであるのか。

 我々民衆にとって、なかなか悩ましい問題ではあった。


 国王エリオールは、私のような一介の農民に言わせるならば、無為無能としか言いようのない人物である。


 かつてはシグルム・ライアット侯爵という傑物がいて、この頼りない国王陛下をよく補佐していたようだ。


 現在、無為無能の国王に代わって政治を行っているのは、王国宰相ログレム・ゴルディアック侯爵である。


 政治家としては申し分のない人物だ、と私は思っている。

 不満など、言い始めたら際限がなくなるものだ。


 様々に不手際や力不足な点はあるものの、この宰相閣下は、我々の生活を守ってくれている。

 私は、そう思っている。


 シグルム・ライアット。

 ログレム・ゴルディアック。

 共に、旧帝国系貴族である。


 現ヴィスガルド王家から、この両名と並び得る偉材を挙げるとしたら。

 やはり王太子アラム・エアリス・ヴィスケーノ殿下、という事になるのであろうか。

 建国王アルス以来の英傑、と呼ばれてはいる。


 怪しいものだ、と私は思う。

 ここドメリア地方から見たアラム王子は、平民出身の若妻アイリ・カナン王太子妃と、ただ仲睦まじくしているだけの軟弱な青年である。


 してみると。

 人材の豊富さにおいて、ヴィスガルド王家は旧帝国系貴族に遠く及ばない、という事になってしまうか。


 だが。旧帝国系の人材として双璧を成す両名のうち、シグルム・ライアット侯爵は二年ほど前に死亡した。

 王宮の庭で、腐乱死体が見つかったという。


 腐乱死体であるから、本当にシグルム侯であったのかどうか、は不明である。

 実はどこかで生きていて何か企んでいる、などという話はいくらでも聞こえて来る。


 双璧のもう一方ログレム・ゴルディアック宰相は、権限が万能ではなかった。


 この宰相閣下は、父親であり一族の長老であるゼビエル・ゴルディアック大老の意思を、完全に無視する事は出来なかったのである。

 力不足と言ったのは、その事だ。


 ゴルディアック家は長老ゼビエルの意向で、王国各地の旧帝国系貴族から、賄賂や貢ぎ物を大いに取り立てていた。

 高額の貢ぎをする者ほど、旧帝国貴族としての序列は上がってゆく。


 ゴルディアック家のこのような腐敗を、宰相ログレムは止められなかったのだ。


 ここドメリア地方の領主デオム・ロベール侯爵は、ゴルディアック家に貢ぐ事で地方領主の地位を得た、典型的とも言える旧帝国系貴族であった。


 当然そこで貢ぎが終わるはずもなくデオム侯爵は、規定を上回る税を我ら民衆から搾取し、ゴルディアック家に賄賂を送り続けた。


 結果しかし、デオム侯爵が、地方領主から上の地位へと進む事はなかった。


 ゼビエル・ゴルディアック大老が、死亡したのだ。


 王都で、何かが起こった。

 ゴルディアック家の大邸宅に、異形の怪物が大量に出現した。などという話も聞こえて来る。


 ともかく。

 長老を含め、ゴルディアック家の主だった人々は宰相ログレム以外、皆殺しの憂き目に遭ったという。


 結果。今、このような事が起こっている。


「ひぃっ……何と、何という事を……」

 私が連れ回している、小太りの中年男。

 贅沢品をまとう事に慣れており、私の着せてやった農民の衣服が似合っていない。

「……すまぬ……すまんなあ、農夫クラントよ。私のせいで……このような事に……」


「まったくですよ、元侯爵閣下。貴方なんか放っておけば良かった」

 つい私は、正直な事を言ってしまう。


 村の広場で、私たち二人は取り囲まれていた。

 農具を携え振り立てる、村人たちにだ。


「やっぱり、お前だったなぁクラント」

「そいつを匿って……一体、どうするつもりだったんだ? おい」

「旧帝国のクソどもに尻尾振りやがって!」


 全方向から私は今、そんな言葉を浴びせられている。


 東の方に、炎と煙が見えた。

 私の自宅が、燃えているのだ。

 この連中に火を点けられ、私たちは追い出された。


 そして今、広場に追い込まれたところである。


 ここドメリア地方では、つい最近、領主の交替が行われた。

 新しい領主は、オットー・バイロン侯爵という人物で、旧帝国系貴族ではない。


 彼に取って代わられた旧領主デオム・ロベールは今こうして、私の背中にすがりついている。


 してやれる事など、しかし何も無かった。


 以前このデオム閣下は、身分を隠して密やかに、この村を訪れた事がある。

 その時、話し相手となったのが私だ。


 民の生活を、良くしたい。


 そんな事をデオム侯爵は私に語ったわけだが残念ながら、その志が実現する事はなかった。


 この御領主は相変わらず、我々から重税を搾り取り、ゴルディアック家に貢がずにはいられなかったのだ。


 ゴルディアック家と、親密な関係を築き上げる事が出来るかどうか。

 それは貴族という種族にとって死活問題であったろうから、まあ仕方がないのかも知れない。


 だが今。ゴルディアック家は、貢ぐ者に恩恵を与える力を失った。

 長老ゼビエル他、一族の中心部にいた人々が、ことごとく死亡した。


 デオム侯爵が長らく行っていた貢ぎは、完全に、無駄なものとなったのである。

 残ったものは、民衆の憎悪だけだ。


「よくも今まで、搾り取ってくれたなぁ? おい、御領主様よ」

「お偉い方々に、賄賂とか贈るためか」

「そのお偉い様方、みんな死んじまったぞ? どうするつもりだ、おいコラ」


 否、憎悪だけではない。

 先頃まで支配層にいた人間を攻撃する事に、この連中は愉悦を感じてしまっている。


「……落ち着け、みんな」

 家を燃やされた怒りを、私は懸命に抑え込んだ。


 幸い、私には家族がいない。

 色々あって、女房と子供には逃げられた。

 だから気軽に、家を燃やされる。


「……こんな事をして、何になる?」

 怒りを抑え、私は言った。


「見ての通り、この人はもう領主様じゃあない。誰にも助けてもらえない、惨めなもんだ。充分に罰を受けたとは思わないか」


「罰ってのはなぁ、ぐっちゃぐちゃに叩き潰されて! 糞小便と混ざり合って、畑の肥やしになった状態を言うんだよ!」

 そんな応えが、返って来た。


「当然てめえもだぞクラント。旧帝国のクソ野郎を庇って匿うってのは、そーゆう事だ」

「旧帝国のゴミども、許せねえ……許さなくてもいいってのが、わかっちまったからなぁああ」

「教えてくれた! ボーゼル侯と、ベレオヌス様がなあ!」


 王弟ベレオヌス・シオン・ヴィスケーノ公爵。


 ヴィスガルド王家の関係者で傑物と言えば、アラム王子ではなく、実はこの人物なのではないか、と思える時は確かにある。


 狡猾なる豚。強欲の化身。

 そんなふうに呼ばれる公爵で、悪い噂は様々に聞こえて来る。民衆に、嫌われてもいた。


 それでも、大老ゼビエル・ゴルディアックを筆頭とする旧帝国系貴族の面々よりは若干まし。

 民衆からの評価が、そこへ落ち着いたのは、いつの頃であったろうか。


 ゴルディアック家の大邸宅で何事かが起こり、ゼビエル大老ら一族の中心人物がことごとく死亡した。

 その混乱を見事、収束へと導いたのは、ベレオヌス公爵であるという。


 大邸宅に現れた怪物の群れというのは、この公爵の私兵部隊であった、とも言われている。


 全てはベレオヌス公の仕業……という話になってしまうのは、自然の成り行きであった。


「旧帝国のクソどもを、綺麗に片付けて下さった! ベレオヌス公爵様は最高だぜ!」

 などと喜んでいるのは、我が家の隣人ゼベットである。


 この男、一月ほど前には酒を飲みながら、ベレオヌス公の悪口を言っていたものだ。

 好色な豚、と。金と権力で女を集めているに決まっている、と。


「わかったかクラント。今はなあ、ベレオヌス様が正義なんだよ!」

「旧帝国のクソどもは悪! ぶち殺していいんだよ、許さなくたっていいんだよ! 俺たちはなあ、ずっと騙されていたんだぞ! そいつに!」


 村長の息子ガランが、デオムに人差し指を向ける。

「何の事はねえ。旧帝国貴族なんて連中、別に偉いわけでも何でもなかったんだ。クソが!」

「クソを庇って、匿って……一体、何を企んでやがった? おいクラント」


 新領主オットー・バイロン侯爵は何をしているのだ、と私は思った。

 前任者を追い出したまま放置し、民衆の私刑に委ねようとしているのか。


「…………すまぬ……」

 私の背中にすがり付いたまま、デオム元侯爵が、蚊の鳴くような声を漏らす。


「殺すのは私だけにせよ、クラントは関係ない助けてやれ……と、言わねばならぬのだろうが言えぬ……」

「そうですか、言えませんか」


「……死にたくない…………」

「でしょうな」


 この元領主は、私と同じであった。

 妻子に、逃げられている。

 親近感、に似たものは確かにある。だから匿って差し上げた。のかも知れない。


「…………仕方が、ないではないか……」

 デオムは、泣きじゃくっていた。

「ゴルディアック家には、貢がねばならぬ……我ら、弱小の旧帝国貴族……ゼビエル大老に嫌われてしまっては、生きてゆけぬ……仕方がないではないか……」

 嗚咽は、村人たちの怒号に掻き消された。


 無数の農具が、全方向から、我ら二人に向かって振り下ろされる……かと思われた、その時。


 重々しい、馬蹄の響きが近付いて来た。


「我ら、帝国貴族は」


 大音声、ではない。

 だが。殺意を燃やしていた村人たちの誰もが動きを止めてしまうほど、重く響く声。


「……新たなる時代を迎えた、という事だ」


 大柄な軍馬にまたがる、巨大な甲冑姿。

 地方軍の騎兵か。


 新領主オットー侯爵が、ようやく治安維持の仕事を思い出してくれたのか。

 治安維持のために派遣されて来たのが、しかし騎兵一名とは。


「ゼビエル・ゴルディアックは死んだ。その子ログレムは、すでに帝国貴族を裏切っておる」


 鈍色の全身甲冑の上からでも、隆々たる筋肉の形が見て取れる巨漢であった。


 棺桶のようなものを、背負っている。

 鞘を被った、巨大な剣だ。


「弱小貴族デオム・ロベールよ。お前たちが頼るべき、帝国貴族の要は……我が主、バルフェノム・ゴルディアック閣下であるぞ」


 言葉を発する顔面は、頭蓋骨であった。

 無論、仮面である。

 天空に向かって大きく尖った三角形の兜と、髑髏の仮面。


 虚仮威し、ではないと私は思った。

 この大男は本当に、鎧兜に身を包んだ死そのもの、ではないかと。


 ゼベットもガランも他の連中も、圧倒されたようではある。

 だがすぐに調子を取り戻した。

 この大男が結局、一人だけであるからだ。

「……何だ? てめえは」


「一つ訊こう、愚民たちよ」

 大男が、ふわりと馬を降りた。


 甲冑姿の巨体が、絶大な体重を全く感じさせず、村人たちの眼前に降り立ったのだ。

「旧帝国系貴族は、お前たちにとって……悪、であるのか?」


「そうだあ! 悪い奴らは、ぶち殺されて当然なんだよっ!」

 村人たちが、大男に農具で殴りかかってゆく。


「俺たちは! そいつに、重税で苦しめられて来た! ぶち殺す権利がある!」

「そいつを庇う奴も同罪だ!」

「正義の裁きだ、邪魔すんなコラァああッ!」


 農具が全て、へし折られた。

 眼球が、脳髄の飛沫が、宙に舞い上がる。


「何という……」


 重く暗い声に合わせ、暴風のようなものが吹き荒れる。

 大男の、拳だった。

 村人たちが、農具もろとも砕け散ってゆく。


「正義なるものの、何という……おぞましさよ」

 髑髏の仮面の内側で、大男は本当に、嘆き悲しんでいるようであった。


 嘆きながら、悲しみながら、大男は拳を振るう。

 鈍色の手甲が、剛力で握り固められ、鉄槌にも等しい凶器と化して、村人たちを農具もろとも粉砕してゆく。


 ゼベットの顔面が陥没し、両耳から様々なものが噴出した。

 ガランの横面に拳の形が刻印され、頸椎が猛回転して捻じ切れた。


 背負った巨大剣を抜く事もなく、大男は殺戮を行っている。

 鈍色の全身甲冑が、返り血にまみれてゆく。


「ならば私は、悪でよい……」

 髑髏の仮面の内部から、重く禍々しく、声が流れ出す。


「我が名はゼイヴァー・ロウレル……この世で最も悪しきもの、旧帝国貴族の守護者である」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ