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疾風怒濤の悪役令嬢  作者: 小湊拓也


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第130話

 シェルミーネ・グラーク。

 あの娘は、紛れもなく化け物であった。


「何だ……何故だ一体、何なのだ! あれは!」

 私は叫んだ。

 腹の底から、心の奥底から、絶叫が迸っていた。


「あんな、あのようなものが何故! この世に存在する!」


「……我々の攻撃魔法が、ことごとく吸収されてしまいました」

 ゴルナンが呻いた。

「あの女は……我ら魔法使いの、天敵と言うべき存在です」


「そんなものが、何故この地にいる? 我々の邪魔をするためにだけ、現れたと言うのかっ」

「かの悪役令嬢が、よもや……あれほどの化け物であったとは」


「噂は本当であったようだな。悪役令嬢シェルミーネ・グラークが、グラーク家より放逐されて流浪の身にあるという」

「マレニード・ロンベルに拾われ、猟犬として飼われているという事か」


 ゴルナン、メザーク、リヴド、ゼオロン、バルバラーク、エンゲリオ、レゴット、そして私ディアルゴ・ブード。


 生き残ったのは、この八名だけだ。

 他は、シェルミーネ・グラーク一人によって殺し尽くされた。


 ヴィスガルド王国南部、ゴスバルド地方。

 とある森林地帯に我々八名は今、身を潜めている。


 初めは、二十人いた。


 複数の村を支配下に置いていたが、別に暴虐を働いていたわけではない。


 村人たちに、力を与えていただけだ。


 あくせく働いて、王国に税を納める。

 そんな事をせずとも、自立し生きてゆけるだけの力を。


 力を得た村人たちは、ヴィスガルド王国ではなく我々に従い、偉大なるヴェノーラ・ゲントリウスを崇めながら生きてゆく事となる。


 誰も、不幸にはならないのだ。


 かの残虐無道なる領主マレニード・ロンベルは、そんな我々を容赦なく狩り殺しにかかる。

 シェルミーネ・グラークという凶暴極まる猟犬を放ち、無害な我々を虐殺せんとする。


「ぐっ……ぁあああ、ががががガキをよォ、ガキ孕んだ女によぉおおお」


 ゼオロンが、灰色のローブの下で筋肉を痙攣させる。

 隆々たる肩や胸板が、変異を起こしかけている。


「おおお俺様の組んだ術式、ブチ込んでやるとよォ、ガキがイイ感じのバケモノになって生まれるんだよぉ女の腹ぁ食い破ってよォオオオオ! もーちょっとで試せたのに、あンのクソッタレ悪役令嬢があああああああああッ!」


 ゼオロンだけでなくメザークもレゴットもバルバラークも、村人たちに施す予定だった魔法実験で、すでに自身の肉体をも作り変えてある。

 さほど危険なものでないのは、実証済みなのだ。


「何故だ……」

 リヴドが呻き、叫ぶ。

「導師ジュラードは……我々を、よもや見捨てたのか? 何故、助けに来て下さらぬ!」


「今更だぞ、リヴドよ」

 私は、嘲笑った。


「ジュラードにとって、我々など捨て駒でしかない。転生したるギルファラル・ゴルディアックを捜し出し、魂の転生を学び、自身が永久不滅の命を得る……そのための道具として、武器として、あの男は我々を育てたのだ」


「我々もまた、不死不滅となる事が出来る……そう、思い込まされていたというわけか。我々は」

 エンゲリオが言った。


「思えば。あのイルベリオ・テッドも、それに気付いたが故に、ジュラードと袂を分かつ決断を下したのやも知れんな」


「我らとて、もはや導師ジュラードに頼る事は出来ぬ。自前の戦力を、確保せねばならぬ」

 全員に向かって、私は告げた。

「このような状況に陥った以上……もう一つの方法も、検討せねばならないであろう」


「バラリス・ゴルディアックが試していた、例の召喚儀式か」

 メザークが、私の言葉を補足してくれた。

「大魔導師ギルファラル・ゴルディアックが使役していたという、大いなる魔物の召喚……」


「バラリスはな、実はかなり良いところまで達していたのだ。召喚の儀式を、六割近くは完成させていた」

 語りつつ、私は思う。


 大魔導師ギルファラルの、終生の協力者と言うべき存在。

 強大なる、魔界のもの。


 バラリス・ゴルディアックが、それを再び召喚せんとして生贄を求め、民衆を殺戮した。

 生半可な生贄で、召喚に応じてくれる相手ではないのだ。


 己の肉体を、前払いする。

 その覚悟が無ければならない、とも言われている。


 そんな覚悟は、要らない。


 いざとなれば、ここにいる私以外の七名を捧げれば良い。


 魔力を有する、七つの肉体。

 生贄としては、力なき一般民衆、数千人に等しい価値があるだろう。


 ただ、その前に。

 六割方、出来上がっている召喚儀式を、完璧なものにする必要がある。


(なあバラリス・ゴルディアック侯爵よ。そなたは結局のところ、大魔導師ギルファラルの転生したる姿ではなかったが……その暴君としての生き様、まるで無意味であったわけではない。そなたが民を殺戮しながら模索・構築してくれた召喚の儀式、私が完成させて見せようぞ)


 すでにこの世にいない者へ、私が心の中から語りかけている間。


「…………おい。誰だ、そこにいるのは」

 バルバラークが、灰色のローブの下で肉体を変異させながら、木陰へと声を投げる。


 物音がしたのだ。

 それは、足音であった。


 いや。足で歩く生き物、ではないのかも知れない。

 歩いているのか這っているのか、判然としない動きで、何かが近付いて来る。


 バルバラークの全身で、灰色のローブがちぎれた。

 無数の刃が、出現していた。


 巨大に鋭利に異形化を遂げた、骨である。


 それら骨の刃でバルバラークは、鋼の甲冑をまとった騎士の一団を瞬時に切り刻んだ事がある。


 木が、倒れた。


 バルバラークは、跳躍していた。

 骨の刃の塊が、木を倒して出現した何者かに襲いかかる。


 この襲撃をシェルミーネ・グラークは、あの時、細身の長剣の一閃で迎え撃った。

 バルバラークは叩き斬られ、ほうほうの体で逃げ出したものだ。


 負傷はしたが、致命傷ではなかった。

 叩き斬られた肉体は再生し、こうして今も生きている。


 再生能力を有する肉体が、今。一撃で粉砕されていた。


 骨の刃は全て砕け、無数の肉片と一緒に飛散し、崩壊し、森の土に混ざって消えた。


 バルバラークを粉砕したものが、獰猛にうねる。

 それは大蛇のようであり、巨人の豪腕にも見えた。


 そんなものが複数、樹木を叩き折りながら暴れている。


 暴れるものたちが、ゴルナンとエンゲリオを直撃した。

 両名とも、人体の原形を一瞬にして失い、飛び散っていた。


「何者!」

 レゴットが、灰色のフードを脱ぎ取りながら吼える。


 肉食爬虫類の如く、顔面から迫り出しながら大きく裂けた口。

 そこから、大型の火球が吐き出される。


 吐き出された火球は、命中はした。


 大蛇あるいは巨人の豪腕を複数生やした何かが、若干の焦げ臭さを発しながら、しかし止まらず前進する。


 巨大な肉塊、としか言いようのない姿であった。


 その全身各所が、大蛇あるいは巨人の手足の如く変化して、移動そして攻撃を行っている。


 ひたすらに火球を吐き出し、乱射しながら、レゴットが砕け潰れて飛散した。


 火球は全て、巨大な肉塊の表面で砕け散り、弱々しく火の粉に変わった。


 消えゆく火の粉を蹴散らして、大蛇が宙を泳ぐ。巨人の豪腕が、唸りを発する。


 ゼオロンが、牙ある触手を無数、全身から生やしつつ、グシャリと原形を失った。

 巨人の豪腕に、叩き潰されていた。


 その間、リヴドと私は二人がかりで攻撃魔法をぶっ放す。

 肉塊に向かって、電光の豪雨と氷の嵐を叩き付ける。


 大蛇が、それらを粉砕しながら宙を泳いだ。

 電光の飛沫が、氷の破片が、蹴散らされる。


 リヴドの、上半身が砕け散った。

 私は、下半身を失っていた。ちぎれた両足が吹っ飛んで行く様を、呆然と見つめた。


 荒れ狂う大蛇が、魔法使い二人を、斜めに薙ぎ払ったのだ。


 私は上半身だけとなって地面に落下し、臓物をぶちまけた。


「貴様、バラリス・ゴルディアック配下の生き残りかっ!」

 メザークが、叫びながら両手を振るう。


 その両腕が、灰色のローブをちぎり飛ばしながら、超高速で巨大化・伸長した。

 バチバチッ! と、電撃光をまといながらだ。


 バラリス・ゴルディアックの配下。

 我々の手によって人間ではなくなった兵士たちの、成れの果て。


 この怪物は、そうなのか。

 いや。それにしては、あまりにも規格外ではないのか。

 強すぎる。


 電光を帯びた豪腕が、鉤爪を伸ばし、怪物に突き刺さった。

 雷鳴を発する電撃が、怪物の体内に流し込まれてゆく。


 そう見えた時には、メザークの肉体は、巨人の豪腕に殴り潰されていた。

 肉片と鮮血が、霧のように散った。


 私は、ぼんやりと見つめた。

 我々八名を、たちどころに殺し尽くした怪物が、痙攣しつつ変異してゆく様を。


 大蛇あるいは巨人の豪腕のようなものたちが、細く、短く、縮んでゆく。消え失せる。


 肉塊としか表現しようのなかった全身が、痩せ衰えながら、よろめいて樹木にもたれかかる。

 よろめく両脚が、いつの間にか在った。


 私は、間もなく死ぬ。

 死に際に、おかしな幻を見ているに違いなかった。


 弱々しく木にもたれかかっているのは、若い女の裸身であった。

 顔も身体も、そこそこには美しい。


 両眼は、ここではないどこかを、ぼんやりと見つめている。


「…………私を……」

 ここにはいない何者かと、その娘は会話をしていた。


「……お見捨て、あそばされる…………事もなく。まだ……お助け下さる、のです……か……?」

『君の命が続く限りは、ね』


 やはり死に際の幻覚だ、と私は思った。

 会話が、聞こえてしまう。


『私に、己の肉体を前払いした者たち……これまでもね、何人かはいたよ。だが、君ほどしぶとく生き長らえた者はいない。時折こうして正気を失い、暴れる事はあるにせよ……君は一向に、自我を失わない。己自身を維持しながら、怪物として進化を遂げつつあるようにさえ思えてしまう。実に、興味深いよ』


「……死んで、いられません。やらなきゃいけない事、増えましたから……クルルグ君も、他のバカたれどもも…………助けて、あげないと」

『やらなければ、ならない事がある……それは素晴らしいね』


 私は死ぬ。

 もう、何も見えなくなった。


 間もなく、何も聞こえなくなる。

 得体の知れぬ何者かの、愉しげな声。


『私にも、やっておきたい事がある』

 それが私の、最後に聞いた音声だった。


『ギルファラル・ゴルディアックが、本当に……今この時代において、生まれ変わりを果たしているのなら。会いたいよ、語り合いたいよ』

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