第127話
●
「ドルルクめ、勝手な事を……」
灰色の男が、五名。
丘陵の上から、とある村を見下ろしている。
「あやつ……フェアリエ・ゲラールではなく、テスラー・ゴルディアックを、大魔導師ギルファラルの転生体と見たようだな」
テスラー・ゴルディアックの身柄を確保するため、ドルルク・モルゲン他十数名が行動を起こした。
結果、村の入り口広場は戦場となっていた。
ドルルクの召喚した魔界のものどもが、村を襲撃しようとして、兵士たちに止められている。
近くの山中に野営している、ボーゼル・ゴルマーの残党兵団。
そこに今、領主マレニード・ロンベル侯爵が派遣したものと思われる王国地方軍の兵士が三人、合流したところである。
たった三名とは言え、手練れであった。
三位一体の剣技で、魔界のものたちを片っ端から、超高速で切り刻んでゆく。
「テスラー・ゴルディアックなど……そこそこに魔力があるだけの、出来損ないに過ぎぬ」
兵士たちに護衛されている細身の貴公子を、睨み観察しつつ、一人が言った。
「見ればわかるであろう。魔力に関しては、あやつ生涯あれ以上にはならぬ。あんなものが、ギルファラル・ゴルディアックの生まれ変わりであるものか」
五人の、灰色の男。
ローブに身を包み、フードを目深に被り、完全に正体を隠している。
一人を、除いてだ。
「とは言え……ゴルディアック家にようやく現れた、魔力持つ者である事に違いはあるまい。フェアリエ・ゲラールの方は、まだ魔力が発現する兆しすら見えていないのだからな」
「ゲラール家の令嬢に……おぬしが、素質を感じてしまったのだろう? ドーラ・ファントマよ」
一人。フードを脱いで素顔を露わにした青年が、仲間の問いかけに応えた。
「とてつもない魔力の素養が、彼女にはある……私は、そう感じた」
白銀色の髪に囲まれた秀麗な素顔に、表情はない。
黄金色の瞳が、村を守る兵士たちの勇戦奮闘を、じっと眺めているだけだ。
「それだけだ。あの幸薄そうな令嬢が、大ギルファラルの転生した姿であるなどと、言った覚えが私には無いのだが……貴殿らの間では、そのような事になってしまったのだな」
「おぬしの見立ては、いつも正しいからな」
「ともかく。ゴルディアック家の血族縁者の中、少しでも可能性ある者たちを、片っ端から調べてゆくしかあるまい」
「愚か者のドルルクは、泳がせておくべきよな」
「ああして派手な事を、しでかしてくれる。マレニードの目を、力を、引き付けておいてくれる」
「その間。我らは、ゲラール家と接触せねばならぬ」
「令嬢フェアリエを、どのようにしてか追い込み、秘められたる力の発現へと導かねばならぬ」
「そこまでして……」
ドーラ・ファントマは、暗い声を発した。
「ギルファラル・ゴルディアックの転生体を、そこまでして探し出す事に……一体いかなる意味があると言うのだ」
「言葉に気をつけよ。おぬしは今、導師ジュラードの定められたる方針に、異を唱えんとしておるのだぞ」
素顔を隠したままの四名が、口々に言い立てる。
「大皇妃ヴェノーラ・ゲントリウスの偉大なる黒魔法を受け継ぎし我らが今、追究せねばならぬもの……それは、死せる者を生き返らせる方法よ」
「ヴェノーラ陛下、御本人すら到達する事の叶わなかった秘術……それをな、ギルファラル・ゴルディアックが作り上げたのであれば」
「偉大なるヴェノーラ・ゲントリウスの宿敵であった大魔導師に、我らは学ばねばならぬ」
「魂の、転生を」
「それは、我ら自身の不死不滅へと繋がるのだ」
(我ら自身の不死不滅、だと……)
ドーラ・ファントマは今、暗澹たる心持ちであった。
(仮に、魂の転生を可能とする秘術が実存し、それによって大ギルファラル本人が今この世に復活を遂げた、として)
フェアリエ・ゲラール。
テスラー・ゴルディアック。
自身の末裔たる年少者二名、どちらかの肉体を獲得し、大魔導師ギルファラル・ゴルディアックは復活を遂げる。
導師ジュラードはそう語り、この者たちも、それを信じきっている。
しかし、とドーラは思う。
(ギルファラル本人より、魂の転生を学ぶ事が出来た……として。ジュラードが、それを我らのために用いてくれるなどと何故、思えるのだ)
ジュラードは確かに、死せる者を生き返らせる手段を探し求めている。
それは、しかし弟子たちを不死不滅へと導くためではない。
(何者かを……とある特定の誰かを、蘇らせようとしているだけだ。それが何者であるのかは不明だが……そのために、我らの命など、いくらでも捨て駒とされている現状。お前たちには見えていないのか?)
この者たちは、不死不滅に目が眩んでいる。
不死不滅を追い求めるがあまり、死んでゆく。
(……それなら、それで良い。私は私で、お前たちの安い命を有効利用するまでだ)
●
ボーゼル・ゴルマーの残党兵団は、さすがの精強さであった。
灰色の男たちは、ほぼ全員、屍に変わり横たわっている。一人の逃亡も許していない。
ドルルク・モルゲンの召喚した魔界のものたちも、殺し尽くされた。
こちらは全て、屍も残さず崩れ消えている。
感心している場合でもなくイガム・オーグニッドは今、様々な方向から長剣を、槍を、突き付けられていた。
二人の弟、ザムとドメルも同様の状態である。
いつでも、滅多斬りにされる。滅多刺しにされる。
かつてボーゼル・ゴルマーに仕えていた、兵士たちにだ。
一度は共に戦った、戦友と呼べなくもない男たちにだ。
三兄弟に槍や長剣を突き付けたまま、兵士らは口々に言う。
「助かったぜ、ありがとうよ。ベレオヌスの犬ども」
「またしても俺たちに味方して……今度は何を、狙ってやがるんだテメエら、おい!」
「もうな、俺たちから盗めるモンなんざ何もねえよ」
「あらかた、てめえらに盗られちまったからなあ!」
「ああ、わかってるよ。盗られる方がマヌケなんだよなあ? なあ!? なあ!」
「……言ってみろ、俺たちがマヌケだと」
「い、言えるわけがないさ。こんな状況で」
髭面の次兄ザム・オーグニッドが、両手を上げたまま愛想笑いを浮かべる。
「思ってもいないよ、君らが間抜けだなんて。ま、ま、少し落ち着こうじゃないか」
「しょうがねえ! しょうがねえんだよ、アレは」
傷顔の末弟ドメル・オーグニッドが、明るい声を発している。
「何しろな、俺たちのやり方がな、あんまりにも冴えてたからなあ! そう、お前らがマヌケなんじゃあねえ。俺たちが超絶有能過ぎたって事よ。元気出せって!」
兵士の一人が、ドメルの口に槍を突き入れようとしている。
「やめろ」
その槍が、止まった。
「俺たちの独断で……マレニードやベレオヌスと今、事を構えるわけにはいかん」
声を発したのは、リーゲン・クラウズである。
こちらを向いたまま右手に槍を持ち、穂先を突き付けている。
無様に尻餅をついた、ドルルク・モルゲンの喉元にだ。
「ま、待て……待ってくれ……」
命乞いをするドルルクの口に、リーゲンは槍を突き入れようとはしない。
「そなたら、ボーゼル侯の遺志を受け継ぎ、果たさねばならんのであろう? 我らを味方に付けた方が得であるぞ」
「要らんなあ、貴様らは別に」
リーゲンは即答した。
「……貴様らは、むしろ根絶やしにしなけりゃならんという気がする」
「そう、その通りだ、リーゲン殿」
イガムは言った。
「そやつの身柄、我らに引き渡して欲しい。吐かせねばならん事が、いくらでもある」
「吐く、何でも言う」
ドルルクの声が、震えている。
「我々の、拠点。戦力規模、構成人員……貴公らの知りたい事、何でも教えて進ぜるとも。だから頼む、どうか命だけは助けて欲しい、拷問も勘弁していただきたい」
「困るな、それは」
声がした。
灰色の男が一人。いつの間にか、ドルルクの傍らに出現していた。
ローブに身を包み、だがフードは被っていない。
秀麗な素顔が、露わである。
銀色の髪が揺らめき、金色の瞳が場を見渡す。
「貴様……!」
リーゲンの槍が、その男を急襲した。
そして、折れた。
黄金色の瞳から放たれる眼光が一瞬、物理的な力を持った。
イガムには、そのように思えた。
その力が、槍をへし折り、リーゲンの身体を吹っ飛ばしていた。
吹っ飛んだリーゲンは、地面に激突しつつも即座に起き上がり、その時には長剣を抜き構えていた。
受け身からの抜刀。
やはり惚れ惚れするような身のこなしだ、とイガムは感じた。
「お、おお……助けに来てくれたか、我が友ドーラ・ファントマよ」
ドルルクが、無様な尻餅の姿勢から、どうにか身を起こそうとしている。
そうしながら、こちらを睨んで笑い叫ぶ。
「ふ、ふはははははは愚か者どもが! 浅はかにも我らに勝てるなどと思ってしまったようだが、これが現実というものよ。さあ私に対する無礼の罰、詫びるならば楽に死なせてぐぶっ、ぎびぃっ! ぎゃあっぐぐぐぐぐ」
悲鳴を漏らしながら、ドルルクは立ち上がる。
いや。目に見えぬ手によって、引きずり立たされてゆく。
「ドルルク・モルゲン。貴公には少しの間、派手に泳いでもらう事となった。満場一致の意見である」
ドーラ・ファントマと呼ばれた銀髪の青年が、片手をかざしている。
その端正な五指から、目に見えぬ糸が伸び、ドルルクの全身を操っている。
そんな格好であった。
「せいぜい暴れて……王国軍の目を引き付けて欲しい、との事だ」
「ぐぎぎぎぎぎ、ぎゃびぃいいいいいい!」
目に見えなかった糸が、可視化を遂げていた。
黒い糸。
糸の形をした、暗黒そのもの。
それらが、ドルルクの全身を包み込んでゆく。
「ヴェノーラ・ゲントリウスの、黒魔法の一つ……我が兄弟子イルベリオ・テッドが、大いに改良を施してくれたものだ。おかげで私にも扱える」
ドーラ・ファントマが語る。
暗黒が、ドルルクの全身を包みながら、固く物質化を遂げてゆく。
暗黒の、鎧であった。
「この闇甲冑の中で、人体は死ぬ。そして人ならざるものと化し、力を得る。死せる者の蘇生、その一つの形と言えようか」
もはや表記不可能な絶叫を張り上げ、ドルルクは歪んでゆく。
暗黒の鎧をまとった全身が、痙攣し、メキメキとねじ曲がりながら膨張する。
黒く巨大な、金属質の怪物が、そこに出現していた。
「……私の腕では、このような出来損ないにしかならぬ」
ドーラが、落胆の息をつく。
「我が偉大なる兄弟子イルベリオは、この闇甲冑を……屍も同然の男に装着させ、そして恐るべき魔人を生み出した。あらゆるものを斬滅する、暗黒の騎士……あれが、あれこそが、私の理想なのだ」




