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疾風怒濤の悪役令嬢  作者: 小湊拓也


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第124話

 死者の弔いなど、生きている人間が自己満足のために行うものでしかない……のだとしても。

 それで何が悪いのか、とシェルミーネ・グラークは思っている。


「人間という生き物から、自己満足を取り除いたら……何も残らなくなるような気は、いたしますわね」


「同感よ。あたしだって結局、自分がいい思いしたくて生きてるようなもんだから」

 ゴスバルド地方領主マレニード・ロンベル侯爵の口調は、重い。


 上背で遥かに勝る侯爵を、シェルミーネはちらりと見上げた。


「この地で善政を布いておられるのも、御自身のため?」

「おバカな民衆ちゃんがね、自分たちから進んでベレオヌス様に税金を納めてくれる……その状況を作るためよ。あたしは、それが幸せなの」


「……何であれ、この地の民にはマレニード・ロンベルという名君が必要という事。ですわね」


 この地の民には、あんたが必要だ。

 そう言って先程、一人の男がマレニードを庇い、死んだ。消滅した。


 肉体は砕け散って崩壊し、土に還った。

 木立や雑草の肥やし、にはなったのか。


 肉片の一つ、骨の一欠片も残らなかった。

 この墓標の下に、だから屍は埋まっていない。


 墓標と言っても、いくらか大きめの単なる石である。

 マレニードが、この原野のどこかから拾って来たものだ。


 人間ではなくなり、彷徨っていた男が、ここで力尽きて死に様を晒した。

 その証である。


 ミリエラ・コルベムが、幼いながら聖職者として、葬送を執り行ったところである。

 彼女に先導されて、シェルミーネもマレニードも祈りを捧げた。


 太く力強い指で、唯一神への聖印を切りながら、マレニードは呟く。

「あたしが、まさか……あんな命拾いをするなんて、ね」


「今後も、善き御領主であり続ける。他に、なさるべき事などないと思いますわ」

 シェルミーネは言った。


「ただ……ひたすらに民を慈しむ、だけでは今ひとつ、どうにもならないと。そのような情勢ですのね、南方の地は」

「そこへ貴女は、首を突っ込んでしまったのよ悪役令嬢」


 マレニードが、じろりと睨んでくる。

「ここまで来たら、もう首だけじゃなく身体ごと来なさいシェルミーネ・グラーク。それにミリエラ・コルベム……この機会にね、南方のゴタゴタを一気に片付けるわよ。あたしに力を貸してちょうだい」


「……そうするべき、だと思います。シェルミーネ様」

 ミリエラが言った。

「宰相閣下のお心にも、適う事かと」


「か弱い令嬢二人きりで、王国南部の諸問題をことごとく解決せよ……などとは、ね。宰相閣下も、おっしゃいませんわ」


 王国宰相ログレム・ゴルディアックよりシェルミーネ・ミリエラ両名に下された密命は、無論そのようなものではない。


 ここゴスバルドを通過してロルカ地方へと向かい、領主ペギル・ゲラール侯爵に仕える、一人のとある兵士の正体を探る事だ。


「……解決なさるのは、あくまで御領主様。通りすがりの私たちは、お手伝いをするだけ。寝泊まりとお食事の面倒は、見ていただきますわよ」


 このままペギル侯爵のもとへ押し込み、一人の兵士を取り調べる。

 考えてみれば、それは、あまり現実的な話ではなかった。


「差し当たって、私たちが対処すべきお相手は……旧帝国勢力の、残党の方々。及び、そこへ与力せんとなさるバルフェノム・ゴルディアック侯爵閣下の御一党様と。そのような事に、なりますかしら」


 もう一つ。

 思いつつシェルミーネは、墓標を見つめた。


 あのようなものを作り上げた、魔法使いの一団。

 恐らくは、ジュラードに連なる者たち。


「それだけじゃ、ないわ」

 マレニードは、空を見上げた。

「さっきの、あの兵隊ちゃんたち……」


「レニング・エルナード伯爵が率いておられた方々、ですわね」


 こちらに矢を射かけ、クロノドゥールやテスラー・ゴルディアックの退却を援護した兵士たち。

 なかなかに練度の高い戦闘部隊、ではあった。


「旧帝国系に、まさか……あれほどの兵団が」

「旧帝国系の連中、じゃないわよ。あれは」

 マレニードは言った。


「あれは……ボーゼル・ゴルマーの、残党よ」


 バラリス・ゴルディアック。

 そもそもの始まりは、あの男だった。


 ここ王国南部の地で、あれを筆頭・中心とする旧帝国系貴族の領主たちが、暴政を行った。搾取を行った。民を、蹂躙した。


 だから、ボーゼル・ゴルマー侯爵は決起したのだ。


 あの人物に、いささかも野心が無かった、とまでは俺も思わない。

 民衆を救い守る、という志は、しかし嘘偽りなきものであったのだ。


 ボーゼル・ゴルマーは俺たちにとって、紛れもなく英雄だった。


「我々を許せまいな、お前たちは」

 レニング・エルナード伯爵が、話しかけてきた。


 ゴスバルド地方。

 とある山中にて、我々は野営をしている。


 俺は軽く睨み、会話の相手をしてやった。


「旧帝国系の奴が、馴れ馴れしく話しかけてくるなと。言いたいとこではあるが……あんたは俺たちに、馴れ馴れしく話しかけて殺されそうになりながら、こうやって協力体制を作り上げた。口の上手さと度胸は、まあ認めてやるよ」


「そうか。私は、殺されそうだったのか」

「俺に、な」


 手にした槍を、俺はレニング伯爵に突き付けた。


 度胸はあっても腕はからっきしな、この伯爵を、俺は槍先で突き殺す事が出来る。滅多刺しに出来る。長柄で、首を叩き折る事も出来る。


 全ての事態を想定済み、なのだろう。

 レニングは眉一つ動かさず、穂先を見据えている。


 俺以外の兵士たちは、野営地のあちこちで黙々と動き回っていた。

 天幕の設置、食事の支度。自主的な戦闘訓練。


 俺に殺されるかも知れない旧帝国系貴族を、助けようとする者など一人もいない。


 孤独な死など、このレニングという男にとっては、何ほどのものでもないのだろう。


「実際……思いきった事を、したもんだよな。あんた」

 俺は、槍を引き下げた。


「バラリス・ゴルディアックの手下が……まさか俺たち、ゴルマー家の残党部隊に協力を持ちかけてくるとは。不倶戴天の敵、というやつではないのかね」


「バラリス・ゴルディアックなど、もはやどうでも良い……我ら旧帝国系と一括りにされてしまう者たちの中には、あのような救いなき愚物もいる。それのみで、人々は旧帝国貴族を判断してしまう。仕方がない、逃れられん宿命よ」


 レニングが言う。

「ボーゼル・ゴルマー侯爵は……旧帝国系貴族そのものを、滅ぼすつもりでいたのだな。王国南部から……ゆくゆくは、王国全土から」


「出来なかったよ結局は。あんたのような、手強い奴が生き残ってしまった。他にもいるんじゃないのか? したたかに生き残ってる奴」


 そういった生き残りに声をかけて回るのが、レニング・エルナードの役目なのだ。


「……まあ正直、俺たちにも声をかけてくれて助かったよ。何しろ金も食い物も底をついていた。山賊か強盗団にでもなるしかない、ってところまで俺たち、落ちぶれていたよ。感謝はする」


「それは相手が違うな。私はお前たちに、声をかけただけだ。お前たちを困窮から救ったのは」

 レニングが、視線を動かす。


 闇の塊、のような黒装束の男が、ゆらりと歩み寄って来たところである。

「金の事なら、心配するな。いくらでも援助する」


 俺は、いつでも後ろへ跳んで逃げ出せる体勢を作った。

 この男には、勝てない。


「……と、我が主バルフェノム・ゴルディアック侯爵閣下は仰せである。だが俺はな、お前さん方が、金だけせしめてダラダラやってるような連中だったら、皆殺しにしなきゃならん。まあ今のところ、その心配はなさそうだな。俺と若君様を、よく護衛してくれた。いい仕事ぶりだよ」


「……恐縮だ、クロノドゥール殿」


 若君様、と呼ばれた人物も、技術者たちと一緒に、この野営地のどこかにはいる。


 テスラー・ゴルディアック。

 バルフェノム・ゴルディアック侯爵の孫。


 結局、この王国南部に生まれ生きる人間は、ゴルディアック家からは逃げられないのか、と俺は思ってしまう。


(貴女が……貴女さえ、いて下されば……ベルクリス嬢様……)


 俺は、頭を横に振った。

 ベルクリス・ゴルマーの生死は、不明である。

 戦場における生死不明は、戦死と同義だ。

 迂闊な希望を抱いては、ならないのだ。


「ボーゼル・ゴルマーの兵士が……旧帝国貴族の陣営で戦うのは、さぞかし我慢ならないだろうな」


 クロノドゥールは言った。

「そこを敢えて……我慢を、してくれるか? リーゲン・クラウズ殿」


「確かにな、旧帝国系の連中は許せない。我慢しようと思えば我慢が出来る、程度にはな」

 俺は、応えた。


「…………我慢ならん奴らが、この世にはいるんだよ。旧帝国系貴族よりも、ずっと許せない連中がな」


「ボーゼル・ゴルマー侯爵を裏切った、南の民衆か」

 レニングが、訊いてくる。

「それとも。ボーゼル侯の仇、アラム・ヴィスケーノ王子か?」


 その名が出た瞬間。

 クロノドゥールの顔が、覆面もろとも激しく歪んだ。両眼が、禍々しく燃え輝いた。


 ここまでの憎悪を燃やす相手が、俺にも確かにいる。アラム王子ではない。


(俺は……お前たちを、信じていた。共に戦う仲間として……)


 その仲間たちに、最後は全てを奪われた。

 結局、俺たちが間抜けだったという事なのだろう。


 それはそれとして、許せはしない。


「俺たちは、貴様らを殺し尽くす……ドルフェッド・ゲーベル、ゼノフェッド・ゲーベル。マレニード・ロンベルに、オーグニッド兄弟ども……覚悟をしておけ」

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