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疾風怒濤の悪役令嬢  作者: 小湊拓也


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第118話

 バラリス・ゴルディアック侯爵は、暴虐残忍な君主であった。

 殺されて当然だったのだろうと私は思う。


 我が主ゲルトー・レンドルフ侯爵は、バラリス侯の忠実な取り巻きであった。

 殺されても仕方がなかった、とは言えるのかも知れない。


 殺害を実行したボーゼル・ゴルマー侯爵は、この両名と比べ、君主として遥かに優れた人物であった事は間違いない。


 この男によってゲルトー侯爵が、奥方それに子供たちもろとも粉砕された。

 私は、その時。何も出来なかったのだ。


 ボーゼル・ゴルマーは、降服した者の命は助けてくれた。

 それが兵士や、私のような下級貴族であるならばだ。


 領主であったゲルトー侯爵は、降服をしても許されず処刑された。

 家族もろとも、である。


 ロルカ地方領主ゲルトー・レンドルフ侯爵は、確かに有能な君主ではなかった。

 民衆を虐げるバラリス・ゴルディアックの振る舞いに、敢然と異を唱えるような、気骨ある人物でもなかった。


 仕事の出来ない役人である私に、しかし優しく接してくれる主君ではあった。

 奥方も、御子息も、私に親切にしてくれた。


 そんなレンドルフ侯爵一家が、ボーゼルの鉄球によって打ち砕かれ、飛び散った。

 跡形も、残らなかった。

 惨たらしい屍が残るよりも遥かに有情、とすら思える処刑の有り様であった。


 戦に敗れるとは、そういう事だ。

 ボーゼル・ゴルマーは何一つ、間違った事はしていない。


 正しいか間違いであるかは関係なく、それ以後の私は、たった一つの目的のためにしか生きられなくなってしまった。


 ボーゼル・ゴルマーを、この世から消す。


 仇討ちなど、し遂げたところで、故人が喜んでくれるわけではない。

 それを承知の上で私は、アラム・ヴィスケーノ王子の率いる叛乱討伐軍に、可能な限り協力をした。


 いくらかでも役に立ったのかどうか、それはわからない。

 ともかくボーゼル・ゴルマーは、この世から消えた。


 そして私は今、ここにいる。


「役立たずが! どの面を下げて、おめおめと逃げ戻って来おったか!」


 ゴスバルド地方。とある村落の、跡地である。


 一連の戦で住民は逃げ去っており、今は我々が住み着いている。


 ゴスバルドの民にしてみれば、無人のはずの村落に、賊徒の集団が潜んでいるようなものであろう。

 不安、不穏、この上ないはずだ。


「帝国の威光を後ろ盾にしながら、無能を晒すとは許し難し! 極刑に値するものである!」

 怒り喚いているのは、ボルガーノ・サノス男爵。

 大男である。


 バラリス配下の騎士で、豪勇無双を売りにしていたが、ベルクリス・ゴルマーとの戦いで、あっさりと打ち破られた。

 逃げて、身を潜めた。

 潜んでいる間に、バラリスは死んだ。


 レンドルフ侯爵一家を助けられなかった私に、このボルガーノ男爵を責める資格はなかった。


「お許しを……どうか、お許し下さいませ……ボルガーノ男爵閣下……」

 平伏している男も、元々は一応、バラリス・ゴルディアックに仕えていて、民衆からの搾取に励んでいたようである。


 今ここに集まっているのは、そのような者ばかりだ。

 旧帝国系貴族として、ここ王国南部の地で好き勝手に振る舞い、ボーゼル・ゴルマーに叩きのめされた。


 そんな者たちが、私を含めて三十名近く、ここに隠れ住んでいる。

 暴力に秀でたボルガーノ男爵が、成り行きで指導者となってしまった。


 今、村落内の広場において、指導者による懲罰処刑が行われようとしている。


「無能なる者に死を!」

 ボルガーノが大型の剣を抜き、叫ぶ。

 広場に集う三十名近くもの元・貴族たちが、弱々しく唱和する。


 私一人が、異を唱えた。


「待たれよ、ボルガーノ男爵」

 平伏する男を、私は背後に庇った。


 男の、さらに後ろ。

 若者が五人いて、青ざめ身を寄せ合い、震え上がっている。


 この五人が、クエルダ川近くの自由市場で、騒ぎを起こした。

 平伏している男の、手配によるものである。


 市場を巡回していた王国地方軍の兵士によって、その騒ぎは即座に取り押さえられたという。


「……やはり無理なのだよ、男爵。我ら旧帝国貴族が介入出来ない商売を、ことごとく潰すなど……この地に対する一切の支配力を失った我々に、出来る事ではない」


「ほう……帝国の威光を広くもたらす我らの手法を、否定するのか」

 ボルガーノが、睨んでくる。

 血走った両の眼球が、憎しみの眼光を燃やす。


「……貴公、戦う者の顔をしておらんな? さては怖じ気づいたか。雑兵の末裔が治める王国の体制に、恐れをなしたか!」


「帝国の威光を広くもたらすにしても、やり方があると申し上げている。民の商売を妨げるようでは」


 説得を試みる私の後ろで、平伏していた男が立ち上がり、走り出した。逃げ出していた。


 逃げ出した男の上半身が、破裂した。

 血と臓物を噴き上げる下半身が、何歩か進んでから膝をつき、倒れ伏す。


 巨大な蠍の尻尾、のようなものが、先端の大針に男の臓物をこびり付かせたまま、宙を泳いだ。


「……民が……どうした、と……?」


 蠍の尻尾は、ボルガーノの巨体から生えていた。


 背中から、両肩から、計五本。

 脊柱が変異したかの如き、節くれ立った長大なものが生え伸びている。

 先端に針を備えた形状は、まさに蠍の尻尾だ。


「民を、甘やかすから……アイリ・カナンのような者が現れ、調子に乗る……帝国の血筋でヴィスガルド王家を乗っ取る、絶好の機会であったものを……」


「……そうだな。その機会は、ものの見事に潰されてしまった。アイリ・カナンと、シェルミーネ・グラークによって」


 そんな事を私が呟いている間に、五本もの大蠍の尻尾は暴れ狂い、村落内の旧帝国系貴族およそ三十名を叩き潰していた。引き裂いていた。


 ボルガーノ男爵は完全に、正気を失っている。

 驚く事では、なかった。


「噂は、本当であったか。バラリス侯の配下には……人間ではなくなった者たちが、いたという……」


 私は息をつき、後方で震え上がっている若者五人に言葉をかけた。

「……早く逃げろ、平民ども。ここにいては殺される事くらい、お前たちにもわかるであろう」


「…………俺……たち……」

 人外のものによる殺戮の光景を、呆然と見つめながら、平民の若者たちは呟いた。


「……俺たち……普通に生きてたって、しょうがなくて……」

「一発逆転、狙いたくて……」

「……金……たくさん、くれるって……言うから……」


「それで我らに雇われ、市場を荒らしたのか」

 私は、苦笑するしかなかった。


 我ら旧帝国系貴族に、他人を愚かと嘲笑う資格など、あるわけがなかった。


 およそ三十名を殺し尽くしたボルガーノが、こちらを睨む。


「死ね……帝国の威光に、背く者ども……」

 斬りかかって来る。

 怪力で振るわれる、大型の剣。

 それが私を、五人の若者を、まとめて叩き斬る……と思えた、その時。


 私の視界は、暗黒で満たされた。

 死んで、視覚が失われた……わけではない。


 黒い、長身の人影が、私の眼前に降り立っていた。


 私たちを叩き斬る、寸前であった大型剣は、へし折られていた。


「旧帝国系貴族……レニング・エルナード伯爵だな」

 黒い人影が、私の名を口にした。


 折られた刀身が、回転しながら落下し、近くの地面に突き刺さる。


「バラリス・ゴルディアックの残党は、基本クソ野郎しかいないようだが……あんたは、まあマシな人材だ」


 黒装束に包まれた、細めの長身。

 顔面にも、覆面が巻き付いている。


 そんな黒一色の男が、

「ゆえに、生きてもらう」

 黒装束の中から、右腕をゆらりと露わにしている。


 鋼鉄製の、義手であった。


 五指のない、もはや鉄の鈍器としてしか使い途を見いだせぬ右手。

 その一撃が、大型の剣を叩き折ったのだ。


「何だ、貴様……!」

 得物を失ったボルガーノが、五本もの大蠍の尻尾を荒れ狂わせる。


「帝国の威光に刃向かうか、この痴れ者がっ!」

「痴れ者なのは、まあ認めよう」


 荒れ狂う蠍の尻尾が五本、黒装束の男をズタズタに切り裂いた、ように私には見えた。


 ズタズタに切り刻まれたのは、ボルガーノの方だった。


 五本もの蠍の尻尾が、それらを生やした巨体が、無数の滑らかな断面を晒しながら崩壊する。


 地面にぶちまけられた肉片の群れが、蠢き這っている。

 再生せん、としているようだ。


 それを見下ろしながら、黒装束の男は名乗った。

「俺は、痴れ者のクロノドゥールという」


 その右手。

 前腕部を占める鋼鉄製の鈍器から、ほぼ同じ長さの鋭利な刃が出現している。

 折り畳まれ、収納されていたようだ。


 無数の肉片が、やがて力尽き、再生する事なく干涸らび砕けてゆく。

 それを確認し、クロノドゥールは言った。


「ここの領主マレニード・ロンベルは、油断のならない男だぞ。この村落にバラリス侯の残党が潜んでいる事、もう突き止められている。放っておかれているのは、皆殺しの優先順位が今のところ、そんなに高くないからだ」


「市場で騒ぎを起こし、容易く取り押さえられる……程度の事しか、出来ていないからな」

 私は、自嘲気味に言った。

「であるにしても、可能な限り速やかに逃げ出すべき。か……」


「そういう事。あんたに拒否権はない、俺と一緒に来てもらうぞ」

 黒い包帯を巻き付けたような覆面の中から、ギラリと凶猛な眼光が向けられてくる。


「……我が主、バルフェノム・ゴルディアックに仕えろ。この南方の地を、雑兵の末裔ヴィスガルド王家から、帝国貴族の手に取り戻すんだよ」

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