表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
疾風怒濤の悪役令嬢  作者: 小湊拓也


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

117/196

第117話

「御苦労だったな、ベル」

 父ボーゼル・ゴルマーは、労いの言葉をかけてはくれた。


 だが、表情は暗い。

 豪放磊落そのものの顔面が、今は陰惨な翳りを帯びている。


 ヴィスガルド王国南部、ロルカ地方。


 執政府ケルティア城にて、ベルクリス・ゴルマーは今、父であり主君であるボーゼルと合流したところである。


 これまで、別働隊を率いていた。


 王国南部の民を虐げる旧帝国系勢力、その領袖たるバラリス・ゴルディアック侯爵を、どうにかベルクリスが討ち果たしている間。


 父ボーゼルは本隊を率いて進撃・転戦し、バラリス侯の支配下にある三つの地方を制圧していた。


 メルセト地方、ゴスバルド地方、そしてここロルカ地方。

 それぞれに領主がいて全員、バラリス・ゴルディアックの配下と言うか追従者のようなものであった。


 ロルカ地方の執政府ケルティア城は、ベルクリスが到着した時にはすでに陥落しており、城主ゲルトー・レンドルフ侯爵が今こうして囚われの身となっている。


「い……命ばかりは、助けてくれるのだろう? ボーゼル卿……」

 城壁の上、である。

 磔台が二つ、設けられている。

 その片方に、ゲルトー侯爵は束縛されていた。


「まさか……まさか、このような場所で領主を殺害する……などという凶行に及ぶ事はあるまい!? 民が、民が! 見ておるのだぞ!」


 その言葉通り、城壁の下には、ロルカ地方の民衆数百人が群がり集っていた。

 つい先日まで、自分たちの直接の支配者であった人物が、磔刑に処されつつある様を、じっと見上げている。


「その通り。俺はな、民に見せねばならんのだよ御領主殿」

 ボーゼルは言った。


 傍らに、同盟者ペギル・ゲラール侯爵が控えている。

 ボーゼルの言葉を引き継ぐように、言う。

「ゲルトー・レンドルフ侯爵。貴公を、これより処刑する」

 槍を持った兵士が二人、進み出る。


 磔台に拘束されたまま、ゲルトーが喚いた。

「私は降服したのだぞ!」

「遅い」

 ボーゼルは、切り捨てた。


「最初に、俺は言ったはずだ。南方の民を救い守るため、協力をして欲しいとな。降服勧告ではない、協力の要請だ。貴殿の、領主としての御立場。御本人及び御家族の、身の安全。全てを、このボーゼル・ゴルマーが保証する……と。然るにゲルトー・レンドルフ侯爵閣下、貴殿は何と応えたか?」


「許してくれ……お、お許しを……」


「山猿が、人の言葉を話すなと。帝国の威光を畏れ、山へ帰るが良い……と。偉大なる帝国貴族ゲルトー・レンドルフ侯爵閣下より、俺はそのような御言葉を賜ったわけであるが」


 ボーゼルは、ゲルトーの顔を覗き込み、にやりと笑った。

 やはり、陰惨な笑顔であった。


「……どうであろう。帝国の威光には、山猿を山へ追い返す程度の力はあったのだろうか? 果たして」


「…………わかった。誇りある帝国貴族として、ここは……潔く、死を受け入れる事にする」

 ゲルトーは、呻いた。

「だが、ボーゼル卿……頼む、お頼み申す……私の、妻と子らの命だけは……」


「助けて、差し上げたかった」

 ボーゼルの口調は、重く暗い。

 父は今から陰惨な事をしなければならないのだ、とベルクリスは思った。


 もう一つの、磔台。

 赤ん坊を抱いた女性と、幼い男の子。計三人が、ひとまとめに拘束されていた。


 ゲルトー侯爵の、奥方と子供たち。


 赤ん坊は、母親に抱かれたまま状況もわからず、無邪気な声を発している。

 奥方も、幼い子息も、覚悟は決めてしまったようである。青ざめたまま、目を閉じている。


 母子三人、拘束されたまま、しっかりと抱き合っている。

 じっと見つめ、ボーゼルは言った。


「この城を攻める前、俺は言ったぞ。ゲルトー侯爵、貴公にだ……降服しろと。降服すれば、御家族のお命までは取らぬと」


「…………バラリス侯が、必ず……助けに、来てくれる……そう、思っていたのだ」

 ゲルトーが、どうにか聞き取れる声を発する。

 ベルクリスは、言葉を投げた。


「悪いなあ。あのバラリス侯爵さん、それどころじゃなかったんだよ。あんた方を見捨てて逃げて……本当、逃げ足の速さは大したもんだった。あたしもな、うっかり取り逃がしちまうとこだった」


「よくぞ追い付いて、仕留めてくれたではないか。ベルよ」

 ボーゼルが言った。

「仕留めきれずとも仕方がない。最悪でも、こちらの戦線に合流させずにおいてくれれば良い、と。そう思っていたのだがな」


「……ある人たちの、おかげなんだよ。親父殿」

 正直に、報告しなければならない。

「とんでもなく強い、義勇軍さ。その人たちがいなかったら間違いなく、バラリス侯爵を取り逃がしてた」


「ふむ。連れて来たのか? その義勇軍を」

「城の外で、待ってもらってる。会って欲しいんだよ、親父殿に」

「わかった。では、こちらを手早く済ませてしまおうか」


「ボーゼル卿!」

 ゲルトーが、悲鳴を上げた。


「貴公に恥を知る心は無いのか! 人として当然あるべき慈悲は! 道義は! 何も持ってはいないと言うのか!」


「なあ御領主殿。俺はな、戦を始めたのだよ。死ぬのは屈強な男ばかり、女子供は無事でいられる……そんな戦が、あるとでも思っているのか」

 ボーゼルは言った。


「貴公はな、御家族を助けられるという時に、その選択をしてくれなかったのだよ。もはや、どうにもしようがない」

「ボーゼル卿、頼む!」


「敗れたところで、己一人が死ねば済む。最悪でも、自分の家族は生き残る事が出来る……それでは今後、俺に刃向かう者が後を絶たぬ」


「……待って、くれないか。親父殿」

 ベルクリスは、声を上げた。


「あれを見て欲しい……気付いては、いるのかも知れないけれど」

 城壁の外側を、ちらりと見る。

 父の視線を、そちらへ導く。


 ロルカ地方の民衆。

 城壁の上で今まさに執行されつつある処刑の様を、じっと見上げている。

 声を、発しながらだ。


「ボーゼル様! わしらの御領主を、どうかお助け下さい!」

「ゲルトー侯爵閣下は、いい人なんです本当は! だから殺さないで!」

「それは確かに、バラリス侯爵の言いなりになって色々ひどい事もしましたけど……」

「本当は、お優しい方なんですゲルトー様は! バラリス侯爵がいなくなったら、優しい御領主様に戻ってくれます!」

「せめて、せめて! 奥方様と、お子様方だけは! どうか、お助け下さいませ!」


 このゲルトー・レンドルフという人物は、少なくとも、数百名の民からは助命嘆願が起こる程度には、ましな君主であったようだ。


「聞け、民よ」

 ボーゼルの声は、さほど大きくはない。


 それでも、数百人の民衆は静まり返った。


「このボーゼル・ゴルマー、確かにお前たちの救済を掲げて戦を起こした。が、お前たちを甘やかすつもりはない。ゴルマー家に刃向かう者が、いかなる末路を辿る事となるか……見届け、覚えおくが良い」


「あたしが、やる」

 ベルクリスは言い放ち、鎖を鳴らした。


 父親直伝の、鎖鉄球。

 ゲルトー侯爵を家族もろとも、一瞬で死なせてやれる。


「……親父殿は、英雄だ。ここの民衆にとって、英雄じゃなきゃいけない。命令も、するな。あんたが命令する前に、あたしが勝手に殺したんだ」

 ベルクリスは、鎖を振るおうとした。


 その時には、磔台は二つとも砕け散っていた。


 ゲルトー侯爵も、奥方も子供たちも、跡形もなくなっていた。


 自分では、こうはいかない。

 呆然と、ベルクリスは思った。


 自分の一撃では、惨たらしい肉の残骸が残ってしまう。


 血まみれの流星が、宙を舞った。

 鮮血が付着した、鉄球。

 鎖を引きずり、ゆったりと飛翔している。


 その鎖は、ボーゼルの力強い右手に握られている。


「……なあベルよ。花嫁選びの祭典、あっさり脱落し逃げ帰って来た負け犬よ。お前どうせ、どこへも嫁には行けんだろう」

 ボーゼルは言った。


「だから、お前は俺の跡を継げ。ゴルマー家の総領娘よ、お前がヴィスガルド王国を統べる女王となるのだ。お前の方が俺よりも、民衆と上手くやってゆける」


 血まみれの鉄球を、ボーゼルは眼前にぶら下げた。

「それまでに……こういう事はな、俺が終わらせておいてやる」


「……血生臭い話ばっかりで、本当にごめん」

 ベルクリスは、頭を下げた。


「大丈夫だった? イレーネさん」

「……平気よ。血生臭いお話なら、私たちライアット家も負けてはいないわ」


 ヴェルジア地方、執政府リーネカフカ城。

 露台で、ベルクリスは茶を振る舞われていた。

 領主母子と、卓を囲んでいるところである。


「私の方こそ……貴女に、辛いお話をさせてしまって」

 領主の母君イレーネ・ライアット夫人が、言った。

「……辛い事ばかりで、本当に……よくぞ生き延びて下さったわ、ベルクリスさん」


「あたしには、親父譲りの腕っ節がある。悪運もあった。自分一人、生きるだけならね。そう難しくはなかったよ」


 あんたの方こそ、辛い事ばかりだったのではないか。

 ベルクリスはイレーネに、そう訊いてしまうところであった。


 それに近い話は、ここに逗留している間、何度かした。

 シグルム・ライアットという、英傑として名高い人物に嫁いでしまったせいで、この女性は、しなくとも良い苦労を随分としたようである。


 その夫妻の子息、ヴェルジア地方領主メレス・ライアット侯爵が、感慨深げに声を漏らす。

「ボーゼル・ゴルマーの叛乱……その当事者から、詳細な話を聞く事が出来た。思いもかけぬ幸運であった、と思う」


「楽しんでもらえたなら、何よりだ」

「さあ、果たして楽しんで良い話であるのかどうか……」

「笑い話さ、もう」

 ベルクリスは、空を見た。


 あの父親は本気で、この王国を支配する気でいた。

 そして。腕っ節しか取り柄のない一人娘を、女王の座に据えるつもりでいたのだ。


(笑い話にしか、ならんだろ。なあ親父殿……)


「……ちょっと長く、ここでお世話になり過ぎた」

 ベルクリスは言った。

「そろそろ、お暇しようと思う。旅の支度は、もう整えてあるんだ。明日にでも出て行くよ。本当に……お世話になりました、ありがとう」


「そうか、行かれるのか」

 メレスは、引き止めようとはしなかった。


 イレーネは、名残惜しそうにしてくれている。

「……また、お会いしたいわ。誰かとお喋りをするのが、こんなに楽しいなんて思わなかったから」


「元気でね……としか、イレーネさんには言えないな。本当、身体に気をつけてよね」

 壊れてしまいそうに細い手を、ベルクリスはそっと握った。


 メレスが、椅子から立ち上がる。

「我が領内の荒仕事を……貴女には、随分と押し付けてしまったな」

「ただ飯喰らいは、したくなかった。それだけさ」


「やはり……南に、帰られるのか?」

「ちょっと色々、見届けなきゃならない事があると思う。ただ、その前に」

 西の方角を、ベルクリスは見つめた。


 ここヴェルジアの西に隣接しているのは、ヴィスガルド王国最西の地ドルムト地方。

 シェルミーネ・グラークの出身地である。そして。


「アイリのお墓に、挨拶を……ね」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ