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疾風怒濤の悪役令嬢  作者: 小湊拓也


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第113話

 身体の大きさは、すなわち人間性の大きさである。

 マレニード・ロンベルは、そう思っている。


 副隊長ゼノフェッド・ゲーベルも、確かに身体は大きい。人間的にも、つまらぬ男ではない。

 とは言え、まだ若造だ。

 成長の余地は、大いにある。


 この世には、もっと大きな男がいるのだ。


 王弟公爵ベレオヌス・シオン・ヴィスケーノ。


 あの巨大な肥満体は全てを包み込む、とマレニードは思っている。

 海のような脂肪に溺れたい、とも。


「ベレオヌス様……あたし、頑張ってます」

 筋骨たくましい巨体を、マレニードは身悶えさせていた。


「ゴミ溜めみたいな場所で、ウジ虫みたいな領民どもに餌あげながら……頑張っているんですよ? あたし。ウジ虫どもを皆殺しにしたいの一生懸命、我慢して」


 生まれつき、体格には恵まれていた。

 年齢三十七歳の今日に至るまで、鍛え上げてきた。


 あの熊のようなゼノフェッド副隊長と比べると若干、見劣りはするものの、そこそこは身体が大きくなった。


 ここまでだ、とマレニードは思う。

 自分は結局、そこそこ身体の大きな男にしか、なれなかった。


 ベレオヌス公のような、何もかもが大きな男には、今後もなれそうにない。


「誉めて下さい……なんて、言いません。ベレオヌス様……」

 厳つい髭面を、マレニードは涙で濡らした。


「大きな御心とお身体で、あたしを包み込んで欲しい……なんて、思いますけど絶対、言ったりはしません。でも……でも……」

「いやまあ、言うくらいは構わんと思いますがね」


 声がした。

 マレニードの分厚い胸板の奥で、心臓が跳ねた。


「なっ何よ、あんたたち! いつからいたのよ、もぉおおおおおっ!」

「扉、開きっぱなしだったんで。失礼しまーすって、ちゃんと言いましたんで」


 ゴスバルド地方。執政府カルグナ城。


 豪奢な執務室で、領主マレニード・ロンベルは一人、身悶えをしていたが、気が付いたら一人ではなかった。

 兵士が三人、そこにいた。


 一目で兄弟とわかる、三人である。

 禿頭の長男、髭面の次男、傷顔の三男。


「人死にが出ちまったんで一応、きっちり報告をと思いましてね」


 末弟ドメル・オーグニッドが、いくらか生温かい目を領主に向ける。

「ま、お邪魔だったようですが」


「……ふん。あんたたち、また人を殺してきたのね」

 豪奢で頑丈な執務机に、マレニードは力強い尻を載せた。


「程々にしなさいって、いつも言ってるでしょう? あたしがね、人殺し大好きな領主様だなんて思われたらどうするのよ。こんなに優しいあたしが、可愛い可愛い領民ちゃんたちを慈しんであげてる、あたしが」


「領民をウジ虫としか思っていない、人殺し大好きな御領主様だって事はね。もう皆に広く知れ渡っておりますから。手遅れであります、侯爵閣下」


 次兄ザム・オーグニッドが言った。

「……ウジ虫以下の連中が、川辺の市場におりましたのでね。ちょっと殺処分をして参りました」


「皆ようやく、落ち着いて商売をして、お金も回り始めたところで……それをぶち壊そうとする方々が、いらっしゃると。まあ、そういう事なのよね」


 マレニードは、溜め息をついた。

「旧帝国系とは縁もゆかりもない、あたしらなんかが上手くやってる状態……ぶち壊したくも、なるわよねえ。そりゃもちろん」


「こっちから、ぶち殺しに行きましょうぜ」

 ドメルが、左掌に右拳を打ち込んだ。


「大人しくしてりゃ生かしといてやると、散々そう言ってんのに旧帝国系のクソどもはよ……生かしとく理由、ねえと思いますがね。もう」


「クソども、ね。旧帝国系の方々皆さん例外なく、クソだのゴミだのと一括り出来るような輩だったらね。苦労ないのよドメルちゃん」

 マレニードは苦笑した。


「中には、いるのよ。シグルム侯とかレオゲルド伯爵とか、ちゃんとした人たちが旧帝国系にもね。宰相のログレムさんだって、まあ清廉潔白な人じゃないにしても、ベレオヌス様が一目置かざるを得ないくらいには傑物……そういう方々のせいで、この国から旧帝国系の勢力をなかなか取り除けないと。旧帝国系の大半を占めるおバカさんどもが調子に乗ると。そういうお話に、なっちゃうのよねえ」


「この辺りにいた、旧帝国系の連中は」

 ザムが言った。

「まあ殺しまくって良心が痛まないような、わかりやすい方々ばっかりでしたなあ」


「まあ、それは本当に……気が楽だったわよね、確かに」

 マレニードは、思い返した。


 ここゴスバルド地方の前領主はゼノン・ガルドルという名の侯爵で、旧帝国系貴族としては二流以下の人物であった。


 ガルドル家は代々、ゴスバルドを領有してきた家系であり、もちろん過去には名君と呼べる人物も複数いたようだが、マレニードが物心ついた頃にはすでに、領民を虐げ搾取を行う暴君・暗君の一族と成り果てていた。

 ゼノン侯爵の代で、それが極まったと言って良い。


 マレニードの父ロドム・ロンベル伯爵は、ガルドル家の下で小役人のような仕事をしていた。


 旧帝国系貴族ではない、村長のような身分から成り上がって来たのがロンベル家で、ゴスバルド地方の土着貴族として、実はそれなりの力を持っていたようである。


 だが少年であったマレニードの目に映るものは、旧帝国系貴族の言いなりとなって民衆に嫌がらせを行う、小役人そのものの父の姿であった。


 マレニードは反発し、土着貴族の不良息子となって、様々な揉め事を引き起こした。


 揉め事の相手は、主に領主ガルドル家の関係者である旧帝国系貴族の小物たちで、ありがたい事に、この者らの方から、マレニードにつまらぬ絡み方をして来てくれた。

 旧帝国系貴族ではないロンベル家を、様々に侮辱してくれた。


 マレニードにしてみれば、暴力を振るう正当な理由をくれたようなものである。


(そりゃあもう。感謝と誠意をもって、ぶん殴らせてもらったわねえ……)


 暴力の日々をマレニードは、懐かしく思い起こした。


 ガルドル家の関係者たちを、とにかく殴って蹴って叩きのめした。


 そうする事で、民衆を守ってやっている。

 そんな思い上がりも、当時のマレニードには確かにあった。


 ある時。父ロドム伯爵に呼び出され、叱責され、家を追い出された。


 こうして帰る家があるから、お前は馬鹿な事をやれる。一人になって、少し考えてみろ。

 父は、そう言った。


 マレニードは、啖呵を切って家を出た。

 流れ者となった。


 稼げる手段は、暴力しかなかった。

 用心棒や傭兵のような仕事で、食いつなぐしかなかった。


 何かひとつ間違っていたら、強盗や山賊にでもなっていただろう。


 そうなる前に、拾われた。


 ベレオヌス・シオン・ヴィスケーノ公爵という飼い主に、巡り会う事が出来たのだ。


「ねえ、あんたたち」

 オーグニッド三兄弟に、マレニードは問いかけてみた。


「世の中の連中みんな、もっともっとベレオヌス様に感謝すべきだと思わない? あの方が拾って下さらなかったら……あたし、人殺しをしまくってた。ベレオヌス様はねえ、沢山の人死にを未然に防いだのよ」


「あんた今だって随分、人殺しをしまくってるように見えますぜ侯爵閣下」

 ドメルが、続いてザムが言った。


「それでもまあ。ベレオヌス殿下に首輪と鎖、付けられてるだけマシかも知れませんが……もちろん、俺らも同じですけど」


「そういう事。あの方はねえ、あたしら人に噛み付くしか能のない野犬の群れをね、しっかり飼い慣らして下さっているんだから」


 これだけは、マレニードも断言出来る。


 自分も、この三兄弟も、あのゲーベル父子も。

 ベレオヌス公との出会いが無かったら、もっと無軌道な殺戮者となっていただろう。


 己の欲望を満たすためにのみ人を殺し、やがて狩り殺される。そんな野犬のような死に様を晒していた事だろう。


 ベレオヌス公の私兵部隊は、そのような集団であった。

 暴力を振るうしか能のない者たちに、せめて暴力の方向性を与える。民を守るために……というのは綺麗事が過ぎるにしても、だ。


 それがベレオヌスのしている事であり、あの私兵部隊の存在意義であった。


 そんな部隊で、マレニードは、そこそこには頭角を現した。


 やがてオーグニッド三兄弟が入隊し、マレニードが先輩として面倒を見てやる事となった。

 お前の方が面倒を見られているようだな、というのはベレオヌス公本人の談である。


 楽しく過ごしていた、と言って良いだろう。


 少年の頃には反発の対象でしかなかった旧帝国系貴族という人々が、いかに手強い存在であるか。それを学ぶ事が出来た時期でもあった。


 シグルム・ライアット侯爵。

 ログレム・ゴルディアック宰相。

 レオゲルド・ディラン伯爵。


 ベレオヌス公の周囲には、旧帝国系貴族の中でも傑物と言うべき、このような人々がいたのだ。


 彼らに対し反発ばかりしていたところで、結局は何も上手くはゆかない。


 父ロドム・ロンベルは、それを息子に教えたかったのかも知れない。


 マレニードは、そう思わぬ事もなかったが、だからと言って父を許せるほど人格者にもなれなかった。


 そんな時。父が死んだ。


 王国南部で、バラリス・ゴルディアック侯爵による暴政が極まっていた時期であった。


 この人物を中心とする旧帝国系貴族の大勢力が、南部の民から、ますます苛烈な搾取を行っていたのだ。


 その流れに逆らって、ロドム・ロンベル伯爵は死んだ。

 結局はバラリス侯の取り巻きでしかなかったガルドル家に、殺されたのだ。


 やがて、ボーゼル・ゴルマーが叛乱を起こした。


 ベレオヌスの私兵部隊は、流れ者の義勇軍を装ってボーゼルに与力した。


 マレニードも、オーグニッド兄弟と共に、王国南部の地を転戦した。

 ゼノン・ガルドル侯爵を討ち取り、父の仇討ちを遂げる事も出来た。


 そして、全てが終わった時。

 マレニードは父ロドム伯爵の跡を継ぎ、ロンベル家の当主となった。

 そして、領主ゼノン・ガルドル亡き後のゴスバルド地方を、こうして領有統治する事となったのだ。


 全て、ベレオヌス公の計らいである。


「シェルミーネ・グラークが、この地におります。侯爵閣下」

 オーグニッド三兄弟の長兄イガムが、ようやく言葉を発した。

 マレニードは、耳を疑った。


「……何て?」

「ログレム宰相の印書を携えておりました。何事か密命を帯びているもの、と思われます」


「密命。つまり、あの悪役令嬢ちゃんが……今は宰相閣下のところで、お仕事をしていると」

 マレニードは、己の顎髭を撫でた。


「祭典でのやらかしで、やっぱりお家を追い出されちゃったのかしらねえ。で、宰相閣下に拾われたと。あたしが、ベレオヌス様に拾っていただいたみたいに」


 女は、嫌いだった。昔から興味が持てない。


 だが。花嫁選びの祭典は、見ていて大いに楽しめた。一人の悪役令嬢のおかげだ。


「……いいわね。何だか勝手に、親近感が持てちゃうわ」

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