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疾風怒濤の悪役令嬢  作者: 小湊拓也


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第112話

 三人とも中肉中背。いや、男性としては小柄な方であろうか。

 力強く引き締まった身体に軽めの甲冑をまとい、抜き身の長剣を手にしている。

 構えには、僅かな隙もない。


 この構えから繰り出される斬撃・刺突が今、十数名もの男たちを、一瞬にして刈り取った。

 熟練の庭師による草刈りにも似た、鮮やかなる殺戮であった。


 三人の、兵士。

 全員、二十代の半ば、であろうか。

 一人は髭面、一人は髭どころか頭髪すらない。一人は、左頬に傷跡がある。


 だが三人とも、同じ顔をしていた。


 複製されたかの如く、同じ顔が三つ。

 区別のために髭を生やし、髪を剃り、頬に傷を付けた。

 そのように見える。


 シェルミーネ・グラークは、とりあえず声をかけた。

「貴方がた……御兄弟で、いらっしゃるの?」


 後方では男が五人、へたり込んで震え上がり、青ざめている。

 その五人を背後に庇う格好のまま、シェルミーネは微笑んで見せた。


「御兄弟、身を寄せ合って貧困に耐え、仲良く健気に生き抜いておられたところ……ベレオヌス公に見出され、拾っていただいたと。そんなお顔を、していらっしゃいますわ」


「王弟公爵殿下を、ご存じなのか」

 髭面の兵士が、言った。

「単なる通りすがりではない、とは思っていたが……お嬢さん方、もしや王都の名のある貴族の御令嬢か?」


 シェルミーネ・グラークと、ミリエラ・コルベム。

 確かに、貴族令嬢の二人連れではある。


「……なあ兄貴。この女、もしかしてシェルミーネ・グラークじゃねえのか? くそったれ悪役令嬢の」

 顔に傷跡のある兵士が、睨み付けてくる。

「だとしたら許せねえ! 五回くらいブチ殺す」


「やめんか、馬鹿者」

 長兄と思われる、禿頭の兵士が名乗った。


「失礼、お嬢さん方。俺はイガム・オーグニッド、弟二人はザムにドメル。領主マレニード・ロンベル侯爵に仕える兵隊だ」


「王国地方軍の方々ですのね。民衆に対する暴虐、程々になさいませ」

 右手で細身の長剣を構えたままシェルミーネは、後ろで怯えている五人に左手の親指を向けた。


「私たちを助けて下さった事、感謝いたしますわ。もう充分。こちらの方々は、見逃していただきますわよ」


「俺たちは仕事をしただけでなあ。別に、あんた方を助けたわけじゃあない」

 髭面のザム・オーグニッドが、言った。


「……あんた方が、そいつらを許したとしても。それはな、俺たちがそいつらを見逃す理由にはならんのだよ。さあ、そこをどいてくれ」


 ゴスバルド地方。

 クエルダ川の河岸で開かれている自由市場。


 そこで今、王国地方軍兵士三名による殺戮が行われたところである。


 男たちの屍が、市場の関係者と思われる人々によって運び去られて行く。


 死体の片付けに慣れている、とシェルミーネは思った。

「……よくある事、ですのね?」


「悲しむべき事にな」

 長兄イガム・オーグニッドが、言った。

 シェルミーネの後ろの五人に、じろりと剣呑な眼差しを投げながらだ。


「そやつらの如き輩を端金で雇い、民の暮らしを脅かす……旧帝国系の方々がなあ、そのような事をやめてくれないのだよ。だから我らも、やりたくもない人殺しを繰り返さねばならなくなる」


「旧帝国系のクソどもに手ぇ貸した奴は死刑と、そう何回も何回も言ってんのになあ」

 顔に傷のあるドメル・オーグニッドが、シェルミーネに長剣を向ける。


「さあ、そこをどけ。そいつらを引き渡せ。くそったれ悪役令嬢に似てるお嬢ちゃんよ、何ならテメエから叩っ斬ってやってもいいんだぜ? おいコラ」


「悪役令嬢シェルミーネ・グラークが……貴方は、お嫌い?」

 シェルミーネは訊いてみた。

 ドメルは、激昂した。


「ッッッたりめーだろ、あのクソ女! アイリちゃんにネチネチくだらねえ嫌がらせばっかしやがって、しかも最後は勝てねえから殺そうとして自滅だぁ!? ざまぁー見ろだけどよ、スッキリしねえんだよ見てるコッチはよおおお!」


「……そう、ですわね確かに。もう少し他に何か、やりようがあったのかも知れませんわ」


「あの」

 ミリエラが、おずおずと前に出た。

 書簡の入った筒を、携えている。


「地方軍の方々。これを……どうか、御確認下さい」


「何だ、お嬢ちゃん。俺らはなあ、賄賂の類は受け取らねえぞ」

 言いつつもドメルは筒を受け取り、中身を取り出し、広げた。


 イガムが、それを覗き込んで目を見張る。

「これは……ログレム・ゴルディアック宰相閣下の」


「はい。宰相閣下より、正式にいただいた書類です」

 大人の男たちを相手に、ミリエラは懸命に会話をしている。


「私たち、ログレム閣下の御命令で動いているんです。もちろん、それは……王国地方軍の方々のお仕事に、干渉してもいい理由には、なりませんけど」


「可愛いお嬢ちゃんがよ。色気で男を騙すやり方、覚える前に……権力者の名前で引き下がらせるやり方を、覚えちまったのか」


 ドメルが苦笑しつつ、書類を筒に戻した。

「ろくな大人に、ならねえぞ? まったく」


「き、気を付けたいと思います」

 返された筒を受け取りながら、ミリエラは頭を下げた。

「お仕事、本当にお疲れ様です。地方軍の方々」


 そんなミリエラに対しては微笑んでいたドメルが、シェルミーネに対しては表情を一変させる。

「てめえ……本当に、シェルミーネ・グラークだったのかよ……」


「アイリ・カナンを応援して下さった事。本当に、感謝いたしますわ」


 やはり、とシェルミーネは思わぬ事もない。


 花嫁選びの祭典、最終審査。

 アラム・ヴィスケーノ王子が直々に、花嫁候補者二名のどちらかを選ぶ舞踏会。


 アイリ・カナンに、不戦勝などさせるのではなかった。

 これほど熱心な応援者たちの目の前で、しっかりと決着を付けるべきだったのだ。


(もっとも、そんな事になったら……貴女が私に勝てるはず、ありませんものね? アイリさん)


「その書類。確かに、宰相閣下の御印が捺されてあった。本物の、な」

 イガムが言った。


「貴女がたが、いかなる御命令で動いておられるのか……それは、しかし記されていなかったな」


 訊かれたら、答えるべきか。


 ここ王国南部の地で行方知れずとなった、アラム・エアリス・ヴィスケーノ王子……に酷似した人物の存在が、ロルカ地方において確認されている。

 その者の正体を、明らかにせねばならない。


 そう偽りなく、答えてしまうべきなのか。


「……極秘任務の内容を、そうそう明らかに出来るはずもなし。か」

 シェルミーネが思案している間に、イガムが言った。


「宰相閣下の権威を振りかざし、我ら地方軍に理不尽な無理強いをする……そのような意図が、貴女がたに微塵もないのは理解している。が、ここは引き下がっておこう。宰相ログレム・ゴルディアックの名前は、やはり我々も怖い」

「助かりますわ」


「花嫁選びの祭典」

 ザムが、話しかけてくる。


「……令嬢同士の、武芸の競い合いがあったよな。あんた強かったよ、シェルミーネ嬢。その強さ、実戦で垣間見る機会に恵まれた事。嬉しく思う」

「光栄ですわ」


「あの時。あんたより強い令嬢が、一人だけいたな」

 ボーゼル・ゴルマーの、娘である。

「今は生死不明だ。よく似た大女を、王都で見かけたって噂もある」

「……殺されて死ぬような子では、ありませんものね」


「ベルクリス・ゴルマーが万が一、生きていて、この辺りに戻って来たら……大変な事になる」

 王国地方軍としては、大いに警戒せねばならぬ事であろう。


「あの剛力令嬢に関して、何かご存じなら教えて欲しい」

「何故、私に?」


「あんた、ベルクリス・ゴルマーとは仲が良かっただろう悪役令嬢殿。アイリ・カナンとも実は仲良しだったんじゃないかって、俺は密かに思ってるよ」

「……節穴ですわね」


 ザムは、にやりと笑った。

 そして、まだシェルミーネを睨んでいる弟ドメルの首根っこを掴み、去って行く。


 イガムが、一礼した。

「お騒がせをして申し訳なかった。我らは、これにて」


「いえ。重ね重ね、感謝をいたしますわ」

 ミリエラと一緒に、シェルミーネは頭を下げた。

 ひとつ、確認をしてみた。


「貴方がた……王国地方軍という御身分、実は表向きの肩書きに過ぎないのではなくて?」

「ほう」


「この南方の地を、実質的に統治なさっているのはベレオヌス・ヴィスケーノ公爵殿下。その統治の実務をしておられるのが貴方たち、とお見受けいたしますわ。王国の軍ではなく、ベレオヌス殿下の私的な戦力……ここ王国南部の地は、あの方の私有領土と。まあ、それで誰が困るのかというお話になってしまいますけれど」


「我々だけではないぞ、シェルミーネ・グラーク嬢」

 イガムは言った。


「ここゴスバルドの地方領主マレニード・ロンベル侯爵もまた、ベレオヌス公の私兵部隊の出身者だ」

「お強い、と?」

「我ら兄弟よりも、ずっと」


 イガムは背を向け、弟二人に続いて歩み去り、言葉を残した。

「ログレム宰相より、いかなる命令を受けてきたのかは知らぬが……この地で迂闊な事はせぬよう、警告はしておく」


 三兄弟の後ろ姿を見送りながら、ミリエラが呟く。

「噂は、本当だったんですね……ボーゼル侯の叛乱に、実はベレオヌス公が関わっておられたという」


「あの私兵部隊の方々が、義勇軍のような形で加わっていらしたとか」

 王都から、ここまでの道中、様々な場所で耳にした話である。


「ボーゼル侯の協力者として、王国南部の地を転戦しながら……実質的な支配力を、植え付けてゆく。例えば戦火から民衆を守るような事を、地道に地道に続けていらっしゃったのでしょうね」


「叛乱が終わって、ボーゼル侯が亡くなられた時には……」

「南方の地は……ベレオヌス公でなければ、叛乱後の混乱を収める事が出来ない状態となっていた。と、思われますわ」


 叛乱後の混乱を本来、収めるべき者。

 叛乱討伐軍総司令官アラム・ヴィスケーノ王子は、その時、それが出来ない状態にあった。


 何故か。

 そうなる原因にまで、ベレオヌス公が何らかの形で関わっていた、とすれば。


 シェルミーネは、天を仰いだ。

「ベレオヌス公……本当に、恐ろしい御方ですわ」


 そんな恐ろしい怪物に、自ら近付いて行った愚か者がいる。

(……ねえ、わかっておりますの? ガロムさん……)

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