表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
疾風怒濤の悪役令嬢  作者: 小湊拓也


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

109/196

第109話

 凄まじい力で、胸ぐらを掴まれた。


 やはり熊のような男だ、とガロム・ザグは思うしかなかった。


「このクソガキがぁ……」

 牙を剥くように、ゼノフェッド・ゲーベルが呻く。

 間近から、睨み据えてくる。


 凶暴性そのもののような眼光を、ガロムは正面から受け止めるしかなかった。


 目を逸らせてはならない。

 睨み返しても、ならない。


 怯えてはならず、敵対的になってもいけない。


 息を呑んだまま、ただ正面から眼差しを返す。

 するべき事は、それだけだ。


 王弟ベレオヌス・シオン・ヴィスケーノ公爵の私邸。

 その庭園に、王弟公爵の私兵部隊は集合していた。


 副隊長ゼノフェッド・ゲーベルが、新兵ガロム・ザグに対し、何らかの懲罰を執行せんとしている……ように見える光景を、他の兵士たちが見守っている。


 一人が、進み出て来た。

「まあまあ、副隊長」


 ジェキム・バートンだった。

「こいつ頑張りましたよ、本当に。ゲトルとドクは確かに死んじまいましたけど、別にガロムのせいでもなし」


「んな話をな、してるワケじゃあねえ……」

 ゼノフェッドは言った。

 至近距離からガロムを見据える両眼が、さらに獰猛な輝きを放つ。


「ゲトルとドクは……何で、死んだ? おいガキてめえ、説明してみろ」


 副隊長。

 新兵にしてみれば、専制君主にも等しい上官に、問いかけられたのだ。


 答えなければならない。

 嘘も、偽りも、忖度もなく。

 それで懲罰を受けるのであれば、仕方がない。


 思い定め、ガロムは言った。

「……運が、悪かったから……だと思います。お二人とも、不運でした……」


「…………ま、そういう事ったな」

 ゼノフェッドは、ガロムの胸ぐらを解放してくれた。


 新兵である自分が、足を引っ張ったから。

 自分が、至らなかったから。

 二人の先輩を、守れなかった。助けられなかった。

 自分のせいで。


 そんな答えを口にした瞬間、間違いなく自分は、殴り飛ばされていただろう。

 思いつつガロムは、よろめき、踏みとどまった。


「ゲトルとドクの穴埋めは……てめえがやれ、ガロム・ザグ」

 ゼノフェッドは言った。

「そのくれえ出来る奴だってのは、まあ認めてやる」


「……ありがとう、ございます」

 ガロムは、頭を下げた。


 それなりの働きを示した、という事には、なるのだろうか。


 ゴルディアック家の大邸宅において、いくらか過酷な任務を遂行した。


 成功か失敗かを言うならば、失敗であろう。

 身柄確保の対象であったカルネード・ゴルディアックを、死なせてしまったのだから。


 長老ゼビエルをはじめ、ゴルディアック家の主だった人間は、ほとんどが死亡した。

 少年少女に幼子といった若年の者たちは助かったので、ゴルディアック家が、まあ滅びたわけではない。


 ともかく。今この場にいる全員、主君ベレオヌス公より報奨金を賜ったところである。


「よっし。繰り出すぞ」

 ゼノフェッドの巨大な手が、ガロムの背中を叩く。

「ベレオヌス公が、お褒めの金をくれたって事はな。パァーッと遊べって事よ」


「なあ、ガロム君」

 ジェキムが反対側から、肩を叩いてくる。

「笑わないから正直に言いな? お前……女、まだだろう」

「……は、はい」


「俺らの行きつけの店になあ、面倒見のいい姉ちゃんが何人もいる。今夜はな、貸し切りだ」

 ゼノフェッドが言った。

「……男に、なれ。してもらえ」


「あ、あの……」

「心配すんな。全部、俺が払ってやる。新人に金出せなんて言わねえよ」


「そうでは、なくて……」

 覚悟を決める、しかなかった。

 自分は、またしても、この男に殴られる。


 ガロムは、深々と頭を下げた。

「……すみません副隊長。俺、行けません」

「あ?」

「行くわけには、いかないんです」


 胸ぐらは掴まれなかった。

 拳も、来ない。

 ただ静かに、ゼノフェッドは言った。


「……あの悪役令嬢、か」

 その口調に。

 信じ難い事だが、優しさが滲んでいる、ようにガロムは感じた。


「ひとつ、これだけは言っとく……女にな、あんまり幻想持ってやるなよ」


 言葉を残し、ゼノフェッドは背を向けて歩き出す。


 ジェキムが、それに続いた。

 擦れ違いざまに、ガロムの肩を軽く叩く。

「ああ見えて……女でな、色々あったんだよ」


 ガロムは、何も言えなかった。


 他の兵士たちも、次々とガロムの傍らを通り過ぎながら、言葉をかけてくる。


「おい、あんまり無理はするなよ青少年!」

「いやー、しかしイイねえ。こういうの」

「初めては好きな娘と……なぁんて夢見てた時期がなあ。俺にもあった」

「ちなみに俺の初体験はな、おふくろより年上の姐さんだ。色々、教えてくれたぜー」

「見習えとは言わんがガロム君、本当に無理だけはするなよ?」

「我慢出来なくなったら言えな。店に連れてってやるから」


 先輩たちが、去って行く。

 広壮な庭園に一人、ガロムは残された。


 いや、一人ではなかった。


「ここで私は、そなたに殺されかけたのだよなあ。ガロム・ザグ」


 いくらか着飾った肥満体が、肉を揺らしながら歩み寄って来る。


 ガロムは、跪いた。

 確かに自分は、この庭園で、この人物に剣を突き付けたのだった。


「頭を上げよ。立て。私はな、そなたと話がしたいだけなのだ」

 王弟公爵ベレオヌス・シオン・ヴィスケーノは、言った。


「ゼノフェッドらと一緒に行かなかったか。ならば私と飲もうではないか。ささやかな酒宴を用意してある。女はおらぬ」

 肥満した顔面が、ニヤリと歪む。


「……私から、何事かを聞き出せるかも知れんぞ?」


「どうかな。少しは、違って見えるか」

 玉座の上で、国王エリオール・シオン・ヴィスケーノは言った。


 笑っている。自嘲の笑みだ。

「つい先日まで、ここには紛い物の私が座っていたのだろう? あれを紛い物と思ってくれるのは、しかし……そなただけかも知れんな、我が息子よ」


 そう。

 私は、この人物の息子なのだ。

 息子で、あり続けなければならない。今しばらくは。


「あの紛い物は、イルベリオ・テッドという男が作り上げた代物でな」

 アドラン地方の帝国陵墓に巣喰っていた、叛乱勢力。

 その首魁の腹心であったという人物の名を、エリオール王は口にした。


「なかなか良く出来ていたと思わぬか。なあ息子よ……あれが今も、今後も、この玉座に在り続けたとて、誰も困りはせん。そうは思わぬか? 息子よ」


「思いませぬ、陛下……父上」

 私は答えた。

 あの紛い物を殺処分したのは、私である。


「あれを……あのようなものを、この国に住まう全ての人々が王に戴くなど……あっては、ならぬ事です」


「私ならば、良いのか?」

 エリオール王は言った。


「私ごとき者を、民が王に戴く。それは、あって良い事であるのか? 民にしてみれば、あの紛い物と大して違いはせぬと思うのだが」


「そうであるにしても。貴方様には、国王であり続けていただかねばなりませぬ。エリオール・シオン・ヴィスケーノ様」

 まっすぐに私は、父親たる人物を見つめた。


 本当の父親を、私は知らない。母親も知らない。


 唯一神教会の運営する孤児院から、私は幼い頃に引き取られた。

 ヴィスガルド王家の、関係者の一団にだ。


 そこで私は、様々な教育を施された。

 やがて、アラム・エアリス・ヴィスケーノ王子に仕える事となったのだ。


 そんな日々を思い返しつつ、私は言った。

「……アラム殿下は……私に、良くして下さいました」

「で、あろうな。あれは優しい男だ」


「私は、幸運であったのだろうと思います。こうして王侯の方々の暮らしを体験し……アラム殿下がお帰りになれば、一介の兵士に戻る事が出来ます。ですがエリオール様、貴方は国王であられるしかないのです。過酷であろう、と思いますが……選べませぬ」

「選べぬか」


「はい。数多くの民が、己の生まれを、生きる道を、選べはしないのと同じように……国王陛下には、国王陛下であり続けていただかねばならないのです」


 余計な一言を、私は付け加えずにはいられなかった。

「私は……貴方様こそが、国王にふさわしいと思っております」


「そなたは」

 疲れたように微笑みながら、エリオール王は話題を変えた。

「アラムが必ず帰って来る、と信じているのだな?」


「必ずや」

「根拠など、特にないのであろうな。それでも……信じるしかない、か」


 国王は、しばし天井を見つめた。

「……聞かせてくれぬか? あやつの身に、何が起こったのか」


「私は……アラム様の身代わりとして、王国正規軍の一隊を率いておりました」


 忘れもしない、南方の戦場。

 叛乱者ボーゼル・ゴルマー討伐の戦。


 私の率いる、その一隊が、討伐軍の本陣だった。

 味方全軍には、そう伝わっていたはずだ。

 だが果たして、敵を騙す事は出来ていたのか。


「ある時。我々は、ボーゼル・ゴルマー本人の率いる、叛乱軍の主力部隊と激突いたしました」

「そなたがアラムであると、ボーゼル侯爵は信じていたのかな」


「それは、どうでしょうか……ともかく我らは、散々に撃ち破られました。ボーゼル・ゴルマー……あの男は、怪物でした」


 今でも、身震いがする。

 私は、己の左脇腹を軽く押さえた。ほぼ無意識にだ。


 あの時。ボーゼルの振るう鎖鉄球が、この部分をかすめた。

 直撃ではない。

 それでも私は落馬し、動けなくなったのだ。


「落馬した私を、ボーゼル侯は見下ろし、そして言いました……貴様はアラム王子ではない、と。あまりの弱さ、どうやら身代わりの役も果たせてはいなかったようです」

「生きていられて、良かったではないか」


「……アラム殿下、御本人様が一隊を率いられ、そこへ駆け付けて下さったのです」


 形としては、挟撃である。

 私の率いる、囮の本陣部隊。

 アラム王子の率いる、真の本陣部隊。

 その両者で、叛乱軍の本体を挟み撃ちにした。

 形としては、そうである。


「アラム殿下の一隊は見事、ボーゼル侯の背後を衝きました。あらかじめ計画されていた挟撃、であったのでしょう。ですが……私は……」

「アラムが自分を助けに来てくれた、のかも知れないと。そう思ってしまうのだな? そなたは」


「思い上がり、なのでしょう……私は、どうしようもなく自惚れております。ですが……」

 私は、国王の面前で青ざめていた。


「私を、助けようとするあまり……アラム殿下は、御無理をなされたと……そう、思えてしまうのです……」


「結果として、ボーゼル侯を仕留める事は出来たのだろう。それで良しとしておく事だ。で……アラムは結局、ボーゼル侯と刺し違えたのかな?」


「戦場はメルセト地方、山間の地でございました」

 見たものを、そのまま、私は語らねばならない。


「アラム殿下は、あの鉄球を……かわしながらも、鎖に捕らえられ……ボーゼル侯と共に、峡谷へと転げ落ちて行かれました。後日、ボーゼル侯の屍のみ発見されたのです」


「アラムの屍は、見つかっていない。だから生きていると、そなたは思っているのだな」


「生きて、おられます」

 私は、そう信じるしかなかった。

「……アラム殿下を、お守りする事が……お救い申し上げる事が、私には出来ませんでしたが……」


「そのような事、思ってはならぬ。というのも無理であろうな」

 一度、エリオール王は息をつき、目を閉じた。


「……ボーゼル侯が叛乱を起こしたのは、南方における旧帝国系貴族の暴政から民を救うため、であったと聞いている。国王が無能であるが故の、叛乱よ」


「そのような事、思ってはなりませぬ……と、いうのは」

「無理だな」

 エリオール王は、笑った。


 ヴィスガルド王国南部における、旧帝国系勢力。

 その盟主と言うべきが、クエルダ地方領主バラリス・ゴルディアック侯爵であり、確かに民に対しては残虐な君主であったらしい。


 ゴルディアック家の、南方における代表者のような顔で、バラリス侯は暴虐な振る舞いをしていた。

 そして、ボーゼル・ゴルマーに討ち殺された。


 民を救うための戦、であるにしても叛乱である。

 王国としては、手を打たなければならない。


 だからアラム・ヴィスケーノ王子が、叛乱討伐軍を率いる事になったのだ。


 討伐は、成功した。

 私はアラム王子として軍を率い、王都への凱旋を果たした。


 輝かしい事である。

 悪い事など、何も起こっていない。


 そうでなければ、ならないのだ。


「……すまぬ。辛い話を、させてしまったな」

 エリオール王が、目を開いた。


「詫びの代わりにも、ならぬ……が、私の方からも一つ話しておこう。そなたの妻、アイリ・カナンに関する事だ」

「陛下、それは……」


「これを私は、ルチア・バルファドールには話した。シェルミーネ・グラーク嬢には……まあ、生きて帰って来たら話しても良いかな」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ