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疾風怒濤の悪役令嬢  作者: 小湊拓也


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第102話

 二年前。

 悪役令嬢シェルミーネ・グラークは、平民娘アイリ・カナンに、とにかく恥をかかせようと躍起になっていた。


 花嫁選びの祭典。

 その期間中も、審査とは関係のない舞踏会や展覧会が、有力貴族によって頻繁に開かれたものである。


 そのような場に、シェルミーネはアイリを誘い出しては、踊りの技能も教養もない平民出の少女を晒しものにした。

 アイリ・カナンを嘲笑い、彼女を応援する王都の平民たちを大いに怒らせた。


 技能を、教養を、しかしアイリ・カナンは学び、凄まじい速度で吸収していった。

 そして審査の本番では、ことごとく合格点を勝ち取った。

 王都の民は、大いに喜んだ。熱狂した。


 結局のところ皆、シェルミーネ・グラークの掌の上だったのではないか、とミリエラ・コルベムは思っている。


「……ありがとう。助かりましたわ、ミリエラさん」


 アドラン地方、山林地帯。

 地下にある帝国陵墓の一部が、隆起して山林の地面を突き破り、あちこちで露出している。


 木々を根元から押しのけ倒し、地中より現れた、いくつもの巨石。

 その一つの上でシェルミーネが、先程まで重傷を負っていた身体を、よろりと起き上がらせる。


 ミリエラが、唯一神の力を用いた癒しを行ったところである。


 時間をかけて傷を治している余裕があったのは、ルチア・バルファドールが、完全に動きを止めているからだ。


 もう一つの、巨石の上。

 光の翅を広げて雷の触角を伸ばし、白銀色の髪を揺らめかせた、禍々しくも優美なる裸身が、今は硬直している。

 微かに、震えてもいるようだ。


 その傍らで、国王エリオール・シオン・ヴィスケーノが、弱々しく座り込んでいた。

 小太りの身体のあちこちで、泥まみれの衣服に血が滲んでいる。細かな擦過傷を、負っているようだ。


 この身体で、巨石を這い登るのは辛かっただろう、とミリエラは思う。

 登りながら一度か二度は、転落しているかも知れない。


 身体能力に秀でている、とは言えぬ国王が、危険な登攀を行ってまで、ルチアに何かを語りかけたのだ。

 一息でエリオール王を跡形も無くしてしまえる、人外の魔法令嬢が、一切の行動力を失ってしまうほどの何かを。


「…………結局……そう、そういう事…………」


 ルチアは今、怒り狂っているのか。

 涙を流さず泣いている、ようでもある。

 笑っているようにも、見えなくはない。


「……やっぱり、あれよ……アイリを…………殺したのは……この国、って事に……なるんじゃないのよ…………ッッ!」


「そういう、事だ」

 エリオールの口調は、重く暗い。


「だからルチア・バルファドールよ、そなたはこの国を滅ぼさねばならぬ。その手始めに……私を、殺さねばならぬ。私は、国王なのだからな」


「あんた…………」

「今、話した通り」


 本気だ、とミリエラは思った。

 本気で、この国王は、ルチアに殺されるつもりでいる。


「私は、な……王太子妃アイリ・カナンが殺される事となった、その直接の原因を作った人間であるぞ」


 咆哮が、アドランの山林に轟き渡った。


 ルチアが、吼えている。

 光の翅を広げた人外の裸身から、魔力が迸る。


 震動と亀裂が、シェルミーネとミリエラを襲った。

 二人を載せた巨石が、ひび割れている。崩壊してゆく。


 大地が、揺れていた。

 地水火風を自在に操る黒魔法令嬢が、またしてもアドランの大地を揺るがしている。


 縦横無尽に、地割れが走った。

 崩落した巨石が、それら地割れに飲み込まれてゆく。


 ミリエラは、宙に浮いていた。

 シェルミーネに、抱き上げられていた。


 崩れゆく巨石を蹴って、シェルミーネは跳躍している。


 抱かれ運ばれながら、ミリエラは見た。

 ルチアとエリオールの足場となっている巨石も、崩壊している。


 落下したエリオール王の身体を、複数人が抱き止めていた。

 レオゲルド・ディラン伯爵配下の、兵士たちであった。


 一方ルチアは、宙に投げ出されたまま、光の翅をはためかせ、空中にとどまっている。

 自由自在の飛行が出来るのどうかは、わからない。

 転落死をまぬがれる程度の滞空は、可能であるようだ。


 空中でルチアは、触角を激しく帯電させている。


 怒り狂っているようであり、泣きじゃくっているようにも見え、笑っているようでもある美貌を、電光が照らし出す。


 その電光が、触角に絡み付いて溜まったまま、雷鳴を発している。

 今にも、放たれようとしている。


 地上で兵士たちに支えられた、エリオールに向かってだ。


 ミリエラを抱いたまま、シェルミーネが着地した。

 着地した足元に、地割れが迫る。

 それをシェルミーネが避けている間。国王も兵士たちも、電撃で灼き砕かれる……


 否。

 黒い疾風が、ルチアに突き刺っていた。


 高々と跳躍した、暗黒色の姿が、空中の魔法令嬢に激突したのである。

 左右二本の長剣が、ルチアの胸と腹を刺し貫いていた。


 黒騎士だった。


 エリオールに向けて迸る、寸前であった電撃光が、闇色の全身甲冑にバリバリと絡み付いている。


 血飛沫を、光の鱗粉を、電光の飛沫を、大いにぶちまけて引きずりながら。

 ルチアと黒騎士は、ひときわ巨大な地割れの中へと落下して行った。


「……リオネール! リオネール!」

 ルチアの声が、聞こえる。


「あんたの言葉、聞こえていたわよ! 本当に悪い奴だけを、私が突き止めて! 私が、そいつに罪を思い知らせる……復讐ってのは、そうじゃなきゃいけない! まったくその通りよね、あんたは正しい、でも駄目なのよ私! この国そのものが許せない!」


 ルチアの声が、地中へと遠ざかってゆく。

「本当に悪い奴なんていない、だけどアイリが生きてるだけで色々うまくいかなくなる! そんな国が……許せない…………」


 地割れが、閉ざされた。

 大地の揺れは、止まっていた。


 木々は粉砕され、石の瓦礫が大量に散乱している。

 そんな、破壊された山林の有り様だけが残った。


 守った、とミリエラは思った。

 あの黒騎士は、エリオール王を守ったのだ。


「リオネール・ガルファ……」

 教えられた名を、シェルミーネは呟いた。

「それが、本当に……あの方の、お名前ですの?」


「ええ、そうですよ」

 鎖で縛り上げられたまま、クリスト・ラウディースは微笑んでいる。

「……貴女は優しい人なのですね、シェルミーネ嬢。あんな状態のリオネール君を、あの方などと呼んで下さる」


 リオネール・ガルファは今、肉塊としか表現し得ぬ有り様であった。

 ルチアの放つ電光をその身に受け、一度は焼け焦げた屍と化した青年。


 それは、しかし実は屍ではなかった。


 焼けて崩れた肉の下から、新たなる肉が出現している。

 肥大化した臓物にも見えてしまう、おぞましく脈動するもの。


 それを、レオゲルド・ディラン伯爵配下の兵士たちが、油断なく取り囲んでいる。

 このクリスト・ラウディース同様、捕縛した、という事になるのだろうか。


 捕縛された者は、もう一人いる。

 獣人クルルグ。

 縞模様の獣毛の上から、幾重にも鎖を巻き付けられている。

 大人しくは、している。

 だが。この程度の拘束で充分なのか、とシェルミーネは思ってしまう。


 それは、このクリスト・ラウディースも同様ではあった。

 鎖の束縛で、この男の戦闘能力を、完全に封じる事が出来るのか。


「貴女は」

 今のところ不穏な動きを見せる様子もなく、クリストは言った。

「私の妹……愚か者のリアンナにも、優しく接して下さったのでしょうね。シェルミーネ嬢」


「……本当に、お馬鹿な子でしたわ」

 言いつつもシェルミーネは、別の事を考えていた。


 リオネール・ガルファ。

 ガロムに討たれて死んだ暗殺者は、何という名であったか。

 ザーベック・ガルファだ。


 同姓の、赤の他人か。それとも。


 いや。そんなところから、回りくどく調べるよりも。

 そう思い直し、シェルミーネは見据えた。

 こちらに歩み寄って来る、一人の男を。


「レオゲルド伯爵と、その配下の者らは……さすがの手際よな。令嬢二人が派手な殺し合いをしている間に、この者たちを捕縛してしまった。マローヌ・レネク一人だけは、取り逃がしたようだが」

 国王エリオールだった。


 レオゲルド伯爵本人は、少し離れたところで兵士たちに指示を下している。


 アドラン帝国陵墓に巣喰っていた逆賊の一団、その主だった者三名を捕縛。

 囚われていた国王の救出にも成功。

 賊の首魁は、生死不明。


 今回のレオゲルドの任務は、成功か失敗かを言うならば、まあ辛うじて成功であろうとシェルミーネは思う。


「この者たちの罪が軽くなるよう、処遇が寛大なるものとなるよう、私は国王として、ささやかな権限を行使するつもりでいる。もっとも……皆が私を、国王として扱ってくれれば良いのだがな」


「……貴方様は、御立派な国王陛下でいらっしゃいますわ」

 シェルミーネは言った。

「陛下……貴方様は……」


「……シェルミーネ嬢。そなたも、あの黒魔法令嬢と同じであろう? アイリ・カナンの死……その真相を、追い求めている」

 エリオールが、じっと眼差しを返してくる。


「さよう。私は先程、ルチア・バルファドールに全てを話した。私を拷問でもして、同じ事を吐かせてみるかね?」


「……全てをご存じの方と、こうしてお会いする事が出来た。今は、それで良しとさせていただきますわ」


 この国王を生かしてさえおけば、いつでも聞き出す事が出来る。

 シェルミーネは、そう思う事にした。

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