表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
疾風怒濤の悪役令嬢  作者: 小湊拓也


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

100/195

第100話

 ルチア・バルファドールは、幼虫であった。

 毒針を全身に生やした、醜悪にして凶暴な毛虫であった。


 近寄る者、全てを突き刺し、抉り、毒で侵す。

 そんな少女が、あのバルファドール家という環境では育ってしまったのだ。


 凶悪な幼虫が今、蛹の状態を経て、美しき成虫へと羽化を遂げたのか。


「……否、まだです」

 イルベリオ・テッドは、呟いた。

「ルチアお嬢様……まだ、貴女はお強くなられる……」


 脳髄を揺るがすような雷鳴が、轟き渡る。

 心地良かった。


 ルチアの額の辺りから生えた触角が、轟音を発しながら光り輝いている。

 電光だった。


 横向きの落雷とも言える稲妻の嵐が、シェルミーネ・グラークを猛襲する。


 そして、直撃した。

 シェルミーネの眼前に生じて浮かんだ、大型の盾をだ。


 それは、光で出来た大盾であった。

 電光の嵐が、そこに激突し、飛散する。


 その盾の陰から、シェルミーネは飛び出していた。

 踏み込み、魔剣を一閃させる。


 大皇妃ヴェノーラ・ゲントリウスの魔力で組成された、細身の長剣。

 光の大盾が、この魔剣より発生している力の一部である事が、イルベリオにはわかった。


 盾を従えた、魔法の剣。

 その斬撃が、空中に閃光の弧を描きつつ、ルチアを強襲し、だが弾けて消えた。


 ルチアの背中から生え広がった、光の翅。

 それがマントの如く揺らめき、黒魔法令嬢のしなやかな裸身を守り包んでいる。


 そこへ魔剣の斬撃が幾度も激突し、ことごとく跳ね返されていた。

 光の鱗粉が、キラキラと散った。


「くっ…………!」

 シェルミーネは、後方に跳びながら魔剣を振るった。


 鱗粉の一粒一粒が、巨大化しながら燃え上がったのだ。

 無数の、火球だった。


 それらが一斉にシェルミーネを襲い、だが魔剣の一閃で薙ぎ払われ、砕け散る。

 火の粉が、大量に舞う。


 それを蹴散らして、冷たく輝くものが飛翔した。


「ね、シェルミーネ・グラーク……やらかして実家に引きこもってた奴が、何だか急に動き出した。どうしてかな、って思っちゃうわよ。それは」


 氷だった。


 黒い甲殻に包まれた繊手を、ルチアはシェルミーネに向けている。

 固く鋭利な五指の周囲で、冷気が生じ、渦巻きながら固まって、巨大な氷塊と化す。


 それが、射出されたのだ。


「アイリがね、あんたを頼ってドルムトへ向かった」


 光の大盾が、シェルミーネの眼前にフワリと回り込んで浮かぶ。

 そこに、氷塊が激突した。


「……ドルムトで一体、何があったのかって話になるワケだけど」


 氷塊は、砕け散った。

 無数の氷の破片が、空中に浮かんだ。


「ねえ悪役令嬢? あんた、自分がアイリを殺した……なぁんて言ってたけど。ま、それは世迷い言であるとして」


 全て、固く鋭利な氷柱であった。

 人体に、刺傷と凍傷を同時に負わせる、飛翔凶器。


「何があったのか、って言ったら…………アイリが、死んだのよね」


 無数の氷柱が、様々な方向から、シェルミーネに向かって降り注ぐ。


「あんた……アイリを、看取ったんじゃないの?」


 光の大盾が、シェルミーネの周囲を飛翔旋回した。

 旋回しながら、分裂していた。


 いくらか小さな光の盾が、無数。

 シェルミーネを取り巻いて浮揚しつつ、氷柱の雨を防いで砕く。


 その防御の中で、シェルミーネは魔剣を振るった。

 斜めに宙を切り裂く、一閃。

 斬撃の弧が、大きく描き出され、射出される。


 三日月が、飛翔する。そんな様だった。


 光の翅、による防御は間に合わなかった。

 ルチアの白い細身に、飛翔する三日月が激突する。


 大量の血飛沫が、空中に咲いた。

 光の翅を広げた人外の裸身が、斜めに叩き斬られて美しい断面を晒す。

 ほぼ、両断されている。


 そう見えた時には、滑らかな断面と断面がぶつかり合い、密着し、癒合していた。


 再生。

 シェルミーネの斬撃など、最初から無かった事になっていた。


 無傷の裸身を堂々と晒しながら、ルチアはなおも言う。

「アイリを殺した奴を、あんたは取り逃がした。だから追っている……もしくは」


 触角が一瞬バチッ! と烈しい放電を起こした。


「アイリを殺した奴を……仕留めたはいいけど、背後関係を聞き出せなかった。だから今、色々と調べて回ってると。こっちじゃないかなって気がする。あんたの動き、この国のお偉い様方に出来るだけ近付こうとしてる、ようにしか見えないのよねえシェルミーネ・グラーク。要するに、黒幕を捜してるって事でしょ?」


「…………私から貴女に言える事。一つだけ、でしてよ。ルチア・バルファドール」

 シェルミーネは言った。


「復讐は……最低限に、とどめておきなさい。人を大勢、殺すなど……国を、滅ぼすなど」


「一人か二人、殺すのは? いいって?」

 ルチアは微笑んだ。


「直接アイリを殺した奴は、もうこの世にいないとして……あんた、そいつの命だけで済ませるつもりがないから、こんな所にいるのよね。で、黒幕を見つけたら、どうするの? とりあえず話でも聞く? 何か政治的な事情があって、アイリが生きてたら大勢の国民の安全が脅かされる、だから殺さなきゃいけなかった……そんな理由を語られたら、そいつを許しちゃうわけ?」


「今……そんな事が、わかるはずありませんわ」

 シェルミーネの口調は、重く暗い。

「……貴女は、許さないのでしょうね」


「当然。そいつはもちろん、アイリが生きてるだけで脅かされる国民、なんて連中も……生かしておく、つもりはないわ」


「……最終的に、だから国を滅ぼすと?」

「さっきからねえ、そういうお話してるんだけど」


「…………そのような事、アイリさんが喜ぶはずありませんわ。私はね、そういうお話をしておりますのよ」


「何、当たり前の事を言っちゃってんのかしらねぇ。この悪役令嬢気取りな脳足りん田舎娘ときた日には」

 ルチアが、白銀色の髪をさらりと掻き上げながら苦笑する。


「アイリが喜んでくれるワケないじゃない? あの子はねえ、もう私が何やらかしたって喜んでくれない、泣いてもくれない、怒ってもくれない。お説教だって、しちゃくれない」

 ルチアは、呆れ果てているのか。


「それとも……ねえ、脳足りんのシェルミーネ。あんた、アイリが喜んでないのを見て確認でも出来るわけ? だったら私も、そこへ連れて行ってよ。私を、アイリに会わせなさいよ」


 否、とイルベリオは思った。

 ルチアは今、怒り狂っている。


「それが出来ないのに……何? アイリは喜んでないとか、得意げに……言っちゃう? この脳足りんは……この、ど腐れ悪役令嬢もどきは……脳足りんどころか、頭の中に脳髄じゃなくて家畜の糞でも詰まってる田舎娘は……」


 一歩、ルチアはシェルミーネに向かって踏み出した。

 軽やかな一歩、に見えた。


「…………死にたい、って事よねぇえ……ッッ!」


 アドラン地方の山林、全体が揺れた。


 地下の帝国陵墓で、またしても何か禍々しいものが覚醒したのか。

 地を突き破り、現れようとしているのか。


 いや。

 禍々しいものは今すでに、地上で覚醒を遂げている。


 ルチアの片足、甲殻のブーツに包まれた美脚が、大地を踏み砕いていた。

 山林のあちこちで地面が破裂し、大量の土が噴出する。


 木々を押しのけて、巨石が出現する。

 地中の、構造物。


 地下の帝国陵墓が一部、迫り上がって来ているのだ。


 陵墓の、天井か、壁や柱か、玄室そのものか。

 ともかく。巨大な石材の塊の上で、シェルミーネは身を起こしていた。

 そして、見上げる。


 少し離れた所では、陵墓のさらに巨大な部分が出現し、城郭の如くそびえ立っていた。


 その頂上で、ルチアは光の翅を広げ、傲然と佇んでいる。


 優美なる人外の裸身からは、魔力の揺らめきが立ち昇って風景を歪ませる。

 白銀色の髪が、風も無いのに揺らめき続ける。


 その美貌は憎悪と憤怒を漲らせ、シェルミーネを睨み据えていた。


「…………魔王……」

 地中より現れた石柱の陰で、呆然と、陶然と、イルベリオは呟いた。

「そうだ、何の事はない。私は…………これを見たかった、だけなのだ……」


 忌まわしきもの。

 この世に、あってはならぬもの。

 一度は、そう思い定めた。


 だが自分は、見つけてしまったのだ。


 魔王の、原材料を。

 この世にあってはならぬ力を、受け継ぐにふさわしい器を。


「ルチア・バルファドール……貴女にさえ、出会わなければ……」

 イルベリオは、涙を流していた。

「ヴェノーラ・ゲントリウスの、黒魔法を……私は、この世に残してしまった……受け継がせて、しまった……」


 自分が、泣いているのか、笑っているのか、イルベリオはわからなくなっていた。


「帝国の滅びが、五百年後の今……再現される…………否! ルチアお嬢様。貴女の力は、まだまだヴェノーラ・ゲントリウスには遠く及びません。これからです。怒りが、憎しみが、貴女を……いずれ、ヴェノーラ陛下を超える災厄へと成長させる……」


 右手に保持したものを、イルベリオは見つめた。

「……このようなもの、ルチアお嬢様には……もはや必要ない」


 闇よりも暗い光の、塊。

 ゲンペスト城にて入手した、怨念の塊である。


「君に、託す事にしましょう」

 背後に控えた巨体に、イルベリオは語りかけていた。


「さして珍しくもなき旧帝国系貴族エンドルム家の、取るに足らぬ怨みの念……人間に植え付けたところで、出来損ないの肉塊にしかなりません。が、君ならば」


 怨念の塊が、イルベリオの掌を離れて浮かび、吸い込まれてゆく。

 魔像ボルグロッケンの、石造りの胸板へと。


「君に、託します」

 もう一度、イルベリオは言った。

「私はもはや、ルチアお嬢様のお役には立てません……魔王を補佐するに、ふさわしい怪物へと進化して下さい」


 語りかけている相手は、ボルグロッケンだけではない。


 シェルミーネの足場となっている巨石。

 その陰で、マローヌ・レネクに抱き上げられている、屍同然あるいは屍となる寸前の、惨めな肉塊。


「君にも……期待を、させてもらいますよ。リオネール君……」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ