すいはん
その日
俺はすごいものを見た。
「水は2.5合、お米は2合で……はい、おいしいご飯が出来ましたよ」
炊飯器が、喋った。
「えーっと……」
今年から一人暮らしを始める俺は、今日リサイクルショップに行って、必要なものを買いに行ってきた。
そこで俺はオーブントースターと小さなテレビと……それから、この炊飯器を買ったのだ。
「さ、出来たてでおいしいですよ」
目の前には、手足どころか顔まで生えた炊飯器が、自分の……頭? から炊きたてのご飯を茶碗によそおうとしていた。
「ちょ、ちょっとタンマ!」
俺は急いで、さっき行ったばっかりのリサイクルショップに走った。
チャリで3分。便利な店があるなあと思ってたのに……お化けを売りつけるなんてどういうこった!?
俺は怒りやら恐怖やらいろいろ混ざってぐちゃぐちゃな気持ちのまま、店に怒鳴り込んだ。
「あー、いらっしゃ……」
「おい、なんだよあれは!?」
「え、どうしたんだい?」
「どうしたじゃねえよ! なんであの炊飯器しゃべるんだよ!」
端から聞けば、完全に頭がおかしいことを言っているんだろうが、俺にはそこまで気を回す余裕はなかった。
「……あー」
店の親父は、少し考えた後
「そりゃ九十九神だねぇ」
一人うんうん、と納得した様子で笑っていた。
「つくもがみ……? なんだよそりゃ?」
「道具には長い年月を経て、魂が宿ることがある。君が買った炊飯器も……それはそれは長い間売れ残っていたからねえ」
そういや激安価格だったから買ったけど、随分ホコリだらけだったな……。
いや、そんなことよりも
「とにかく、返品だ! あんな気色の悪いもん使えるか」
「そりゃ無理だ。ここに書いてあるだろ?」
親父が指差した先には、貼り紙が貼ってあり、『返品、交換はいたしかねます』と書かれていた。
目立たない所に貼っていたから、気付かなかった。
「というわけだ。諦めな。新しいのが欲しけりゃ、またうちに買いにくればいいさ」
……なんてことをほざいて、親父はニコニコと笑っていた。
「くそったれ、二度と来るか!」
俺は憂鬱な気持ちで店を後にした。
家まではチャリで3分の距離だったが、辿り着くまで随分遠回りをして帰った。
出来れば夢であって欲しい。
もしかして、家に帰れば、普通の炊飯器に戻っているかも知れない。
だいたい、炊飯器が喋るなんて普通に考えてありえない。
九十九神? ASIMOがサッカーする時代に何言ってやがる。
そんな期待を込めて、家のドアを開けてみた。
「おかえりなさいあなた、ご飯にする? お米にする? それともわ・た・し?」
顔と手足が生えた炊飯器が、しゃもじを持って俺を出迎えた。
全部お前だろうが! と突っ込む前に俺はショックで、目の前が真っ暗になった。
「あなた!?」
床に倒れ落ちる瞬間、お化けの声が聞こえた。
目が覚めると、何故か俺はパジャマを着ていて、額には冷たいタオルが乗せられていた。
「うーん……」
ひどい夢を見ていた気がする。
炊飯器が化けて出てくる夢だ。
俺は、はっとして部屋にある炊飯器に目をやった。
だがそれには手足も顔も生えておらず、何の変哲もないただの炊飯器だった。
「夢だったのか?」
炊飯器には、保温と表示されている。
恐る恐る開けてみると、普通に炊けた米が、一合入っていた。
「まぁそりゃそうだわな……」
あんなことが現実にあってたまるか。
でも、俺はいつの間にパジャマに着替えたんだろう。
俺はなんだかもやもやするのを感じながら、テレビを付けた。
そういや、このテレビもあの店で買ったものだよな……。
「おい、テレビ」
まさかと思って、話しかけてみた。
だが、テレビは返事をしなかった。
まぁ当たり前だ。
「その子はちょっと恥ずかしがり屋ですから」
後ろから、声が聞こえた。
恐る恐る、振り返ってみると……。
「はぁ……あなたが眠っている間に私も眠っちゃいました」
炊飯器が眠たそうな顔で、腕と背中……? を伸ばしていた。
「うぎゃああ!?」
「そんなに驚かなくてもいいじゃないですかあ」
炊飯器は呑気な声をあげて、テーブルの上から腰の抜けた俺を見下ろしていた。
余りにも当たり前のように喋りやがるので、俺も少し落ち着いて咳払いをした。
「ゴホン……えー。まず、最初に聞いておきたいことがあるんだが」
「はい、なんでしょう」
「……お前名前は?」
「スイです」
炊飯器だからスイ、か。安直だ。考えるのがめんどくさかったんだろうけど……。
いや、そうじゃない。俺が本当に聞きたいのはそれじゃない。
「スイ、か。なんで、スイさんはお喋り申し上げるのでしょうか? ……炊飯器なのに」
気が動転して、おかしな日本語になっちまった。
「なんですかその話し方は? 私は、九十九神といって、魂を持った器物なのです! だから、話すことも動き回ることも自由自在なのですよー」
そう言いながら、スイ……というらしいその炊飯器は、ぴょんぴょんと飛び回っていた。
まるでカービィがステージをクリアしたときみたいだ……なんて、昔やったゲームのことを思い出す。
いや、そんなことよりも。
「んじゃ……あの店の親父が言った通りかよ」
長い間売れ残り過ぎて、お化けになりました、とは。普段なら笑える話だが、それに直面した俺にはそんな気力はなかった。
「はい。あなたが買ってくれたから、私も思う存分動き回れるようになりました。ありがとうございますー」
「はあ……」
「それにしても、突然倒れるからびっくりしましたよー」
俺が気絶してる間にベッドまで運んだのもコイツらしい。
「そういや、俺がパジャマ着てるのって……」
「私が着替えさせてあげました」
「うわあああ……」
炊飯器に身ぐるみ剥がれたのは、多分世界中で俺ぐらいのもんだろう。
なんだか恥ずかしくなった。
「まぁそれはともかく、そろそろ夕食にしましょう」
言いながら、動く炊飯器……スイは、自分でしゃもじを持って、中からご飯を茶碗によそった。
……考えてみれば、結構ぐろい光景かもしれない。
そう思いながら俺は棚からふりかけを取り出して、かけて食べた。
「美味いな」
見た目はともかく、絶妙な炊き具合だった。固くなく、柔らか過ぎもせず、わずかに甘みがする。
「これでも炊飯器ですからね!」
胸を張り、得意げな顔で言った。
自分で米を炊く炊飯器なんて、こいつぐらいのもんだろうが。
「でも、ふりかけかけるのはもったいないですよー。ご飯には梅干しが一番です」
「……お前、飯とか食うの?」
「はい、私はもういただきましたし」
なんだって?
「いただいた……?」
「最初は二合炊いてて、一合は私が食べました」
つまり、こいつは二人分の飯を炊いてたらしい。
ということは……
「電化製品のくせに食費かかんのかよ!?」
「ただの炊飯器ではありません、九十九神のスイです! あ、冷蔵庫にあった梅干しもおいしかったです」
「うるせえ!」
とにかく、俺は大変な買い物をしてしまったみたいだ。
炊飯器が喋ったら面白いなーという理由だけで書きました。