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第7話:変化



 顔の造形は全く一緒だ。

 黒いローブを、動きにくいからと特注で短めに作らせたのも同じ。


 ただ、手入れが面倒くさいからと伸ばしっぱなしで無造作に一纏めにしていた金色の髪は、きちんと手入れをしているのか見事な光の輪を髪に描き、束ねる事もせずに背中に流されている。

 ローブの下も、動きやすさ重視だった私はパンツスタイルだったが、こちらのエレノアはミニスカートにロングブーツ。


 女子力に、雲泥の差が発生している。



「お前は……あの時の、女魔族か?」


 勇者が、私を見て眉を顰める。びくりと、身体が震えた。


「あぁ? 勇者様、会った事あんのか?」

「あぁ……聖剣を抜いた時に、魔族に襲われたと話した事があるだろう。それが、あの女魔族だ」

「聖剣で斬ったのに生きてるの? 随分しぶとい魔族みたいだねぇ」

「逃げられたが、深手を負わせたので殺せたと思ったんだが……」

「油断できない相手という事ですね」


 エレノアが、杖を握りしめる。

 その姿を見ながら、私はその場に立ち尽くしていた。


 実際に目にすると、改めて自分は一体何者なのだろうかと、考えてしまう。

 目の前のエレノアは、私の知る私の姿でありながら、私とは違う別の人格で勇者パーティーの中に存在している。

 私と逆に、イザベラ・ベールの存在が入っているようには見えない。ベールの性格を知らないので一概には言えないが、目の前のエレノアに魔族を相手にする躊躇いは感じられない。それは、以前の私と一緒だ。


 私であって、私ではないイザベラ・ベール。私ではないけれども、私であるエレノア・ユンカース。


 ――私は、一体誰なのか?



 混乱する私に、勇者の聖剣が襲い掛かる。咄嗟に簡単な風魔法で吹き飛ばしたのは、この身体に染みついた条件反射だ。

 勇者が態勢を立て直す間に、今度は騎士の男が剣を構えて素早く接近してくるのを、こちらも風魔法で押し返す。飛んできた火球は水魔法で相殺した。

 白ローブの男が騎士に青色の支援魔法を飛ばす。騎士は素早さの増した足で一度私から距離を取ると、目で追えるギリギリの速さで背後に回り込んでくるが、予想していた為装備していた短剣を抜いて剣先を逸らし距離を取る。逃げた先に飛んできた火魔法を、また水魔法で弾きながら態勢を立て直して襲い掛かって来た勇者の聖剣を躱す。


 私の記憶以上に、勇者達の連携が上手い。

 騎士は魔法の射線に立ち入らないし、魔法も騎士の邪魔をしない。私の時は、今頃は毎日騎士と喧嘩していた筈なのに。僧侶も、ちょこまか動き回る剣士と勇者に苦戦していたし、勇者は真っすぐに魔族に突っ込み過ぎてフォローが大変だった。

 だというのに、目の前の勇者パーティーは、まるで魔王城を目の前にした時のような連携を、すでに身に着けている。

 この違いはなんだ?

 男三人に特別な変化は見受けられない。癖を知り尽くした私だからこそ、すでにこの連携を手に入れている勇者パーティーの攻撃を躱せている。それは前回と変化が無いという事だ。


「――ッ!」


 潰しきれなかった風の刃が、服の裾を掠めた。そちらに気を取られた隙を狙って、勇者の聖剣が迫ってくる。横に躱そうとして騎士が回り込んでいる事に気付き、慌てて後方に下がったがそこを狙いすましたように炎が襲ってきたのを、辛うじて水魔法で相殺する。

 腹が立つ程に、見事な連携だ。ベールの基本スペックが高いお蔭で逃げ回れているが、私がエレノア時の身体能力と魔法しか持っていなければ、すでに勇者の聖剣で三枚切りにされているだろう。


 そして、この勇者達の手強さの原因だろう変化は、一つしかない。


「勇者様、ダレル様!」


 エレノアの呼び声に、勇者と騎士が剣を構えて突っ込んでくる。僧侶の補助魔法が的確に二人に施され、魔法と剣で捌くのもギリギリだ。

 徐々に追い詰められる中で、二人が唐突に私の傍を離れた。ほっとするのも束の間、パチンという何かが弾ける音にハッとして頭上を見上げる。気付いた時には、白い稲光が私の身体を直撃した。

 ダメージは大きくないが、一瞬身体が硬直する。その隙を狙って、勇者が聖剣を振り上げ飛びかかってくる。躱すような余裕も、剣を構える力も、魔法を唱える時間も、無い。


 キラリと輝く聖剣の輝きの向こう側。エレノアが杖を構えるその姿。

 勇者パーティーの変化。それはただ一つ、エレノアの中身が違うという事だ。


 つまり、エレノアの中身が私でなければ、勇者パーティーはこれ程に強くなれる。エレノア(わたし)がエレノアではない、という事だけで。


 その事実が、魔族にとって絶対の弱点である聖剣よりも、私の足を竦ませる。


「ベール様!」


 その声と共に、私と勇者の間に入り込んだヴィタリが、剣でもって聖剣を弾き返す。突如現れた二人目の魔族に、勇者達は一度距離をとる。

 油断なく剣を構えたまま、ヴィタリがこちらに視線を送った。


「ベール様、お怪我は」

「だい、じょうぶ。ごめんなさい……ありがとう」


 感謝の言葉に、ヴィタリが訝し気な視線を送ってくるが、それをシカトして周囲に首を巡らせる。すでに魔族達は逃げたのか、他に人影は無い。

 エレノアによる勇者パーティーの変化はショックだが、今はその事ばかりを気にしていられる状況では無いと、ヴィタリに庇われて気付いた。

 今の私はエレノアではない。魔族のイザベラ・ベールだ。

 気持ちは簡単に切り替えられるものではないけれど、このまま勇者達に負けてしまえば、ヴィタリやこの村の魔族達がどんな目に合うかというのは、それこそ良く知っている。


「皆の避難は?」

「あらかた済んでおります」

「そう。……もう少し、時間稼ぎをしたら、引き上げます」

「いいのですか?」

「人数的に不利だし、聖剣は魔族にとって劇薬よ。魔王様と、約束もしているから。だから、時間稼ぎにだけ専念して、頃合いを見計らって離脱しましょ」

「……畏まりました」


      *


 それからはヴィタリと二人で防戦一方に集中し、時間を十分稼いだ所を見計らって離脱する。幸い、勇者達も深追いはしてこなかったので、怪我も無く逃げる事ができた。


 数日残って勇者達の動きを確認したい所だが、思っていたよりも勇者達がかなり手強い事が判明したので、なるべく早めに報告したい。うっかりマルコが何もしない事に耐えられないとか言って、勝手に突っ込んでいったらとんでもない事になる。


 避難した村の住人達の確認や、近くの村や街に警戒するよう通達の手配などを、私の代わりに行ってくれているヴィタリを、チラリと盗み見る。


「ヴィタリ、魔王様への連絡はしないの?」

「我々が戻って報告すればよろしいかと」

「それ、ヴィタリだけでは駄目かなぁ?」

「……どういう意味でしょう?」

「勇者達がまた来るかもしれないから、私はしばらく残ろうかと思って」

「それは無理ですね」


 部下の筈である男に素気無く却下された。

 あまりにあっさり言われたので、思わず固まってしまう。


「私は魔王様から、ベール様の供として同行を許されていますので、ベール様の傍を離れる訳にはいきません」

「だったら、私達以外で魔王様に伝えてくれるよう手配してもらって」

「勇者達の能力や様子等を詳細に伝えたいから、私一人で行けと仰られたのでは?」

「それは……」


 言葉に詰まる私を、ヴィタリの若木のような緑色の眼が、眼鏡越しに探るように見つめてくる。


「それとも、私がこの場所に居るのは何か不都合でも?」

「そんな事はないけれども……」


 確かにヴィタリが傍に居ると精神的に落ち着かないというのはあるけれども、ヴィタリの言い方は他意があるように感じられる。それが何かは分からないけれども、ヴィタリに嫌われているのはまず間違いないので、斜め上の解釈をされて悪者にでもされたら困るどころの話ではない。

 もはや魔族なのか人間なのか自分で自分がよく分からない今、魔族にも人間にも嫌われてしまったら、控えめに言っても生きていける気がしない。


「分かった。じゃあ、目途がついたら急いで帰りましょ」

「畏まりました」


 慇懃に頭を下げるヴィタリに気づかれないよう、小さく息を吐く。

 ベールの記憶があれば、何故ヴィタリに嫌われているのか原因も分かるのだろうけれども、生憎無いものは無いのだから仕方が無い。


 けれども――。

 頭に蘇るのは、私の記憶にある私と同じ顔の、私と違うエレノアの姿。そして、確実に変化していた勇者パーティーの実力。

 あのエレノアに、私の記憶は無いだろう。そうでありながら、エレノアは良い方向に勇者達に変化をもたらした。


 では、私はどうか。

 ベールになって、私は何か魔族達に良い変化を与えたか?


 ――そんなもの、ある訳が無い。



 ヴィタリから離れて、厩舎へと向かう。

 村まで私を乗せてくれた円らな瞳の馬に見つめられながら、その身体を撫でる。


「ごめんね。もう一回、無茶をさせてしまうけれど、一刻も早く、魔王様の所に連れて行って欲しいの」


 魔族の馬だからって、言葉を喋る訳では無いし、通じるとも思っていないが、謝らずにはいられなかった。


「ごめんね」


 もちろん、返事は無い。

 言葉を喋れない馬だからこそ、今ここで少し泣いたって、誰にもバレないだろう。




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