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第6話:本物



 勇者が攻めてきたという知らせは瞬く間に魔王城内を駆け巡った。


 すぐさま魔王軍の主要メンバーらしき人物達が集められ、対応について協議されたのだが、幸いな事に私もそのメンバーの中に入る事ができた。ただし、記憶喪失の為サポート役としてヴィタリが参加しており、周りもそれを承知しているのか誰も私に話しかけて来ないので、疎外感は半端無い。

 呼ばれているのに話に参加できていないのは、私だけではない。

 マルコも参加してはいるが、不機嫌そうに腕と長い脚を組んで椅子に深く座りんだまま押し黙り、その隣に控えて立っている男性魔族がマルコの代わりに答えている。

 彼がマルコの補佐役なのだろう。あくまでマルコの部下なので武闘派寄りなのだろうが、筋肉質な肉体でありながら話は理路整然としている。どうして彼が書類を作ってくれなかったのだろう……。


「魔界の外縁にある小さな村とはいえ、勇者が攻めたとあれば報復せざるを得まい。放置したとあっては、士気に係わります」

「しかし、勇者は聖剣を所持しているとか」

「我々魔族には、あの聖剣は劇薬。相手をするにも、相当な腕が無ければ、逆にこちらが殺されてしまいます」

「しかしこのまま放置というのは、勇者を調子付かせる事になります」


 誰もが神妙な顔をして話し合いをしていた。それを、魔王は一段高い位置から静かに見つめている。その姿をこっそり伺い見ていると、視線を感じたのか魔王がこちらに視線を移したので、慌てて顔を逸らす。


「とにかく、勇者を追い払えばいいんだろ? なら俺がちょっと行って来る」


 漸く喋ったかと思えば、マルコがとんでもない事を言い始めた。隣に控えていた補佐魔族が、目玉が零れ落ちそうな程に目を見開いて驚愕しているが、逆にそれ以外の魔族達は「またか」という雰囲気すら漂わせながら冷めた視線でマルコを見ている。

 なるほど、どうやらマルコの補佐はまだ新人らしい。是非そのままマルコの補佐として、書類仕事もやって欲しい。そうすれば魔王の仕事も幾分か楽になるだろう。

 周りの反応が決して芳しくない事は流石に読み取れているのか、マルコは不満そうに唇を尖らせる。


「勇者に反撃しなきゃいけなくて、だけど聖剣が強くて、生半可な対応できない、っていうんなら、俺の出番だろ?」

「それはそうなのですが……」

「マルコ、そなたは城の警備責任者だろう。城の外に出るのは許可できない」


 上座の魔王が、苦笑交じりにマルコに話しかける。そう言われると何も言い返せないのか、それとも相手が魔王だからか、マルコは頬を膨らませてまた黙り込む。



 ゴクリと、唾を飲む。

 一つのチャンスが、目の前に転がっていた。


 私は魔族のイザベラ・ベールであり、勇者パーティーの魔法使いエレノア・ユンカースである。

 ひょんな事から魔族の身体に転生し、過去からのやり直しという奇特な状況に置かれた理由は一切不明だが、疑問のヒントになりそうな事がある。


 ずばり、エレノア・ユンカースの肉体はどうなっているのか?


 私と反対に、私の肉体にイザベラ・ベールが居るのか、それとも全く違う人間になっているのか、それともそもそもエレノア・ユンカースは存在していないのか。


 それを知ってどうするんだ、と頭の片隅で冷静に指摘する声も聞こえるが、それ以上にエレノア・ユンカースがどうなっているのか見たい、という欲に似た声が頭の中を駆け巡っている。


 乾いた唇を舐め、緊張に震えそうな手を固く握りしめる。

 数度深呼吸を繰り返す。

 話が纏まらないまま、沈黙が下りた瞬間を狙って口を開く。


「ならば……私では、駄目でしょうか」

「えっ?」


 隣に立つヴィタリから、戸惑いの声が聞こえたが、視線を魔王に固定する。魔王も驚いたような表情を浮かべ、それからそっと視線を伏せて首を振った。


「そなたはまだ、怪我が癒えたばかりであろう」

「無茶は致しません」

「駄目だ、危険すぎる」


 思っていた以上に強い否定の言葉に、僅かに怯む。しかしここで諦めてしまったら、次の機会がそうそうあるとも思えない。

 どうすればいい、どうすれば魔王を説得できるのか……。

 私は記憶喪失のイザベラ・ベールとして認識されている。そして、記憶を失う原因になった大怪我が何だったのか、魔王はおそらく勘付いている。

 ならば。


「魔王様、今の私には記憶がありません」

「そうだ。だからこそ、危ない事はするべきではない」

「おそらく、私の怪我は聖剣によるものです」


 会議室の空気が、揺らぐ。

 一様に驚きの表情を浮かべる中で、魔王だけは苦虫を噛み潰したように表情を歪めた。


「記憶は、ありません。しかし魔王様ですら簡単には治せなかった怪我、と考えれば自然かと。私が怪我を負ったタイミングと、勇者が現れたタイミングも一致しているように思えます。……魔王様も、そう思われていたのでは?」

「もし、そうだったとしたら、尚更危険だとは思わないのか?」

「記憶を取り戻す可能性があります」


 実際はそんな可能性は、一ミリもありはしないだろう。私は、記憶喪失では無いのだから。

 しかし、記憶を取り戻したいと訴えれば、魔王は断れない。まだほんの少しの付き合いしかないが、この魔王は、部下思いの……優しい、人だ。


「魔王様、おそれながら私もベール様の供として、一緒に向かいたいと思います」

「えっ?」


 予想外の言葉が隣から聞こえて、思わずそちらに視線を移すが、ヴィタリは魔王をひたと見据えていてこちらを見やしない。ついさっきのシカトの仕返しをされた気分だ。


 魔王はため息をもらすと、椅子に深く凭れた。それから天井を見上げて、暫く躊躇った後、諦めたようにこちらに視線を移した。


「分かった。ベール、ヴィタリ、二人に今回の一件は任せよう。ただし、無茶はしない事。相手は聖剣を所持した勇者だ。くれぐれも深追いせずに、危険を感じたらすぐに離脱する事」

「かしこまりました。ありがとうございます」


 席を立ち、一礼する。隣でヴィタリも頭を下げた。


 さぁ、一体この世界のエレノア・ユンカースはどうなっているのか。それを確かめようではないか。



      *



 装備を整えてから、ヴィタリと共にすぐさま出発する。

 馬での移動だったが、過去に勇者と共に冒険した時に若干の心得があったのと、馬が優秀だったお蔭で何とか振り落とされる事も無く駆ける事ができた。


 移動の間、会話は一切無い。

 全力で飛ばすヴィタリに遅れない様四苦八苦していたので喋る余裕はなかったし、ヴィタリがわざとそうしているようにも思えて猶更声をかけにくい。

 この男は間違いなく私の事を嫌っている。だがその原因は、イザベラ・ベールの記憶を持たない私には分かりっこない。分からなければ、対処のしようがない。


 なのでヴィタリの事はほとんど放置していたのだが、一体どんな心境で付いてきたのかというのはとても気になる。

 まさか、私の中身が入れ替わっている、という事に勘付かれた訳では無いだろう。そんな荒唐無稽な事を閃くタイプではない。もっと現実的な事を考える男だ。




 流石に一日中走りっぱなしは無理なので、間にある街や村に泊まり、数日かけて件の村に到着した。

 その間、ヴィタリとの会話は事務的なもの以外一切無い。乗馬による太ももと腹筋の筋肉痛以上の苦痛だったといっても、差し障りないだろう。


 勇者達に襲われた村は、すでに魔族により復興作業が進められている真っ最中だった。

 村長の話では、やってきた勇者一行は村の一部を魔法で焼き払ったり、老人や子供の魔族の避難時間を稼ぐ為に残って戦った魔族達数人を相手に戦った後、人間達が暮らす街の方角へと去っていったという。


「聖剣相手に戦ったという魔族達は……?」

「彼らは……勇敢でした……」


 そう言って一筋の涙を流し、亡くなった魔族を悼む村長に、私は掛ける言葉が見つからない。

 なんせ、私は勇者パーティーの一員であるエレノア・ユンカース――加害者なのだ。



 今まで、魔族は敵としか考えていなかった。

 魔王は倒さねばならない相手で、魔族はその邪魔をしてくる存在。殺し殺される関係で、それ以外を考えた事などなかった。

 魔族にも、家族や友人が居て、感情があるという、当たり前の事に気づいていなかった。

 だから、平然と敵対できたし、攻撃できた。


 ――じゃあ、今は?


 亡くなった魔族を思って、涙を流す魔族が居る事を知ってしまった。

 怪我をした部下を慮って心配する、優しい魔王の姿を知ってしまった。


 まるで、心臓が頭の中にあるんじゃないかと錯覚する程に、ガンガンと頭蓋骨が揺さぶられる。

 今まで、何も知らずにやってきた、罪の重さに指先が震えた。


「ベール様、どうか亡くなった彼等の無念を晴らしてやっては下さいませんか」


 そう懇願する村長に答えられない。

 どう考えたって、もはや私に人間も魔族も、害を為せる気がしない。


「ベール様!」


 珍しい焦ったような声で、ヴィタリが村長の家に駆け込んでくる。その様子に、過去の記憶を辿って最悪の答えに行きついた私は、ヴィタリが何か言う前に外へと飛び出した。

 村人達が悲鳴を上げながらこちらに向かって駆けてくるのを通り抜けながら、息せき切って騒ぎの下へと向かう。


 私の記憶が正しいならば、この先に現れるのは――。



「邪魔をするならば、容赦はしない!」



 陽の光を受けて輝く聖剣を構えた男と、その男の隣に並ぶ軽鎧を装備した男。その後方に控えるのは、白いローブを来た男と、そして――本物のエレノア・ユンカースが居た。



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