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第3話:部下



 初の魔王との遭遇から数日、身体もうっすらと傷が残る程度までに回復した。魔族の身体は、人間よりも怪我の治りが早いようだ。


 その間に色々と話を聞いたが、特に目新しいモノは無い。

 ただ、魔族達が魔王を尊敬しているというのは、よく分かった。

 そして、私が乗り移ったこの女魔族は、決して周りから好かれていなかったという事も分かった。



 いい加減部屋から食堂までの道のりは覚えたので、一人で食事をしていた。

 マルコが一緒にいると強請られて落ち着いて食べられないので、久々にゆったりと食事を堪能する。

 やはり魔族の料理は、悔しい程に美味しい。


 柔らかな粥を食べていると、頭に角を生やした魔族がこちらに近づいて来た。

 緑色の髪を首の後ろで一つに括った彼は、私の眼前で立ち止まるとメガネをクイッと押し上げる。ここ数日で知ったが、それが彼の癖らしい。

 彼はヴィタリという魔族で、そして私の部下である。


「ベール様、こちらにいらっしゃいましたか。部屋に行ったのですが、姿が見えないので探しました」

「え、えぇ、ごめんなさい。お腹が空いたので……」

「言ってくだされば、部屋までお持ち致しますのに」


 慇懃に頭を下げる彼に、私は頬を引き攣らせる。


 部下がいるなら、私の面倒はマルコではなくヴィタリに任せれば良かったのではないか、と最初は思ったのだが、何故魔王が脳筋マルコに私の面倒を見るよう頼んだのかは、暫く経って分かった。

 私は、部下から全く信頼されていない。どころか、疎まれていると言っても良い。



 過去にヴィタリに食事を持ってきてもらったのだが、その食事の中に虫が混入していた。

 病人に気を使って柔らかい肉でスープを作ってくれるような料理人だ。目に見てすぐ分かる様なサイズの虫を、見逃すとは思えない。

 ただ、まぁ偶々というのはあり得る。料理人が疲れていて見逃したという可能性も全くない訳では無いだろう。

 そこで私はヴィタリを呼んで、もう一度料理を持ってきて貰うように頼んだ。

 そうしたらどうなったか。


 料理人がクビにされていた。

 それも、私の指示によって、だと言う。


 私が、料理の中に虫が入っていたと騒ぎ、料理人を首にしろとブチ切れたというのだ。

 その話を聞いた時は、思わず間抜けに口を開けて固まってしまった。それから大慌てでマルコの所に行き、何とか料理人のクビを撤回する事が出来たのだが、周りの魔族達からは冷ややかな視線で見つめられた。

 料理人には慌てて詫びに行ったが、彼は複雑そうな表情を浮かべるだけだった。そこで経緯を私の口から説明したのだが、彼は絶対に虫の混入はあり得ない、とだけ断言して、それから躊躇い気味に口を開く。

 そういえばヴィタリ様が、持って行く際に料理をいじっていたな、と。


 そこで一つの可能性に思いいたり、怪我とは違う頭痛に呻きつつ、マルコを捕まえて以前の私とヴィタリの話を聞いた。

 無邪気な笑顔でマルコから教えられた話は、眩暈不可避な内容で。

 曰く、傍若無人な私は好き放題に暴れてヴィタリに尻拭いさせ、それだけでは飽き足らずそんな健気なヴィタリを苛め抜いていた、そうだ。

 ベールとしての記憶を持たない私には、その真偽を判断する事は出来ない。

 だが、ヴィタリが私に良い感情を持っていないという事だけは、確信できた。

 そして魔王が記憶喪失の私の面倒をマルコにさせているのも、私とヴィタリの仲を慮っての事なのだろと分かった。


 だったら部下を変えればいいじゃない、と思ったのだが、私とマルコは魔王軍の武闘派トップである。そしてマルコは武器を得意とするものを、私が魔法を得意とするものを管理していたらしく、ヴィタリはゴリゴリの魔法タイプ。

 ヴィタリ以外の部下も居るには居るのだが、他の部下達はあからさまに私を避ける。

 頭痛を堪えつつ、マルコにざっくりと以前の話を聞いたのだが、なるほどベールが勇者に独りで特攻したのも納得のボッチぶりだった。


 傍若無人で傲慢。自分の力を過信して独りで特攻した馬鹿な女。

 それが部下による私の評価である。


 何が理由でヴィタリとの関係が悪化したのかまでは流石にマルコは知らなかったが、まずはこの関係の改善をしないと……という所まで考えて、はたと気づいた。

 魔族と仲良くなってどうする、私の目的は魔王の殺害だ。

 むしろ、下手に干渉されないようヴィタリとは一定の距離感を保ち続けた方が良いだろう。以前もほとんど部下の運用はヴィタリが行っていたらしいし、問題はあるまい。


 そこで、今も私の正面に立ち続けるヴィタリの存在を思いだして、誤魔化すように笑みを浮かべる。


「ヴィタリ、私の怪我はもうほとんど治ったから、自分の事は自分でやるわ。貴方、食事は?」

「いえ、まだですが……」

「なら、食べてくるといいわ」


 だから早くどっか行ってくれないかな、という気持ちを言外に込めれば、ヴィタリはじっとこちらを見たかと思うと頭を一つ下げて離れて行った。



 ふぅ、と一つ息を吐いて食事を再開するが、安堵するのは早かったし、食べるのが絶望的に遅かった。

 何故かトレイに食事を乗せたヴィタリが戻ってきて、私の前の席に座る。

 どうして? 貴方私の事嫌ってるよね? と、言えたらいいのだろうけれど、流石にそれを伝える勇気は無い。


 お互い無言のまま、食事を続ける。せっかくマルコの強請り攻撃を避けたのに、ヴィタリとの重苦しい沈黙の中食事する羽目になるとは思わなかった。


 粥を息で冷ましながら、ちらりとヴィタリを盗み見る。

 彼の姿に、見覚えは無い。

 だが思い返してみれば、はっきりと記憶にある魔族の姿はマルコぐらいで、他は顔も思いだせない薄ボンヤリとした記憶だ。ほとんどの魔族を、その他大勢としか認識していなかったのだろう。


 彼はベールが亡くなった後、立場的には魔法派魔族を取りまとめる役になっただろう。と言っても、以前のベールがその仕事をほぼ放棄しているので、ベールの生死は関係なかったかもしれないが。

 彼はどんな未来を辿ったのだろう。


「ベール様は」

「ぅえっ? あ、何?」


 急に話しかけられて、口から思わず変な声が出たのを、話を促す事で誤魔化す。幸い、ヴィタリの表情を見る限り気にしてないようだ。


「記憶を、失っていらっしゃるのですよね」

「そう、ね」

「何も、覚えてはいないのですか」

「……ごめんなさい」


 そう答えた時に、眼鏡越しのヴィタリの瞳が揺れる。

 失望か、諦念か。

 浅い付き合いしかない今、ヴィタリの感情を見分ける術は無い。


「いずれは、記憶が戻るのですか?」

「残念だけれど、それはお医者様も分からないと仰っていたわ」


 正確には記憶喪失では無いのだが、突然イザベラ・ベールの意思が蘇る可能性もあるし、エレノア・ユンカースとしての私の人格が消える可能性もある。それはもはや、神のみぞ知る領域だ。


「そうですか……」


 それきり、ヴィタリは口を閉ざすので、私も食事に集中する。

 重たい沈黙は、お互いの食事が終わるまで続いた。


      *


 食事を終えてヴィタリと別れた後、部屋に戻る。


 考えてみれば、このような状況がいつまで続くのか私には分からない。今この瞬間にエレノア・ユンカースとしての人格が消えるかもしれないし、イザベラ・ベールとしての人格に切り替わるのかもしれない。

 この世界は私の知っている世界によく似た別の世界かもしれなかったとしても、すぐそこに目指していた最終目標を打倒するチャンスがあるならば、のんびり構えている暇はない。

 だが当てずっぽうに行動しても、目標は達成できない。


 今の自分の立場を考えてみる。

 魔王には、会おうと思えば申請さえ通せばすんなりと会えるだろう。

 元々魔王からも怪我が治ったら話をしようと言われているので、申請が弾かれる事はまずない。

 ならどうやって魔王を倒すのか。

 武器……は扱った経験がほぼ無い。男と女の腕力で考えても、どれ程魔王が油断していても中々厳しいだろう。

 なら魔法か。と言っても、魔王の周りを漂っていた膨大な魔力。あれでは生半可な魔法は全て魔力の渦に飲まれて届かない。かといって大規模な魔法は詠唱に時間がかかるから、不審に思われれば警戒されるし、最悪私の魔法よりも素早く魔王の魔法が打ち込まれる可能性がある。魔法使いは、詠唱している最中は丸腰状態なのだ。


 会えるけれども、武器も駄目、魔法も駄目。

 ならばどうすればいいのか。


 そこで私は一つの作戦に思い至り、早速部屋を飛び出した。



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