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オンシジウム

作者: 朝霧 詩音

「私達、もうダメかもねー。」



朝食を食べながら、抑揚の無い声で君は言う。

僕は何も言わない。


付き合い始めて6年、同棲生活を始めて3年。

9年という年月は僕らには長すぎたのかもしれない。

別に嫌いな訳じゃない。

好きだったのも本当だ。


でも、今君に好きかと聞かれたらきっと僕は即答出来無い。

ただ、日常となってるこの生活が壊れていくのを恐れた。

惰性で続けてきたこの関係もそろそろ潮時なのかもしれない。



「明日のパーティー、今年も行くだろ?」

「…そうね。」



毎年、共通の知人が開くダンスパーティーに僕らはいつも参加していた。


今年が最後かもな…。

僕はぼんやりと考える。


淡々と朝食の食器を洗う君の隣で僕がそれを拭く。

2人でやる作業はあっという間で、キッチンを去ろうとする君の背中に声を投げた。



「明日、17時に出るから。」

「分かった。」



冷えた関係は素っ気なく味気ない。

昼間はそれぞれが仕事や趣味、友人と時間を過ごし夜は別々の部屋で寝る。

顔をあわせるのは食事くらいだ。



「明日のパーティー終わったら、ちゃんと話さないとな。」



掠れた声が当てもなく消える。

君と恋人で無くなると思っても僕の心は波立たない。

どこかホッとした様な、納得した様な、それでいて心にぽっかりと穴が開いたようなそんな感覚。

いい歳してこれ以上惰性の関係も続けていられない。

お互いの為に次に進まなければ。


久しぶりに粧し込んだ君を見た。

そういう僕も普段とは違う。

今更デートなんてすることもなかったけど、偶に2人で出かけても身なりなんて気にしなかった。



「準備出来てるか?」



問いかければ首を一つ縦に振る。

言葉足らずなのは自覚してる。

気の利いた綺麗やかわいい、そんな一言も口を出ない。

初めの頃は言っていたはずなのに。

愛想も尽かされるし刺激がないのも当然だ。


無言で僕の愛車に2人で乗り込む。

君が助手席でドライバーは僕。



「このパーティーが終わったら話をしないか?」

「そう…だね。」



ずっと直視するのを避けてきた。

でも、口に出してしまった今もう逃げられはしない。


会場に足を踏み入れればそれに気が付いた主催者、僕らの知人が寄ってきた。



「やあ、久しぶりだね。こんな個人的なパーティーに毎年足を運んでくれてありがとう。」

「いや、こちらこそ招待してくれてありがとう。個人的なパーティーの割には人も多いし毎年楽しませてもらっているよ。」



君は僕の隣でニコニコと笑みを浮かべている。

知人が他の挨拶回りで僕らから離れたら、君も僕も別々に楽しむ。


ホールの中央では何組かの男女が踊っていた。

ここ数年、僕らがあそこで踊ることはない。

適当に料理や飲み物を摘みながら、顔見知りの参加者と談笑する。

外面の良い僕らの関係は、まだ入籍しないのかと冷やかしのネタにされる。

その度に曖昧に誤魔化すのは君も僕も同じだ。


1度ホールの音楽が途切れる。

踊っていた人らが喉を潤しに戻って来た。

ふわふわと微睡んだオーラが幸せそうに見える。


空いたホールの周りには次に踊ろうと待機するペアがいる。

女性を誘おうとソワソワする男もいる。

僕の談笑する輪の中からも数人の男が消えた。


再び音が優雅に流れ出した頃、僕の視線は1組のペアに釘付けにされた。

僕より少しだけ年上だろうか?

穏やかな物腰の笑みを浮かべる男性に君は手を引かれ照れたように身を任せていた。


特別ショックを受けた訳じゃない。

怒ってるわけでもない。

悲しいわけでもない。

でも、少しだけその光景が胸に刺さった。



「あれ?彼女、君のフィアンセじゃない?」

「そうだね。」



僕の視線に気が付いた1人が僕の顔色を伺う。

なんてことない風に言う事が、周りに気を使わせてしまったらしい。

寧ろ、オシドリ夫婦並みの信頼で心配ないと解釈され出す始末だ。


再び流れる和やかな空気と音楽とは裏腹に僕の胸はチクチクと痛む。

会話を楽しみながらも何処か気になってチラリと君を盗み見る。

優雅に舞う君は美しかった。


僕はここで初めて気付く。

他人に嫉妬心を感じる位にはまだ君を好きでいたんだ…と。


自覚したら最後、もう平静ではいられない。

曲が終わるのを待った。

一曲がこんなに長いことを僕は知らない。

君は僕が見ていることに気が付いているだろうか?


優雅な音楽が終わると、男にエスコートされながら頬を上気させて君は戻ってくる。

歩き出した僕の足は真っ直ぐに君の元へ向かった。

途中で花瓶に飾ってあった花の中から一輪の黄色い花を抜き取る。


男と別れた君にスッと僕は近付いた。

それに気付いた君の頬が僅かに強張る。

何よ、とそっぽを向く君は少し拗ねたようだった。



「受け取ってください。」



事情を知らない参加者達が遠巻きに僕らの行方を見守っている。

呆然とする君から返事の言葉を聞くまでが、さっきの曲が終わる時間の更に何倍にも感じた。



僕の手に乗る黄色い花は、

___________…オンシジウム。



その花言葉は、長年に渡って花屋に勤める君なら分かるよね?

僕は不器用だから、言葉足らずだから、…ストレートに言葉にするのは苦手なんだ。

これが僕の精一杯。

物足りなさを感じさせてるのかもしれない、寂しい思いをさせてるのかもしれない、不安にだってさせただろう。

でも、やっぱり君が他の男といるのは嫌だった。


目の前で盛大なため息を漏らされる。

…やっぱり、今更だよね。

分かってた…、はずなのに胸が痛い。

顔をくしゃっとして頭を上げれば、君は困った様に笑っていた。


引っ込めかけた僕の手に君の手が重なる。

ハッとした僕にいたずらな笑みを浮かべた君が顔を寄せる。



「バーカッ。」



耳元で囁かれて心臓が鳴った。

いいよ、と君が僕に近付く。

不覚にも泣きそうになった。


しおらしく姿勢を屈める君の髪に僕はオンシジウムの花を添える。

そのまま君の手を取ってホールの脇に移動する。


手汗、かいてないかな?

些細な事が気になってソワソワした。



「本当はね、さっきの男性とは何にもないの。ただ協力して貰っただけ。」



真っ直ぐホールの中央を見つめ凛とした姿勢で君は言った。



「え?」

「もう…。君が中々積極的になってくれないのがいけないんだからっ!」



ちょっと怒ったようにグイグイとダンスの輪の中に僕を引っ張る。

でもね、今なら分かるよ。

その怒った顔も、本当は照れ隠しだって。


やっぱり僕は君じゃないとダメみたいだ。



花言葉は、


___________…僕と踊って下さい。

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