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第四話

 《二月 二十二日 金曜日》


 今更だが、俺の家について少しばかり説明しておこう。前話でも言っていたが木造平屋。玄関から入って、廊下を真っすぐ進めばリビング。右に曲がれば風呂があり、左に曲がればトイレがある。しかしながら風呂は三年前から故障中。もう父親は直す気など更々ない。何故かと言えば近所の銭湯が無料で使用できるからだ。

 何故銭湯が無料で使用できるのか。それは親父が医者だからではない。その銭湯を経営しているのが俺の爺ちゃんだからだ。つまり親父の父親。

 爺ちゃんも医者だったが、随分前に引退して、今は銭湯の主をしている。親族とは言え無料で使いたい放題は如何な物か……と俺は思うが、どうやらあの親子にそんな考えは無いらしい。


 んで、話を戻すが俺の家についてだ。リビングの隣には寝室、台所、そして俺の勉強部屋などがある。勉強部屋は物置に等しい狭さだが、爺ちゃんも親父も、ここで勉強して医師になったらしい。当然のように俺も医師を目指している。今度進む大学も医学部が入っている所だ。


 さて、何故わざわざ我が家の説明から入ったかと言えば、この狭さを知ってほしかったからだ。この狭い空間で、俺は今現在女子高生と二人きり。堺とは、しょっちゅう二人きりだがアイツは別だ。格闘技を学ぶ親友であり友人。男女間の友情など成立しないと誰もが口を揃えていうが、俺はそんな事はないと思っている。


 しかし今、俺の家を訪ねてきた女子は別だ。なにせ俺はこの子の事を知らない。同じ高校だという事は制服を見れば分かるが、何せ俺の通う高校は桜ヶ丘総合学園という所で、その名の通り様々な科が集っているマンモス高校。同じ学年だけでも千人以上の生徒が居るのだ。知らない生徒など別に彼女に限った話ではない。


 俺はそんな彼女を、とりあえずとリビングへと通す。そのままお決まりの緑茶を入れ、ちゃぶ台の上へ。


「あ、ありがとうございます……。えっと、香野(こうの) 大地(だいち)さんですよね……」


「ぁ、ハイ」


 ちなみに彼女の名前は、庄野(しょうの) 花音(かのん)。花音さんは俺の事を知っているのか? 


「よく全校集会で表彰されてますよね。レスリングの大会の……」


「あぁ、あれは……競技人口が少ないから……いきなり県大会から始まって、しかも同じ階級の選手が二、三人とかだから……一回勝てばもう準優勝確定だから……」


 そんなんで表彰される俺の身にもなって欲しい。そのまま大きな大会に進んでも、大抵は三回戦くらいで負ける。俺の引退試合もいつの間にか終わっていた。しかし言い訳では無いが、べつに大会に勝つためにレスリングをやっていたわけじゃない。ただ単純に体を鍛えたかっただけだ。まあ、試合に勝てなかったのは悔しいが。


「ところで庄野さん……親父から俺の御世話係とか聞いてますが……」


「はい。お父様からも許可を頂いています。こちらがその書類になります」


書類て。なんか仰々しいな。なんでそんなもん……


「……ん?」


 その書類に目を通す俺。しかしなんか……


「婚姻……届け……?」


「はい。婚姻届です」


 婚姻ってなんだっけ。あれか、結婚ってやつか。成程。

 いやいや、しかし昨今の世間では女性が当たり前の様に専業主婦に就く事を嫌っているじゃないか。俺は別に花音さんと共働きで、一緒に家事を熟す方向性でも……


「ってー! なんで婚姻届?! なんかしっかり俺の名前も印鑑も押してあるし! え?! これ誰が書いたん?!」


「お父様です。婚姻届って本人の直筆じゃなくても受理されるからイイダローって……」


 良くねえよ! こういうのは本人が書くから意味があるんだろうが!

 いやいや、それ以前の問題だ! 何故に婚姻届?!


「実は……私、とある病を患っていまして……そのせいで結婚出来そうにないって相談したんです。大地さんのお父様に」


「……で?」


「なら息子をやろうと快く……」


 待てゴルァ! あのクソ親父! 何考えてやがる! 大体、俺はまだ高校生だぞ! 三月一日に卒業だけども!


「……ダメ、ですか?」


「いや、ダメとか以前に……色々段階を踏まないと……色々と……」


「私の事嫌いですか?」


 いや、だから……嫌いも何も、俺は庄野さんの事何も知らないんだが。


「成程……ならとりあえずベッドに行きましょう」


「何が成程だ。唐突すぎるわ。段階踏め言うとるやろ」


「わかりました。とりあえず一緒にお風呂に……」


「何も分かってない事は分かったから……あと家の風呂ぶち壊れてるから、お湯でないぞ」


 何なんだ、この子……。いきなり来て婚姻届とか……。

 しかし……正直言って、これは高校生男子にとって夢のような話だ。こんな美少女にいきなり婚姻届を突き出されたら思わず印鑑押してしまうだろう。もう既に印鑑は押してあるが。


 そういえば……いきなりこんな書類出されてテンパってしまったが、体の方は大丈夫なのだろうか。今日の朝に海に飛び込んで溺れかけたんだ。病院のベッドで安静にしているが普通だと思うが……。


「庄野さん……体の方は大丈夫?」


「はい。私はいつでもいけますよ。というわけでベッドに……」


「あぁ、いや、そっちじゃなく……今日海に飛び込んで溺れかけたでしょ。大丈夫なの?」


 庄野さんのボケ? を軽くスルーしつつ質問する俺。それに対し、庄野さんは目を逸らしながら


「はい……大地さんのおかげで大事に至らず……本当に感謝してもしきれないです……」


 なんか嘘くせぇ。顔色も悪いし、今にも死にそうな雰囲気醸し出してるぞ。

 そういえば……何かの病を患っているとか言ってたな。しかしそれを聞いてしまっていいんだろうか。俺が言うと答えざるを得ないみたいな空気になりそうだし……。


「ま、まあとりあえず……飯食った? まだなら何か作るけど……」


「い、いえ! お料理なら私が! 大地さんの胃袋鷲掴みにして、握りつぶしてやりますとも!」


 頼むから握りつぶさないでくれ。まあ、そこまで言うなら作ってみせよ!

 俺さっき……カツ丼食ったばかりだけども。




 ※




 なんだか妙な事になってきた。あれから庄野さんは台所に入り調理を開始。俺はリビングで全く興味のない囲碁の解説番組を延々と流し続けている。


 しかし一体なんなのだ。親父に連絡を取ろうにも、俺の携帯の画面は真っ暗で、うんともすんとも言わない。そして俺は親父の携帯、そして勤務先の病院の電話番号など覚えていない。なら調べればいいじゃないかと言う話になってくるが、スマホが使えなければ何も出来ない。家にある電話帳も十年以上前の物だし……勤務先の病院は五年前に出来たから載って無いし……。


 しかし、何故俺なのだ。親父が快くOK出した云々は置いといて、何故彼女は今まで話した事もない俺との婚姻届など作成する気になったのだ。


 やっぱりアレだろうか。今朝海に落ちた時、俺が助けたから……か? それとも本当に親父が「息子やるよ」っていったせいなんだろうか。


 なんにせよ一度親父と連絡を取って……


「ひやあぁぁあぁ!」


 その時、台所で料理中の花音さんが変な声をあげた。なんだなんだ、と顔を覗かせると、そこには宗次郎に絡まれ、固まってる花音さんの姿が。


「ふ、ふおぁぁぁ……こ、この子! この子どこの子ですか!」


「その子はウチの子ですが……何か?」


 宗次郎は花音さんの足に抱き着くように「かまってー」と見上げながら尻尾を揺らしている。一方花音さんは、宗次郎に見下ろしながら固まっていて……ぁ、なんか抱っこしたそうに手が震えてる。しかし残念、今彼女は料理中だ。調理の途中で猫を抱っこする事に抵抗があるんだろう。しかし心配はご無用よ! 宗次郎はちゃんと週一のペースでお風呂に入ってる綺麗好きさんなのだから! まあ、正確には洗面台だが。


「花音さん、手拭いて」


 俺は花音さんへと布巾を手渡し、とりあえず濡れた手を拭かせる。そして俺が宗次郎を抱っこし、そのまま花音さんへと。


「おぉ、おぉぉぉ……っ! 暖かい……フワフワ……モフモフ……むきゅうって感じですね!」


どんな感じだ。まあ宗次郎が可愛いという事は凄い伝わってくる。


「この子……マンチカンですか?」


「正確にはアメリカンショートヘアーとマンチカンのハイブリッドだ。知り合いから生まれたての頃貰って……」


 なんなら俺秘蔵の宗次郎お宝映像を見せてやらんでもない。よちよち歩きの頃からビデオカメラで撮影した凄まじい破壊力の映像を!


「み、見たいですっ! ぁ、すみません……料理の途中で……」


「大丈夫大丈夫。手なんて、また洗えばいいし」


 料理を続ける花音さんから宗次郎を受け取る俺。むむ、なんか俺に抱っこされた瞬間……ちょっと不満そうな顔したぞ、コイツ。この女好きめ! 堺にも懐きまくりおって!


 そのまま花音さんは晩御飯の支度へと戻り、俺は宗次郎を連れてリビングへ。


 宗次郎に興奮する花音さんは……なんというか凄く可愛いかった。元々美少女だが、笑うと更に可愛い。でも何故か既視感がある。どこかで見たような笑顔……なんだろう、この感覚は。


 しかしこんな子が自宅で料理を作ってくれる。もし仮に花音さんと本当に結婚すれば……これが日常になるのか。それはとても……幸せかもしれない。


 二人で歳をとって最後の時まで過ごせるのなら……それはとても幸せな事なんだろう。

 

 最後の時まで……いつまでも一緒に……



 


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