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第三話

 《二月 二十二日 金曜日》 


 先に銭湯を出た堺を追いかけ、そのまま共に帰宅する俺達。ちなみに俺の家にだ。堺は高校の寮に住んでいて、たまに遊びにきたりする。勿論目的は宗次郎だ。


「宗次郎ーっ、ただいまぁーっ」


 先程とは打って変わって満面の笑みで宗次郎を抱っこする堺。宗次郎も堺には慣れていて、自分から鼻チュウを繰り出す程に仲がいい。ところで腹減ったな。何か食べるか……。


「堺、飯食ったか? 何か作ろうか?」


「あぁ、ええわええわ、私作るから」


 いや、お前料理出来ないだろ。前にお前が作ったスクランブルエッグ食って、親父が三日寝込んだ事を忘れたとは言わせんぞ。


「そないな事言うて……アンタ、今さっき死にかけたんよ! 大人しくしとき!」


「俺はただ……日に二度も命の危機に晒されたくないだけで……」


 ギロっと堺は俺を睨みつけてくるが、すぐに目を逸らした。まあ親父が寝込んだ事は本当だしな。医者である親父も言っていた。こんな食虫毒の症例は聞いた事がないと……。


「まあ……確かに俺も作るのダルいし……出前でも取るか。堺、カツ丼と牛丼どっちがいい?」


「私はええわ。正直食欲ないし……」


「そんな事言ってるから大きくなれないんだぞ。主に体の一部が」


 再び俺の鳩尾へと叩き込まれる正拳。

 やばい、クセになりそうだ……。




 ※




 出前でカツ丼を取り、二人と一匹で食した後、堺は学校の寮へと帰っていった。今現在、時刻は午後三時過ぎ。俺は愛猫の宗次郎と仲睦まじく戯れている。


「ウフフ、宗次郎。握手しようぞ、あくしゅ」


 宗次郎は、むんっ! と後ろ足で直立しながら俺と握手。ウフフ、可愛いぞ宗次郎。堺などお前の足元にも及ばない。


「はぁ、そういえば宗次郎、聞いてくれ。今日俺は……ちょっと凄まじい経験をしてしまったんだ」


 そのまま宗次郎へと、今日女子高生を助ける為に海に飛び込んだ事を話した。宗次郎は黙って話を聞いてくれる。時折動く鼻が頷いているようで、だんだんと俺の心は宗次郎の鼻に夢中になっていく。


「君の鼻は可愛いな……どれ、俺も鼻を動かして会話を……」


 その時、家の固定電話が鳴り響いた。なんと珍しい。最近は携帯電話の普及で家の電話など滅多にならないのだが。


 固定電話へと歩みより、そっと受話器を取ると聞き慣れた声が。


『おう、大地。お父様だぞ』


「あぁ、親父か……なんで携帯にかけてこないんだよ。ビックリするだろうが」


『いや、お前の携帯にかけたけど……なんか電源入ってないってお姉さんに言われたから……』


 何ぃ?! ま、まさか……そういえばウッカリしてた。今日海に飛び込んだからぶち壊れたのか?! 

 いや、待て、最近のスマホは当たり前のように防水の筈だ。俺のスマホも当然そうだと思っていたが……まさか防水じゃないのか?! 


『まあ、そんな事より大切な話があるから聞きなさい』


「なんだ、俺は今それどころじゃない。というか携帯ぶち壊れたかもしれんから……お父様、新しいスマホを買ってくれ」


『そんな事はいいから。というか大地、お前……今日海に飛び込んで女の子を助けただろう。一応検査したいから一度病院に顔を出しなさい。というか普通来るだろ』


 御尤もな意見が。まあ、しかし俺は別に平気だぞ。レスリングで鍛えた体なんだ。冬の海ごとき、跳ね返してくれる。


『はぁ……医者の息子が脳筋だなんて……』


 なんか凄い差別発言が出たぞ。別にいいだろ。それに俺だって成績はそれなりだぞ。大学だって決まってるじゃないか。


『まあ、それで大切な話というのは……暫く俺と母さん、家に帰れそうにない。お前の卒業式には出るが、ちょっと立て込んだ事情があるんだ。それで代わりと言っては何だが……お前の御世話をする人間を用意した』


 なんだって? 家に戻れない云々は別に構わないが……お世話する人間ってなんだ。別にそんなのイラン。俺は高校三年、そしてもうすぐ大学生だぞ。十分大人と言われても差し支えない年齢の筈だ。


『そう言うな。お前が大人だという事は分かっている。そしてお前は俺の息子だ。一人前の男と認めた上で彼女をお前に託す』


「なんだ、その言い方……気持ち悪いな。って、彼女って……」


『大地、充実した一日は無下に過ごした十年に勝る。これから一週間、お前は一日一日を大切に過ごせ。それがいつか、かけがえのない物になる』


 何言ってんだ。意味分からんぞ。


『じゃあな。お前は俺の息子だ。信じているぞ』


 いや、だから何を……ってー! 一方的に切りやがった! 一体なんなんだ。


 溜息を吐きながら受話器を降ろし、親父の言葉を頭の中で反芻する。


「何が言いたかったんだ、親父……まあいいか。とりあえず誰か来るのか。部屋の掃除でも……」


 その時、家のインターホンが鳴り響いた。まさかもう来たのか? 俺はてっきり明日の事だと思っていたのに。まさか親父から連絡があった直後に来るとは。


 というか、親父は“彼女”と言っていた。それはつまり女性という事だ。当たり前だが。


 こんなボロイ木造平屋の家に女性と二人きり……。いやいや、何を男子高校生の妄想を膨らませているんだ。親父の知り合いだぞ。きっと母親と同年代に決まってる。


 再び鳴るインターホン。俺は「はいはい」と返事をしながら玄関へ。すると宗次郎もトテトテと着いてきた。あぁ、可愛いぞ宗次郎。


「今開けますよーっと……」


 そのまま玄関を開錠し、扉を開けると……


「こんばんは……」


 バタン……とそのまま一度玄関を閉じる俺。

 なんだ、一体俺は何を見た。玄関の前に立っていたのは、うら若き女性。というか俺と同じくらいの美少女だ。なんであんな可愛い子がこんなボロ家に……。


「あ、あのー……」


 玄関の外からかかる声に、俺は再び扉を開け放つ。そこには相も変わらず美少女が。


「お父様から聞いてませんか? 私は……」


「……いや、聞いてるけど聞いてない……。君ダレ?」


 確かに来客がある事は聞いているが、こんな美少女だとは聞いてない。


 美少女は俺の顔をチラチラと見ながら、お辞儀しつつ


「私は庄野(しょうの) 花音(かのん)といいます。今日から一週間……貴方の御世話を……」


「ぁ、間にあってます……」


 そのまま再び玄関を閉じようとする俺。しかし彼女は強引に扉へと体を食い込ませ、閉じさせはしないと潜り込んでくる! ん? 花音……どっかで聞いたような名前だな。


「ま、まってください! こんな寒空の下、か弱い少女を放り出すつもりですか?!」


「放り出してないわ! アンタ最初から寒空の下に居ただろ!」


 強引に家の中へ入ってきた女子。堺より背は小さめで髪が長い。なんだか今日、あの防波堤で見た女の子と同じくらい……


「……? あれ、もしかしてアンタ……」


「……はい、今日、貴方に助けて頂いた……者です……」





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