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第二十一話

 今、私は浴衣に身を包んでいる。

 桜色の、可愛らしい浴衣。高校生が着るのには少しデザインが幼過ぎるかもしれないが、私はこの浴衣が……大好きだったから……。


「花音ちゃん可愛いわぁ。私のプライベートなアルバムに残してもいい?」


「Oh それはいいですン。では私も一枚よろしくお願いしますン」


 大地君の御婆様とテレシアさんが、それぞれカメラで私を撮影してくる。

 御婆様の方はスマホで。テレシアさんは妙に本格的な一眼レフのデジカメで……。


「フフ、私の趣味が一つ増えましたン」


 怪しい笑みを浮かべるテレシアさん。趣味とは一体……。


「光ちゃんも後から来るからね。今日は二人で浴衣ねー?」


「はい、ありがとうございます」


 ここは御婆様の喫茶店。

 私は御婆様に浴衣を着つけてもらっていた。見た目小学生の御婆様は様々なスキルを持っているらしい。なんでも教員免許も持っているらしいが、就活段階で諦めたとか。確かに……この見た目では生徒に虐められて……いや、私なら確実に可愛がる。どちらにしても教師には思えないかもしれない……。


 本日は大地君とお姉ちゃん、そして藍水(あいみ)ちゃんが神社の神主さんと交渉し、例年より早めに開催される桜祭り。時刻は午後五時過ぎ。もう既に祭りのムードが町全体を覆っている。


 懐かしい……昔、私は大地君と一緒に……祭りを歩いていた。

 お姉ちゃんとお母さんと……四人で。


「花音ちゃんのお母様も凄いわね~ 浴衣を作っちゃうなんて」


「ぁ、はい。母の趣味というか……昔から裁縫が得意で……。でも結構簡単だって言ってましたよ。料理の方が難しいって……」


「あはは、まあ向き不向きはあるわよねー」


 あの日、私の病室へと来てくれた母が持ってきてくれた浴衣。

 大地君もお姉ちゃんも驚いていた。二人に桜祭りが早めに開催される事など、まだ伝えてない筈なのに……と。二人も誰からか聞いたわけはない。ただ……この季節になれば私が浴衣を着る、と母は想ってくれていた。そんな母は……私の病気が治る物だと……思い込んでしまっていた。いつか元気になって、また昔見たいに家族皆で暮らせる日がくると……母は信じて疑わなかった。


 私はそんな母と話を合わせるように……出来るだけ明るく会話をした。父はそんな母と私の会話に耐えれなくなったのか、泣き出してしまったが……。


「ムム、トウモロコシの芳ばしい香りがしますン。たっちゃん、私ちょっとひとっ走りして買ってきますン」


「あらら、テレシアちゃん我慢できないの? あとでどうせ皆で……」


「お腹空きましたン。こういう時は欲に忠実でなければなりませぬン!」


 そのままテレシアさんは一足先に祭りの会場へ。もう人も集まってきているだろうか。この喫茶店の前の道を、浴衣姿で歩く人もだんだんと増えてきた。会場である神社は、ここから少し先に行った所にある。


「テレシアさんって……食いしん坊なんですね……」


 テレシアさんは不思議な人だ。ノルウェーの人だと言うが、大地も御婆様もいつの間にか喫茶店に居た、と主張している。いつのまにか雇っていたというのだ。


『まあ、婆ちゃんの話し相手になってくれるし』


 大地君はそう言いながら、あまり気にしていない様子だった。

 もしかしたらテレシアさんに、どこかの小説みたいに暗示でも掛けられているのでは……と思ってしまったが、そんな摩訶不思議な事があるわけが無い……と思う。


 そのまましばらく御婆様と談笑していると、大地君とお姉ちゃん、そして藍水ちゃんがやってきた。

 そういえば、藍水ちゃんって誰だ? と思われた方も居るかもしれない。藍水ちゃんは堺さんの事だ。私と堺さんは最初会った時は大地君を取り合って言い合いしていたが、今ではとてもいい友達になっている。


「お、可愛いやーん。花音ちゃん、ちょっと子供っぽいから良く似合ってるわ」


「あはは、ありがとーっ」


 やってきた藍水ちゃんへと浴衣姿を披露する私。お姉ちゃんも私の浴衣を見て優しく微笑み、大地君は……


「……ぁ、それ……もしかして……」


 何か思い出したのだろうか。私の浴衣姿を見て、大地君は唖然とした表情をしながら、私に近づいてくる。


「こ、この浴衣……あの時の? ほら、花音が転んで汚しちゃった……」


「そんな事もあったわね」


 大地君は懐かしいと零しながら私の浴衣姿をまじまじと見つめてくる。お姉ちゃんも「今度は転ばないように」と念を押してきた。子供じゃないんだ。もう転んだりしないよ。


 すると堺さんは喫茶店の窓を全開にして、身を乗り出し神社の方へと顔を向ける。開いた窓から入ってくるのは少し湿っぽくて……冷たい空気。それに乗って祭りの芳ばしい香りも喫茶店の中へと入ってくる。


「五右衛門の爺さん、随分頑張ってくれたんやなぁ。こんなに早く祭りできるなんて思うとらんかったわ」


 本日は二月 二十七日。大地君達が五右衛門爺さん……神社の神主さんに祭りを早めるよう交渉してくれたのは二十五日の事だ。その二日後には祭りを開催してしまうなんて、やはり神主の権力だろうか。


「……皆……ありがとう」


 思わず、私はお礼を言ってしまう。するとその場にいる人間、全てが首を傾げた。


「なんで花音ちゃんがお礼言うん? 私らが早く祭りやりたかっただけやって。なあ、大地」


「そうそう。光さんも早くリンゴ飴舐めたい舐めたいって……」


「言ってないわよ、そんな事」


 お姉ちゃんは大地君の頬を抓りながら黙らせる。それを見て、私も藍水ちゃんも笑ってしまう。


「ぁ、そういえば……花音、渡したい物があるんだ」


 大地君はお姉ちゃんに抓られた頬を抑えながら、私へと小さな箱を見せてくる。

 

「え、コレ……何?」


「いいか、開けるぞ」


 そっと小さな箱を開く大地君。そこには銀色に光る指輪が。

 え……指輪……?


「花音、結婚しよう」


 結婚……って、え?

 本当に? 本当に……結婚……


「お幸せになー、二人とも」


「大地君、私の妹泣かせたら島流しよ」


 ……ダメだ。

 結婚なんて……出来ないよ。


「……ごめん……大地君……結婚なんて……結婚なんて出来ないよ……」


 私がそう呟くと、一瞬で目の前の光景が一変していた。

 私の服装も……高校の制服になっている。そして……そこは私が自殺を図った場所。


「なんで……」


 誰も居ない。他には誰もいない。

 ただひたすらに、目の前にはあの時の光景が広がっている。


 私は飛んだ。ここから飛び、自殺を図った。

 町の防波堤。下に広がる海は、びっくりするほどに真っ暗だ。思わず吸い込まれてしまいそうになるくらいに。


「後悔していますカ?」


 すると、私に話しかけてくる誰か。

 それはテレシアさん。


「あの時飛ばなければ……大地君と再会する事はありませんでしたン。大地君と出会わなければ……彼も貴方の事など思い出さなかったでしょうネ。幼い頃の記憶など、曖昧で歳を重ねるごとに消えてしまう物ですからン」


「テレシアさん……? なんで……」


「貴方を迎えにきましたン。これがどういう事か、分かりますカ?」


 迎えに来た? 

 それって……待って……待って、まだ私は何も……大地君に何も……


 嫌だ、まだ……まだ死にたくない。

 もう一度……もう一度だけ大地君に……皆に……


「もう、苦しいのは嫌でしょう? 常人ならとっくに正気を失ってますン」


 そうだ……苦しかった……。

 苦しくて苦しくて……終わらない頭痛と吐き気に耐えながら生きてきた……。

 もう二度と味わいたくない、あの苦しみ。

 

 そうか、これは夢か。だから……全然苦しくない。

 あの痛みは今は無い。


「もう……私、終わっちゃったんですか?」


「厳密に言えば、まだ肉体は生きてますン。貴方はご両親とお祭りの話をしている時、意識を失いましたン。聞こえますかン? 今必死に貴方を蘇生させようと、大地君達が頑張ってますン。でも……貴方にとっては苦しいだけでしょウ? このまま行くなら……私が道案内しますン」


「……私、死にたくない……大地君と一緒に……みんなと、ずっと……ずっと一緒に……」


 でも苦しいのは嫌だ。

 もう嫌だ。あの苦しみから解放されたくて……私は自殺しようとした。

 でも助けられてしまった。大地君に。


 だから……だから大地君も苦しませよう、そう思ってしまった。

 優しい大地君ならきっと……私が目の前で死ねばずっと覚えていてくれる。

 ずっと……苦しんでくれる。


 最低だ、最悪だ。

 藍水ちゃんの言う通りだ。死ぬなら……一人で勝手に死ねる所で死ねば良かったんだ。

 なんで私は昼間の……こんな防波堤で死のうとしたんだ。


「綺麗だから……じゃないですかン?」


 テレシアさんは無限に広がる水平線へと手を翳す。

 私も水平線を眺めた。もう見慣れた光景だった筈だ。でもあの時は……物凄く綺麗だと思ってしまった。


 死ぬならここがいい、そう思ってしまった。


「別にここで死んでも……誰も貴方を責めたりしませン。絶望を知らない人間はいつでも無責任ですン。とは言っても、貴方が味わった投薬治療は常人には理解できませン。地獄という表現すら生ぬるい苦しみに……また戻りますかン?」


「…………」


 耳を済ませれば……私を呼ぶ声が聞こえた。

 花音、花音……そう叫ぶ皆の声が。


 

 そうか、私は……大地君にプロポーズされた直後に死ぬんだ。

 目的達成してるじゃないか……。大地君はこれで苦しみ続ける。私の事を憶えていてくれる。


 ずっと……ずっと一人で……大地君は優しいから……ずっと一人で苦しみ続ける。


 

「嫌だよ……そんなの……」


 嫌だ。そんなのは絶対に嫌だ。大地君が一人で苦しみ続けるなんて……絶対に嫌だ。

 こんなの誰かの思うつぼじゃないか。

 神様の……思うつぼじゃないか。


『神様に幸せになるなって言われて……その通りになるなんて絶対に嫌だ! 俺だったら、全力で幸せになって死んでやる! 死に際で神様に“ざまあみろ”って笑いながら死んでやる……』


 大地君の言葉を思い出した。

 神様にざまあみろなんて……なんて罰当たりな……って思ったんだっけ。

 

「テレシアさん……神様って……居るんですか?」


「さあ、それは私にも分かりませン。まあ、どっかでお茶を啜っているかもしれませんネ」

 

 お茶を啜る神様。白髪の白髭を生やした老人が、縁側でお茶を啜るシーンを想像してしまう。

 途端に笑ってしまった。神様のくせに……なんて呑気なんだ。

 

 そんな神様に……私は散々苦しまされて死ぬのか。

 確かに大地君の言う通りだ。

 私は幸せだった。

 死ぬなら……そんな状況で死んだほうがいい。


 私は……生きる。


 あの痛みは、あの苦しみは……私だけの物じゃ……無いんだから





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