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第二十話

 《二月 二十五日 月曜日 午後一時》


 光さんと堺、そして俺の三人でひたすら泣いた後、婆ちゃんと五右衛門爺さんまで、もらい泣きしている事に気付いた。二人はティッシュを交互に回しながら、もう中身が無くなる程に涙と鼻水を拭い続けている。


「うぅぅぅう、もう泣く事なんて無いと思ってたのに……大丈夫よ、私と五右衛門さんも先長く無いし……花音ちゃんはちゃんと私達が……」


 おい、縁起でもない事言うな! 特に婆ちゃんがその見た目で言うと流石に俺でも違和感半端ない!


「よっしゃ……儂に任せい! 桜なんぞ気合で咲かせたるわ! まあ、桜祭りに元々桜なんぞ関係ないしの」


 なんかどんでもない事をカミングアウトしだしたぞ、この神主。桜関係ないって……


「あら、そうなの? 五右衛門さん」


「うんむ。もともと、桜祭りは汝祭りじゃったんじゃ」


 汝……? 祭り?


「ほれ、汝って漢字に木を足すと桜になるじゃろ? ようするにただのシャレじゃ」


 シャレって……。

 というか汝祭りって何よ。


「まあ、これもシャレなんじゃがの。昔はこの辺りは攫ってきた人間を働かせる村じゃったんじゃよ。主に女が攫われ、無理やりに働かせられたんじゃ。しかし重労働に耐えれなくなった女は、海へ身投げしおった。汝って漢字は水に女と書くじゃろ」


 水というか……さんずいだな。


「そして時代が進むに連れ……人攫いなんぞ大っぴらに出来なくなった頃、この村も普通の村として成り立ち、海へ身投げした女達を祭るために『汝祭り』が始まったんじゃ。しかし更に時代が進むにつれ、だんだんと『桜祭り』に成り代わった」


 成程……しかし、だからと言って桜を無視するわけには……。

 というか、花音も桜が見たいだろうし。


「まあ大丈夫じゃろ。急に暑くなったしの。こういう時は大抵咲くもんやで。たぶんな」


 なんて頼りにならない希望だろうか。しかし今はすがるしかない。

 それから五右衛門爺さんは桜祭りを開催する為に、関係各所へと連絡を入れる。何気に最新のスマホでだ。


 主に連絡を入れる先は役所やら商業組合やら警察やら……次々と連絡を取る五右衛門爺さん。ここにきて、この爺さんは実は凄い人だったんだな……と思ってしまう。今の電話の相手は警察署の署長だろうか。随分五右衛門爺さんは偉そうだ。


「うぃうぃ、頼んだわ」


 電話を終えた五右衛門爺さんは懇親のドヤ顔。堺と俺は心配そうに五右衛門爺さんを見つめる。すると五右衛門爺さんは出来もしないウィンクをしながら両目をつぶり、親指を立ててGJサイン。


 どうやら早めに開催する事に関係各所は合意してくれたらしい。やけにアッサリ……少し拍子抜けだ。


「まあ……そりゃそうだわな……皆早めの方が良いわな……」


 なんか五右衛門爺さん落ち込んでる! 何があった!


「いや……桜が満開になる季節は家庭事情やら他のイベントやらで忙しいから……むしろありがたいって……」


 あぁ……成程。確かに通常桜が咲く季節は三月中旬から四月上旬だ。その時期は確かに色々イベント盛りだくさんだよな。入学式やら何やら……子供が居る家庭なら余計に……。


「それより大地、アンタいつまで光姉さんの手握ってるん」


「ん? おうは! す、すみませぬ!」


 俺ずっと握ってたのか! どうりでなんか手が幸せ気分だと思った。光さんの手……触り心地良いし。


「セクハラ! あんたそれはセクハラやで! 逮捕や!」


「ええい、五月蠅い五月蠅い。本人が何も言わなければ罪には……」


 さっきまで泣いていた光さんは、俺が離した手を撫でながら、上着のポケットからハンカチを。そのまま涙を拭きつつ、婆ちゃんからティッシュを受け取ると盛大に鼻をかむ。


「……大地君の手……少しヌメっとしたわ……」


 な、なんだとう!


「ほらぁ! 大地、あんた手ヌメっとるん! 河童は川に帰り!」


「五月蠅いトラ! 森へ帰れ!」


 そんな俺と堺のやりとりに、光さんは顔を両手で覆いながら笑い出した。こんな光さんを見るのは……久しぶりかもしれない。幼い時の記憶が蘇ってくる。少しづつ……そうだ、両親の帰りが遅い俺の面倒を見てくれていた光さんは……元々優しいお姉さんだったじゃないか。


「はぁー……ごめんね、少し……落ち着いたから……」


 光さんはそう言いながら立ち上がり、花音の元へ帰ると玄関に向かう。そんな光さんを見送る俺と堺。その後ろ姿は少し前の光さんとは違って見えた。


「……今更だけど……お祭り楽しみにしてるわ」


 その言葉に俺と堺は心の中でガッツポーズ。玄関で靴を履き、振り返る光さんへと力強く頷いた。


「それで……桜祭りの事は花音には秘密にしておいた方がいい?」


 ぁ、そういえば……どうなんだろう。びっくりする花音も見てみたいが……


「ええんちゃう? 言っちゃっても。ぁ、っていうか……私もう呟いてしもうたけど……」


 何ぃ! お前、もしかして花音と鳥のID交換したのか?!


「もうお互いフォロ―済みやで。ちなみにLUNEのIDもバッチリや。どっかの誰かさんは携帯ぶち壊れてるからな。ザマァ」


「一言余計だ! っく……俺も携帯早く治さないと……」


「良かったらこれ使っていいわよ」


 すると光さんは自分の携帯を出し、俺に差し出してくる。

 いやいや、そんな他人様の携帯をお預かりするわけには……


「大丈夫よ。大して番号登録してあるわけじゃないし……花音の番号は勿論入ってるわよ。あの子に大地君から直接電話で桜祭りの事教えてあげて。きっと喜ぶから」


「ま、マジっすか……じゃあ、お預かりします……」


 光さんの携帯を受け取る俺。むむ、パスコードは?


「花音の誕生日よ。二月二十二日だから……ひたすら2よ。分かりやすいでしょ?」


「な、成程……。ありがとうございます……」


「もしかしたら変な男から電話かかってくるかもしれないけど……無視していいわ。それじゃ」


 変な男? そ、それってもしかして光さんの彼氏的な存在では?

 なんか嫉妬心がメラメラと……。


 そのまま光さんは家から出ていく。というか病院までどうやって……もしかして歩いて帰る気か? 俺は慣れてるから別に平気だけど……光さんハイヒールだし……


「ええんか? 私やったら最後まで送るけどなぁ。ついでに花音にも会って話してこればええやん」


「そ、そうか。じゃあ……行ってくる」


 俺は靴を履き家を飛び出す。

 そして先に行った光さんへと駆け寄った。


 いつか……こんな風に共に歩いた事があるかもしれない、そう思いながら。




 ※




「大地君、大きくなっちゃったわね」


「えぇ、まあ……高校生っすから」


 光さんと並んで歩いている。光さんと俺はそこまで身長は変わらない。俺は身長178くらいだが、光さんはどのくらいあるんだろうか。これって聞いてもセクハラでは……無いよな?


「光さんも背高いっすよね。どのくらいあるんスか?」


「170そこそこよ。今の子は皆身長高いから……私は低いほうね」


 いやいや、十分だろ。堺も花音も160あるか無いかだし……。

 

「昔……この辺りで花音と大地君が追いかけっこして……花音が盛大に転んで……」


「あぁ、ありましたね。膝から凄い血がドバドバと……」


 い、いかん……スプラッタな光景を思い出してしまった。確か結構えぐいくらいに擦りむいてたな。


「あの時、私の母親が急に走るからや、って叱って……大地君が自分が悪いって花音を庇って……」


「ぁ、あぁ……ありましたねぇ……」


 い、いかん……なんか恥ずかしくなってきた。そういえば子供の時から……ずっと花音と一緒だった気がする。ずっと一緒に居ようね……的な約束もしたような……気が……。


「大地君……私の両親……花音の事で思いつめて……別人みたいになっちゃった……。あの二人はもう花音には会わないって言ってて……」


「……え? あれ? 今、光さん達、実家に帰ってるんじゃ……」


「一時的に知り合いのアパート使わせてもらってるの。こっちに帰ってきて……花音はまだ一度も両親と会ってないわ」


 そうだったのか。帰ってきて一年にもなる筈なのに……


「あの……理由とか聞いても……?」


「……病院で話したわよね。花音が私のところに一人で訪ねてきたって。その時……両親は既に抜け殻みたいになってたのよ。それでたぶん花音は……これ以上自分が関わると両親がもたないって思ったんじゃないかしら……聞いた事は無いけど……」


 そうだったのか……。でも、この町に帰りたいって言いだしたのは花音だって話だった筈だ。なら花音は……本当は会いたいと思ってるんじゃ……いや、会いたいに決まってる。自分を産んで育ててくれた親だぞ。


「大地君の考えてる事は分かるわ。実は私も昨日……会ってきたのよ。私も一目でも花音に会って欲しいって言ったんだけどね。両親はどうやら心中しようとしてたみたいで……もう花音に会えるような状態じゃないわ」


「……心中って……」


 そんな話……ドラマとニュースの世界だけだと思っていた。いや、ニュースでやってる時点で現実の物だ。でも何処か、俺はテレビで見ながら全く別の世界の出来事だと……思っていた。


 花音の事に関してもそうだ。今までテレビで不幸な子供達を取材し、感動を煽る系の番組など沢山みてきた。一時の感動はあったが、三日も経てば俺は忘れてしまう。所詮、その感動は演出だとも思っていた。


 でも違う。花音は……本当に……


 途端に自分が腹立たしくなってくる。花音だけじゃない。俺は今まで……何処か他人ごとのように……


「光さん、俺……冷たい人間ですかね……。花音みたいな子、今までテレビで沢山見てきました……でも三日も経てば忘れてて……」


 俺は懺悔するように光さんへと吐露する。

 こんな話をしても不毛なだけだ。光さんを……困らせるだけだ。


「……これだけは言っとくわよ、大地君」


「……はい」


「私は……花音と赤の他人が同じ命の重さだなんて思ってないわ。私はそういう人間よ」


 それは……俺も……いや、誰にとっても同じじゃないのか……

 誰でも目の前で助けを求める全員を助けれるわけじゃない。なら優先順位は……決まってる。

 

 花音の両親も……花音を助けたかった筈だ。


 何がなんでも……助けたかった筈だ。





 ※





 それから俺達は病院へと到着する。俺は光さんと共に花音の病室へ。

 花音……元気にしてるか? 一人で寂しくて……泣いてるんじゃ……


「あ、お姉ちゃんお帰りー」


 ……って、花音さん、何してますの?

 

 今、花音は床に丸い模様が描かれたシートを敷き、二人の子供達と戯れていた。

 丸い模様は四色に別れており……まあ、要するにツイスターだ。


「花音ちゃん、みどり……みどり!」


「おおっと、私を踏み越えていくがいい」


 何カッコイイ事言ってるんだ。

 その言葉通り、小学生程の女の子は花音の腹へと覆いかぶさるように、みどりを……ぁ、花音崩れた。


「花音ちゃんのまけーっ」


「負けちゃった」


 満面の笑みで笑いながら、花音は勝利した子供二人を称賛。

 子供達は俺達が来た事で気を遣ったのか、そのままシートを畳んで出ていく。なんか……雰囲気がその辺りの子供と違うな。


「あの子達……今病気直してるんだって。元気になるといいな……」


「あれだけ元気あれば十分だよ。それより……花音、話がある」


 すると光さんまでもが病室から出て行ってしまう。

 あれ……何故に二人きりに……。


「何? 話って」


「あぁ、実は……」

 

 そのまま俺は花音へと桜祭りの事を話した。

 今年は例年より早く桜が咲く。だから……祭りが早めに開催される事を。


「そう……なんだ。うん、ありがと、大地」


 何処か寂し気な花音の笑顔。

 それまで自分はもつだろうか……と考えてるのだろうか。

 

 絶対なんて言えない。

 でも……俺は言うしかない。


 俺は……


「花音……ちょっといい?」


 すると先程出て行った光さんが戻ってきた。

 しかしその表情は……何処か泣きそうな雰囲気だ。


「あのね……お父さんとお母さんが……来てるんだけど……どうする?」


 

 花音は思わず硬直する。

 それは俺もだ。つい先程……光さんと話したばかりだったからだ。花音の両親の事を。


「……うん、会いたい」


「……そう。お父さん、お母さん、入って」


 ゆっくりと開かれる扉。

 そこには……幼い記憶にある人物とは全く別の……変わり果ててしまった花音の両親が立っていた。





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