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第十四話

 《二月 二十四日 日曜日 午前九時》


 花音と堺の正々堂々の勝負が始まる。賞品は勿論、この俺。しかも婆ちゃんは何故か無記入の懇意届を持っており、そこに俺は名前を書かされた。ついでに印鑑も、婆ちゃんが持っていた奴を押した。


 つまり勝った方が相手の欄に名前を書き、負けた方が役所に提出する際の証人となる。

 さて、そして肝心の勝負の内容は……


「不肖、ワタクシ……テレシアが勝負の内容を決めさせて頂きますン。体力勝負では圧倒的に堺さんが有利ン。しかし学力勝負は圧倒的に花音チャンが有利ン。なので……」


 堺が少し悔しがっている。まあ、堺の成績は世辞にも褒められた物じゃないからな……。ちなみに俺は一学年千人以上いる中で二十位以内。堺は……まあお察し程度の学力だ。そして花音は我が校の編入試験を楽勝でパスしたという経歴の持ち主。学力勝負ではテレシアちゃんの言う通り、圧倒的に花音が有利だ。


 しかし堺にも良いところはある。体育の成績は学年でも随一だし、進学も体育大学に決まっている。そして女子空手部元主将にして全国大会ベスト8に入る実力の持ち主だ。その辺りの素人がナイフを持っても堺には敵わないだろう。空手有段者の手足は間違いなく武器その物。旧訳聖書に登場するモーゼのように、海を割る空手家も少なくないという。


【注意:この小説はフィクションです】


「なので……二人の勝負は……如何に美味しく朝食のトーストを焼くかにしたいと思いますン!」


 いや、それは……不味い、花音はともかく、堺に料理をさせるのは不味い!

 いや、分かっている。トーストなんぞ焼くだけだ。焦げるか焦げないかくらいの差しか出ないだろう。しかしながら……堺はスクランブルエッグで親父を食中毒にした経歴の持ち主だ。トーストだからと楽観視は出来ない!


「テ、テレシアちゃん、その勝負は……」


「乗りました」


「乗ったで」


 いや待て! 乗んな! 特に堺! お前に口へ運ぶ物は作らせぬ!


「なんや、私だって料理が苦手ってくらい分かってるわ。でもな……トーストくらい誰でも出来るわ」


 その通りなんだけども! 一語一句間違ってないんだけども!


「ちなみにン、試食は大地君にお任せしますン」


 ぎゃぁぁ! なんで俺!? やばい、病院に戻されてしまう!


「て、提案! 提案がある! テレシアちゃん!」


「なんですン? 怖気づいたんですン?」


「料理に関しては堺が圧倒的に不利だ! なのでハンデとして婆ちゃんを堺の監督役に……!」


 俺が助かる道はこれしかない! 今更勝負の内容を変更しようにも、二人はノリノリだし……!


「阿保か、なんでトースト焼くのに監督が居るん。イチローもびっくりやで」


「俺の胃袋がビックリするよりはいいだろ。お前はもう少し自分の不器用さを自覚すべきだ」


 かくして二人のトースト勝負が始まる。

 俺はひたすら祈っていた。堺が未知なる物体を製造してこない事を……。





 ※





 「デハデハ、両者で揃った所で判定と行きますン」


 花音と堺の料理が出そろった。今俺の目の前には二つの皿。どこぞの料理番組のように丸い蓋がしてある。この二つを食し、俺が美味しいと言った方の勝ち。つまり俺はどちらの皿が花音の作ったトーストなのかは知らない。


「サテサテ、緊張の一瞬ですン。二つ同時に開けますン。好きな方から食してくださいン」


「あ、あぁ……分かった」


 まあ、俺は心配しすぎだ。堺がどれだけ不器用でもトーストくらい誰でも出来る。極端な話、食パンをトースターに入れるだけだ。あとは焦がさないようにすればいい。そう、誰でも出来る。


 そしてテレシアちゃんが二つの皿を同時に開放。その瞬間、俺の額からは冷や汗が止まらなくなった。


 一方は美味しそうなフレンチトースト。そしてもう一方は……


「堺……勝負の内容を言ってみろ」


「なんや、急に。トーストやろ? ボケたんか?」


 違う、俺がボケているわけではない。今、俺は目の前の光景が正直信じられない。


「婆ちゃん……何が起きた」


「…………」


 珍しく婆ちゃんが沈黙を保っている。いつもならハイテンションな婆ちゃんが……。


 今、俺の目の前に並ぶトースト。一目瞭然でどちらの皿が花音なのかは分かる。だがもう一方の皿に乗っている物がなんなのかが分からない。


「堺、もう一度だけ聞くぞ。何を作った」


「せやから……トースト……」


「嘘を付くな! なら何で皿の上にダークマターが乗ってんだ!」


「ダ、ダークマター?」


 そう、未知の物質。宇宙の大半を占めるのはダークエネルギーとダークマター。つまり良く分かってないという事。地球で確認されている原子以外の物質と言う事だ。そして今まさに……俺の目の前の皿にはそれが乗っている。


「か、花音の勝利……」


 美味しそうなフレンチトーストを掲げ、俺は花音の勝利を宣言。その瞬間、堺は驚愕する。


「な、なんで食べてもいないのに分かったんや! あんた、まさか超能力者……」


「それはコッチのセリフだ! お前どうやったらこんなもん作れるんだ! 一体ここ数分の間に何が起きた!」


 俺は堺と婆ちゃんへと言い放つ。すると婆ちゃんはヨロめきながら、一部始終を俺に説明してくれた。


「さ、最初はね? 花音ちゃんと同じフレンチトースト作ろうとしたのよ? でも……まだ卵と牛乳を混ぜただけの段階で、何故か色が変わって……堺ちゃん、それ以外の物は何も入れてないのに……」


 どうやら、厨房で俺の知らない物理現象が起きていたらしい。堺、お前はある意味天才だ。素晴らしい。


「ちょ、ちょい待ちい! 私は、たっちゃんの言う通りにしたで?! 私がおかしいんじゃなくて、たっちゃんが……」


 ポン……と堺の肩に手を置き首を振る婆ちゃんとテレシアちゃん。特殊な能力を持っているのはお前だけだと言いたげだ。


 ま、まあ何はともあれ? 俺は花音の作ったフレンチトーストを食そう。いい加減腹が減って……。


「むむ、そういえば花音、さっきから黙ってるけどどうした?」


「……ん……ちょっと、気分……が……」


 嫌な予感がした。足元をふら付かせる花音へ、俺は無意識に駆け寄っていた。その次の瞬間、膝から崩れる花音。俺は寸での所で花音を支える。


「花音……? おい、花音……?」


「……な、なんや? どうしたんや?」


 これは……まさか……まさか……


 待て、待て、待ってくれ。もう少し……もう少しだけ待ってくれ。


 俺はまだ花音に何も……


「て、テレシアちゃん! 救急車! ぁ、祥吾に電話した方が早いわ! お願い!」


「……了解デス」


 婆ちゃんの要請にテレシアちゃんは至って冷静に対応する。祥吾とは俺の親父の名前だ。確かに救急車が来るより親父が直接来た方が早い。でも……でも……


「おい、花音……花音!」


「ど、どうしたんや! 花音ちゃん!」


 必死に花音へと呼びかける俺と堺。でも花音は反応しない。


 嘘だろ……これで……これで終わりなのか? 嘘だろ……嘘だろ……


 嘘って言ってくれよ……誰か……頼むから……言ってくれよ……




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