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第十三話


 「結婚しよう」


 時が止まった。どんな時でも聞こえていた波の音も……今は聞こえない。世界が静止している。何もかも、今は俺達以外動けない。


「……なんで……?」


 花音はまさに鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしていた。俺の言っている言葉の意味が理解できないのか、呆然と座り込んでいる。


「なんで……結婚? あはは、おかしいよ、大地……私、死んじゃうんだよ……?」


「……何度でも言うぞ。花音、結婚しよう。俺と一緒に……ずっと一緒に居てくれ」


 花音と目線を合わせるようにしゃがみ、その手を握る。指輪は無いけど……何一つとして婚約の証なんてないけど……いや、あるじゃないか。


 俺は上着のポケットに突っ込まれていた婚約届を出し、そのまま花音へと突き出した。今からこれを役所に提出しに行くと。


「法的には問題ない。俺も花音も十八だ。ちなみにウチの高校の校則に、生徒同士の婚約を禁ずるなんて物はない」


「そりゃ……そうかもしれないけど……いや、そういう問題じゃなくて……!」


「問題なんて何もない! 俺は花音の事が好きだ。それだけで十分だ!」


「私の意見は?!」


「そんなもんは知らん! 俺は花音と結婚する!」


「滅茶苦茶だ!」


 謎の息切れが発生する俺達。その辺りでようやく波の音が聞こえだした。世界の時が動き始めたのだ。


「大地……私、隠してたけど凄く寝相悪いんだ……気づいたら頭と足の位置が入れ替わってるくらい……」


「だから何だ。俺は気づいたら婆ちゃんと一緒の布団で寝てた事があったぞ」


 勿論子供の頃の話だ。今の俺がそれをやったら見た目犯罪者っぽい。


「それに……ホラ―映画とか大好きで……たぶん、大地……ホラー苦手だよね?」


「よくわかったな。テレビから出てくる女性でトラウマになった」


 そういえば花音にからかわれて卒倒してたな、俺。ホラー苦手だとバレて当然か。


「それに……それに……」


「もういい、花音は俺の事好きか?」


 花音は呆然としながら……ゆっくりと……頷いてくれる。


「ぅん……」


「なら決まりだ。役所行くぞ」


「ちょ、ちょい待たれよ! いきなり?! そ、それに、婚姻届は証人が居るし!」


 ぁ、そっか。なら婆ちゃんでいいや。ついでに朝飯食わせてもらおう。


「ほら、花音そろそろ立て。服汚れるぞ」


「腰抜けて……立てない……」


「仕方ないな……」


 そのまま俺は花音をおんぶし、婆ちゃんの喫茶店へと向かう。

 ちなみに本日も喫茶店は休業中の筈だ。安息日だから。




 ※



 婆ちゃんの喫茶店まで花音をオンブしていく俺。すると喫茶店の周りを箒で掃いている人物が。あの金髪女性は……テレシアちゃんだ。“ちゃん”と言っても俺より遥かに年上で大人の女性なのだが。

 まるで北欧神話に出てくる女神のような雰囲気。だが趣味はエロ本収集だ。俺も数冊分けてもらった。勿論これは俺とテレシアちゃんだけの秘密だ。


「こんちゃっす、テレシアちゃん」


「んー? オゥ、大地君じゃないですン」


 うむ、微妙な日本語だが、テレシアちゃんの声は何故か安心する。俗に言う癒し系の声だ。たぶん。

 

「どうしたン? また朝ご飯ご馳走になるン?」


「あぁ、そのつもり……婆ちゃんは?」


「たっちゃんは中ですン。どうぞどうぞ。バカップル二名ご案内ンー」


 花音をおんぶする俺を、テレシアちゃんは扉を開けて中に入れてくれる。

 喫茶店の中、カウンターに婆ちゃんと……もう一人、何故か堺の姿が。


「さ、堺……!」


「ひ、ひぃ! 堺サン!」


 怯えまくる俺と花音。というか花音はともかく、何故俺までここまで怯えなければならないのか。あれだ、完全なノリだ。


 堺はジーパンにTシャツにジャンパーという、いかにも急いで出てきましたって恰好だ。もしかして……


「堺、まさかとは思うが、親父から堺にも連絡行ってたり……」


「その通りや。いきなり朝一で電話かかってきて……花音ちゃん知らんかって言われてな。なんで私が知ってると思ったんや、あのオッサン」


 まあ、親父を責めてやるな。というか一報いれておいた方がいいよな、親父に……。

 俺は婆ちゃんへと親父に電話してくれ、と要請。花音は見つかった、なので安心されたし……と。


「まったく……人騒がせなオッサンやで」


「ところで堺……お前も花音探しに出てきてくれたんだな。お前、イイヤツ……」


 瞬間、俺の腹に堺の正拳突きが! 朝一からきついぜ、堺さん!


「朝っぱらから……防波堤で何をちちくりあっとるんや。見てて恥ずかしくなったわ」


「……! 堺! お前……見てたのか……どっからどこまで……」


「花音ちゃんが実は宇宙猫っちゅう衝撃のカミングアウトから、アンタのプロポーズまで」


 ほぼほぼ全部じゃないッスか。

 俺は花音を背中から降ろし、カウンターの堺の隣へと。花音は怯えまくっているが問題ない。堺は良い奴だからな!


「あ、あの……堺さん……その、えと……なんていうか……」


「なんや、はっきり言えや。頭から齧り付くで」


「ひぃ! 堺さん! トラさんだったんですね!」


 いや、違う、違うぞ花音。堺は虎じゃない。こいつは態度はデカイが気は小さい奴なんだ。つまりアライグマあたりが丁度いいだろう。ヤツラは気性が荒いクセにすぐ逃げるし。


「え、えっと……その……堺さんには謝らないといけないと思って……」


「なんでや。謝るのは私の方やろうが、ぶん殴るで」


「ひぃ! そんなご無体な!」


 なんで堺の方があんなに態度デカイんだ。まあ、俺から言わせれば……どちらが悪いなんて事は無い。堺も別に間違った事を言ったわけじゃない。俺も堺の立場なら……同じ事を言っただろう。


『ふざけんなや! 死ぬなら一人で勝手に死ね!』


『嫌です! ……私は……大地と一緒に居ます!』


 数日前はこんな喧嘩をしていた筈だ。しかし今は二人とも、とても微笑ましいやり取りをしている。


「ひぃ! ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」


「なんでアンタが謝っとるんや! 私が謝る言うとるやろ! 今度謝ったらマジで齧りつくで!」


 恐らく、これが伝説の女子の会話……いわゆるガールズトーク。今俺は、禁断の聖地に踏み込もうとしているのかもしれない。


「だ、だって……あの時の堺さん本気で怖かったもん! 今も怖いけど……はっきり死ねなんて言われたの……初めてで……」


「だから! それを謝る言うとるやろ! 人の話聞けやボケ! 骨も残さんで!」


「ひぃ! 美味しく食べられる!」


 堺と花音のガールズトークは絶好調だ。さて、俺はたまには婆ちゃんを手伝うか。いつも格安価格で食べさせてもらって悪いし……。


「ちょっと、何を逃げようとしとるん。アンタもここ座り!」


「えっ、いや、俺はボーイゆえ……ガールズトークに混ざるわけには……」


 ギロっと堺の激しい目線と、花音の助けを求める視線が俺を襲う!

 そのまま俺は観念し、ガールズトークに混ざる事に……


「大体! アンタ、なんで花音ちゃんの事忘れとるん! 幼馴染の事忘れんなやアホ!」


「す、すんません……」


「そ、そうですよ! 私が家に行ったときも全然気づかないんですよ! 普通気づきますよね?!」


「も、申し訳ありません……」


 なんか二人して俺の事を責め始めた!

 噂には聞いた事がある。女は共通の敵を見つけると、一気に結託しだすと。もうダメだ、俺を慰めてくれるのは婆ちゃんしか居ない! 婆ちゃん早く来て!


「はー……なんで私……こんな男の事好きになってしまったんやろ……」


「さ、堺……お前、いつからそんな可愛い性格になったんだ。俺の知ってる堺は意地でもそんな事いうような奴じゃ……」


「ちょっとスッキリしてしまったからや。アンタ、はっきり花音ちゃんの事選んだやろ。少しは見直しとるんやで、私」


 そうなのか……。俺はてっきり、あとで自宅の庭に埋められると思っていたが……


「アンタ、私を何やと思うとるん。まあええわ。相手が花音ちゃんなら……私は全然……」


「そ、それは……嫌です……!」


 突然花音が堺を抱きしめ、同時に俺を睨みつけてきた!

 え、何?! ナンデスカ、その目は!


「わ、私、このままじゃあ突然現れて男を奪い去る性悪女じゃないですか! なので堺さんに……決闘を申し込みます!」


 俺と堺は同時に首を傾げ「え、なんで?」と同時に口にする。

 何言ってんの、この子。


「わ、私……もうすぐ居なくなります……。でも私は堺さんに譲る気なんて一切ありません! でも今のままじゃ……堂々とそれを宣言できないんです……。堺さんの気持ちも……痛い程分かるから……」


「いや、せやから……コイツが花音ちゃんを選んだ時点でもう……」


「そんなのはどうでもいいんです!」


 どうでもいい言われた! 花音ちゃん酷い!


「私は……一人の女として……正々堂々と堺さんに決闘を申し込みます……私が負けたら、大地さんは堺さんに譲ります」


「ちょ……俺の意見は?!」


「そんなもんは知らん!」


 うわぁ! どっかで聞いた事のあるセリフを!

 ヤバイ……なんか仕返しされてるような気がする……。


「むふ。その勝負ン、私がディーラーになりますン」


「あららー、じゃあ私も見届け人になるわぁー」


 その時、婆ちゃんとテレシアちゃんが名乗りをあげる!


 え、ホントにやるの? 花音と堺の……正々堂々の勝負を……





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