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第十二話

 《二月 二十四日 日曜日 午前六時》


 一夜病院で過ごし、体調が戻った俺は密かに抜け出した。親父を心配させるのもアレなので、一応ベッドに置手紙は残しておいた。


『もう元気なので帰る』


 我ながら適当過ぎるが、今はとにかく行動したい。花音のために何が出来るか考えたい。俺は絶対に花音を幸せにしてみせる。そう決めたんだ。


 病院から徒歩で家へと帰る。もしかしたら花音が戻っているかも……と思ったが、家には誰も居ない。宗次郎すら居ない。


「あー……さては婆ちゃんだな……」


 ちゃぶ台の上には宗次郎専用のお皿が。その上にはメモ書きが入っており『子猫はもらった!』と書いてある。ちなみに宗次郎は子猫ではない。歴とした大人の猫である。ただ小さい種のため、婆ちゃんはいつも宗次郎の事を子猫、子猫と連呼していた。小さいのはアンタの方だろうに。


「とりあえず朝飯食いがてら宗次郎迎えに行くか……というか結局、何処に行けば花音に会えるんだ?」


 ヤバイ、昨日光さんに聞くの完全に忘れてた。しかし聞いたところで教えてくれ無いだろう。あと知ってそうなのは親父……って、しまった……今俺病院に居たやん。完全に行動が空回りしてる。もっと考えて行動せよ、俺。


「携帯もぶち壊れたままだしな……家電で連絡取ろうにも番号しらんし……」


 あかん、詰んだ。とりあえず宗次郎の所行くか……。


 そのまま家を出ようとした時、今噂の家電が鳴り響いた。なんだなんだ、今度は誰……


「はい、もしも……」


『ゴルァー! 患者が勝手に帰んな! やっぱり家か!』


 ぁ、親父だ。丁度良かった。


「親父殿よ。その事についてはいくらでもお叱りを受けよう。しかし今は花音の居場所が知りたい。なので知ってたら教えてくれ」


『花音ちゃん?! 知ってるなら苦労せんわ! 今朝、光さんから連絡来て……花音ちゃんが家に居ないって……』


「……ああ?! なんで……?」


『とにかく! お前は病院戻ってこい! まだ全快なわけないだろ!』


「そんなワケに行くか! 親父すまん、可愛い息子を思う気持ちは十分に受け取った。だが今俺は花音最優先なんだ!」


『おま……ちょ、待……」


 そのまま電話を切り、家を飛び出す。花音が行きそうな場所……手当たり次第に当たるしかない。まずは何処だ、婆ちゃんの喫茶店か? いや待て、親父は誰も居ない筈の実家に電話かけてきたんだ。既に婆ちゃんにも連絡はした筈だ、たぶん。


「爺ちゃんの銭湯は……無いな。という事は……」


 あと思い浮かぶのは……一つしかない。俺と花音が初めて会った……あの場所しか。




 ※




 いつかの場面が目の前に広がっていた。儚い雰囲気を醸し出しながら、防波堤の先端に立つ一人の少女。海風に晒されながら、揺れる長い髪が実に俺好みだった。綺麗な髪だと最初に思ったんだ。それで……声をかけるかどうかで悩んで、結局かけれずに……。


「花音」


 俺は少女へと近づき声を掛ける。すると、まるで俺が来ると分かっていたかのように……花音は振りかえってきた。


「おはよう……体は大丈夫? ごめんね……私のせいで……」


「レスリング部舐めんな。インフルでも一日で完治してみせる」


 そんな無茶を言いながら、俺は花音へと近づいていく。しかし花音は俺が近づくにつれ、ゆっくりと後退する。


「参ったなぁ……堺さんの言う通り、勝手に一人で死のうと思ったんだよ……。でも夜から全然飛び込む勇気が出なくて……あの時は結構アッサリ……飛べたのに……」


 夜から……ここに居たのか? それこそ風邪ひくぞ。今二月だぞ。

 いや、それより……


「花音……知ってんのか? その……俺が……」


 俺が……花音の状態を知ってる事を……


「知ってるよ。お姉ちゃんの態度見れば分かるよ。あぁ、言っちゃったんだなって……分かっちゃうよ……」


「なあ、花音。俺……花音の事……」


「いいよ、無理しなくて……」


 無理……無理ってなんだ。俺は何も……


「もう知ってるんだよね?」


 あぁ、知ってる……花音が……


「私が……実は『マタタビダイスキ星』の宇宙猫だってこと……」


 知ってるさ。花音はマタタビダイスキ星の……宇宙……あ?


「……すまん、それは知らんかった」


「え?! そ、そんな……自分からバラしちゃったニャ……もう地球には居られないニャ……」


「な、なにを言い出すんだ! 俺なら黙ってるぞ!」


「そういう問題じゃないニャ……バレたらお姉ちゃんに返ってこいって言われてるニャ……」


 じゃあ、帰ろうじゃないか。

 俺と一緒に帰ろう。


 花音は楽しそうに笑いながら、俺に微笑みかけてくれる。

 その表情だ。その表情の花音は可愛い。でもまだ駄目だ。全然ダメだ。


「最初はね……大地に会うつもりは無かったんだよ。同じ高校に入学したのも偶然で……レスリングで表彰される大地を見て、ホントにビックリして……」


「じゃあ……なんで俺の家に来たんだ?」


 親父も光さんも知らない、花音が俺の家に押し掛けてきた理由。

 花音は数瞬、間を置き……少し泣きそうな顔で俺の顔を見てくる。


「自殺を……邪魔されたから。私がどんな想いでここに立って……どんな思いで海に飛び込んだのか……大地には分からないでしょ。私はもう死にたいのに、なんて余計な事をしてくれたんだって……。だから私は……大地の心に傷跡をつけてやろう、そう思っちゃったの……最悪だよね、私……」


 確かに……花音が訪ねて来なかったら俺は忘れたままだったろう。花音という少女が居た事を。

 だから……俺がしたことは俺にとっては正しかった。俺は花音の事を思い出せて良かったと思ってる。このまま知らない所で花音がいつの間にか居なくなってたなんて……嫌だ。それは絶対に嫌だ。


「花音、帰ろう。一緒に帰ろう。一緒に……いよう」


「ダメだよ、もう私……神様に嫌われてるから。お前は幸せになるなって……言われてるから」


 花音は空を仰ぎながら……空を飛ぶ鳥を見上げながら……もう一歩、後退しようとする。


「でも私、幸せだったよ。お姉ちゃんと二人で暮らして……最後に大地にも会えて……でもごめんね。私……もう行かなくちゃ……」


「いやだ……そんなの……認めれるわけねえだろうが!」


 花音に向かって全力で駆けだす。花音の笑顔が見えた。口の動きで「さようなら」とか言うのが見えた。


 でも認めない。そんな死に方、俺だったら絶対に嫌だ。


 足に、手に、心臓に、脳に、解けた鉄が流れ込んでくる。

 体が一気に熱くなる。


 間に合え……間に合え……間に合え!


「ふざ……けんな!」


 花音の手を掴み、そのまま防波堤の内側へと引っ張りながら放り投げた。

 間に合った。間に合ってしまった。もう後戻りはできない。いや、後戻りなんてない。俺の道には前進しかありえない。


「花音……俺は絶対に嫌だ。お前の立場ならとか、軽々しく言えないかもしれないけど、俺は言う。俺だったら絶対嫌だ! 神様に幸せになるなって言われて……その通りになるなんて絶対に嫌だ! 俺だったら、全力で幸せになって死んでやる! 死に際で神様に“ざまあみろ”って笑いながら死んでやる……。だから俺は……お前の死に方は認めない」


「何……言ってんの……?」


 その声は光さんそっくりだった。光さんと初めて会った時……俺に話しかけてきた低い声、それにそっくりだった。


「何も知らない癖に……死のうとした人間の気持ちなんて知らないくせに! もう何も無いんだよ……何をどう足掻こうが……何も無いんだよ……。もう私……苦しくて苦しくて……早く死にたいのに……邪魔しないでよ!」


 分かってる。俺には何も分からない事は分かってる。

 だからこれは俺の自己中心的な考えだ。俺は花音の苦しみも辛さも、何一つとして分からない。


 だから……だから俺も足掻く。

 誰にどんな文句を言われようが、俺はやりたいようにやる。花音の気持ちなんて知ったこっちゃない。


「俺は……花音が好きだ、だから……」



 だから……


「結婚しよう」





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