終わり良ければ全て良しってどうだろう
「とにかく、今晩だけは来ないで欲しいね」
「そりゃそうだ」
今晩どころか、盗人も刺客も、ずうっと来なくていい。
「ほれ。飯が出来るまで摘んでろ」
ギャンガルドが、スライスしていたハムを皿に乗せてセインの座るソファの前のテーブルに置く。
キッチンでは、キャルの髪を結い終わったジャムリムが、夕飯の支度にとりかかっていた。その横で、キャルが大きなエプロンをつけて、彼女の手伝いをしている。
「珍しい。君が気を使うなんて」
驚いて、眼鏡のズレを直しながらギャンガルドを見上げれば、海賊王はテーブルの向かい側に、どかりと腰を下ろし、ハムと一緒に持ってきた麦酒をぐいとあおった。
「ただの怪我人なら放っておくが、足は致命的だ。歩けんのか?」
「…」
セインが黙り込んで、眼鏡の掛け具合を調節しながら、珍しいものでも見るように、まじまじとこちらを見つめてくる。
何か嫌味の一つでも飛んでくると思っていたギャンガルドは、気味が悪そうに少し身を引いた。
「あんだよ」
「初めて君に、人間扱いされた」
その一言に、ギャンガルドは今口に含んだばかりの麦酒を噴き出しそうになって、慌てて飲み込んだ。
「げほげほげほっ!かはっ」
「キャプテン、大丈夫っスか?」
咳き込むギャンガルドの背中を、慌てて回り込んだタカがさする。
「こ、こら、賢者、げほ」
「何?」
「お前俺を何だと思ってやがる」
人を咳き込ませておいて、悪びれる事もなく、包帯だらけの足をさするセインを、ギャンガルドは睨みつける。
普段であれば、誰もが縮みあがるその眼光も、セインはさらりと受け流して、ギャンガルドの持ってきたハムの、一番薄いところを摘み上げた。
「その言葉、そっくり君に返してあげる」
ぱくりとハムを口に放り投げて、もくもくと口を動かすセインに、ギャンガルドはぐうの音も出ない。
以前、自分の船の上でも、似たようなやり取りがあったと思い出す。
「僕はこんなだからね。人間として見てくれなんて言わないよ。だいたい、僕の正体を知って、人として扱ってくれる方が珍しいんだ」
「そりゃ、そうだろうよ」
生身の体から剣を取り出すその異常さに加え、自身そのものが剣にもなれる。今でこそ、人の姿をして、怪我なぞしているが、その怪我も、常人の何倍も治りが早い上、剣の姿をとれば、あっさりと完治する事ができるという。
それのどこが、人間だというのか。
「聖剣なんて、どうして言われ始めたのか僕には分からないし、実際、自分は化け物だっていう自覚はあるよ」
「へえ?」
「でも、旦那だって、痛いものは痛いし、旨い食い物は旨いんでしょう?」
今までギャンガルドの背中をさすっていたタカが、きょとんと話の間に割って入る。
「痛覚も味覚もあるからね」
たしかに、現在怪我した足は痛いし、タカの料理はとても美味しいと思う。
「だったら、立派に人間でしょ」
にかりと笑うタカを、今度はギャンガルドとセインが凝視する。
「あれ?おれ、なんか変な事言いました?」
ぽりぽりと頭を掻くタカに、セインはくすくすと笑い、ギャンガルドは盛大に溜息を吐き出した。
「へえへえ。俺がおかしいんですよ」
拗ねた様に呟くギャンガルドに、セインは笑いかける。
「そんなこと無いよ。さっきも言ったけど、僕を人として扱ってくれる方が珍しいんだから。ただ、君がなかなか僕への警戒心を取らなかったからね」
「はあ?」
思わず聞き返す。警戒心剥き出しだったのは、むしろセインとキャルではなかったか?
「君が警戒しているから、僕らも警戒していたんだ。ああ、そうか。やっとわかった」
ギャンガルドがいるのに、キャルも自分もゆったり出来た理由。
「君が、警戒心を解いたからかな」
「んだ?そりゃ」
「そのままさ」
訳がわからないといったギャンガルドの様子に、セインはまたくすくす笑い、タカは首を傾げる。
「はいはい!ご飯できたわ!」
小さな体には大きすぎるトレーに、大皿や小皿なんかを乗せて、キャルがキッチンから出て来る。
「どうかしたの?」
楽しそうなセインと、気まずそうなギャンガルドを見比べて、キャルがテーブルにトレーを置いた。
「あ。おれ、手伝いますよ」
気を利かせたタカが、皿をトレーからテーブルに移す。
「ありがと。セインの足はもういいの?」
「うん。タカが手当てしてくれたから、だいぶ痛みも引いたしね」
ジャムリムの手により、今はツーテールになったキャルに笑い返して、テーブルの上のハムやらをどけ、食卓の配置準備をしようと手を伸ばすセインの頭を、キャルはぺん、と叩く。
普段なら届かないが、椅子に座っている今なら手が届く。
「痛い。何するの?」
「怪我人は大人しくしていなさい」
そう言って、なんだかぶつぶつと不機嫌に何かを口の中で呟くギャンガルドの隣へ移動すると、キャルはセインを叩いたよりも思い切りよく、ギャンガルドの後頭部を、べん!と叩いた。
「いで!何だよ!」
すっかり油断していたギャンガルドは、思い切りキャルの平手打ちを食らって、前のめりにテーブルへ額をぶつけそうになった。
「何だじゃないわ。あんたは五体満足なんだから、さっさと手伝って頂戴」
きろりと睨まれて、ギャンガルドはキャルをじっと見る。
「な、何よ」
「いやあ、ちっちぇえ母ちゃんみてえだなあと思ってよ」
「なっ!」
口をぱくぱくさせるキャルは、どんどん顔が赤くなっていく。
「ぶ!わはははは!」
その様子にギャンガルドが笑い出し、セインはびっくりして目を丸め、タカはキッチンの入り口で、キャルの目に入らないようにこっそり腹を抱えている。
「あんたねえ!!」
キャルが噴火して、まだ座ったままのギャンガルドの足を、思い切り踏みつけた。
「ぎゃあ!」
悲鳴を海賊王が上げたところで、本日のメインディッシュを両手に、ジャムリムがキッチンから顔を出した。
「何だか楽しそうだねえ」
テーブルの中央に、鍋をどんと据えると、先にキャルが持って来ていたスープ皿に中身を取り分けて配り始める。
「ああ、誰か。キッチンにまだ鶏肉があるんだ。取ってきてくれないかい」
「へい、おれ行きます」
タカがキッチンから鶏肉を持って戻ってくるころには、ギャンガルドもジャムリムを手伝って食器を並べ、食卓はすっかり良い匂いに包まれて、みんなの腹が、一斉に空腹を訴え始めた。
「さあ、飯だよ!いただきます!」
全員が席に着くと、ジャムリムの声掛けで夕食が始まった。
「ああ、これ、もうちょっと辛くても良かったかねえ」
「ハーブは何使ってるんで?」
「ほら、キャル。こぼしているよ」
「美味しい!」
「・・・・・」
ジャムリムの家の食卓は、いまだ踏まれた足を労わる約一名を除き、一気に賑やかになった。
「明日こそ、村から出られるかしら」
ふと心配そうに呟くキャルに、タカがぽんと手を叩く。
「馬車は出るみたいですぜ」
しかし、今日の爆発騒ぎで、道は分断されたままだ。
「タカが聞いてきてくれたんだけど。一旦僕らがこの村に入るまで辿ったあの道へ出て、そこから迂回路を取るらしいんだ。盗人騒ぎと、あの爆発で、どうも旅行者が騒ぎ始めたらしくてね」
都市へ向かうには随分と遠回りになるが、それでも盗人が出て、妙な爆発音が聞こえる村にいるよりずっといい、ということになったらしい。
「でも、あの道だって嵐の影響がなかったわけでもないんだろう?」
ジャムリムが口元まで持ち上げたスプーンを、そのまま下に下ろす。
「なんだかあの保安官に邪魔されて、先まで見に行く事ができなかったらしいのだけど。客の意見を尊重したみたい」
「あの保安官。ますます怪しいわね」
セインの答えに、キャルは落馬した保安官を思い出す。あのまま他の馬にでも踏まれていたら良かったのに。
「それじゃ、行き当たりばったりで馬車を出すって言うのかい」
ジャムリムのもっともな疑問には、直接組合から聞いてきたタカが答える。
「らしいですぜ。向こうは山が無いから平坦だし、馬車がぬかるみに嵌るか、倒木で道が塞がれるかしても、大丈夫だろうって事になったようです」
「とにかく、これであの盗人連中と保安官が組んでいるっていう可能性は高くなったわけだ。つーか確実に決定だろう。旅行客をこの村に閉じ込めて、何がしたかったんだか」
ギャンガルドの言うとおりで、おそらくはあの保安官二人と盗人組織は手を組んでいたに違いない。嵐で足止めされた旅行者から、盗めるものは盗んでおきたかったという事だろうか。
「だったら、新しい客を入れて、どんどん盗んだ方がお金になるんじゃない?」
キャルがパンをちぎって口に放り込む。
「そうでなければ、誰か特定の人物の足止めをしておきたかったか」
セインの呟きに、一同一斉に顔を上げた。
「ふむ」
「やっぱアレですかね。邪魔したいんですかね?」
そう考えるのがやはり自然なのだが、本来の目的が本当に自分たちなのか、いまいち確証に欠ける。
なにせ、相手が盗人というのも何故なのか良く分からない上に、自分で爆薬を仕掛けて失敗し、仲間もろとも気絶して伸びているような連中だ。
いくらか腕はあったようだけれども、間抜けとしか言いようが無い。
昨夜の刺客も、結局何が目的だったのか分かっておらず。なんとなく、襲われたので自分たちが目的なのだろうか?という予想に止まってしまう。
「考えていたって仕方が無いさ。もしかしたら僕ら以外の何か重要人物がお忍びで来ているのかもしれないし、そうじゃないかもしれないし。あんな間の抜けた盗人集団に依頼する方も間が抜けているのだろうから、気にしないでとにかく明日の事を考えようよ」
セインの言う事ももっともだが、すっきりしないと言うのは何とも気持ちが悪い。
「うーん…。それはそうなのだけど」
スプーンを咥えて、キャルが考え込む様相を見せる。
「賢者の言うとおり、心配していたって始まらねえさ。いいか?振り向くなよ。奴さんたち、そこにいるぜ?」
ギャンガルドが窓の外を顎で示した。
キャルとタカと、ジャムリムが、窓に視線を移しそうになって、一瞬固まった。
「なんだ。気がついていたの」
セインとギャンガルドだけが、何でもないように食事を進めている。
「おう。おりゃ、これでも背中に目が付いてんだ」
「わー、かいぶつだー」
「棒読みで冗談返してんじゃないわよ!」
ごいん
「痛い…」
殴られた頭をさすりながら、セインはズレた眼鏡を、中指で押し上げて掛け直す。
「あんた自分が動けない事を忘れてるんじゃないでしょうね!?」
キャルに睨まれながら、へらりと笑う。
「タカのおかげで随分マシになったけど、結構痛いのに、忘れていられるわけないじゃないか」
どごん!
「あうう!痛い!ほんとに痛い!」
「い、た、い、よ、う、に、し、て、ん、の、よ!」
テーブルの上に勢い良くおでこを押し付けられて、セインがじたばたともがく。
スープ皿に直撃しなかったのは不幸中の幸いか。
「痛いんだったら痛いって顔してなさいよ!わかんないでしょうが!」
「ごめんなさい〜」
泣きながら謝るセインに、キャルも手を離す。
起き上がったセインの額は、見事に赤い。
「うう。ひどいよ」
赤くなった額をさするセインを、ジャムリムが呆然と見つめている。
「あ」
セインと彼女の視線がかち合った。
「ぶっ!あははははははは!!」
「あー。そうですね、そうなりますよね」
爆笑するジャムリムと、がっくりと肩を落とすセインは対照的だが、そこで感心している場合でもない。
「お。来るぜ?」
ギャンガルドの言葉の直後。
誰かが玄関のドアをノックした。
一瞬にして、賑やかだった食卓は緊張に包まれる。
「どなた?」
ジャムリムが、家主らしく声を上げる。
「・・・・・・」
暫く待ったが、返事は無い。
がたりと席を立ち、扉へ向かおうとしたジャムリムを、ギャンガルドが引き止めた。代わりに、がしがしと頭を掻きながら、自分で玄関へと赴く。
「まったく、今日の今日だろうが。お忙しいこって!」
言いざまに、ドバン!という激しい音とともに、扉を蹴り上げた。衝撃に、勢い良くへし折れながら、扉が吹っ飛ぶ。
「ぎゃ!」
蛙が潰されたような声は、扉とともに飛んでいった男のものだ。
外の空気が殺気立つのも構わずに、のそりと、海賊王は外へと踏み出した。
「中にゃあ、俺の女と怪我人に、ガキがいるんでな。こういう事は他所でやってくんねぇかい?」
宵闇へと差し掛かった薄暗い村の空気に、ギャンガルドの眼光が浮かび上がる。
「何が目的か知らねぇが、気に入らねぇなあ」
ボキボキと指を鳴らし、ギャンガルドがジャムリムの家から溢れる逆光を背に、路地に一歩、また一歩と歩き出せば、ざわざわと気配が揺れる。
「ふん、四人か。随分減ったもんだ。それとも、盗人どもは囮で、お前さんたちが本物かい?」
闇にまぎれたつもりでいたのだろう。人数を言い当てられた男たちは、一斉にギャンガルドへと襲い掛かった。
「ふん」
鼻で笑うと、ギャンガルドも姿勢を低く構え、まずは一番近くにいる全身灰色の男の脇へと、一瞬のうちに踏み込んだ。
「遅いぜ」
「?!」
ドン!
驚愕に目を見開く灰色男の腹に一発、強烈なストレートをぶち込めば、胃の中から様々な物を吐き出しながら、向かい側の民家の壁に激突した。
「きったねぇなあ。ちゃんと掃除してから帰れよ?」
次に、怯んだのか一瞬足の止まった右横にいた黒尽くめの男の頭に、そのまま回し蹴りを喰らわせ、地面に顔面を打ちつけたところで頭を踏みつけた。
「ぐげっ」
小さな悲鳴を残して気を失ったのを踏み台に、同時に前後の屋根から降って来た男たちのうち、眼前の男へ向かって迷わず跳び上がる。
その行動そのものが予測不能だったのだろう。飛び掛られた男は、被っていた覆面から除かせていた眼を、驚愕に見開いた。
「海の男を舐めんなよ?」
擦れ違いざまに囁き、うなじの上辺りを両手を組んで殴りつければ、あっさりと落ちた。
残った最後の一人はと言うと。
「あれ?」
しっかりとジャムリム宅へ押し入って、怪我をして動けないセインの喉元に、ナイフを突き立てていた。
「こらこら。容易く侵入を許すな」
どうも、前方へギャンガルドが跳びはねたのを見るや、一瞬のうちに標的を変更したようだ。
自分が蹴破った扉の向こうに、窓際で固まる三人と、動けないので食卓の椅子に座ったままのセインと、その背後の全身黒で統一した、覆面男が見える。
ギャンガルドが倒した男共も、皆色の違いはあれど、覆面に、全身黒か灰色の、いかにもな。どこかで見たことがあると思うのは気のせいでもないのだろう。
キャルが銃を構えているのは流石。それでもあの早撃ちを誇る彼女が銃を抜いただけとは、相手の体捌きは相当なものと見て取るべきか。
「昨日の晩の人?」
キャルが銃口を向けたまま、手短かに訊ねるが、男は答えない。
「何が目的?」
「・・・・・」
その質問にも男は答えず、立てないセインを引き寄せ、抱えあげようとするが、体勢が体勢なので、上手く行かないらしい。
この刺客の男にも、キャルの銃の腕は知られているようだ。彼女から目を離した隙に、穴が開くのは男の方である。
「もしかして、目的は僕?」
セインが背後の男を見上げれば、覆面から覗く眼球が、ぎょろりと動いた。
「僕なんかどうこうしたってどうしようもないと思うのだけど。もしかして貴族会の方々の差し金かな?」
「・・・・・・」
男の表情は、一見何でもないように見えたが、ぴくりとセインの首筋に当てているナイフを持つ指が震えたのを、セインは見逃さなかった。
「ふむ。当たりみたいだね」
今度は明確に肩が震えた。
「詳しくはこうでしょ。国王は僕に近衛の皆の訓練を要求している。今の近衛でさえ厄介なのに、これ以上強くなられては国王に近づく隙が無くなる。イコール、国王暗殺なり何なり、とにかく今のガンダルフが国王じゃ困る方々がいるってことでしょ?」
「・・・・・!」
「うん。大体、合っているみたいだね。それで、あわよくば僕を脅すなり宥めすかすなり懐柔して、逆に自分の私兵を訓練させる腹積もりだ。僕が邪魔なだけなら、今このナイフを僕の首に突き立てれば良いだけだからね。こんなところかな?」
眼しか見えないのに、男の顔から血の気が引くのが分かるようだ。
「でも、ごめんね。僕もマスターがおっかなくてね。このままやられるわけにはいかないんだ」
言うなり、セインはナイフを持ったままの男の腕を掴み、そのまま自分の肩口へ男の上体を引っ張ったかと思うと、空いた手を男の腕に絡ませ襟首を引っ掴み、男がバランスを崩したのを利用して、そのまま背負い投げよろしくテーブルの上に投げ飛ばした。
その拍子に、セインが絡ませた男の腕は、ボキリと嫌な音を発てて折れ砕ける。
「ぎゃああああぁぁぁあ!」
たまらず悲鳴を漏らし、腕を押さえてテーブルの上の皿や何やらが落ちて割れるのも構わず悶える刺客を、セインは冷ややかに見下した。
「僕も今回はあちこち怪我して痛くてね。原因を作ったんだから、八つ当たりくらい良いでしょう?」
事が終わり、キャルが銃をしまってセインに駆け寄った。
「キャル、無事だっ」
げいん!
「いたい!」
「おっかないって、誰の事よ!」
言い終わらないうちに頭を殴られた。
「今僕を殴った目の前のあなたです」
とは、言ってしまえばまた殴られるので、セインはにへら、と笑ってごまかした。
「ジャムリム、ごめんね?食器駄目にしちゃった」
食事はほぼ終えていたので、全員の腹の中に納められている。それでも、食器類は片付ける前だったので、盛大に割れてしまった。
のた打ち回った男は終いに床へ転がり落ちて後頭部を強打。そのまま伸びている。
「いいのよ。気にしなさんな。あたしも明日から、ここを空ける事になるしね」
「え?」
華やかに笑うジャムリムに、全員が彼女の顔を見やった。
「おいおい、それって、着いて来るって事か?」
外で伸びきっている連中を、またもや素っ裸にひん剥いて、一纏めに括ったところでギャンガルドが戻って来た。
「おや。言わせて貰うけど。この壊れた扉どうしてくれんのさ」
刺客の不意を打つためとはいえ、盛大に扉は真っ二つだ。
「修理すんのに、いくらかかんのかね?」
「あー、そいつはー・・・。悪ぃ」
行きの旅費で派手に使ってしまった手前、手元に残った金額は微々たるものだ。
「それに、キャルちゃんとも仲良くなったしね?」
ジャムリムが軽く、足元のキャルにウィンクした。
「でも、またこんな連中に狙われるかもしれないよ?」
セインが問えば、ジャムリムがころころと笑う。
「両足動かせないくせに、こんなヤツを伸しちまえる人に何言われたって怖かないよ。ギャンガルドもあんたも、それにキャルちゃんだっているんだ」
そこまで言って、彼女はギャンガルドを振り返る。
「もちろん、守ってくれるんだろ?」
にっこりと問われれば、それは最早決定事項なのだと悟るしかなく。
「ふん。ますます好い女になったじゃねえか」
顎をさすって、ギャンガルドはにやりと笑う。
「当たり前だ。俺を誰だと思ってやがる。天下のギャンガルド様だぜ」
「そうこなくっちゃ!」
またもや同行人が増えたところで、一同は部屋の片付けに入った。
床に転がった男も外の連中と一緒に裸に剝いてロープで簀巻きにし、同じ場所に山積みにする。
その裸の塊は、騒ぎに駆けつけた村の自警団に引き渡した。
自警団の皆さんの、何ともいえない複雑な表情は、しばらく忘れられないだろう。
誰だって野郎の素っ裸の塊なんざ見たくはない。
しかし彼らから剥ぎ取った衣服から、ぽろりと密書が出てきて事の顛末が判明するのは翌朝の事。
がたごとと揺れる馬車の上で、他の乗客とぎゅうぎゅうになりながら、一同は王都を目指す。
「密書持ち歩いてたって事は、僕らを襲った後、とっとと引き上げる予定だったらしいねえ」
びらりとその密書を広げて、誰の眼もはばかることなく読みながら、セインがぼやく。
「まあなあ、思ったより俺らを見つけんのに時間がかかったんだろ」
ギャンガルドがセインの隣で興味も無さそうに、持ち込んだビーフジャーキーを齧っている。
「でも密書持ち歩くなんて、間抜けだねえ」
「プロにはあるまじき行為よね」
キャルは、またもやジャムリムに髪の毛をいじってもらっている。今日はお団子にしてもらうらしい。
「それだけ焦っていたんでしょうねえ。大掛かりに盗人集団まで雇って、宿屋の主人まで手懐ける用意周到さは認めますがね?」
タカが手元で何かくるくると回しているので、何かと思えばタティングレースを編んでいた。
「上が頭悪いと、下の連中が苦労するって事じゃない?タカ、君器用だねえ」
「へへ。嫁に教わったんですよ」
セインは密書を折りたたんで、キャルの鞄の中に仕舞った。
要するに。セインが刺客に喋った予想は大当たりで、貴族会のメンバーのうち、馬鹿な考えを起こした人間がいて、セインの誘拐を目論んだらしい。
行き先は、国王が伝言に旅立たせた人間の足跡を辿れば良い。それで、帰る途中で同じ場所に立ち寄ると踏んで、只でさえ近衛兵の訓練を頼むような達人らしいから、ちょっとした罠を張ってみたのだ。
しかし、そこで雇った盗人集団がいけなかった。
喜び勇んで盗みを働き、村の評判を落とすので、仕方なしに宿屋の主人と保安官を買収し、悪評が広まらないように苦心したものの、結局嵐で爆破しなくても良くなった街道を爆破し、騒ぎを大きくしてくれたのだ。
「どこまでも不運な人っているからねぇ」
「それを言っちゃあ、奴らが可愛そうだろうがよ」
足止めをするはずが、爆発騒ぎで結局駅馬車が動く事になり、更に焦ったという事か。
「そういえば、クレイは?」
「心配しなくても、ちゃんと着いて来ているわ」
昨日、セインに懐いた馬にクレイと名付け、馬車に同行を許してもらっている。
賢い栗毛の馬は、名前を呼ばれたのが嬉しかったか、かぱかぱと走り寄って、幌をめくった部分から顔を出した。
「ああ、ほらクレイ。危ないからね?」
「ひひん!」
言われてすぐに顔を引っ込めて、馬車と併走する。
「馬車馬たちが殺されなかったのだけは、感謝かな」
セインが呟く。
足止めが目的なら崖を崩すよりも何よりも、手っ取り早く馬車を破壊するか、馬たちを殺すかすれば良かったのに、それをしなかったのは、彼らも駅馬車を使っての移動を考えていたのだという事になる。
「こんな小さな村で、馬を人数分用意して脱出なんて、目立って仕方がないだろうからね。そういうところは抜け目無かったのにな」
依頼して来た人間然り、雇った人間然り。
そして何よりターゲット然り。
本当に、色々な意味で彼らは不運だったのだろう。
「あたしはあんたの正体がバレていなかったってだけでひと安心だったわ」
お団子を二つ作ってもらって、いつもとちょっと雰囲気の違うキャルは、なんだか大人っぽく見える。
「へえ。可愛いじゃない」
「ふふーん。似合ってる?」
「うん、似合ってる」
髪型を見せて満足そうなキャルと、ぱちぱちと手を叩くセインを、ギャンガルドは呆れたように見やる。
「賢者さんよぉ。ロリコンも大概にしねぇと、そのうち捕まるぜ」
「なっ!?」
顔を真っ赤にしてうろたえるセインに、ギャンガルドは機嫌よくにやりと白い歯を見せた。
「仲が良いのはかまわねえが、あんまり惚気てると周囲が引くぜ?」
「ど、どういう意味だよ!?」
「お前さんがロリコンって意味さ」
その発言に、キャルが拳を振り上げた。
げいん!
「うおっ」
「あんたがそういう事を言うなら、浮気であたしもあんたを訴えるけど良いのかい?」
ギャンガルドの目の前にはキャルではなくてジャムリムが立っていた。
いつもならキャルの鉄拳が飛ぶのだが、今回からは海賊王の躾は彼女がしてくれるらしい。
「いやぁ、姐さん。頼りになりますわー」
「すてき!」
タカとキャルから羨望の眼差しを受け、ジャムリムはふん、と胸を張る。
「覚悟してね?」
艶やかに、華やかに。
笑顔で宣言されれば、ギャンガルドも呆然と頷くだけだった。
「確かに、君の女性を見る眼は確かだよ」
同じく呆然と驚きながら、ぽつりと呟いたセインの言葉に、ギャンガルドはがっくりと項垂れ、ジャムリムは嬉しそうにセインに微笑みかけた。
「ありがと」
「はは。どういたしまして」
空は青く澄み渡り。
鳥がさえずり、頬を撫でる風が心地よい。
強力な助っ人を手に入れて、キャルもセインも、大船に乗ったような気分で馬車に揺られていた。
王都で何が待っているのか分からないけれど。
かの都で、多分自分たちの帰りを、首を長くして待っている友人に会うのを、楽しみにしていよう。そう思うのだった。
二人の旅は、まだまだ始まったばかりなのかもしれない。
これにて「HEAVEN!ヘヴン!HEAVEN!3」は終了させていただきます。気がつけば、400字詰め原稿用紙P290に達してました。新たな道連れも増え、これからまたドタバタします。
ジャムリム姐さんは、ギャンガルドを御せ無い作者に見かねたようです。ありがたいことです。
それでは、お付き合い下さりありがとうございました。出来れば、次回作にもお付き合いいただければ幸福至極。