離さない手
由実はホセの半分も体力がない。
生まれ育った環境が違う。
それはお互いが解っている、何故にこの手は暖かいのだろう。
二人で生きていける地はあるだろうか、少しでも長く二人で居たい。
森の中を枯れ枝や落ち葉を踏みしめながら、遠くへと逃げる。
由実達は旅行ツアーの全員が薬を盛られ、観光地から連れ去られたのだ。薬から目が覚めると船の中にいた、古い船だ。
そこからは小さな港に着岸して車に乗り換え森の中の廃墟に連れて来られた。
身代金の要求の為、身分の解るものを取り上げられた後は、食事もでるし、放置されていた。
身代金が手にはいるまでは生きれるだろう、皆で話した。
お金が入った後の方が危ない、何とか日本に連絡を取るんだ、きっと探している。身代金を払う時間を伸ばしているはずだ。
この国の生活ができるとは思えない、だがホセが欲しいのだ。
純血日本人として生まれて緊急時の教育も訓練も受けた。
つり橋効果かもしれない、それでもいいのだ、自分でも止めることの出来ない気持ち。
ホセと由実の指が絡まる、初めてのキスをする。
「幸せ。」
「僕もだ。」
触れるだけの口づけなのに、心が張り裂けそうに嬉しい。
「由実だけでも生きてくれ。僕が囮になる。」
ホセが信じられない言葉を口にする。
「いやよ!」
「すごく幸せなんだ、由実が生きていることが嬉しい。」
きっと、生き残った仲間が追ってきているはずだ。
「裏切り者が生き残る事はない。」
とてもとても大事そうにそっと由実を抱き締めるホセ。
「もうホセを知ってしまったもの、ホセのいない日はいらない。」
ホセの肩に頭を預けながら由実が言う。
多分ね、私達間違った出会いだったけど、ああでなければ出会えなかった。
何故だろうね、祝福される恋をする人はたくさんいるのに、私達の恋は誰からも祝福されない。
それでも、これ以上の幸せはない。
「ホセが好き。」
ホセが泣いている。
「なんて幸せな言葉なんだろう。」
泣き笑いのホセが言う。
「じゃ、この手はずっと繋いだままだ、どこまでも一緒だ。」
貧困層の生まれのホセは教育を受ける機会もなく、弱い者は淘汰される世界で育った。
生きる事に必死だった、人の命の価値は低かった。金が全ての優先順位を決めた、人は金の下たった。
初めて祈りたいと思う、どうか由実だけは助けて欲しい。
由実は繋がれたホセの手に力が入ったのを感じた。
「由実、僕の後ろにまわって。」
ホセの繋がれてない手には銃が持たれている。
ホセが撃ったのが早いか、木陰から撃たれたのが早いかホセの肩から血が吹き出した。
木陰でも人が倒れているようだが、何人いるかわからない。
由実はホセの肩の傷口を押さえようとするが、ホセが由実に覆い被さってきた。
まるで人間の盾である。
身体が自然に動くのだ、何よりも大切な女性を守たい。
「ホセ!嫌よ、一緒にいたい!」
ホセの血で由実の服が赤く染まっていく。
大きな影が二人の頭上を走ったと思うと、木陰に向かいビームが連射された。
ホセが見上げると、小型のジェットがホバリングして追っ手を掃射している。
あっという間のことだった、木陰で動く者はいなくなった。
森の先の草地にジェットは着陸し、中からはまだ少年と思わしき人物が降りてきた。
「僕はロペス・加藤。」
「助けてくれて、感謝を言うべきだか事情がわからない。」
ホセが由実を後ろに隠して警戒を解かない。
「君が仲間を殺って、日本人を解放する前にケックスに救助信号を入れたろう、おかげで日本人全員を助ける事ができた。そこで君達の話を聞いたのだ、二人で逃げたと。」
他の皆が助かったと聞いて由実は、ほっとした。数日とはいえ苦楽を共にした仲間である。
「追っ手である犯行グループをみつけたので、空から追っていたら君達が確認できた。」
「由実は誘拐されて来たのです、どうか日本に届けて欲しい。僕は犯行グループの一人です、由実は関係ありません。」
「やだ、ホセも一緒って言ったじゃない!」
二人を見ていたロペスはゆっくり口を開いた。
「僕はケックスから情報をもらいましたが、ケックスの者ではありません。僕のボスはユージン・イーシャン。
僕は誘拐された日本人女性と犯人の間に生まれた子供なんですよ。」
ホセと由実の手は繋がれたままである。
「イーシャンが貴方達を保護します。由実さんは行方不明となりホセさんは教育を受けてもらいます。」
「どうしてそこまで。」
「僕達は純血日本人を片親に持つからですよ、貴方達の姿は僕達の親の姿だからです。」
リーライは美鈴を守る為に、犯人グループの一人を密かに引き込んだのだ。
リーライは常に美鈴の側にいることができない。
日本人女性と恋仲になっていた彼は、美鈴と沙羅とその女性を守った。
やがてロペスが生まれ、その後ユージンも生まれた。
あの時にロペスの両親は亡くなったが、ロペスはケガをしながらもユージンを守り通した。
ロペスもリーライに引き取られユージンの秘書となるように教育を受けた。
助けた日本人達から二人の話を聞いて、何とか助けたい、間に合ってくれと急いだのである。
ホセと由実はロペスのジェットに乗り込んだ、手は繋がれたままである。
「このままイーシャンに戻ります。そこで手当てをします。」
ロペスは、二人に確認するように言った。
「貴方達の痕跡は消され、誰も追う事ができなくなる、それでもいいですか?」
ロペスの傷口を止血しながら由実が頷いた。
それを望んでました。




