巣穴
ニコライ・デーテボルグ・フォン・クライストはリーライの弟、ハオラン・イーシャンの訪問を日本で受けていた。
「私は次代というだけで実務経験は乏しいものです、それを何故私に?」
ニコライは慎重に問いかける。
「このプロジェクトは一代で終わるものではない、貴社は宇宙開発に実績があり、太陽圏を出る事を想定して考える必要がある。すでに人類は海王星に到達している。
なら、最初から次代にするべきだ。」
「イーシャン・デベロップメント、貴殿が代表の会社は宅地開発がメインであったのでは。宇宙に進出するのですか?」
イーシャン・デベロップメントは総師の実弟が着任するには、規模が小さい。
信頼がないのか、他の理由があるのか、それがここで動き出したのは何故だ?
「イーシャンでは新たな管理システムの会社を立ち上げます。それは管理だけの資金ではないのですよ。
準備しているのは10億ドルを超える。
宇宙がターゲットです、ドートリッシュは宇宙での開拓ではトップの建設技術を持っている、お話を聞きたいと思ったまでです。
宇宙開発に10億ドルでは足りないのは、十分にわかっておりますが、資金は既に用意してあります。」
売上目標ではなく、準備資金ときた、考えられる投資と利潤に目がくらむ。
余計に矛盾を感じる、何故に私だ。
その資金であれば、どこのトップも話を聞くだろう。
その金は確定した資金なのか。
確かにイーシャンが管理会社を立ち上げるのは知っている。
巨額の資金を有することも。
管理会社だけでなく、宇宙ときた。
ハオラン・イーシャンがまるで指揮をするような話し方であるが、それほどの才覚なのか。
宇宙開発は企業だけでなく、国も絡む繊細でリスクのある分野だ、その代わりリターンの大きさは想像がつかないほどである。
リーライ・イーシャン総師の弟たる人物だか、今まで重用されていないのは何故だ、最初からの疑問が残る。
密かに流れる噂、イーシャン一族の不協和音。
原因の一つが次代であるユージン・イーシャン、彼の生まれも育ちも不明、母親は日本人であるらしい。
そして、リーライ・イーシャンが純血日本人ターゲットの犯罪組織を潰していっていると。
最近、イーシャンの名に縁がある、思わぬところで名を聞く。
見せてもらった沙羅の結婚式招待客リストの親族欄にはリーライ・イーシャンとユージン・イーシャンの名があり、二条聡と同列であった。
突然現れた鷹司沙羅、同じように突然現れたユージン・イーシャン。
ユージン・イーシャンは子供の容姿でとんでもない人間である、父達からの話でしかないが、知識、外交、判断力全てが超越している大人だそうだ。
リーライ・イーシャンが連れ歩き、すでに実務に出ているというから恐ろしい才能の子供である。
同じ世代を闘うことになる、よく見極めねばならない。
ハオラン、この男は私を嘗めてないか?
リーライでもユージンでもないイーシャンの一族からの提案は要注意だ、イーシャン一族の主権争いに巻き込まれる可能性がある。
確実な利益を捨てるのはバカだが、巨額過ぎる利益で確実などない、何かある。
「私から父に言うにしても資料が足りません。
次回、会社概要、役員予定者、業務資料、計画書を見せて頂きたい。」
「もちろん、ですよ。今日は挨拶ですから。」
「では、連絡をお待ちしてます。」
「沙羅よく来たね、あれ一人じゃないのか?」
直ぐに私は沙羅に連絡をとったのだ、親戚欄に載るほどだ、友好状態にあるはずだ、イーシャンの情報を教えてもらおうとしたのだ。
沙羅がこっちに来るというので、待っていたら子供連れだった。
「弟なの、ニコライの連絡の時一緒にいたの。
弟が説明するって言うから、ごめんなさい許可も取らずに連れてきたの。」
「それはかまわないが、弟がいたのか。」
「僕と姉は離れて暮らしているからね。実の姉だ。
僕はユージン・イーシャン。」
何だって!!
「知っているって顔だね。ユージンと呼んでくれ。」
「知っているも何も、君はいろんな所で噂の的だからね、会いたかったよ、ユージン。私もニコライと呼んでくれ。
姉と言ったね?」
子供の天使の微笑みとは遠い笑みを浮かべユージンが言う。
「僕は間違いなくリーライ・イーシャンの息子である、そして鷹司沙羅の父親が違う弟だ。世間で言われているような、リーライ・イーシャンのクローンではないよ。」
英才教育をされたリーライ・イーシャンのクローン、そう言いたくなるほどの才なのだ、そして容姿も似ている。
「私は今、とんでもないスキャンダルを耳にしたけど、こんな第三者に言うべきではないな。」
「もうすでに、第三者ではなくなっている。」
ユージンは私から目を離すことなく言った。
「ユージン、ニコライはずっと年上なんだから、もっと敬意を払いなさい。」
「お姉ちゃん、益々ママに似てきたね、同じ事を言う。」
こうやって見ると姉弟なんだろう。
「ハオラン・イーシャンは僕の獲物の一人だ、僕と父リーライのかな。」
「どういう事?」
沙羅がわからないように、ニコライも事情はわからない。
「パパとママの仲を引き裂き、ママを殺した犯人達に加担した一人だ。」
初めて聞いたのだろう、沙羅の目が見開きユージンを見ている。
ああ、それで、と納得した。
何故に私に寄ってきたのか。
甘くみられたのだ、私は。
「ニコライ、貴方があちら側に着くといらぬ手間がかかるとこだった。
ドートリッシュホールディングスは魅力的なんだろうね、イーシャンもドートリッシュもなどと欲張るから自滅するのさ。」
「イーシャンの中での立場を堅固にする為に、ドートリッシュを使おうとしたのだろう。だが父がそのような事するはずがない、私なら扱いやすいと見られたと言う事だ。」
「貴方は賢いな、自分を過大評価したりせず現実を見極めている。ハオランは人選を間違えたようだ。反対に使われかねない人物だ。」
実に偉そうに話す子供である。
ゴチン、痛くない程度のゲンコツがユージンの頭に落ちた。
「ユージン、ニコライは年上!
ニコライごめんなさい、生意気な弟で。」
この二人が姉弟、それぞれが巨大なバックボーンを持つ、なんて強いだ。
「まてよ、ユージン、私もバックボーンにしようとしているだろう!」
「本当に賢いな、ドートリッシュは手をだせないな。
まずは君の父上に早急な面談を申し込みたい、内密にだ。
ニコライにしかできないだろう。」
やめてくれ、油断のならない子供だ。
「あいつはね、父の眼をそらすために長らく静かにしていた、巣穴に閉じこもっていたのだ、やっと巣穴からでてきた。」
その巣穴ってなんだ、聞くのも怖ろしい気がする。
「蛇黒、チャイニーズマフィアだ、あいつはそこに情報を売って、情報を貰っていた。リーライが大量の資金で潰しにかかっているからね、巣穴から出ざるを得なかったのさ。」
リーライは蛇黒を作りなおして諜報部門とするだろう。
金は何でも買えるのに、ママの命は買えなかった。




