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撞木鮫ランポストその三

その日は珍しく土曜日にシフトが入っておらず、先約がある事もあってか、起きたのは午前中だった。


「午前中に起きないと待ち合わせに遅れるから仕方ないといえばそうなんだが…」

髪の毛と無精髭位は整えてから出るとしよう、休みの日とかそんなの放っておいて買い物だったり銀行だったり行くからな、身支度を整えられ余裕を持つのは大切…普段事務系だからまるで気にしないけども。


割と自由に伸び盛り迎えていた長髪をバッサリと切ったしまって、携帯電話は1200にはシャットダウンさせる様に…とあれから何だかんだと、健康と精神衛生上良い方向になる為に気をつけている。


それで何かが良くなったのかと言えば「変わっていない」と吉川は答える。ただゴミ捨てには必ず行くようになったので半分物で溢れかえっいた

また相変わらず部屋の隅には自分の形をした影が何もせず佇んでいるし…

一体何なんだろうなあれ、人型の影が視界の端でうずくまったりしてるが…何かしてくる訳でもなし、たまに場所移動しているのがなんかスッゲー気になる。


かといって近づくと壁の中に引っ込むので同化したり出来ないしでちょっとイライラする、 無害なのだが得体の知れない視界の同居人だ。


「さて、部屋の整理はしたし朝飯は…いいや、道すがらブランチで」


ガスの元栓を閉めて、洗濯物は中干ししてある、携帯の充電器とバッテリーは持った。 よし、出掛けるぞ! 相棒(自転車)に飛び乗りかけて行き帰りの時間で勉強が出来る事に気付き参考書を取りに戻った、どうせやらないだろうけど、勉強道具は持っておいていつでも開けるようにしておくのが一番良い。


携帯を確認すると出発すべき時間から30分程早いが駅前で何か食べたら30分位は潰せるだろう、案の定集合場所最寄りの駅前はご飯屋が点在している。

「しかし何を食べようか…」

駅前ロータリーで一人、今日最初の食事の品定めをするとしよう、…むむむむ、麺類か、ご飯ものか…お、あっちにはラーメン屋もあるぞ。 これは嬉しい誤算、何食べようかな?

けれど指定された駅前が市の中心部から外れた駅というのが少し引っかかる。 予定が急遽発生した訳でもないのでそこまで気にしていないけども…それで意外だったのは、呼び出された相手だった。


最近になって上京とは必ずしも言い難いけれど、ここに来て三年や四年目に来て知り合いとも呼べるような出会い方をした。かなり特殊な方だけれど二人の全く違うタイプの少女に出会ったのが二ヶ月ほど前、

あの昼休み(前回第七話参照)てっきりメッセージを送ってきたのは小岩さんかと思っていたんだが葛西さんだったとは意外というか不思議なタイミングだ。

薄暗がりとなって浮かび上がる闇が打ち寄せる海岸線…冗談も程々に言葉もあまりなく共に歩いた高校生の少女。 あの翡翠を埋め込んだかのような浅い底を見透かされる瞳が印象的なあの子、一応と渡してくれた連絡先から返信がやってくるとは思ってもみなかった。

さてと、いつもの部屋を出て好奇心三分の一、バックには財布と充電器だけ詰め込んで半分、あとは少しの期待を込め…それは要らないかと気休めの勉強用参考書を手に入れて出掛けてきたんだが…

「よし…さん?……かわさん……吉川さんですよね? あれ…もしかして間違」「あ、はいどうも吉川です。」

呼ばれたのに気がつき振り返ると先日あった時と同じ制服姿のままの小岩さんの姿がそこにあった。

そう、木曜日の時点で俺に連絡を入れていたのは葛西さんだったのである。いやマジか早くない?

空色のブラザーに黄土色のセーターを中に着てる…けど今日土曜日なんだけどもしかして部活帰りとか?


「あれ、俺集合時間間違えた? 1330だよね?」

ここ集まる場所とも少し違う場所だけれど、もしかして俺がロータリーからフラフラ歩いてくるのを目撃して追ってきたとでというのか。

まぁそんな都合良い訳ではなく、単純に互いが集合時間に対して早く到着し、昼食を食べようと考えた。それが偶々マッチングしたという話だったと後で葛西さんに聞いて判明した。


「わざわざ呼び出してすみません、吉川さんお休みの日なのに…」

出会ってすぐに謝られると例え社交辞令でも良い印象を得るという鉄則を葛西さんは身につけていた。

いやいや待てよ吉川南斗、お相手は制服女子有り体に言えばJKな訳で…その子を侍らせている若い男が居たら今の御時世じゃ御用になるのでは無いだろうか…


「あー、うん休みの日って言っても一日中寝てるか飽きて散歩してるか位だから気にしなくていいから?」


吉川はもしもの事を考えてそれどころでは無くなっていたのだがそれは葛西さんには内緒である。


「そう…なんですか、それなら尚更ご迷惑だった気が…」「最近はわりと起きてるから、迷惑じゃないんで大丈夫」「でも社会人の方って時間ないですよね、申し訳ないです」「……。」

葛西さん案外気弱なのかと吉川はフォローを入れながら感じている。 連絡先も交換していたけど敬語が抜けない、歯車は回るタイミングが合わずにお互い何処かギクシャクして調子が出せていない……

本来の二人の個性と性格からすれば決して水と油ではなくて夕暮れにカラスの様に相性は良いのだが、吉川は少しづつ焦り始めていた。


社交辞令を並べたところで今日、そんなものを聞きに葛西さんが俺を呼んだ訳じゃないんだ。

理由があっての事なのだろうからさっさと本題へはいりたい。

「今日は晴れて良かったですね、折角の休みなんですから」

「あ、俺結構な雨男なんで本当に珍しいっすよ」「雨男なんですか?」「そりゃもうなにか大事なこととか、切れ目切れ目」


……このままじゃ話も何もあったもんじゃない、何の発見も進歩も変化もないままの当たり障りの無い薄っぺらな事しか出来なくなっちまう、それだけは避けたいよ俺としては!!

つまらないしわざわざ時間を作ったお互いにとって会った甲斐がないからな。


「…そ、そう言えば葛西さんってお昼ご飯食べてないみたいですけどどのくらい減ってます?」


チェーン店の牛丼屋を見つけて俺は指を指す。葛西さんのお腹の空き具合にもよるが俺は朝から何も食べてないので正直なところ腹が減ってチカラが出ない。 とはいえ力を発揮しなきゃいけない場面があるとは考えにくいが。

「そうですね案外と私…ご飯食べるの好きなのでなにかちゃんと食べておきたいです、この後のことを考えるとエネルギーは必要ですし」

俺も朝から何も食べてないと遠回しに言ってみたらほとんど同時に腹の虫が賛成票を投じるかの様に「ぐるぐる」と鳴いて俺と葛西さんを驚かせる。


「本当にそんなタイミングでお腹って鳴るんですね」と口に手を当てて頬が緩んだ彼女の顔、それを俺は見逃せずに少し安心した。

海岸で出会ったときの彼女は嫌に無機質で曇りがちな印象があったからだ。大人びて感情を隠すのが上手いのは良いことばかりではないからな。 にしてもどうしてこんなタイミングでなんだよ…漫画とかでよくある話だがここはそんな都合と解釈だけでどんどんと動く世界じゃあないぞ。


「今食べたいものって何かありますか吉川さん」

お店に入る前ならメニューは選り取り見取り、本当にそんなに沢山の量の食事が俺より一回りくらい小さな身体に入るのかは心配なところだがいざとなれば俺がぺろりと食べてやろう。

「そうだな、ドイツのとしm」「ハンバーガーですねそれならこの周辺だと予算高めになりますけど良いです……なんでそんなに衝撃を受けた顔をしているんですか?」


…なん…だと? 俺が最近仕入れた小ネタだというのになぜ葛西さんはその知識を持っているというのだ…さては昨日のTVのクイズ番組にでも出題されていたとでも言うのか…?!


「ちなみにあくまでもアメリカで広まったドイツ系移民が食べていたひき肉料理、しかも其の起源は更に遡れるらしいですよ?」

けろりとそんな博学さを披露されて「ほえー」とバカなやつの反応しかできなくてゴメンな。

「さてさて、お昼がハンバーガーと決まった所で吉川さんに問題です、コレを答えると少しグレードがアップするかもしれません。」

なにか企んだ顔をして問題を考え始めた葛西さん、どこか向かうところがあったようだが交差点の手前で立ち止まる。

「それでは…吉川さんに、ハンバーガー関連と見せかけてもしかしたらそうでもないかな? と私が思ってしまったジャンルから問題です」

ツッコミ待ちかな?

「問題!! ハンバーガーの語源はドイツの都市の名前ハンブルグより来ています…が、このドイツ語の固有名詞「ブルグ」には一体どんな意味があるでしょう…か!!」

ナニソレ全然知らないんだけど…質問は話の流れから何となく分かるが問題自体の答えは駄目ださっぱり分からん!!


「あれ、もしかしてですけど分からなかったりしちゃったりするのですか?」

そのなにかしてやったりみたいに目を細めて得意そうな顔をするんじゃない、昔友達がやってたゲームにそんな解説があった気がするけどそのゲームは実家だしそもそもこの場に無いじゃないか…!

「なるほど、雑学は不得意っと」

「待て待て葛西さん、分からない訳じゃないんだ」

「ほほう、それではヒントといたしまして四択にしましょう、それなら吉川さんわかりますよね?」

なんか女子高生にお情けかけられてると思うとなんか複雑な気分だが良いだろう、当ててみせるぜこの問題を!!

「一番 ブルグとはドイツ語で涙の意味があります、ここの国では大きな戦争があったからその悲劇の涙から立ち直ろうという意味が込められています。

 二番 ブルグとは古くからこの一体を統治した貴族ハプスブルク家から因んでのものでありドイツ国内には点在しています

三番  ブルグとはドイツ語でお城の意味があります、今でも多くのお城が観光名所として残っていて多くの作品に影響を与えています

四番 ブルグとはドイツ語でお祭りの意味があります、毎年秋になるとハローウィンのモデルになった悪魔祓いのお祭りをするからです。

っと4つの選択肢を用意させていただきましたがさてさて吉川さんは正解を選ぶことができるんでしょうか?」

ミステリアスな笑みを浮かべて彼女は青になった信号を確認して白線のストライプを進んでいく…

後からついていきながら俺達は表通りを春の気配を感じるものに出会った。

「梅の花ですね、薄く儚く移ろう桜もいいですけど小さいのに力強く、無骨さがある梅も好きなんですよねなんて」

今ふと思ったものを胸にしまって、薄雲の伸びる下を俺は一人ではなく二人で歩いている。

それが余りにも目新しくてなにやらもどかしい気分にさせるのだった……


次回へ続く

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