撞木鮫ランポスト
「遊びを持った人間になれ」と誰かに言われたのを覚えている。 言われた当初は何を言っているのかさっぱり見当がつかなかったが子供の頃と大人とでは随分と話が違ってくる今ではその時俺にこんな事を言った大人に感謝したい位だ。
「デスマーチにならずに済んだのは良いんすけど、上司が良い格好つけようと調子に乗ってあの量の仕事ふってきたらこんな会社辞めてやりますよね、小岩さん」
そういう奴ほど辞める辞める詐欺だって事を俺はお前でよ〜く知っているからな?
「いやー、それにしたって幹部職なんてなれる訳ありませんし、「総合職の諸君はいわゆる「何でもやる課」だ。我が 会社の隅々まで、まるで血管の様に這い回り今置かれている問題や課題を掌握し解決していかなければならないのだ。」なんて社長の方針に従ってやってたら首が1ミリだって動きゃしません」
新座、お前ほんとどっからそんなポンポンと言葉が出てくるだよ、その才能を二割で良いから俺にくれ。 後、合コンに俺も連れてけとか適当な事を考えている昼休み、休憩室のテレビではお昼の奥様方向けのペラペラとドロドロが何の気なしに流れている…
それとは対照的に日が指し込んでくる明るい吹き抜けは3Fのこの場所はこのビルに隣接する他社さんの方も利用ができる施設であり、
机が20脚ほどと椅子、一応自販機もあるしその奥には食堂もあるので施設としてはそれなりにちゃんとした会社なのだ。 その点だけ見れば田舎とは大違いやなって思う。
「先輩普段なら外食べかデスクでコンビニ弁当なのに珍しいですね」
本当なら一人静かにテレビを見たかったのだがご覧の通り部下に捕まり喧しい昼食を食べている。
「とはいっても白米と冷凍食品突っ込んでトマト載せただけの弁当だけどな…そういうお前は?」
全体的に茶色味が強め、唐揚げにコロッケと油物ばかりだが新座はさっきから飲み物を飲むばかりで何か食べている雰囲気ではないのが俺には気になった。
「あー、これですか? 先輩、これからの時代は…スムージーですよ?」
「スムージー? あの世界一有名な配管工の弟のさん?」「先輩、それルイージです」
「クリスマスの夜に幽霊に出逢って人生が変わった?」「それスクルージですよ」
「分かった分かった、檜の舞台だな?」
「それはステージっすよ、いつまでやるんすかこれ。 スムージーです、スムージー、簡単に言えばこしてないミックスジュースです」
わりとざっくり言ったな新座、それでスムージー一本で腹は足りるのか?
「ええ、足りないんで色々間食してますが今は食欲そんな無いのでこれでokです」
本当かぁ…? いつもの新座かと思ったがやっぱりこの間のが響いてんじゃないのか? マシンガントークはいつもの事だが
「なんすかその目は、ちゃんと食ってますから大丈夫ですって。ちょっ、どっから出てきたんすかそのおにぎり!!」
大丈夫、帰りの電車内で食べようと思って作ってきたやつだし中身野沢菜漬けだからばりご飯進むぞ? 因みに入ってたのはポケットの中だ。
半ば押し付ける様にしておにぎりを食べさせたがこれでも果たして「パワハラ」と言われてしまうのだろうか…
「それにしても先輩、さっきからチラチラテレビ見てますけどなんか気になることとかあるんですか?」
いや…別に…小岩さんとあの後数回しかLINEのやりとりしてないし、昨日突然テレビ番組の名前だけ貼ってあったから一先ず録画してきたけど生で何があるのか確かめたいとかそんな事ではないのだ。
三ヶ月が経過しようとしておりだいぶあの頃に比べると暖かくなってきた。
このタイミングで流されているテレビ番組では次のコーナーに移る、
「ここで海外からホットな話題を提供するエキゾチックオンエアのお時間がやってまいりました!!
今日はWSGサーフィンの世界選手権で海外を飛び回る選手に注目、ジュニア世界大会で優勝経験もある現役大学生でもある小岩夕凪さんです!」
明るい口調のリポーターがその名前を口にした途端にびっくりして視線がテレビに釘付けにになる、同姓同名か実在の人物のなりすましかなんて心の隅で疑っていた俺をどうか許してほしい。
「ここ二、三年は表彰台や世界大会から遠ざかっていた小岩選手でしたが今回、周囲がノーマークの中で四年前のジュニア時代から通算四度めの優勝へ再起を図りました!」
普段の練習風景などが流れたと思うと、本当にそこには小岩さんが波にのる姿が、あの時のものより一段と難しそうな動きをしていてより真剣に遊んでいた。 どうしたらあんな表情になるのか俺には不思議でしょうがない。
何故あんなにも彼女は波に熱中できるのだろう。 一言で言い表すならたかが波乗り、だがこの世の中で「たかが」と「無駄」を排除していったとして一体何が残るのだろう。「 無価値」と見切って無下にして自分が捨てた道端の小石は金剛石の原石だとしたら…?
柄にも無いことばかり最近考えてしまうのは絶対にあの時のからだと言う確証を俺はテレビを見ながら感じていた。
いや待てよ…もう少し前からか?
それにしたってなんだってやったもん勝ちなのだ。 捨てたものだってどうせどっから転がり込んで来るとそんな具合に少しずつは俺は生活の中に色を取り戻していた。
テレビの中では女性のリポーターが大会後と思わしき小岩さんにインタビューしている。
「調子を上げてきていた今大会の小岩選手は日本人選手トップの第四位と惜しくも表彰台を逃すものの今後の展開がとても楽しみな選手の一人と言えるでしょう! サーファー界では古豪とも言える彼女ですが未知の実力派として復活の兆しを見せています!!」
「こ、古豪…あ、いえいえ気にしませんから!!」
まぁ、ジュニアからだから彼女の戦績的には間違いないのかもしれないがその言い方はなんか悪意がないか?!
「これからの意気込みと今大会の感想をを聞かせていただきたいのですが、お願いできますか?」
小岩さんは少し考えた後で良いことを閃いた様に話し始める。
「あー、そうですね。 今回の反省はこの後の日本選手権や世界選手権への道を歩いていく上で必ず通らなくてはいけないものでしたので、結果自体はまずまずかと思います。 大切なのはそれを踏まえてわたしが次へ向けての課題と問題の取り組みが出来るかどうかだと思います。」
「成る程、反省点も多いがしかしそれを活かして今後の飛躍に繋げたいと言うことですね?」
「えっと、まぁそんな感じです。 後は意識しているわけではないのですが世界ランクとか気になってます。」「あっ、そうなんですね?」
「えぇ、何かとありますからやっぱり目指す努力位はしたいですよ世界一位なんて大き過ぎる看板な気もしますけど」
俺は画面越しの彼女の言葉に驚いて目と耳を疑ってテレビを凝視する、彼女のパッチリとした目が間違いなく俺に向いている……意識し過ぎだとかそう言う問題じゃないぞ!!
「世界ランキングを意識している」だって? それはあの時に冗談交じりで交わした約束の事をまさか本気にしてるんじゃないだろうな……?!
「どうしたんですか先輩、テレビ見てなんか驚いちゃって…はは〜んそう言う事っすか」
察しが良いな新座。 しかしだそのしたり顔はこちらからすると鼻に付くから止めような?
「もしかして先輩あのサーファーの……追っかけですね!!」
いや、違うそうじゃない。何キメ顔でこっち指差してんだよ間違ってるから、というか追っかけってのもなんか古い表現だな。
「追っかけてはいない…前に雑誌かなんかでたまたま出てたのを思い出しただけだ」
変な詮索を入れられずにこの場をやり過ごそう、小岩さんまさか本気で…
「まぁまぁそう言わずに、先輩もそーいうとこあるんだって事にしておきますから☆」
そーいうとこってどういう事だ新座?
「あ、さては気づいていないですね吉川先輩。 良いですか…」
結局、 新座に話を聞いてみたところでロクなものじゃ無かった。 もう少しあいつは節度と場所を考える様にならないと駄目だと後で注意しておかなくてはなるまいて……仕事場でする話では少なくても無かったとだけ言っておこう。
「全く、大学時代からの付き合いってのも考えものだな…」
気兼ねないというか外面を貼らなくて良いののは利点ではあるがそれ故になーなーで済ませてしまう事も多いのは自分達の係の中で溝を作る結果になってしまう…とは考え過ぎかも知らんが…
画面越しの少女は既に目標を達成を見据えて動き始めている。
俺もそう考えると動いてはいるものの実際の成果が出るのって一年とか見越してかないといけないからなぁ……
答えを曖昧にして挑戦も出来なくなっていた俺に密かな野望を作らせてくれた小岩さんには感謝しないといけない。小岩さん特集が彼女の今後と五輪への参加権をかけて日本選手権や世界選手権などのが待っている事を伝えて終了した。
「そうなんですか? てか先輩SNSとかやるんですね、その手の交流ほぼして来なかったんでフォローしていいすか? なんて名前です?」
。それでは早速小岩さんを問い詰めなくてはならないと携帯を開いてたら色々バレたが新座の拡散力は割とシャレにならないので今晩は良く寝れなそうである…
「ん? 誰からだこんな時間に…」
用事は済ませたから新座の話を軽く相槌を打ちながら聞いていると緑色のSNSにピコリンとメッセージが届いた。 恐らくは小岩さんがリアルタイムで見たかどうか聞きに来たに違いない。
「先輩にメッセージ送っても必要最低限しか返してくれないのでつまらないんですよね〜」
新座は別に仕事場に来れば話せるから遠慮が無くてもいいだろう。 問題は他の人にも何話したらいいかわからずに適当な返しが出来ている自信が無いことなのだが…
ん…? 送り主は小岩さんじゃない、だとしたら誰だ?
\葛西夕凪さんよりメッセージが届いています/
なるほど、葛西さんとこの高校は今日休み…なんだと、そんな早くから春休みだったっけか? もう十年前になるから覚えてないな…でも羨ましい。
さてなんて書いてあるのかなっと
「突然すみません、葛西夕凪です。
時間がある時で構いません。少しご相談したい事があります、おやすみまたはお時間のある時にお会いできませんでしょうか?」
ん? 会うのは別に吝かではないしむしろ人に会うのはいい事だと思いつつある自分にとって願ってもない話、しかし時間ある時か……あいにくと年度末調整が始まるからなぁ、 普段の休みが果たして休みとしてくれるかどうか……
「次の土曜か日曜って出勤入らないよな…」
「あー、前回みたいな事態にならないようにって言って前倒しで作業してるんじゃないですか、前回は最終の段階になってミスが発覚したんですから」
食後はコーヒーと決めているので一先ず自販機で購入して返事を近くの土曜日としておいた。
うら若き青春真っ只中の女子の相談に乗るというのが自分で言っててむず痒く感じてため息をつくとバルコニー では無機質なビル街を久し振りに南風が吹き抜けていた。 これからの季節を予感させるような暖かなものだと吉川は気づいていない…
以下次回へ続く。