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杏の道標2

 病は気からだなんてよく言うものだけれど、運気とか運命ってのは人の思考回路によっても変わってくるのだろうか…


小さな姿勢の矯正から大きな性格の変化まで、どのくらいかかるのかね。

前向きの思考回路がいつも正しいとは限らないが、それでも効率は良いだろうから俺もちょこっと運気と考え方のリセットをしたいな。


俺の赤いスポーツバイクと小岩さんの黄色い通学車が浜から山の方向へ舵ではなく、ハンドルをむけて行く。

この都市は三方向を山に囲まれており、海から少しいくと途端に市街地と住宅街が軒を連ねている。

相変わらず浜風は肌寒いが日は出てるので刺すような寒さではないのが救いだな。

「そうですね…それなら私の表情筋を動かしてみてください。」

自分の前を行く小岩さんの後ろ姿を追いながら彼女からの課題にどう取り組むかを考えていた。


うーむ、ここで黙ーって回れ右をしてサラッと自分の家に帰り始めてみたら流石に焦ったりするだろうか…

後はアレだな、突然自転車から降りて暴れ出すとかな。

さしもの小岩さんのさんでも困った顔をするに違いない…やらないけど。


乗っている自転車をわざわざ危ない公道の道端に乗り捨てて、その場で赤ん坊の様に地団駄を踏むとかそんな訳の分からない行動を突然取れるかと言われればノーだ。

俺は目的の為に手段を選ばない人間ではないし、第一にそんな行動をする前に個人的な羞恥心が勝つ…

ふーむ、何か他に手は無いものだろうか…


「吉川さん、吉川さんは人と静かな時間を過ごすことのできる人ですか?」


自転車に乗って車通りも少なくなった通りをゆっくりと走らせながら小岩さんは唐突にそんな事を聞いてきた。


「いえ、人と話すのが好きで適当な事もぽんぽんと話す人を知っているので、…その、何かしらの話題が必要かと思いましたので」

うーん、俺は別にどっちでも良いかなー。

「えっ…」

あっ、これは適当に相槌を打ったわけじゃなくてですね…

小岩さんのしたい方で良いし、俺はどちらにしても合わせるとかではなくてその人に合わせた調子にするから。


「合わせる」とは言ったが、それにも何か他に言い方があるだろうと思って俺はそれを訂正する。


「聴く側」も好きだし、「話す側」も好きでそもそも人と何かしらしているこの状況自体も悪くは感じていないと俺は補足した。

人と体験を共有するのは俺の存在の証明にもなるし、「俺はひとりじゃない」という意識はそこそこ生きて行く上で大事な部分だからな。


小岩さんは「なるほど…」と一言だけ呟いただけでその後は特に何も言わず、黄色い通学車に導かれるままに俺たちは巨大な岩山へと吸い込まれていくのだった。


「さて、こちらが弁財天と市杵島姫という神様を祀っておわしますお社さんになります。

まあ、私もこの神社の神様の謂れについては先にクイズにした部分位しか知らないんですけどね」


十数メートルはあるであろう高さの巨大な岩山の袂にある岩殿の入り口までは坂の下から歩いてきた。

駐輪場から上り坂を登ってきたわけだが…日頃の運動不足が祟って肩で息をしてしまっている。

昔はこんな事無かったはずなんだけどな…その点小岩さんは何食わぬ顔をしている、どうしてだ…


「あ、大丈夫ですか? 」

サラッと心配されてしまった…もう、吉川さんの縮こまったプライドさんはボロボロだよぉ?

「坂はここまでで境内までは距離はありませんから、少し息を整えてから移動しましょうか」

小岩さんの優しさが染みる。


この子は無表情で何を考えているか分からない、少し不気味な子だとある意味勝手なレッテルを貼っていたのだが俺の認識は間違いだったのやもしれない…

あれっ、俺ってこんなにチョロかったっけ…?

「このえっと…道を抜けるとその神社の境内へと至りますけど…」


 岩山の麓には石でできた色の無い鳥居がひっそりと佇んでいる。

鳥居は潜るものを社の奥へと誘っているのだろうが、先日の休みに訪れた神社の鳥居とはまるで違う面持ちをしている。

これ…この隧道を通らないといけないのか…

「あっ、ちなみにですが、こちらのお社に入るにはここを通るしか道がありませんのであしからず」

あ、はい…そのあしからずってどういう意味だったっけ? 日本語って難しいなぁ。


小岩さんの語彙力は、何処から生えてくるのか、いやはや羨ましい限りだ。

俺はいまいち感情とか事象の言語化ってのは苦手なんだよ。

そもそも言葉を選択肢の幅が足りないって感じになるし。


「え…? そ、それはですね…」

あれ、小岩さんが言葉に詰まったぞ? そして今度は岩山を見上げてる…

「私と図らずしもこう…引き出しがすぐ見つかるという訳でも無いといいますか…」

うーんと、つまりは?

「はい、意味を忘れましたすみません…」

え、別に謝る必要なくない? 間違えている訳でも無いしさ、俺は気にしないよ?

「そ、それなら良いのですが…次回までに調べておきますね」

小岩さんは眉ひとつ動かさずに足を進める。

鳥居の目の前へ来たところで隧道の奥を見つめ…待った、これちょっと怖いな…

向けた視線の先の隧道の内部は人工物ではなく岩をくり抜いた構造になっていて歪だ。


10メートルおきに電灯が配置されているから最低限の明るさは担保されているものの、先の見えない下り坂の隧道は俺からすると少し不気味な雰囲気を醸し出している様に見える。 

息を整えていてある間、二、三人参拝客らしき人が隧道へ入って行った…

近くにバス停もあったし、自転車よりもバスの方がこの街は散策しやすいのかもかもしれない。



「あ、吉川さんもしかして暗い場所とかダメな人ですか?」

隧道の手前でくるくるいろんな角度で題材になりそうな写真をパシパシと撮りながら片手間にあっさりと聞いてくる。


うーんあんまり得意じゃ無いかなー。

「そうですか、狭い場所ですとか暗い場所が致命的に駄目という訳では無いんですね?」

そこまで怖がったり、息が切れたりするのは無いけど人並みには怖いかな。


「そうですか、そうですか…なら大丈夫ですね」

いや待ってくれ小岩さん、人並みには怖いって言ったと思うんだけど?

「人並みには」ですよね? と小岩さんは眉を動かさずに隧道の内部へ視線を向けている。


「…吉川さんの方が私よりはよっぽど平気そうななので、吉川さんが平気ならこのままあのトンネルを突っ切ります。

道中何が起きても私は歩く事に全神経を集中させるのであしからずです」

小岩さんはやたらに早口だ。

暗いところなぁ、平気ちゃ平気だけどさ、小岩さんだって怖がったりしている様には全く見えないけど…


「いいえ、怖いや、苦手という感覚ではなくて、「駄目だ」と言う感情が先に来るんです。 この手のトンネルだけは…すみません、フリではなく絶対にあの中で驚かせたりしないで下さい」

前もって言ってくる辺り本当にその手のものが駄目なのだろう。


俺が十年若かったらな…揶揄ったりあの隧道の中で小岩さんを驚かしたりもするのだろうが、俺も良い大人だからな。

そう返して小岩さんの前に出て、隧道へと向かう。 


隧道の横幅はそこまで広くないので俺が前に出てゆっくりと歩いて行く事にした。

「本当に変な事は考えない方が良いですよ。」

変な事?

「…そうです。わざと大声出してみたり、突然振り返ったり…歩調を合わせずに勝手に走り去る様な事をする人の事です。 私はその手の人間が一番不快なんです、いいですね?」

行きますよと付け加えて俺と小岩さんは暗がりへ進む。



 暗がりの下り坂をおずおずと少し慎重に歩く。

隧道の中は点々と暖色系の灯りがあるので完全に前後不覚になる程に暗い訳じゃ無いけど、これ怖い事には怖いな…

完全に照らせてる訳じゃ無いし、人通りだって無い。


俺は小岩さんを引き離さない様に、そして近づき過ぎない様に、怖がらせるとかそんな事を言われている時点で、なんかやっぱり警戒されている部分があるのだななんて思いながら。

まーそりゃぁ、第一印象が入水自殺しようとしてた変な奴だしなぁ俺…



曲がり角を曲がれば恐らく隧道の終わりが見える、やっとここまで来たと少し安心した時だった。

不意に黒い影が曲がった先から飛び出してきた。

ちょっ⁉︎ 何か俺の足元目掛けてタックルしてくんだけど、なんなの!?

おまっ待て!ストップだ、止まれぇ!




次回へ続く。

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