町屋通りリーズナブルその3
めりーさんの羊
俺の人生振り返ってもやりたい事は無かったし、大学だって働きたくないから入った様なものだった。
才能がない、センスが無い、本気になる奴は格好悪いなんて…今更になって思う。
スカした奴が、はみ出し者が格好いいそんなのは嘘だ、嘘っぱちだ。
積み上げる為の下地もない人間からすれば学生という身分は実に羨ましい限りだよ。
彼らはまだ下地を作る段階で、それこそ積み上げる材料は無限に転がっている環境だって俺は思うな。
まぁ、親の心子知らずなんて言うけれど、自分の出来なかった事を誰かにやらせたいだけなんだよね、ある種の自己満足なんじゃない
そんなおっさんの後悔とか何、苦難の話より見てよ目の前で高校生女子がが大福をぱくぱく食べてるよ、微笑ましいね。
見てよほら、一口あんなにちっちゃいの。
「…あの、どうかしたんですか吉川さん」
お茶に手を伸ばしていた小岩さんが少し不安そうに顔向けて来る。
ん?何でもないよ?
「それなら良いんですが…吉川さん何か良いことでも思い出しました?」
え、なんだろう…心当たりがまるで無いんだけど。
「いえ…それならきっと私の見間違いかも知れませんね、ごめんなさいでした」
見間違い?
「…吉川さんが此処に来るまで何か考え込んでいる様な顔をしていたので…私、吉川さん向きの場所とか考えずに回る場所などを決めちゃったので…ごめんなさい」
なんか和菓子屋で女子高生に謝られる大人が爆弾している…
いやいやいやいや、ちょっと待って、そんな事はないからね? 俺ちゃんと楽しんでるから、なんなら八幡様とか話に聞いてたけど行ったこと無かったし…
「そうなんですか…なら案内して正解でしたね。
実は八幡宮は有名スポットなので絵の題材としても結構使われることが多くて、あんまり乗り気では無かったんです」
あ、もしかして…乗り気じゃ無かったから一周して次の場所に行こうとしてた?
「さ、さぁどうでしょう?」
小岩さんは初めは仏頂面で話しにくいと思っていたが存外とそうでもないらしい…
今なんて分かりやすく目を逸らしたんだ、俺が言ったことが図星なのだろう。
「ほら、吉川さんもいつまでも頼んだ物を放って置かないで食べちゃって下さい。食べないのなら私が食べちゃいますからね?」
小岩さんはそう言いながらお団子を丁寧に串から外して楊枝で摘む。
ぱくりっ、と口に運ぶ度に広角が上がっていく…これはちょっと面白いかもしれない。
そうだ小岩さん、俺の蕨餅と小岩さんのお団子、ちょっと交換しない?
「え…? 吉川さん蕨餅お嫌いだったんですか?」
小岩さんは不思議そうな顔をしているのでで味見がしたくなったと答える。
あまりに美味しそうにお団子を食べるから俺も食べたくなったんだよ。
小岩さんは納得してくれた様だ。
きなこがついて美味しそうなの選んで小岩さんのお皿の上に二つ並べる。
それから間も無く、さらりと俺の蕨餅が積み上げられた上に、こしあんのたっぷりついた草団子がぽつんと異彩を放っていた。
「どうしたんですか? 早くしないと悪くなってしまいますよ?」
あ、うん…団子と蕨餅がそんな急に味が落ちるかと聞かれたらそうでもない思うんだが…小岩さんはそういうのは気にしないタイプか…なるほど、理解した。
いや何…少しこう考え事をしてただけなんだ。
気にしないのなら此方も大人の対応というのをだな…しなくてはなるまい。
小岩さんが口角を上げ、ちょっとほっぺたを落とす程のお団子…その美味しさとは如何に?
そんなに勿体つけておいて普通だったら拍子抜けだけど…そう思いながら俺は餡子のついたお餅を意を決して口に運んだ。
うん…やばっ美味っ、団子ってこんなに美味しいものなの? …出てきた感想に語彙力が無いのは許してほしいけど、本当にこれは美味しい。甘くない餡子にヨモギの香りが鼻をくすぐる…そして抹茶を流し飲めば…
これは美味しいわ、すっごく美味しい。
お茶が苦味があるから餡子が多少甘めでも良いのかなとか思ってたけどそんな事ないわー、これが正解だよ、うん。
確かにこれなら小岩さんも笑顔になるわ、納得した。
「ど、どうかされたんですか吉川さん、何度も首を縦に振って…あかべこですか?」
あかべこってのが何かは良く知らないけど多分そんな感じなんだろう、きっと。
「あかべこですか、首を振る牛の人形ですよ。
その地域特有のものらしく、お土産などで売ってるそうです」
へー、牛の人形ねぇ、何か意味があって牛の人形なんて作るんだろうね。
「詳しい事は調べて見ないと分かりませんが、ちょっと調べてみましょうか?」
小岩さんは携帯を取り出して調べようとしてくれたが俺は別に調べたところで役に立たないよと止めた。
「ん…私は気になるので少しだけお時間いただきますね」
小岩さんが気になるのなら仕方がない、俺はわらび餅を食べ進めるとしよう。
「あ、ありましたね。あかべこ…福島県会津地方に伝わる郷土の人形の様です。 べこは会津で牛の意味を表している…つまり赤牛?」
へー、そんな人形があるのか…
「吉川さん、これがあかべこらしいですよ」
携帯電話には赤い牛の人形が確かに首を振っている姿があった。
「この姿だけ見ると愛嬌があるかもなんて思いますけど魔除けだったり、病を遠ざける為に作られた様なので案外と侮れない人形なのかもしれませんね。」
作られた理由はともかく、俺には呑気に首を振ってる様にしか見えないんだけどなぁ…
「分からないですよ、人は見かけによらないとも言いますし」
でも、人は見かけで人を判断するんだよなぁ…人は見かけが100%なんだよ。
そりゃ…清潔感があって、金持ちっぽくて、品がありそうなら色恋沙汰で困りはしないだろうな。
「そうなんですか…まぁ、見た目には気を配れる程度の余裕を持たないと、同性であろうと異性であろうと評価は変わって来るでしょうね」
ま、そんなものでしょう。
「吉川さんはどうなんですか?」
どう…とは?
「いえ…何でもありません、この調子だとそんなに気にしてない様ですから安心しました」
そう言いながらぱくりっ、小岩さんが今度は大福を頬張った。
小岩さんが美味しそうに食べるので俺も同じ物を頼んでおけば良かったと少しだけ思って、もう一口わらび餅を食べる。
いや、わらび餅も悪くないわ、きなこと黒蜜にすっきりとした味わいのお餅がひんやりしているので、自然とお茶を口に運ばさせる…これ美味しい。
「吉川さん…隣の芝生は青いとは言いますが…吉川さんのわらび餅、美味しそうですね。」
しげしげと俺の食べる様子を眺めていた小岩さんがついに動いた。
いつの間か向こうのお皿の上は空になっていた。
え、さっき交換してたよね。俺もゆっくり食べてたのも悪いけど、残りも少ないし、ちゃんと食べたいしな…
もう一個…欲しいんですか?念のため小岩さんの意思を確認する為に聞いてみる。
「…どちらかと言えば」
….素直じゃないな、単に欲しいですって言うだけで良いのに…
俺がお茶を飲んで一息つくと、小岩さんは目を逸らしながら俺に話しかけてきた。
「良いんですか? 私は吉川さんの命の恩人なんですよ?」
それを言われたら俺は小岩さんに一生足を向けて寝れないって…なるほど、そう来たか。ならこちらにも策はある。
俺は身を乗り出してわらび餅を小岩さんの口の前に差し出す。
言う台詞はこうだ。「仕方ないなーほら、口を開けて? いいからいいから」ってさ…完璧じゃん。
「吉川さん?なにをしているんですか?」
実際にやってみたらむっちゃ困った顔をされたんだけど、これは予想外だわ。てっきり恥ずかしがったりとかするもんだと思ったさっきの俺をぶん殴りたいわ。
「いや、あの…戴きます」
ちょっと考える間があったが、小岩さんは黒い爪楊枝に刺されたわらび餅を食べた。
どう?やっぱりお団子の方が美味しかったりする?
「そうですね…どっちも…美味しいと思いますよ」
ほうじ茶を一気に飲み終えた後で小岩さんはそう言った。 何故俺から目を逸らしているのかとか、挙動がおかしいのかは深くは触れないでおくことにする。
もう湯呑みにはほうじ茶は入っていない気がするけど
何度もお茶を飲む素振りをするのは何で何だよ小岩さん。
なんだか、今までに無かった互いの行動と感情が現れてなんか…少し楽しいな。
「吉川さん…いま、笑いました?」
え、全然? てかいま俺笑ってたの?
「…自分で気付いていなかったんですか?明らかに頬が緩んでますよ、これを笑うと言わないでなんと言えば良いんですか」
そうか…これが…笑みか…待て、そんなに俺笑わないキャラじゃないけど。
「え、よく笑う吉川さんとか想像が付かないんですけど」
えぇ…随分バッサリ言ってくれるねぇ、小岩さん。俺だってふつーに笑ったりするよ?
「そうですか?それならお聞きしますけど、昨日何か楽しいことがあって笑ったとか、コントや漫才などを聞いて笑いましたか?」
君の中の俺のイメージは一体どうなってるんだ。
勿論笑ったりした事…なんかあったっけ?…あれ?
てか、最後っていつ笑ったっけ? それよりも昨日帰って何してたかもまるで覚えてないんですが…
「…なるほど、それでは結論から話しますね。
吉川さん、笑う事は体に良いんですよなので笑いましょ?」
…それってばさ、小岩さんにも当てはまるんじゃない?
「…はい?私、ちゃんと笑えますよ。」
えぇ、その活動記録が残っていなさそうな表情筋で言われてもナー。
「なんですかその言い回しは…私ちゃんと笑えます。
ただ…楽しい事が無いだけです!」
まぁまぁ、そんなに意地を張らないでね?別に笑うのが下手でも良いじゃない、人間だもの。
「取って付けたような即興アレンジを加えなくても良いですからね、吉川さん?」
おぉ、ちゃんとボケを分かってくれる辺り流石だよね小岩さん、やっぱり知識が豊富でいらっしゃるようだ。
「はぁ、吉川さんの言い方だと煽られているようなしか聞こえないんですよ…いったんこの流れ無しにしませんか」
ま、場所も場所だし、あんまり盛り上がってしまうのもよく無いよね。
「吉川さん、さすがに空気は読めるんですね」
ぼそっとそう言われたんだけどさ…それ俺にしか言うなよ?
「…そうですね。さすがに口が過ぎました、今のは忘れて下さい」
まぁ、この先親しくなっていくのかどうかかは分かんないんですけど、お互いこう…弁える所はちゃんとね?
また気まずくなるのも嫌だから茶化そう、折角甘い物を食べて口が緩んできた所なんだ。
そうだ、小岩さん次に回る予定の絵の候補地って何処になるの?
「あー、そうですねー八幡宮から近場を巡って遠くで解散するのと遠くから行って駅で解散するのとならどっちが良いですか?」
なるほど、それなら俺は遠くから行きたいな、駅の方が家に近くて帰り道が短くて済む。
「分かりました、それでは吉川さんが食べ終わってちょっとしたらここを出ましょう」
あ、そうか。まだ俺わらび餅食べ切って無かったんだった。
どう?小岩さん、もう一個わらび餅食べる?
少しだけからかう様に残り少ないお餅を楊枝に刺してあーんしてあげようかと俺は手を伸ばす。
小岩さんはまたどんな反応をしてくれるのかなーなんて油断をしていたら有無も言わさず、わらび餅は小岩さんの口にばくりと飲み込まれてしまった…
「吉川さん、よく覚え置いて下さい、同じ轍は二度踏まないのが私流ですので」
驚いた俺を尻目に小岩さんは得意げに言うのだった。
次回へ続く