プラムの日向ぼっこその1
私が「絵画」と言うものに傾倒し始めたのは学校で国立の美術館へ班に分かれて見学をした中学に上がってすぐのことです。
「綺麗でしたやすごいと思いました」と月並みな感想を書くつもりで友人とふらふらと回っていたところ、
角を曲がり上がった天井と同じ高さほどもある一枚の作品に出会ってしまったのが運の尽きでした。
のちに調べてわかったのはそれが教科書の端っこに載る位には有名な作品だと言うこと、それ程有名ならもう少し前に知っておけばよかったなんて思ったほどです。
前時代を批判する「歪んだ真珠」と呼ばれた作品群を指すのですが、その中で私の心を惹きつけて離さないのは絶句するほどの明暗のコントラスト…
勿論それだけではなくて作品や作者によってそれぞれ語りつくせないほどの秘話だったり解説や逸話があったらもするんです。
ま、そこまで話をする気は私にはありませんが…
多分その手のオタクみたく伸ばす幕無しに捲し立ててしまうので…それが原因で引かれるのは嫌ですし…私にしては珍しく二人でいても緊張することのない
「吉川さんには次の作品展に出す作品のアイデアを出して欲しいのですが…可能でしょうか?」
小岩は控えめに飲み物を飲んでいる吉川へと質問を控えめに投げかけた。
絵の題材やイメージが欲しい、吉川には彼女の雰囲気が運動部ではないなとアタリは付いていたがなるほど作品展と言うことは美術部かもしくは書道部……辺りではなかろうかと吉川は品定めしていた。
「題材探しに付き合ってほしいってことね…okok」
「自由に」と言われるとかえって視野が狭まる現象に名前をつけたい葛西は決まらないし浮かんでこない自分の作品に対して焦りを感じている。
「あの、私が何箇所か回りたい場所を一緒に回るだけなんですけど良いですか?」
吉川はちょうど大口を開けているところで返事を面倒くさがり、縦に首を振った。
だがそれなら一人でも出来るし部活の同級生とでも良いのではないかと彼は疑問に思い、直ぐに彼女に質問をしてみた。
「それはですね…何といえばいいのかはっきりとはいえないんですが簡単に言えば「今までにない」んですよ 吉川南斗さん」
葛西は父親以外に年上の男性という生き物をほぼ知らなかった。
同級生の性の違う人達は未知で無知でどうしようもない連中でしかない…流石に言い過ぎだと吉川から言われて葛西は少し不満な顔をしたが吉川に言わせると
「あー、いつまで経ったって男は所詮男だしな、俺もアホな事をしたい時がないと言えば嘘にしかならないぞ?」
収まるだけの器を用意して隠し方が上手いやつと、収まらない感情の器で本心が剥き出しのやつ、その二種類がいるだけさ…なんて
吉川は自分は果たしてどちらに見えるのだろうと葛西に問う事は無かったが自制と反省は無くても自己嫌悪位はしているなと少しはにかんだ。
「それでぇーっとつまり葛西さんはアイデア集めがしたいと…俺にとっては町の散策が出来るって訳ねよしよし」
生まれてずっとここに住んでいるわけではないけれど、そう言えば葛西は自分の人生の半分を超える時間を過ごしている事に気がついた。
「確かに引っ越してきた割には篭ったり都心にばかり足と目を運んでいたからちょうどいいのかもしれないな」
パクパクと葛西はペースを落とす事なくハンバーガーのセットを食べ進めて行く、眼鏡に黒髪とおとなしい子だと思っていたので食べきって一息ついた時にはそのイメージは吉川の中で払拭されていた。
「あれ、葛西さんって今美術部だけどスポーツとかやってた?」
その以外な食べっぷりから吉川はそう判断したのだが尋ねられた葛西はは先に食べ終わった吉川を待たせてはいけないと急いで食べただけですと彼女は少しヘソを曲げた。
「運動部ををしていたのは事実ですけど…わたし、そんなに食べ物を頬張ったりはして無いですよ? 行儀が悪いですし」
「…いや他意がある訳ではなくてだな…」
素直なことを言うと吉川は小さな一口でひたすら食べ進める葛西を小動物みたいだとただ単に思っただけだった。
「さて、私が食べ終わりましたら少しお腹を休ませて早速回りたい場所のリストを上げますので移動しましょうか」
そっと笑みを浮かべて俺は葛西さんに白梅の咲くお寺さんまで自転車で案内された。
「そういえばなのですが吉川さんのお仕事って結局のところどんな事をしているのですか?」
葛西さんは信号待ちの時間にそんな事をふと聞いてきた。
「んー? そーだなー、一括りで言うのなら「商社」ってやつ、お客さんのしたい事を聞いて、それに応じた知識と経験…あとついでに商品を売りつけるだけの簡単に出来ないお仕事さ」
あくまで上司の受け売りで自分のしている行動がそれに当てはまるかはさておき、そこまでするのはやりすぎではないかとも内心吉川は思ってはいる。
「仕事って難しいものですね」
ため息を漏らす葛西には遠くない未来の話、悲観するのは早すぎるが楽観もしていられないそんな難しいお年頃なのだ。
「いいやそんなに難しいもんじゃないさ。 習うより慣れろってな、案外と人は環境に左右される生き物だぜ」
だから恐ろしくもあるんだけどと付け加えて、彼らは一つ目の目的地へと、自転車を走らせた。
葛西凪の探し物はこれだ! と思えるはっきりとしたインスピレーションや題材ではなくて「何気なく差し込まれた特別」が好きなのだという…
春めいてきたとは言えまだ肌寒い、高い空に吸い込まれることはないけれど不思議と葛西の胸の鼓動は早くなっていることに本人もまだまだ気づいていない…
次回へ続く!