雪解けマグノリアその2
平和的で閉鎖的、昼光色を薄めた乳酸飲料の出来損ないような男、と呼ばれていない吉川南斗、俺がわざわざ都心部にしてこんな時間をかけて通勤しているのは色々と理由があった。
簡単に言うと親類の伝手を頼ってみた事と支社から人事異動で部署ごと配属が変わった事が原因である。
それまで20分少々だった電車での移動時間は一気に1時間まで増え、そこから更に自転車で最寄の駅から10分と言うのだから勘弁してほしい。
さて最近は春の異動祭りと題して以前に比べて課題や仕事をふって来ず取り分け根を詰めないタイプの部長がやってきた。
「楽しくとまではいかないだろうが階段は一段飛ばしで上がらず叩いて上がろう」というモットーの元、仕事の納期の把握を共有しながら指示と1日一言褒めるを実践している為か部内にあった壁がなくなりつつある。
ここまで来ると今までが何だったんだとも言いたくなるがそれは…色んな人間が居るからな仕方ない。
例えば休日に女子高校生とかと昼メシを食ってる奴もいるからなー、世の中分かんないもんだ。
「どうかしましたか吉川さん、お腹…もしかして空いてませんでした?」
「そんな事は無い、既にお腹と背中がくっついて心を無くしかけてただけだ。」「心ですか?」「そう、空腹…あやつめはとんでもないモノを盗んでいきました…私の心です」
あー、キョトンとされた。 えーあの映画ってマイナーなのかね?
「その台詞はどこかで聞いた事ある様な…無いような…すみません、勉強不足で」
こんな事で頭を下げられても俺も返事に困る。
「….いいよいいよ、別に俺に話題を合わせなくても構いやしないからね」
ハンバーガーショップの店員が怪しげな目でこちらを睨んでやしないかと少し不安が…昨今は中々に敏感な方が多いですからね、やれやれ言い訳なんて通じやしない世知辛いことこの上ないがやましい事は何も無いので毅然としてメニューとにらめっこする。
「とにかく…お話は頼んでからにしましょう、私この照焼きチキンバーガーがいいです」
メニューを広げる事なく彼女は限定メニューの冊子を見てさっさと決めてしまい、俺を何か観察するかの様な眼差しをこちらにちらほらと向けている。
「あー、えっと急いで決めた方がいいとかならそうするけど?」
「大丈夫です吉川さん。急ぎの用は今日は入れていませんし親には夜まで部活と友人と遊ぶんだって言ってありますから時間はたっぷりとありますよ?」
え、なにその…うん、何も無いよな? 何にも…あまり深読みする必要はまるで無いが不思議と自分の心拍数は上がってるのだった。
発言の真意はさておき俺も何食べるか選ばないと…
それならと時間をかけて決めたのは定番のセットメニュー、小岩さんは飲み物とデザートを追加で注文する。
「吉川さん、吉川さんって休日主に何をしているんですか?」
社会人の休日なんて体と精神を精々ましな状態にするためのものでしか無いからねぇ…
「何もしてない…割と二度寝から起床すると午前中が終わっているし、用事かゲームを始めると大体一日が終わってる」
ほんとここ数ヶ月でそこへ資格の勉強さんが入り込んで来たので保てるだけの精神的安定がかなり縮小している。
「大変…ですね」
「まぁ、大人になると全然体力というか余力が無くなってな、何かを前借りし続けないとこの場からまるで動けなくなるんだ」
あくまでそんな状態になった上司と後輩を見た俺の独断と偏見でものを言っているだけ…うん、きっとそうさ。
「でもねこれをスタンダードだとは思う必要は全然無いから」
類は友を呼ぶという言葉が本当ならば俺には友達がいない方が良いのだろうなぁ…
「そんな状況をスタンダードにしないで下さい、学生の身分からいうのも何ですがそれは人として幸せになろうとしていません」
またかなりキツめの反応をされるがまぁ言いたい事は分からないでも無い。確かに努力して幸せという形も色も分からないモノに俺は手を出したかない、それに…
「幸せってのは失って気づくものなんだろうな…
俺はそれを苦労してまで得ようとは思わない、報われない事を前提として生温い当たりの不幸と不公平に腰まで浸かりたい!
…だなんて言い切れれば少しは格好も付くんだろうがそれは俺の生き方じゃないもっと恐らく他にある」
そう言えるだけの材料はない、が目標も失いかけても空で甲斐もないのではどうしょうもないじゃないか。
「…それだけのことを言えるのは少し羨ましいです、
あ、私お冷取ってきます」
良いことを言ったつもりはない、が反応がまた淡白だ。
残された俺はまたくさい台詞を言ってドン引きされたのでは…と恐る恐る俺は小岩さんからお冷を受け取った。
「おー、ありがとう、おろろ…氷まで入れてくれなくても良かったのに…うんありがとうの言い過ぎは体に良いんだぞ? 」
「ありがとうの言い過ぎ…ですか?」
「そうそう、ありがとうの言い過ぎ。、過剰摂取しちゃいけないのは何だって一緒だ。
けど一日1回くらいは誰かに言った方がいいよな?
気分が良くなる」
外気温に応じて部屋の空調は元気に暖気を吐き出していて確かに自分としては暑かった。
小岩さんの分は氷なしで俺の分は氷ありとずいぶんと行き届いた気遣いをしてくれた様でそこは礼くらい言わせ てもらおう。
「はい…そうですね…」
うっわ、反応薄っ!? 小岩さんのその…たまにある反応の薄さは何なんだ、やっぱりさっきの言い方ドン引きしてる? 調子乗って早口言葉みたいになっていた…?
まじで? それはどうしようもないなぁ…凹むわ。
小岩さんは一度深呼吸をした後でコップの水を半分近く飲み干してしまう、どうしたのそんな急に
「あ、あの…今日吉川さんをお呼び出ししたのはですね…! じ、実は私とこれから半日お付き合い願いたく思います!!」
別に断る理由が無いのともとからそのつもりでいるから二つ返事で了承した。
「うんうん、いいよ」「そうですか…やっぱり…え?」
高校生ともなれば世間話から流行、悩みに愚痴としかも女子…そりゃあ昼飯がそのまま夕飯になるのだってザラじゃない? 違う?
「あ…それならよろしくお願いします…」
意外だったのか小岩さんは少し安堵したように思えた。 きっと小岩さんだってファミレスでカラオケのフリータイムばりに、わいわいわかしましするお年頃だろうって話、その後に予定なんて入れる訳が無い。
「いやー、まさか小岩さんからお呼び出しとはまた珍しいなって感じ」
本当の事を言うと休日に予定を入れる相手はほぼいない。
「ま さ か と言われると誰か他の人から声が掛けられる心当たりがあった様に聞こえますが…それは私には関係無い話ですので言及はしません」
あの感じならTVに映ることが分かって、放映された後直ぐにあの子からコンタクトをとってくるかと思ったのだが紫紺の瞳のあの子はやるべきことがあるのだからそれが救いだろう。
「それでですね、私ととあるものを探して欲しいのです」
探しものはなんですか見つけにくいものですか? と使い古された返しはせずに俺はそれを承諾した。
どうせこの街のこともろくに知らないので戦力にはならないぞと断っておくと「それはあまり関係ないと思います」と意外な答えが帰ってきた。
「吉川さんと探したいと思っているのは形があるものというわけではないので…」
小岩さんはクスリと含みのある笑みを浮かべて俺の頭の中の疑問符を大きくしてくるのだった。
次回へ続く!!