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コラボ☆彡「軍チカン兵衛」×「恩讐の武蔵」

作者: 井川林檎

橋本ちかげさん作「軍チカン兵衛」と、「恩讐の武蔵」のコラボ企画第二弾。


圓光寺で武蔵を討ち取る機会を狙う、お通。

寺での生活も馴染み、心地よい朝を過ごしていると、そこに妙な恰好をして「ちちしりふともも」と繰り返すオヤジが現れた。


 ここ三日ほど親爺様の気配を感じない。


 晴れた朝の日差しの中、庭先で素振りをした。良い汗をかいた。

 ついさっきまで、空は夜の名残を残し、紺碧と朝焼けの色味が見事だった。いつの間にか、からりと朝である。


 ちりん。

 帰命無量寿如来 ……。


 托鉢に行く僧たちが鐘の音を立て、正信偈を唱和しながら境内を出てゆく。

 砂利を踏む音も遠ざかり、いつしか静けさが訪れた。

 

 縁から見える、開け放しの自室の隣がくさしの部屋だ。

 ここも開け放されていて、部屋の主は不在である。朝餉の前にどこに行ったのやら分からない。

 (いっそ、鼻栓を取ってしまいたいほどだ)

 切実にわたしは思う。


 おっぱい、お股などと囁いてくる親爺様がおらず、臭いのもいない。

 晴れ渡った春の空。これで鼻栓さえ取れれば完璧だが、油断できぬ。わたしは感じている。近くに、奴はいる。いつなんどき、沸いてくるか分からない。


 鼻栓なくして奴に向き合う。それは、丸腰かつ裸足寝間着姿で、関ヶ原の合戦のど真ん中にいるようなものだ。

 生きて帰れまい。


 圓光寺にいる間は、鼻栓必須。最早鼻栓は体の一部。



 

 とんとんと足音が縁を渡る。小僧が朝餉を持ってきた。

 鼻栓をしているから分からないが、温かな汁はさぞ良い匂いだろう。

 くさしの部屋の前と、わたしの部屋の前に一膳ずつ置いてゆく。

 わたしは汗をぬぐい、襷を取って縁から部屋にあがった。質素な寺の朝食である。


 ごうん、ごうん。

 寺の鐘が響き、本堂からは正信偈が漏れ聞こえる。

 厳粛な気持ちで飯を食み、汁を戴く。澄み渡った空気、やはり寺である、ここには悪霊悪鬼の類はいつかないだろう――ひょっとしたら親父殿は成仏して下さったのか。この寺の気を受けて。


 そんなことを考えていたら、いきなり目の前が白くなった。

 何が起きたのか分からない。気が付いたら、おかしな恰好をしたオヤジが、硬そうな小箱を手に、真顔でこちらを凝視している。いつの間に現れたのか、気配すら気づかなかった。縁に身を乗り上げ、今にも部屋に入ってきそうだ。


 「ちちっ。しりっ。ふとももぉおおおおおおっ」


 オヤジは唱え、また小箱を両手で持って目に当てて何か操作した。

 ぱしゃっと白い光が放たれ、目がちかちかとした。

 

 何が起きたのか分からない。

 ただ、ぞぞぞと背筋を逆撫でされたような感覚がある。ぞわぞわ。この感じは、慣れ親しんだアレだ。


 親爺様の気配である。

 確かに親爺様がいる――だけど、いつもの声がしない。


 「『恩讐の武蔵』のJKと言えばお通」


 オヤジが箱から目を離し、生真面目な顔をして言った。何の事やらわからない。

 ただ、このオヤジが命がけで信念を貫こうと、孤高の戦いに臨んでいるのは伝わる。なんとも言えない気迫が溢れている。ふんがふんが――鼻息も妙だ。


 恐ろしい程澄んだ瞳をして、オヤジは縁に上って来た。

 近づくほどに、強烈な親爺様の気配を感じる。


 「我が娘ながらお通は良い体をしていると思う。それがぴっちり隙も無い男装で、袴の尻など線が全然分からぬもったいない」

 オヤジは畳みかけるように言う。

 ふんがふんが。


 (親爺様が憑依している)

 確信した。

 

 見知らぬオヤジは、決して卑しい身分の者ではないだろう。

 なんとも言えない恰好をしているが、仕立ての良い高価な衣類に思える。それに、ただ者ではない気配だ。


 わたしは朝餉の菜っ葉を飲み下した。

 どうでも良いが、食事中である。

 



 「この火目羅カメラには念のありったけを込めているため、衣類を通した中身が映る仕掛け」

 

 オヤジはまた変なことを言った。

 喜々として、その得体のしれない小箱を撫でさすっている。目は異様に輝き、口元が若干だらしなくなった。

 

 「その色気のない男装の下の、ちちしりふとももが丸っと、この中におさまった」

 見よ、この歩羅呂井戸ポラロイドを。そうら出て来た。



 すうっと、箱から紙切れが出て来た。

 なにやら鮮やかな色彩が施されており、艶を放っている。

 ちち~しり~、アー、ふとももぉおお、ちち~しり~、エー、ふとももぉおおおん。

 オヤジは呪文のように唱えながら、ちらっとわたしを見た。何だこの目の輝きは。口からは涎が出ているように見えるが、まさか。気のせいだと思う。


 

 本堂から漏れ聞こえてくる正信偈の唱和に、庭先の小鳥のさえずりが混じる。

 ちょろちょろと小川の如く清い音まで聞こえるようだ。ちょろちょろ――いや、これは気のせいではない、確かに聞こえる。


 むはむは、ちちっしりっふとももっと、次第にまなじりを吊り上げ、鼻の穴を膨らませるオヤジを横目に、わたしはひっそりと、鼻栓をきつく押し込んだ。




 「うひょひょひょひょ、お通のちちしりふともも、うひょ」

 等と呟きながら、オヤジは箱から出て来た紙を引き抜いて、目を血走らせて覗き込もうとしていた。



 「えっ」


 間抜けな叫びが漏れる。

 唐突だったので、わたしは汁の椀を落としかけた。

 その時、がたんどたんと激しい音がした。遠くから僧たちが必死で喚く声が聞こえる。

 後生でございます、女人禁制でございます、奥方様はどうか――ああっ、ご無体な。



 じゃりじゃりと砂利を跳ね飛ばす音が近づいた。

 嵐のようだ。びしばしと庭木に石が当たっているらしい。

 オヤジは紙を覗き込んだまま、白目を剥いて様子がおかしい。口からもわもわと霊光が吹き出してきて、親爺様が怒り心頭の形相で宙に漂った。


 「いんちきとはこのこと、こんなはずでは」

 憤慨のご様子だ。


 放心状態のオヤジの手から紙が零れ、優しい風に乗ってそれはわたしの膳の側まで飛んできた。

 拾い上げて覗いてみる。なんだこれは。



 

 「数日前からご様子がおかしいと思っておりましたら、このような場所にっ」

 荒れ狂う吹雪の様な激しさを秘めた、冷たく穏やかな声がした。整然とし、品の良い女性が歩んできて、そっとオヤジの後ろに立った。麗しいまなざしが、微かに笑ったようである――何か怖い。


 砂利を跳ね飛ばす音が近づいて、ぜいぜいいいながら、侍が一人、女性に追いついた。

 「奥方様、流石にここは女人禁制です。僧共をぶっとばして飛びこんだのは良いですが、早々にここを出た方が良いかと存じます」



 善助、わかっておりますと、奥方様と呼ばれた女性は穏やかに答える。

 全体的に研ぎ澄ました感じがして、この女性、見た目の麗しさ穏やかさとは真逆のものを秘めている気がする。

 おやかた様、さ、ここは早く。

 善助は固まったままのオヤジを羽交い絞めにして、ずるずると引きずって縁から引き離した。

 

 「食事中に、失礼」

 奥方様は微笑むと会釈し、引きずられてゆくオヤジと共に庭を出ようとしたが。




 ちょろちょろちょろ。……ぶ。


 流水の音に、濁音の破裂音が混じり、やがて静謐が訪れ――戸が開く音が微かに聞こえた。厠の戸だと思われる。

 その途端に、もう部屋からは見えなくなっていたが、先ほどの見知らぬ客たちが、ぎゃっ、酷っ、すん、などと一声ずつ悲鳴をあげて、どすんばたんと倒れる気配がした。



 殿、奥方様、栗山殿ではござらぬか。ここで行き倒れとはいかなる謎か。

 くさしの陰気な声が聞こえて来た。ちょっと焦っているようだ。


 ざっざっと砂利を踏む音が近づいて、くさしがぬっと縁から顔を出した。

 朝食を食べているわたしに、

 「これより播磨城まで殿たちを送ってゆくから、しばらく留守にする」

 と、告げた。

 

 くさしの部屋の前で冷たくなってゆく朝餉を思う。

 (あれ、食べても良いんだよね)

 食べ物を粗末にはできない。


 畳の上に置いてある、例の紙切れにくさしは目を止めた。

 なんだそれはと言い、にゅうと腕を伸ばして紙を掴み取った。眉を顰めて睨みつけている。




 「骨か」

 「骨です」


 綺麗な骸骨が、畳の上で正座をし、朝食をとっている姿が映し出されている。

 実に鮮やかな絵だ。


 くさしはしばらく絵を眺めてから畳に返した。

 こんなもの、わたしもいらない。

 

 おかしな「殿」と、その「奥方様」および、家臣らしい「善助」を送り届けるために、くさしは去ってゆく。

 とりあえず自分の分の朝食をとり終え、ご馳走さまでしたと合掌したわたしの耳元で、数日ぶりに親爺様が呟いたのだった。



 「念が強すぎて、皮膚を飛び越えて骨を映してしまったらしい」

 てへ失敗。




 (何がなんだか分からん)

橋本ちかげさんサイドのコラボ作


『宮本武蔵×軍チカン兵衛』

も、大好評公開中♪


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― 新着の感想 ―
[一言] だめだ、笑えるし、エロチックだしバカだし、なんだこれ? 楽しかったので一気に読んじゃったじゃないか♪ もっと続きかなんか書きませんかね? 待ってます! でわ!
[良い点]  ふふふふ、改めて拝見しても笑いが込み上げてきます( ´∀` )b  ある意味、いんちきではなかった『透視』の箱。ちちしりふとももへの一念が岩をも通しすぎたのか…?恐らくチカン兵衛と親爺さ…
[一言]  念写が既にこの時代に行われていた!チャチャチャンチャ~! 木曜スペシ○ル風に。
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