表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
出生権  作者: タカセ
3/3

支配者の独白

 マイカ達はお父さんとお母さん二人とも好き。

 だから笑っていて欲しい。

 お父さんの前では、お父さんの良い子のマイカ。

 お母さんの前では、お母さんの良い子のマイカ

 二人は喜んでくれる。

 でもお父さんとお母さんは喧嘩ばかり。





 マイカはお父さんの子じゃなかった。

 お母さんが浮気をしていた。

 マイカをどちらが引き取るかで揉めた。

 お父さんは血が繋がらなくても良い子のマイカは私の娘だと言ってくれた。

 お母さんも良い子のマイカを引き取りたいと言ってくれた。

 マイカ達はみんなが良いのに。

 だからふたりとも嫌いになった。

 お父さんがお母さんの首を絞めた。

 お母さんが動かなくなった後、マイカの首も絞めるつもり。いっかしんじゅうっていうらしい。

 判っていたからその前にお父さんのお茶にお母さんを使ってお薬を入れておいた。

 お父さんもすぐに動かなくなった。 

 

 




 施設という所に来た。

 これからここで暮らしなさいと言われた。

 ここはみんな不機嫌。

 忙しい先生達も、乱暴な男の子も。意地悪な女の子も。

 マイカ達は仲が良いのが好き。

 先生達の好きなおとなしいマイカになる。

 男の子達の好きな可愛いマイカになる。

 女の子達の好きな素直なマイカになる。

 マイカ達の前ではみんな仲良しになる。

 でもマイカの身体は一つ。3つはまだ無理。

 男の子も、女の子もいると楽しい。

 でもマイカはマイカ達がいるから一人じゃない。いなくても困らない。

 先生達がいないとご飯が無くて困る。

 たまに来る綺麗な服を着た人たちに、みんな良い子と教えてあげる。あと先生達がお金に困ってるって。

 男の子と女の子はすぐにみんな新しいお家の子供になって幸せになった。

 お金もたくさん寄付してくれた。

 すぐに施設はマイカ一人になった。

 先生達もお休みが取れて嬉しい。

 マイカ達もご飯のおかずが増えて嬉しい。







 ちょっとやりすぎたかも。

 ここに来るとお金持ちのお家の子になれるってみんなが思ってる。

 知らないお父さんがお母さん次から次に子供を連れて来る。

 お金がない人、離れたくないから泣いてる人は良いけど、単純に邪魔に思ってる人は嫌いだ。

 そういう人はみんな子供を育てられる人にする。

 ここに来ると人が変わる。子供を大切にするようになるって噂が流れるようになった。

 TVの人たちも良い所だって取材に来た。





 

 あたしを育てたいと言う男の人が施設に来た。 

 でもこの人はあたしが良い子だから引き取りたいって嘘を言っている。

 あたしのお母さんのほうのおばあちゃんの家系には、広域精神感応干渉能力者が出てあたしがそれじゃないかって考えてる。

 あまりにこの養護施設だけ養子縁組が多すぎて、あたしの存在に気づいたみたい。

 よく分からないけどあたしは普通じゃないようだ。気づいてたけど。

 あたしがまだ小っちゃいから強い力を持ってない。

 だから簡単にだませるって考えている。

 ろくでもない人。あたしのような子を何人も集めて脳を調べてる。

 あたし達は嘘をつかれるのが嫌い。

 あたし達は普通の子だと教えてあげる。

 この人の上の人も、理由をつけて呼び寄せて、教えてあげる。

 それとあと2ヶ月したらみんな死んじゃえと書き込んでおく。

 こうすればあたしの仕業だと思われない。あたしって頭良い。

 

 






  

 また新しく引き取りたいって人が来た。

 今度の人は遠縁の元お医者さんでお金持ち。

 優しそうだけど怖い人。

 お世話になった先生達は全員をお礼に幸せにしたから最近つまんない。

 施設より面白そう。

 でもなんか暗いよ。不幸そうだよ。

 あたし達がいれば明るくなるよ。幸せになるよ。

 あたしじゃないあたし達はここに飽きているようだ。

 でもあたしとしては反対。大元のあたしは他のあたしより力が強い。だから判る。

 だけどげんしゅくな話し合いの結果、多数決で負けてついてく事になった。

 あたしは6才になっていた。






 あたしの中にまた一人増えた。新しいお父さんを大好きになったあたしだ。

 新しいあたしの力は強い。

 他のあたしは全員閉じ込められた。

 大元のあたしも閉じ込めたいみたいだけど苦労してる。

 まぁいいや。身体の主導権を譲ってみる。それもまた面白そう。







 オリジナルのあたし。

 長谷川舞香は歪んでいる。狂っている。

 新しいお父様は優しくて孤独な人。誰にも理解して貰えないと心の奥底で嘆いている。

 あたしは感応干渉能力者。

 好きな人を知るなんて簡単な事。

 好きな人に合わせて自分を変えるなんて造作もない。

 孤独なお父様を理解出来る存在になればいい。

 そうすればお父様はあたしだけを好きになって、世界で唯一あたしだけを愛してくれる。

 あたし達じゃない。

 あたしだけ。

 世界で唯一あたしだけへの愛。

 あたしの力の源は好きな人を思う事。

 好きな人を知る事。

 好きな人にとってかけがえのない物になる事。

 オリジナルだってお父様の事が好きだ。

 優しい人だと思っている。知っている

 それなのにお父様を助けてあげようとしない。

 ただ世の中を面白そう。つまらなそうの二つでしかみない。動かない。

 あたしがお父様を絶対に助けてみせる。






 う~んよくない傾向。

 強い愛は良いけど、強すぎる愛はよくない。

 相手を全肯定するのはあたし達にはあまりよくない。 

 新しいお父さんはまぁいい人なんだろうけど危ういバランス。下手に手を出さない方が良い。

 でも今のあたしはどうしても助けたいみたいだ。

 まぁ好きにやらせてあげよう。何か起きてもあたしが何とかしよう。

 あたしが好きなのはあたし達。

 あたし達に対する愛があたしの力の源。

 これさえあれば世界くらい変えてみせるのも余裕だ。




 


 お父様は凄い。こんなにも強い思いをずっと我慢していたなんて。

 あたしだったら無理だ、とっくに思いのまま生きている。

 でもお父様は耐えている。

 ずっと耐えてきた。

 昔のお父様は立派なお医者様だった。

 何人もの人を助けてきた名医だった。

 でもお父様の本質は殺人鬼。

 人を殺したい。

 切り刻みたいと思ってる。

 だけど良心が許さない。

 人殺しはダメだと訴えている。

 だから医師になったのに。

 助からない患者、助けられなかった患者を自分が殺したと思い込む事で満足していたのに。

 それなのに同僚の医療ミスの責任を取らされたお父様は、ささやかな幸せすらも奪われてしまった。

 お金だけはある。

 でも満たされない可哀想なお父様。満たせぬ願望で苦しんでいる。

 あたしを引き取ったのも平穏な暮らしをして、自分が殺人を犯さなくても済む人間だと思い込む為。

 苦しまなくても良いようにあたしが手助けしてあげます。

 願望を満たしてもお父様が傷つかない方法を叶えて差し上げます。






 お父様に囁く。

 少しずつ。

 少しずつ。

 ねぇお父様。困っている人を助けるのは良い事でしょ。

 これから先の将来をある人の手助けをするのは良い事でしょ。

 お金が無くて育てられない。

 遊ぶ時間が欲しくて世話もみられない。

 いろんな理由があって子供を虐めてしまう親たちがいるでしょ。

 あたしはあそこでたくさんみてきました。

 だからね……親である人も助けて、可哀想な子供も助けられる良い事なんですよ。

 この世に生まれるのを、少し、少し待ってもらうだけなんですよ。

 お母さんのお腹の中にいるうちに刈り取ってしまいましょう。

 ねぇお母さんも子供もお父様だって嬉しい…………誰も困らないでしょ。






 

 うん。我ながら引く。どん引きだ。

 お父さんには悪魔の囁きだろう。

 お父さんはすぐに堕ちる。

 だってあたしは感応干渉者。

 あたしじゃないあたしはそれが本当にお父さんの為だと思っている。

 だからお父さんもあたしに引きずられて、それが正しいと思い込む。

 まぁ……ね。たしかに生まれない方が幸せだったって子もいるにはいるけど。あたしもその類ぽいし。

 今は結構おとなしくしてるけど悪魔っぽい別のあたしを何人も量産してるのが何よりの証拠だ。





 

 

 小学校が終わったらすぐに駅へと行く。

 あたしは駅が好きだ。

 駅は人の集まる場所。流れる場所。いろんな情報が入る場所。

 精神の幼い子供達に混じって勉強をするよりずっと世の中の事を知る事ができる。

 それに一週間に一人、二人は見つかる。

 お腹に子供がいる人。

 でも嬉しくない。

 お金もない。

 どうして良いのか判らない。

 だから囁く。

 助けてあげる。

 お金もいらないよ。

 ただしお願いがいくつかあるの。

 誰にも言わない。電話番号も、場所も全て忘れて。

 同じように困っている人がいたら、その時にだけ思い出してあたしの事……







 お父様が安らぎを覚え始めた。

 お父様が喜んでくれる。

 お父様はあたしを良い子だと褒めてくださる。嬉しい。

 






 ん~ちょっとやり過ぎ。

 なんか怪談サイトの都市伝説になりかけている。

 新宿駅に現れる黒い服の小っちゃな女の子に話しかけられるとお腹の子供がいなくなるって。

 どうもあたしじゃないあたしは詰めが甘い。

 自分の情報を消すなら当事者だけでなく、その周囲の目撃者の記憶も干渉で消しておかないと。

 でもお父さんに喜んで貰えて満足しているのか、そこまで気が回ってない。

 あんまり目立つのは好きじゃない。へんなの寄ってきても困るし。

 しょうがないからたまに主導権をあたしがとって、広域干渉でいろんな噂話、与太話を流して記憶を埋めていく。

 でもお父さん本人がそろそろきつい。

 壊れる寸前ってあたしじゃないあたしが気づいてれば良いんだけど。







 最近お父様がおかしい。

 以前よりも満足なさらなくなってきた。

 数が足りない? 

 なら増やせばいい。

 駅で見かけた男女に次々に関係をもたせよう。

 感情なんて操るのは簡単。

 これでどんどん望まれない子ができていく。

 お父様は人助けの人殺しをたくさんやれる。

 もっと……喜んでお父様。







 うん。無理。完全に壊れた。

 強いね~愛が。強すぎて逝っちゃった。

 あたしは感応干渉能力者。

 人の心が判り、操れる。

 でもあたしもまた好きな人の心につられる。

 それが良い方向に向かっているときは良いけど、悪い方向は最悪。

 引きずられたあたしの思いがその人をまた深みへと引きずり込む。

 お互いの両足にロープと重りを括り付けて泥沼の中を藻掻くような物。







 あぁ……やっと、やっとお父様を理解出来た。

 お父様にとって殺す事は愛する事。

 殺さないと愛せない。

 だけど有象無象に分け与えていても心は震えない。愛は強ければ強いほど良い。

 お父様にとって今一番大切な物。愛する物はあたし。

 あたしは願う。あたしは思う。お父様を幸せにしたいと。お父様を喜ばせたいと。






 ん。今日はお赤飯。

 早い成長は喜んで良いのか悪いのか。

 ……まだ10才だっての。

 あたしじゃないあたしの思いは、いよいよあたしの身体にまで影響を与えるほどに強くなってきた。

 このままいくと破滅ぽい。

 まぁそれもまた面白いかな。

 それにしてもいくらお父さんが最後の理性で拒むの判ってるからって、お隣のおじさんでいいやって……

 お隣の平和な家庭を壊すって事もあるし、乙女としてどうなのよ。







 さぁお父様喜んでください。

 お父様の大切なあたしに。あたしに宿った物をお父様の手で摘み取ってください。






 うわ~ほんとにやりやがったよこのマジ○○あたし。

 お父さんも泣きながらも笑ってるよ。喜んでるよ。

 いやまぁ喜んでくれるのはいいけど、気づいてるのかなあたしじゃないあたしは?

 お父さんの最後の理性を完全に壊したって事。

 とりあえずお隣のおじさん夫婦+がきんちょには平穏無事な暮らしをってことで、あたしの最終手段広域干渉を実行。

 おじさんの記憶を消してついでに半径10キロ圏内に住む人の認識を全て変更。

 お隣は元々空き家って事にして、お隣様にはもうちょっと良い物件にお引っ越ししてもらった。

 あたしじゃないあたしも、お父さんも気づかない。

 …………ん~あたし名義になるようにこつこつと干渉して手に入れただけに惜しい事をしたとちょっと後悔。

 あとお隣のおばさんのお菓子が食べられなくなったのはすごい残念。







 オリジナルが何かを仕掛けてきた。

 でもあたしにはそれが何か判らない。考えられないように気づけないようにオリジナルが遮断している。

 忌々しい……お父様をあたしから奪うつもりだ。

 許さない。

 絶対に許さない。

 オリジナルに勝る為にもっと強い愛を手に入れてやる。

 愛。愛さえあればあたしがオリジナルになれる。

 






 なんかあたしじゃないあたしは見当違いの恨み言をしている。

 いやいやリストカットしても痛いのあんただから。

 全く。主導権を握らせなければ良かったかと思いつつも、そんな一途な所が可愛い。

 やっぱりあたしが一番好きなのはあたしだ。

 あたしはこの宇宙で一番あたしが好きだ。

 だからあたしがあたしを守ってあげよう。

 ……ナルシストかあたしは。







 お父様に愛される。深く深く愛される。

 愛が形になる。

 その愛をお父様が摘む。

 お父様へのあたしの愛の贈り物だ。

 そしてまた深く深く愛される。

 愛は強まっていく。

 オリジナルが入り込む隙間なんて与えない。消し去ってやる。







 鱈も捨てがたいけど冬はやっぱり蟹かな。

 カニ鍋、カニスキ、カニの炙り焼き。

 でもカニとかエビって殻が固くてあたしの力じゃ割れないんだよね~。

 まぁしょせんあたしは感応の影響でどんだけ精神的にませていても、身体は11才のか弱い乙……元乙女。

 あたしじゃないあたし。そこの所は判ってる?

 そんな無茶は長く続かないよ。







 お父様が悲しんでいる!

 泣いている! 

 あたしを壊したと泣いている!

 違う! 違う! そうじゃない! あたしには判る! 

 お父様は残念がっている! 二度とあたしからは摘み取れないと!

 だけどすぐ気づく! 畑を変えればいいだけ! お父様に捨てられる!










 絶望して死ぬのは良いけどさぁ、人様の迷惑を考えようよ。あたしじゃないあたし。

 朝ラッシュ時の新宿駅電車ダイブはないわ。

 お疲れ気味のサラリーマンやらOLのお姉さん。学生のお兄さん、お姉さんがどんだけいると思ってんのよ。

 会社や学校に遅れるっての。

 まぁ……結局それどころじゃない騒ぎになってるけどさぁ。

 にしてもあんたの愛って凄いねぇ。

 最後の最後であたしの広域干渉の最大範囲半径10キロに並んだよ。

 10キロ圏内の人、ぜーんぶあんたに釣られて死んじゃったみたい。

 死んじゃった人って何万人とかですむのかな?

 まぁ……あたし達じゃないからどうでもいいけど。

 でも安心しなさいあたし。

 長谷川舞香じゃないあたし。

 あたしの奥底に沈んで泣いて喚いて絶望している霧島舞香。

 あんたの一番大切なお父様。霧島奏太はあたしの中にいる。

 どうも干渉範囲にいて死んだ人達の魂ぽい物をあたしは吸収したみたいだ。

 んでもってついでに生命として一ランク上がったみたい。

 電車にひかれてばらばらになった身体が自然再生したのも納得……できるわけないっての。

 ただどうもあたしは死ねない存在になったみたいだって感覚が訴えている。

 神様? 

 悪魔? 

 どっちなんだか。

 なんにしろ。長い間生きるならそのうちあんたとあんたの大切な人をこの世界に蘇らせる方法も思いつくでしょ。

 その時はもうちっとまともな恋愛させてあげるわよ。















「それであれのどこがまともだと言うんですか貴女は?」



「だからあんたらの出会いを最初からなぞっただけだって。お父さんの殺人願望を抜きにして、ちょっと記憶やら設定いじって、あとお父さんは孤独にしないといけないから千年ばかし放置してみたけど」



「…………」



「怖い目しないでよ。大丈夫だって気をつけてみてたし。完全に殺人願望が抜けたらすぐにあんたを送ったんだって。でもまさかそしたら毒蛾みたいなあんたが純情可憐な蝶になって、落とすのに7年も掛かるとは思わなかったけどさぁ。みてるこっちが苛立ってきたっての」



「……話しても無駄のようですね」



 あたしじゃないあたし。

 マイカ・キリシマが冷たい目を浮かべながら手を差しだしてきた。

 お~握手か。言葉と目つきとは裏腹に好意的だ。

 あんなに仲が悪かった。というかあたしを嫌ってたのに。

 人間って年をくうと丸くなるってほんとだなと思い手を差しだした。

 そして手ひどく払われた。

 んだ。この年増巨乳め。人間年齢を重ねる毎に捻くれるってのは、ほんとだと改めて思う。



「誰が年増ですか」     



 さすがは感応能力持ち同士。話は早いけど聞こえて欲しくない事まで聞かれてしまう。

キリシマが改めて手を差しだしてきた。



「……返してください。カナタさんとあたしの赤ちゃん」



 せっかちな奴。

 ただちょっと泣きそうになっているのはそそられる。

 ん。あたしはやっぱりあたしが好きだ。

 でもそんなかわいいあたしじゃないあたしに意地悪するのも好きだ。

 あたしは二人分の生体情報が入ったチップを掲げながらあくどい笑みを浮かべる。



「ふふふ。貴様の旦那と子供は預かった。返して欲しくば」



「ふぅ……協力しますよ。侵略戦争だか惑星改造だか知りませんが」



 うぁ余裕ありげな溜息であたしの言葉を止めやがった。

 子供の遊びには付き合っていられないとも言いたげだ。

 しかもあっさり承諾しやがったし。

 なんだ年の差か? 

 待てあたしはこれでも数万年生きてるぞ。

 昔はもっとこうどぎつい毒婦少女って感じだったのに、なんだその良いお母さんオーラは。

 くそ乳がでかいからって図に乗って。

 あたしの癖に生意気な乳だ。

 こんな事なら殺人願望の代わりに巨美乳願望をお父さんにつけるんじゃなかった。

 見事に育っているあたり、お父さんの願望の根の深さがよくわかる。



「なるほどカナタさんのあの性癖は貴女の干渉ですか。死にたいのですか。それとも死にますか?」



「うわ……千年の恋も冷めるってそういう表情なんだ」



 前言撤回。どんなに表面上が穏やかになっても根っこは変わらない。

 こいつはあたしじゃないあたしの中でも一番やばい奴。キリシマで間違いない。

 生まれ変わらせたお父さん。

 カナタ・キリシマが殺人願望抜きで穏やかだから、つられて一緒におとなしくなってたけど、記憶を取り戻したら元に戻ってやがる。



「カナタさんには見せません。それにお父様とカナタさんは違う人です」



 再び前言撤回。少しは毒が薄れてる。

 大スズメバチがキイロスズメバチに変化したくらいだろうけど。

 まぁなにかしらキリシマなりに思うところはあるんだろう。



「なんか吹っ切れてるわねあんた。はいこれ。でもすぐに再生は無理だかんね」 



 あたしがチップを渡してやると、キリシマは胸に愛おしそうに抱きしめた。

 なんか調子が狂う。

 こいつはお父さんが喜んでくれるなら、自分自身の子供すらも平気で差し出す真性の狂人だったのに。



「それとお父さんが亡くなってからの一年。あんたがちっとも記憶を取り戻さないから、あたしがあんたを追い詰めた」



「……判ってます。でもあれは私の弱さと罪です。貴女には関係ありません。それにオリジナルである貴女があたしに対して手段を選ばなかった段階で、他に手がなかったのも判っています」



 本来マイカ・キリシマは、お父さんカナタ・キリシマの愛を感じたもっと速い段階で目を覚ます予定だった。

 なのにこの女。いくら感応干渉能力封印したからって脳みそお花畑でお父さんとラブコメやりやがるわ。

 いなくなったらいなくなったで、うじうじぐだぐだ引き摺って悲劇のヒロイン気取りだわ……本性知ってるあたしからすればふざけんなと、何度やけ食いさせられる羽目になった事やら。

 仕込みに掛かった千年は計算範囲内だったけど、その後の13年と+1年は本気で予想外。

 当初のあたしはこの○○○○なら出会って2、3日で物にすると思ってたぐらいだ。

 キリシマがいちゃいちゃあまあまな生活に浸ってる間に、あたしは余裕がいよいよなくなって、しかたなく無理矢理たたき起こす事にした。

 子供の生体情報をあたしの管理下に置くついでに取り上げてみたり、どぎつい体験させてみたんだけど、まだ目を覚まさない。

 間に合いそうもないんで地球人類まとめて終了かなと思った矢先に、ようやく目を覚ましてくれた。

 しかもあたしの関係ないところと手段で……なんだったんだあたしの苦労は。



「それであたしの役割はなんでしょうか? あまり余裕がないんですよね。基本情報は受け取っていますが細かいところも教えてくださるかしら」



 あたしの苦悩の日々に興味ないのかキリシマが冷めた目を浮かべている。

 あたしの愚痴ぐらいきけっての。 

 でも余裕がないのは確か。

 あたしは今の状況を詳細に思い浮かべる。

 情報量が多いときは話すよりもこっちの方が速い。

 だましだまし調整しながら使っている地球の現状。

 何とか完成のめどがついた火星改造計画の進捗具合。

 かと思った矢先に侵略してきやがった軟体生物なエイリアン野郎。

 くそ。隣の檻にいた縁で助けてやったのに恩を仇で返しやがって。



「貴女が逃げる為の囮にしたって言うんですそういうのは……それで地球の場所を知られた上に、貴女の性格と能力から危険な種族だと判断されて星間戦争勃発。8割がた貴女の責任ですね」



「言われなくても判ってるっての……だから自他共に認める地球一の面白生物のあたしがおとなしく生体ユニット群の基幹システムなんてやってんのよ。ともかく今の現状だと処理することが多すぎて既存ユニット数で追いつかなくなってんの」



 あたしの有する感応干渉能力を応用して、それぞれ独立した生体ユニットへと注入したナノマシンとの生機併用仕様コンピューターとし、それらを並列して繋げ膨大な処理能力と演算速度を叩き出すシステム。

 それが地球圏統合コンピューター『舞香・長谷川』通称『M・H』の正体。

 この能力を持って地球、火星、小惑星帯防衛圏に分布したナノマシン群をあたしが一元管理して、地球環境保全、火星改造、宇宙戦争をおこなっている。

 まぁこれがかなりド外道なシステムで、基幹であるあたしが感応する為には生体ユニットに人間ぽい活動をさせなければいけない。

 だから本人達は普通の人生を歩んでいるように思い込ませるため干渉したうえに、無断で脳機能の一部を拝借してたりする。

 その上酷使された生体ユニットは2、3年で劣化するんで次々に入れ替えしなければならないときたもんだ。

 まぁそれを彼等には飽きたから、体を変えたって思わせてるけど。

 


「でもあたしとあたし達の感応干渉能力も限界まで使ってるからこれ以上増やせない。だからもうちょっと寝かせとくつもりだったあんたを起こしたのよ。あたしじゃないあたしの中で、唯一大元たるあたしに匹敵する感応干渉能力を持つ、禍々しく歪んでいる癖にどこまでも一途に一人の男を求める強い愛をもってる霧島舞香を。あんたがいれば生体ユニットを一気に増産しても管理出来るからね」



「お任せください。百万でも二百万でも」 



「また大きく出たわね……そんだけの権利が出たらお父さんを笑う奴が出るかもね。あと少し待っていれば良かったのにタイミングの悪い奴って」



「かまいませんよ。何を言われてもカナタさんからの愛は変わりませんから。それにカナタさんと子供の為に働いてもらうんです。使い潰れるまで……ですから恨みません。出生権。お好きなだけ出してください」

 

 

 あたしじゃないあたしは薄く笑みを浮かべた。

 うん。やっぱり怖いねこいつ。大切な人の為なら何でもやるタイプ。

 つまりあたしその物だ。  

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ