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出生権  作者: タカセ
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夫の日記

 3月8日


『子供がほしい……貴方の』



 夕食後に思い詰めた顔でそう告げてきた妻の言葉が気に掛かる。

 他の者の言葉ならば、気を違えたと判断し精神調整行きを進めるか、性質の悪い下手な冗談だと冷笑で答えただろう。

 しかし妻の場合は違う。彼女は本気で望んでいる。

 出会ってから保護者として7年。恋人として3年。そして夫として1年。

 計13年間の関係は、彼女のその言葉の強さを嫌でも感じさせた。

 しかし数百年前なら辛うじて大金を積めば出生権を手に入れる事もできたが、今の時代では不可能と言わざる得ない。

 その事を説明し理解を示してくれたが、それでも譲れない物があるようだ。

 ……明日。資料を提示し改めて説得してみよう。




 3月9日




 人類調整法設立の意義。

 生存可能数と地球環境保全。そして文明科学レベル維持のバランス。

 記憶の保管、複写、肉体の再構成及び変更による偽りなき不老不死を手にした人類の歴史。

 基本常識が載った冊子。当時の世論と情勢を伝えるニュース記録。専門機関による高度な予想レポート。

 いくつもの資料と私自身の知識と考えを元に、『子供は諦めなさい。異常者扱いされるよ』と妻を説得してみたが失敗に終わる。  

 投げつけられた情報端末が当たった額が痛む。

 傷も痛みも家庭用ナノですぐに消去可能であるが、妻が感じている心の痛みを少しでも感じられればと思いこのままにしておく。




 3月16日



 最初の説得から一週間が過ぎた。

 その間に何度も話し合いの場を持ったが妻の態度はさらに硬化。交わす言葉が極端に減る。

 文献にある夫婦喧嘩という物だろうか?

 過去の妻達とは意見の相違があれば一般常識としてその場で離婚してきたためにここまでの諍いは発生しなかった。

 初めての経験に困惑を覚えるが、同時に新鮮さを感じる。

 やはり彼女は特別だ。失いたくはない。

 だが子供を産む権利。出生権の取得は不可能なことも変わらない。

 子供を望む彼女の気持ちに少しでも答えられる方法を模索しよう。




 4月1日



 この二週間。妻を宥め賺し機嫌を取りつつも真摯に接してきた事が功を奏したのか、夫婦関係の大幅な修復ができた。

 時期も頃合いだろう。明日旧友の一人であり、妻とも仲のよいシンカを家に招こうと思う。

 ようやく彼女の望みを叶えてあげる事ができる。




 4月2日



 今の人生と容姿に飽きを感じているのでそろそろ年齢調整をして幼児からはじめると語っていたシンカに頼み込んで、乳幼児として年齢調整をしてもらい私たち夫婦の養子に迎える。

 妻の気持ちに答えようとした私の計画だったが、話の途中で妻が泣きじゃくりはじめ失敗に終わる。


 判ってない。 


 変態。


 私たちを罵倒する言葉の中に混じる妻の本音を拾い出してみると年齢調整と精神調整によって疑似親子関係を作るというごくありふれた関係ではなく、あくまでも実現不可能な私と彼女の遺伝子を持った子供を生み育てたいと言う事なのだろう。

 こちらから無理を頼み込んだ身でありながら、シンカとの養子の話は断ることにした。

 シンカには悪い事をしたと思い謝罪したが、



『これだけ愛されてるんだから大事にしてやれ』



 と気分のよい笑顔で返してきた。

 職業、年齢、性別をその時の気分でころころと変えるシンカではあるが、その友情は変わらない事に改めて感謝する。



『あの巨乳に合法的に吸い付ける権利を無くしたのだけは惜しいぜ』



 だがシンカの残念そうに呟いた言葉には異議を唱えたい。

 妻はただの巨乳なのではない。

 大きいが形も整っている。つまりは美乳。

 日々の食事と運動に気を使い、下着のメーカと型番は常に最上最適の物を選んできた。

 ありとあらゆる物にこだわり抜き、成長期を迎えていた妻を育てた私の努力の成果である。

 調整によるお気軽形成ではなく、やはり天然に育てた乳房の持つ……





 日記の口頭記録中に妻に聞かれた事は私の一生の不覚である。

 思わず言葉に力が入り永久保存指定にしたせいもあってか、妻の説教は3時間にも及んだ。



『普段は真面目一辺倒なのに、おじ様は何で時々変態なの』



 私を昔の呼び方で呼びながら泣きながら説教をする妻の言葉は身に刺さる思いであった。

 日に二度も泣かせてしまった事を深く反省する。




 4月24日



 やっと寝室への入室許可が降りる。

 ずっと不機嫌であった妻の機嫌が、一転して上機嫌になった理由は定かではない。

 理由はともあれ、リビングのソファーで寝るのも悪くはないがこう毎日では身体に堪えていたので助かる。

 何より寝ている私の横に、妻がいないのは違和感がある。

 どうも私は彼女無しでは生きていけない者になりつつあるようだ。

 だがそれは私にとっては喜ばしい事だ。

 この世に生を受けて千年ほど経つが、彼女ほど大切にしたい存在は、今ままでも、そしてこれから二度と無いと断言出来る。




 4月25日



 妻は今日も一日中機嫌がよく、暇を見つけては甘えてきた。

 妻が上機嫌となった理由が判明した。

 どうやら私が寝室を追い出されている間に、妻に私の日記へのアクセスコードを知られたらしい。

 あの日記には私の特殊的な趣味思考の表れの一部も記録してあるが、それ以外の事は日常のささやかな事柄を記録している。

 そこには妻へむけた思いも書き綴ってある。

 偽りなき本心を記してはあるが人に……それも思いをむける当人に読まれてしまったのは気恥ずかしすぎる。




 さて私はこれより入浴してくる。

 その間に君には2つの選択肢を提示しよう。

 夫婦間にも守るべきプライバシーはあると夫として叱るべきか。

 それとも元保護者として人の日記を勝手に盗み読む悪戯娘を叱るべきか。

 好きな方を選ぶように。

 なお明日以降はアクセスコードを変更するので君はこの日記読む事はできなくなるが、ここに記した思いを君が望むならいつでも囁こう。

 気恥ずかしくはあるが、君が喜んでくれるならそれは私にとっても喜ばしい事だ。






 6月14日



 妻と不仲になりかけたあの告白から数ヶ月が過ぎた。

 いろいろあったが結果的には、以前よりも良好な関係を築いたと言える。

 妻が私に子供が欲しがる素振りを見せる事もない。

 しかし妻の心の奥底では、私との子供を望む願望が残っているのだろう。

 今は良くてもこれが積もり積もって、妻の心身が崩壊しないかと懸念する。

 なぜ彼女はそんなに子供を望むのであろうか?

 管理限界人口が飽和し500年以上経つ。

 最後に新たな出生児が生まれたのも既に80年ほど前。

 死後の世界の存在を立証すると自ら死を選んだ狂科学者数人分の生存権利枠。いわゆる出生権が空いたときの騒ぎは、今でも記憶に残る。

 だがその時に生まれたもっとも新しい人達も、最初の数年はその成長過程を詳しく報道されていたが、今では大衆に溶け込んでしまい騒がれる事もない。

 子供が欲しいと望むというのは、誰かに死んでくれと言うのと同義だ。

 精神調整技術が未熟であった時代は、長き時に耐えられない者や他者との関係で精神を病み、自ら死を望む者も珍しくはなかった。

 しかし今は誰もが気軽に己の容姿や生き方、心の在り方を変えて、永遠に逃れないと思われていた死から脱却している。

 気ままに人生を謳歌している人々から死を望む者が表れる事は、これからも有り得ないだろうと予想する学者もいるし、地球圏管理コンピュータ『M・H』も同様の未来予測をしている。

 あえてもう一度記そう。

 他者の生を望む事は、他者の死を望む事と同義である。

 私の妻はお人好しでのんびりしていて優しい。

 そんな彼女が、私との子を求めるあまり、他者の死を望むとは思えない。そして思いたくない。

 もし妻がそういう思考の持ち主であるのならどうすればいい?

 誰かに尋ねたとしても、思考調整によって変えてしまえばよいと至極真っ当な返答が返ってくるだろう。

 私も基本的にはそれが良いとは思う。

 だが妻の場合はそれは選んではいけないと心のどこかで否定の答えが浮かぶ。

 何がダメなのか、なぜいけないのか。言葉では説明出来ない。

 もし思考調整をおこなえば妻は変わってしまう。そして一生取り戻せなくなるという確信が胸の中にある。


 私は妻の事を知ろう。

 子供が欲しいと、異常な事を思うようになった切っ掛け。

 私と出会う前の妻の人生を探ろうと思う。

 いくら妻とはいえ、自分以外の者である事に変わりない。

 他者の過去を本人の了解もなく調べるのは最大の禁忌である。

 だが私は犯そう。

 彼女を失いたくない。変えたくない。

 それが私のもっとも望む事なのだから。





 7月1日



 合法、グレーゾーン、そしてダークサイド。

 持てるコネを全て駆使して妻の過去を調査しているが全く成果が無い。

 管理コンピューター『M・H』による情報管理の堅牢さを思い知らされる。

 もっともそれ以外の収穫がないわけではない。

 私が知る権利を持つ、私が妻と出会ってからの記録だけは良く集まる。

 懐かしく大切な思い出ばかりだ。

 特に妻との最初の出会いは今でもすぐに思い出せるほどに鮮明だ。

 私はその日、仕事に熱が入り深夜まで一人オフィスに残って仕事をしていた。

 そこへ泣きわめく少女が、今の私の妻が迷い込んできた。

 現実感の乏しい脈絡の入り乱れた言葉を発する少女を見て、私はすぐに1つの症状を思い出した。

 仮想現実をよりリアルに楽しむ為に深い深度でアクセスしていた者が仮想と現実が混ざり合い一時的な記憶の混濁を招くことがあり、その症状をバーチャル中毒と呼ぶ。

 妻はその手合いの者だと考えていたのだ。

 バーチャル中毒ならば一晩経てば記憶の混濁は収まる。救急要請するほどの事でもない。

 むしろ呼ぶのはまずい。

 外見年齢がまだ10代前半とおぼしき女性と深夜に二人きり。しかも相手はバーチャル中毒。

 いかがわしい事をしていたと思われかねないと判断し、部屋に連れて帰ったのがそもそもの始まりだった。

 だが記憶の混濁が予想以上に長く続き、落ち着くまではと仕方なく共同生活を送っているうちに離れられなくなった。

 もっともまさかその少女を妻とする日がこようとは当時は考えても…… 

 まて!?

 今何かがよぎった。

 あの時妻はなんと言っていた!?







『ここどこ!? あたし死んだはずなのに!?』



 オフィスの警備記録にアクセスし拾い上げた少女と呼べる頃の妻の泣き声は確かにそう告げていた。

 ひょっとして……いや有り得ない。 

 肉体的に死んだものが蘇る? それとも魂が継承され生まれ変わる? 

 両者とも科学の進歩によって完全否定された事柄である。

 ある1つの推測が頭の中に浮かぶ。

 薄気味悪い悪寒を覚え冷や汗が背中を伝わって背中を冷やす……しかし今は忘れよう。

 ベットであどけない寝顔を晒す妻を見れば忘れられる。

 彼女が何者であろうと、私の愛する人である事は変わらない。





 7月7日 



 我が家で恒例となったパーティに友人知人が集まる。

 どういうわけか私の関係者には暇と口実を見つけては飲み食いを楽しむ者が多く、大いに盛り上がるのは良いが料理を作る私の苦労も少しは考えて欲しい。


 我が家で毎年この日に人が集まるようになった切っ掛けは12年前に遡る。

 その頃の妻は奇妙な共同生活に慣れはじめてきていたが、私に対する遠慮があったのか、あれが欲しい、これが欲しいとねだる事もなかった。

 それを少し寂しいと思っていたある日。将来妻となる少女が竹、それもまだ若い笹が欲しいと頼んできた。

 室内で育てるには竹など不向きと言うか不可能。また妙な物をと思い詳しく聞いてみると、笹の葉に願い事を書いた札を吊すのだとこれまた予想外の答えが返ってきた。

 だがせっかくの少女の頼みを却下する理由など無かった私は即諾した。

 せっかくだからと奮発し合成物ではなく非常に高額ではあったが天然物の竹を取り寄せ二人で願い事を吊した。

 庭に飾った笹竹と星を見ながらささやかながらも楽しい小宴であった。

 もっとも次の年からは妻から話を聞いたシンカを初めとする悪友共が訪れ、大宴会となる事になったのだが。

 ちなみに最初の年から私の願い事も妻の願い事も変わっていない。



 今の生活がずっと送れますように。



 私自身の願い。そして妻の願い。

 それを叶える為に私は妻を知ろう。

 妻がはじめたこの風習は一体何が元なのか。

 心にあった仮説を元に設定した自動検索の結果が判明するのが、楽しみでもあり怖くもある。





 7月10日



 『タナバタ』

 我が家で毎年おこなわれるパーティの正式名がようやく判明した。

 その発祥は人類の黎明期にまで遡るそうだ。

 しかし笹の葉に短冊を吊す習慣は、極限られた地域の極限られた期間に限定されていた。 風習のあった地域は偶然。それとも必然と言うべきか、今私達が居住する地域極東区。旧名『日本』

 期間は笹に願いを吊すという風習が発祥した江戸時代から、全動植物取引管理法制定までの約600年。

 現在の人類史から見れば極々短い期間でしかない。

  太古の風習。それもここまで時間の掛かるマイナーな事を妻はなぜ知っていたのか?



 ……私の中で仮説がより現実味を増している。





 8月22日



 妻と同肉体年齢、同性となったシンカが、女同士の付き合いと称して妻を連れ去り4日ほど温泉旅行へと出かけしまった。

 妻も楽しみにしていた様子なので笑顔で送り出す。

 久しぶりの純粋な意味での一人での4日間。

 まだ初日だというのにすで寂しさを覚えている辺り、自分が情けない。


 結局の処、妻の過去は一切が判らなかった。

 妻に聞けばいいのではないか。

 安易な誘惑に駆られそうになる。

 だがその理由が、妻が子供をほしがる理由を知り、何とか諦めさせる方法がないか探っている等、口が裂けても言えない。

 もし彼女が知れば怒るだろうか。悲しむだろうか。

 ……全く最近の私はどうかしている。

 ここ二ヶ月ほど私の脳裏に巣くっていた仮説も冷静に考えてみれば、否定する要素は腐るほどあった。



『私の妻は過去の世界の住人ではないのか?』



 まだ男女が出会い子を育む事が当たり前に思われていた時代から、何らかの要因でこの時代へと訪れてしまったのではないか。

 だからその当時の当たり前の思考として、夫婦の幸せの形。

 子供を望んでいるのではないかと。

 そんな馬鹿げた事を真面目に考えていた。

 転生などという物は否定されている。

 時間跳躍は理論だけはできているが実際に時間を自由に行き来出来る技術など、科学技術の進化が止まり停滞したこの世界では夢のまた夢。

 もちろんそんな物が不老不死すら成し遂げる前の過去に存在するはずがない。

 第一だ。

 アクセスする権利を私は持ち合わせてはいないが、妻の個人登録が地球圏管理コンピューター『M・H』に存在しているはずだ。

 私が提出した妻との婚姻届が一切の問題なく受理された事が何よりの証拠だ。

 過去から訪れた人間の戸籍や個人情報が登録されているわけが無い。

 そうなると一番あり得るのは、妻がいまだにバーチャル中毒の影響を受けている可能性だろうか。

 妻の気持ちを知る為には、妻が使ったソフトを調べてみるべきか?。

 いくつか条件をつけて検索を開始してみよう。






 8月23日



 予想以上に速く検索の結果がでた。

 星の数ほどある仮想現実体験ソフトの中から絞り込まれたのはたった一つ。聞いた事もないメーカーの安易なタイトルの不正規作品であった。


 『少女の一生』

 幼くして両親を亡くした少女は遠縁の医師に引き取られる。

 だが歪んだ性欲を持つその男により性的暴行を受けた少女は度重なる妊娠と中絶を繰り返し、成人となる前に子供を産めない身体となる。

 孤児であるためか家族を切望していた少女はその事に絶望し、最後は電車へと飛び込む。



 今日は粗筋を読んだだけであるが強い不快感を覚えている。

 通常の男女関係に飽いた者達がインモラルな快楽を求め、そのような者達にバーチャルによる疑似体験を提供する者も存在する。

 このような嫌悪しか沸かない物はすぐに破棄したい。

 だが妻が子供を求める切っ掛けとなった物かも知れないという予感がある。

 ……明日試してみよう。その後に違法作品として通報し処分しよう。

 深度は最低レベル。私まで影響を受けるわけには絶対にいかない。

 もしも妻がこのソフトの影響を受けているのならば、精神調整による治療も視野に入れる必要があるのかも知れない。

 だがそれは彼女を変えてしまう事になる。

 もし彼女を失ってしまったら……それが恐ろしい。




 8月24日



 ……だめだ。吐き気が消えない。涙が止まらない。

 あれは異常だ。強い。強すぎる。絶望。憎悪。消失感。羨望。救いを求める心。

 心が張り裂けんほどの強い思いが渦巻いている。

 私は最低レベルの深度だと言うのにこれほどまでの影響を受けている。




 8月25日



 帰ってきた妻をただ力一杯に抱きしめた。

 滅多に人前では愛情表現を示さない私の突然の行動に、妻とシンカは驚いた顔をしていたがかまうものか。




 9月10日



 妻の気持ちを……子を求める彼女の願いを叶えてあげたい。




 9月24日



 出生権を手に入れたい。だが方法が見つからない。

 誰かが死ななければ、出生権は発生しない。

 私が誰かを殺し、枠を一つ空けたとしよう。

 だがその空いた枠に、人類史上最後の殺人者である私の遺伝子を継ぐ子供が選ばれるわけがない。

 それに妻はそんな事を喜ばない。私の良心もそのような行いを許さない。

 もっと……もっとだ。ありとあらゆる資料を調べ、法の網をくぐり抜ける術を探すしかない。




 10月20日



 見つけた……特例事項があった。

 これを申請し受理されれば出生権が発生する。

 そして妻に出生権を与える事ができる。私の子供を産ませてあげる事ができる。




 12月24日



 存在はしていたが誰一人として申請がなかった特例事項。

 私が申し込みをしてから2ヶ月経過してようやく受理された。

 反対するであろう妻には申請した事もそれが受理された事も今も隠している。

 私の正気を疑ったのか思考心理検査が幾度もおこなわれた。

 その度に出張と偽り、家に一人残る妻に寂しい思いをさせてしまった事が気に病んでいた。


 私は妻の気持ちを叶えてあげたい。

 その為にはそれしか方法がない。

 だから選ぶ事に迷いはない。

 ……私と妻の間に生まれる子。

 愛しいのだろう。可愛いのだろう。

 しかし私には我が子を抱き上げる事も、微笑んであげる事もできない。


『生存権親子間移譲特例』


 私が死ぬ事により発生した枠を我が子へと譲る。

 私が選んだ……いや選べる選択肢はそれしかなかった。




 1月1日



 今日が私の人生で最後の日記となる。

 ふとした切っ掛けで始めた習慣であったが、まさか800年も続けていたとは我ながら呆れてしまう。

 乳幼児として年齢調整し若返り勉学に励み職を見つけ、老いて身体が動かなくなるまでその人生を歩む。

 肉体が保たなくなったなら、また年齢調整で若返り今度は別の職種と人生を歩む。

 私はそうやって生きてきた。

 シンカ辺りに言わせると私は凝り性なのだそうだ。

 一つの物をギリギリまで極めようとしているのだと。

 私からすればころころと年齢や性別、職業を変えるシンカや他の悪友達が飽きっぽいと思うのだが。

 もっともそれが世間一般では普通であり、私が変わっているというのが事実である事に異論はないが。


 

 さていつまでも記録していてもきりがない。最後の言葉を残そう。

 もちろん最後は最愛の君への言葉だ。

 本日の夕食に受精解除をする医療ナノが混ぜてあった。

 そして先ほどの行為で君は私の子を授かった。

 私が保有する全ての財産権利は私の死亡後、君に移譲するように手続きしてある。

 だから生活の心配はいらない。

 安心して私達の子を産み育てて欲しい。

 最後まで君に隠し通して死ぬ事に心苦しさを覚えるが許して欲しい。

 ……私が体験したあの少女は君の記憶なのだろ。

 なぜそんな物が存在するのか。

 なぜ太古に生まれた君がこの時代にいるのか。

 私には理由が一切分からない。ただあれは君だと、私は確信している。

 だから私は最愛の君に家族を。

 私と君の血を継ぐ子供をプレゼントしよう。

 私が贈ることのできる最後の贈り物の二つのうちの一つだ。

 もう一つはこの私の日記だ。

 日記へのアクセスコードは君に対してのみ完全開放してある。

 前半の若気の至りと呼ぶべき辺りも包み隠さず君には見てもらいたい。

 そして私を知って欲しい。覚えていて欲しい。

 このような時は私の事は忘れて欲しいと言うべきなのかも知れないが……君には、君にだけは覚えていて欲しい。



 楽しい人生をありがとう。



 最愛の妻 マイカ・キリシマへ カナタ・キリシマより

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