一章 7
僕たちはとある旅館の前に来た。
「ここにそのスパイが滞在しているんですか。」
僕たちが来たのは本当にもう倒壊寸前のボロボロで趣を感じる旅館であった。
「こういうところに滞在するのよ。そのスパイの部屋は103号室、私たちがこれから停まるのは203号室の一部屋。つまり上の階よ。」
「え?一緒に止まるのですか?嫌なんですが。」
僕は基本的に女の子と関わりがほとんどない。『下原』のせいである。だから一緒に止まるのはさすがに辛すぎる。
「いい?これは仕事なのよ?欲情してんじゃねー!ほらいくわよ。レッツラゴー!」
確かにカナディアさんの言う通りこれは仕事だ。仕事に私情を挟むべきでは無いだろう。
「ちなみにこっちには設定があるから。私達は兄妹で駆け落ちするためにこの古びた旅館に来たの。だから私は真太くんのこと『お兄ちゃん』って呼ぶから。」
その言葉を言われた瞬間に僕の影が蠢いた気がした。
*
「カナディアさん。ちょっといいですか?」
ゴロゴロとくつろいでるカナディアさんを見下ろして僕は言った。
「先ぼどこの旅館についてからやってることを教えてもらってもいいですか?」
蔑んだ目をカナディアさんに向けた。
「えっと。露天風呂入って卓球して今に至るけどそれが何?」
「僕に入り口で一緒に止まるのが嫌だって言ったときカナディアさんが言ったこと覚えてますか?」
ゴロゴロとしているカナディアさんを叩き起こしながら聞いてみた。
「ごめん。忘れたわ。」
僕はその場で盛大にズッコケてしまった。
「仕事なんだからちゃんとしろと仰いましたよね?」
僕は少しずつカナディアさんに近づいていった。
「な、なんか真太くん。目が怖いし近い。」
僕はこのとき少しだけ怒っていたのかもしれない。顔が近づきたせいかカナディアさんが僕の顔を押し退けた。
「お、お兄ちゃん。許して?」
可愛いポーズつきでそういったカナディアさんに向かいこの後説教をした。
その夜僕とカナディアさんは晩御飯を食べるために大広間へと向かった。当然スパイもいるだろうから気を引き閉めなければ……。
「もしかして上の階の人ですか?先ぼど騒がしかったですが大丈夫ですか?」
大広間へ行くとスパイのお方が話しかけてきた。スパイの人はそこら辺の中小企業のサラリーマンといわれても納得しそうな平凡な顔でとくに印象深いところもないような人であった。
「すみません。兄が激しいもんで。ねー?お兄ちゃん?」
スパイの人が苦笑いをしているがなんでしているのかわからないが明らかに引いている……。
「お二人は似ていませんが兄妹なんですか?」
僕に向かって言ったので僕に聞いてるのでしょう。ここは合わせるしかないな。
「義理の兄妹でして。」
スパイの方も納得したような顔をしている。次にカナディアさんに向かって質問をした。
「どうしてこんな旅館に?正直言いますと値段以外いいところがなさそうな気がするんですが?」
その質問で僕たちを見極めようとしているのだろうか。
「もちろん私たちでも泊まれそうな値段と言うこともありますが実は両親から逃げてきまして。この旅館ならバレにくいのでは?と、思いまして。」
カナディアさんはポーカーフェイスでそう言った。
「ここでは怪しまれるのでは?」
「逆に怪しまれそうなとこにいた方が怪しまれないかなと思いまして。あなたはなぜここへ?」
カナディアさんは言い訳というか屁理屈が上手い。
「実は仕事が安定していなくて。出張のために来たのてすがお金がなくてしょうがなくこの旅館に。あ、夕飯が来ましたよ。」
僕たちは会話をやめ食事に集中しようと思った。だが出張という言葉に違和感を持った。ここでも何かするつもりなのか。
「これ美味しそうだよお兄ちゃん!」
ハイテンションなのに設定を忘れないカナディアさんがすごいと思った。