第6話 井伊直政からの伝言
第6話 井伊直政からの伝言
「何者だ!」
「どけコラ!」
私は強行突破しようとしたが、それも遮られてしまった。
「名乗らんか!」
「…くそ、さすが井伊の家臣」
仕方ない、私は刀を抜いて井伊の家臣を斬った。
これで私も晴れておとんと同じ犯罪者だ。
他の家臣らが群がって来る…。
「女あ! 貴様…!」
私は家臣の固まりを斬って開いた。
蕾がほころぶように死体が開いて、花になる。
「…島津富久や。『とみひさ』やないで、『ふく』や『ふく』」
私は井伊直政なる死神を探した。
すると、奥の部屋で彼が奥さんらしき女性に、今まさに斬り掛からんとしていた。
「やめんか、井伊直政!」
私は刀でそこに割って入った。
「富久ちゃん危ない!」
井伊直政なる死神は必死に私を避けようとしたが、間に合わなかった。
斬られる、そう思った時だった。
刀身に赤が宿り、血液になってぱんと弾け散った。
「ちょっ…こんな時に!」
「あ…まさか!」
散った血液は集まり、蠢いて形をなしていく。
そしてじゅわんと油の跳ねるような音と共に、ふとんほどの大きさの揚げ物が出てきた。
揚げ物は井伊直政なる死神の斬撃をぶよんと吸い込んだ。
「揚刀…島津の小さいのと同じか」
「揚刀」、揚弘おじさんも自分の刀をそう呼んでいた。
「揚刀島津死神」…。
もしあの刀が死神の作った刀ならば、これと同じ魔法が出て来るのだろうか。
「逃げるぞ」
井伊直政なる死神は、私を刀ごと抱えて逃げ出した。
奥さんが殿と叫びながら追いかけて来る。
「花、井伊直政は死んだぞ! 縁は切れた!
直政は新しい伴侶と新しい人生を歩む! 直政は真実の愛を見つけた!
井伊直政からの伝言だ。確かに伝えたぞ!」
彼は振り返ってそう叫ぶと、追いかける奥さんを振り切って、
城のそばを流れる川に飛び込んだ。
私は眼鏡をなくさないように、制服のスカートのポケットにしまいこんだ。
そして前方に四角形を描き、現われた扉に流されていった。
「バカか井伊直政! 貴様は犯罪者になるつもりか!」
「いいよ、それで俺の本気が伝わるなら」
扉の内側で、井伊直政なる死神は笑って、視線を私の方に流した。
どきっとした。
そんな顔するなよ、卑怯じゃんか。
私たちはやっと一息ついて、休憩していた。
眼鏡をポケットから出してブラウスの腹で拭いてかける。
「てか、富久ちゃん強いんだね…あの人数を、しかも井伊家の猛者どもを。
さすが俺の女予定…どこで剣術習ってるの? 」
「義弘じいちゃんにずっと…」
「げっ、島津義弘かよ。そりゃ…」
英会話教師をしていた義弘じいちゃんは、昔やっていたのか剣術も得意で、
小さかった私と忠恒にも教えようと稽古をつけてくれたのだが、
忠恒はあの通りなのですぐに脱落してしまい、今では私ひとりが稽古を受け続けている。
最近は稽古もだんだん変になって来て、制服や普段着で稽古させられている始末だ。
行事に合わせてコスプレや着ぐるみでも稽古させられ、忠恒に笑われた事もある。
その時、義弘じいちゃんもコスプレや着ぐるみだったんだけど、
腕はちっとも落ちかなかったから、本物だろうと思う。
「さて、俺の本気もわかってもらえた事だし。帰りますか」
井伊直政なる死神は私に言った。
でも私は首を横に振った。
そして、彼の袖をつかんだ。
「…連れてって欲し、見たいもんがあんねん」
「何を…?」
「戦国へ、おとんの戦うとるとこへ」
「…『島津の退き口』か。富久ちゃんのおとんが人殺してるとこだぞ。
見ない方がいいんじゃねえの? 」
私はもう一度首を横に振った。
「知っときたいねや、あたしのおとんがどんな人か。
おとんがどんな罪を犯した言うんか、それが辛い事でも…」
「いいのか? 俺、泣いてる富久ちゃんにつけ込むよ?」
「あたしはそんな事で落ちる女やない」
「燃える事言うね…いいだろう」
井伊直政なる死神は扉を開けて、そこにまた指で四角形を描いた。
「行くぞ。扉出たらすぐ走って」
彼は私に手を差し出した。
私は一瞬ためらって、そして彼の手を取った。
私たちは1枚目の扉を走り出て、2枚目の扉に入ってそこを抜けた。
時間を、場所を走り抜けながら、死神という男の手を感じていた。
この人の手はおとんの水仕事に乾いた、少し繊細な手とはずいぶん違うんだな…。
戦いで負ったのか、左手の指が数本欠損しているが、
ごつくて骨張っているくせに熱も厚みもある、大きい手だ。
揚弘おじさんとも、義弘じいちゃんとも、忠恒とも違う、知らない男の手だ。
2枚目の扉を抜けて、私たちは山中を走った。
途中で馬の足音がして、井伊直政なる死神は私を森の落ち葉の上に押し倒し、
馬が通り過ぎるのを、私の腹に小さく伏せてじっと待った。
「…行ったか?」
「たぶん」
彼ははっとして身体をがばりと起こした。
「あ…ごめん! 大丈夫、襲わない! 襲わないから!」
井伊直政なる死神は、真っ赤になって否定した。
いい歳こいて、しかも死神のくせして、ガキじゃあるまいし。
私はそれがおかしくてふっと笑った。
「安心せえ、貴様に襲われっほどこんあたしがすっとろか訳なか」
「富久ちゃん…今ちょっと笑った?」
「誰が貴様に笑顔など見せるか」
「いいじゃん見せてよ、絶対可愛いはずだよ…あ、来る」
私たちは山道に近づいて息を殺した。
そこへどこかの軍が近づいて来た。
丸十字の旗を掲げている、島津軍か。
「ちょっ…義弘じいちゃん!」
軍の中に義弘じいちゃんがいた。
「あのデブは島津義弘、あれでも一応島津軍の将だ。
死んで俺と同じく天界の者となった」
「…あれ? 島津豊久おらんな」
「いるはずない、これは脱走した島津豊久が島津の退き口をぶっ潰す戦いだ。
この戦で島津豊久は自分の帰るところを完全に潰した」
「…潰して、自分の居場所を『ねお薩摩』に限定した?」




