第13話 直政に青春を
第13話 直政に青春を
まさかな、心の中で否定していると、井伊直美なる転校生はスカートのポケットから、
黒いスマートフォンを取り出して、にっと笑ってそれを私に見せた。
黒いうさちゃんのチャームが揺れる。
やっぱり…さすが変態ストーカーはひと味違うな!
死神ともなれば、姿を変えるのも自在って訳か。
「井伊直政、貴様何しに来た!」
「おっさんの姿じゃ校内には入れんからな」
「バカか貴様! しかもなんでよりによって女子!」
クラスのやつらは突然現れた転校生に注目した。
「井伊さんて言うの? すっげかわいいな!」
「どっから来たの?」
「トミヒサと知り合いなんだ?」
「あのトミヒサがやりこめられてるぞ!」
井伊直美なる転校生は、「トミヒサ」の単語にぴくと反応した。
そして、私の首に腕を横から絡めた。
「これ、俺の彼女だから。お前らあんまいじめてくれんなよ?」
俺って…今のあんたはどう見ても「男子ウケ抜群な女の中の女」だろ。
可憐な美少女の姿で何言ってもすげえ説得力ないぞ、おい。
「うおお! トミヒサて百合だったんか!」
「そりゃ男になびかないはずだ」
「井伊さん、トミヒサとどこで出会ったの?」
「どっちから告白したの?」
「あ、俺! 俺から! ひと目惚れっす、デスティニっす!」
…やばい、説得してるし、すごい溶け込んでいる。
井伊直政恐るべし。
「俺と富久ちゃんの縁は関ヶ原、具体的に言うと『島津の退き口』だね。
俺が『井伊』、富久ちゃんが『島津』だからな!」
「なるほど…! 面白いね、井伊さんて」
「井伊さんて歴女なんだ!」
先生がやって来て、井伊直美なる転校生を正式に紹介した。
何はともあれ助かった。
井伊直政が登場しなければ、あのまままた謹慎になるところだった。
井伊直美なる転校生はあっという間に、クラスに馴染んで溶け込んだ。
私が成せなかった事をいとも簡単に…。
勉強はほとんど出来ないが、体育や国語、古典はばっちりだったし、
先生によく質問をするとか、勉強そのものは好きらしい。
「いつあたしがあんたの彼女になった? しかも女子の。
てか『井伊直美』て何やねんな、その名前」
昼休みにひとりで弁当を広げていたら、井伊直美なる転校生が、
椅子を持って割り込んで来た。
「俺『直政』だし、『直子』じゃ変だよ。
あ、そういや『直美』は旧約聖書の『ルツとナオミ』がルーツなんだよ。
富久ちゃんのおかん、確か『留津』だったよね?」
「くそ…おかんとルツ記コンビか、嫌なコンビやな」
私は箸をぎりぎりと噛み締めた。
「富久ちゃんはもう俺の女になったんだよ。
富久ちゃんは俺に自分を差し出し、俺はそれを受け取った。契約成立だ。
忘れたとは言わせない、俺は言われた事はずうっと覚えてるタイプだからな」
井伊直美なる転校生は机の下で、上履きを脱いだ足を伸ばして、
私の太ももを割って開き、その奥を探った。
足の指をくねくねと動かす。
「女子ってのはいいな、きわどい事しても女同士仲良しこよしで済む。
しかも人前でも股間の膨らみを気にしなくてもいい…なんだ、もう感じてんのか?
パンツ濡れてんぞ? いいよ、最高だね」
そこへクラスの女子たちが、井伊直美なる転校生に声をかけた。
「お昼を一緒に? どうぞ、みんなで一緒に」
井伊直美なる転校生はにっこりと笑った。
女子たちは喜んで机を寄せた。
…鬼だ、絶対こいつ鬼だ。
女子たちとにこやかにおしゃべりをするその下で、足を伸ばして、
指をくねくね動かし続けている。
「トミヒサ、様子がおかしくね?」
「ああ、富久ちゃんはコミュ障だから恥ずかしいんだ」
「そっかー、そうだったんだ」
「…あっ」
「ふふ、恥ずかしいか? 富久ちゃん」
井伊直美なる転校生は、帰り道の高台の公園まで来ると、
変身を解いて、井伊直政なる死神のおっさんに戻った。
「学校て楽しいね、行ってよかった」
「ええ訳ないやろが、何ちゅ事…」
「ちょっとは俺を欲しくなってくれた? 富久ちゃんが本当にその気になったらしたげる。
俺はおっさんだから急がないよ、だって富久ちゃんはもう俺の女なんだから」
…そう言う事だよな、自分を売るってのは。
しかも相手はそれを受け取ってしまった。
本当に契約成立だ、言い逃れは出来ない。
「俺は富久ちゃんの身体が欲しいんじゃない、心が欲しい。
形だけの関係や身体だけの関係の虚しさは、自分が一番わかってる」
「あ…」
この男は井伊直政というだけあって、元戦国武将なのだ。
愛してもいない、形だけの政略結婚が当たり前の世界の男なのだ。
どれだけ側室や妾を愛しても、正妻にする事など出来ない世界の男だ。
個人教授を頼む事は出来ても、学校で友達と机を並べて学ぶ事のなかった男なのだ。
…青春。
以前、彼は「青春」という言葉を発した。
井伊直政に青春らしい青春なんてあったのだろうか。
たぶんなかっただろう、彼は戦国武将だ。
そんな戦国武将は私に青春を見いだした。
まさに今が彼の青春なのだ。
「…井伊直政、お前の青春は今か?」
「今だね…」
そう言う彼の背中が悲しそうに見えた。
井伊直政は死んで天界へ行った事で、戦国の世界から解放された。
おとんは自由を求めて戦国の世界から逃げ出し、過去の自分を捨てた。
どちらも辛かった過去から離れて、自由を信じて新しい人生を生きている。
全ては心のために。
「あたしはお前に自分の春を売った…契約が成立した以上、あたしはお前の女や。
取引した春は、あたしは、お前の青春になるか?」
この人を幸せにしてみたい、なんとなくそんな風に思った。
私は自在に変身する死神のように、どんどん変わって行く。
明日はきっと別の顔、女の顔をするだろう。
私は…。




