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第1話 富久娘ファザコン宣言

第1話 富久娘ファザコン宣言


「し、島津富久さん、俺と…その、つきあってください!」


放課後、学校を出ると校門のそばに小太りの眼鏡をかけた、オタク臭い男がいて、

私のそばにかけ寄って来て、そう言いながら手紙を渡した。


「悪いが…」


私はその手紙を破り裂いて捨てた。

紙切れが夕風に飛ばされ、流れて行く。


「そんな…! 巨乳眼鏡っ娘はおとなしく言いなりになるもんだろ!

俺の考えたイメージと違うじゃん! ひどいよトミヒサちゃん、ストーカーしてやる!」


男が私に向かって突進して来る。

私は部活へ行こうとしている剣道部員から竹刀を奪って脇に構えた。

こんな鼻息の荒いオタクは簡単だ、動きものろい。

私はオタの足に竹刀を入れ、転ばせてから腹にも入れ、喉を突いた。

伸ばした長い三つ編みも、胸にぷかぷか浮くネクタイも私について舞う。

胸が服の中で動いて痛いが、まあ仕方ない。

他の生徒たちがそんな私をじろじろと見て、ある事ない事噂する。


「おい、またまた2年のトミヒサがやってるぞ。あいつほんとオタ殺しだよな」

「巨乳眼鏡っ娘だからじゃね? オタには大人しそうに見えるんだよ」

「いくら可愛くても俺はあんな凶暴なの勘弁、トミヒサ? トヨヒサ? 知らんな」


私はオタの腹を踏んづけて、竹刀の先を噂する男子らに向けた。


「貴様ら、誰がトミヒサや! 誰がトヨヒサや! 喰らすぞ貴様!

他人の名前間違えんなやボケがコラ! 『ふく』じゃ、『ふく』!

2年1組、島津富久(しまづ ふく)。良う覚えとき!」


男子らはひっとびびって逃げ出した。

私は竹刀の先をオタに向け直し、ずれた眼鏡を親指の腹で直した。


「巨乳眼鏡っ娘なら反抗せんと、大人しい男ん欲望に言いなりならんといけんか?

島津富久は例え箱に収まってん地味にはならん! 貴様、次来たらぶち喰らしちゃる!」


私は震えて腰のあたりの地面を黒く濡らすオタを放置して、竹刀を返し、

制服のネクタイを緩め、編んだ髪を解いて、家へと向かった。

スーパーの近くで大荷物を抱えた、ホストみたいな長めの髪をした、

中肉中背の水商売ぽいおっさんを見つけ、

私は目を細めて彼の許にかけ寄り、その手から荷物を奪った。


「おとん!」

「富久、今帰りかあ?」

「今日は稽古ないしい。おとんと富久、ラブラブデートやで?」


私は父の頬に軽くキスをすると、腕を差し出した。

父の幸弘は目が良く見えない。

家でも母が大黒柱で稼ぎ、父が家事を担当している。

ずっと私のそばにいてくれて、優しくて、何でも素直に甘えられて。

私は堂々と声高らかにファザコンであると、父を愛している、そう世に宣言したい!

もうおとんが大好き過ぎる! 好き過ぎて他の男なんか見えない!

もし許されるなら、私はおとんと必ず必ず結婚するで、

おとんのお嫁さんになるで…!


「そやなあ…駅前に新しいカフェ出来た言うし、ちょと行って見よか!

おかんには内緒のデート、やで?」


父はいたずらっぽく笑った。

おとんはもういいおっさんのくせに、時々子供っぽくてかわいい。

駅前のカフェで向かいには座らず、隣に座ってべったりとくっつく。

ちょうど来合わせていた学校のやつらがまた噂する。


「おい、トミヒサが男連れてるぞ。あの最凶最悪トミヒサがべた惚れかよ」

「あれトミヒサのお父さんらしいよ」

「俺あの人知ってる。プロゲーマー集団『戦国アサシネ隊@NS_CYBERPUNK』、

大将『フライド丸』! 奥さんが漫画家の成富信なんだよ、『おいは揚丸』の」


おとんは目が良く見えないくせして、ゲームが得意だ。

最初は趣味でやっていたんだけど、今じゃ立派なプロで時々試合に出かけている。

もう自慢のおとんだよ、あいつらまで知ってるなんておとんかっこ良過ぎ!

かっこ良かあ! かっこ良かあ!


「お、そろそろもう帰らな。家庭訪問が来る日や」


しばらくカフェで甘〜いラブラブデートを楽しんでいると、おとんが立ち上がった。

そんなあ、もっとおとんとイチャイチャしたいのにい。

会計を済ませて、また荷物を持ってあげて、家路に向かう。


「…ねお薩摩がサイバーパンクん始まりじゃっど。

きれいじゃのう、なあ富久」


高台の公園を通った時、おとんは遠くに見える都心の高層ビル群を眺めて言った。

おとんはこの東京の事を「ねお薩摩」と表現する。

そして普段は関西弁で話すのに、時々マイルド関西弁になる。

おかんはおとんがよそからやって来た人と言う。

でも私はおとんの昔を何も知らない。

そんなの淋しいよ、富久はおとんの娘だよ。


家は「島津マンション」という、おかんが賃貸部分の大家をしているマンションの、

最上階の角から2番目にある。

角部屋のお隣さんも「島津」さんと言って、そこの義弘じいちゃんという、

英語の得意なデブのじいさんが、月に1度「家庭訪問」にやって来る。

島津義弘…どこの戦国武将だよ!


「…よし、今月もOKだな」


義弘じいちゃんの家庭訪問は、父の暮らしぶりを見るもので、

その様子を実家に報告しているとのことだった。

父は否定するけれど、義弘じいちゃんは私の親戚のじいちゃんらしい。

義弘じいちゃんは父の事を、実家と折り合いが悪くて家出してきたと教えてくれた。


家庭訪問が終わり、おとんが隣の島津家に行ってしまった後、

忠恒と言う義弘じいちゃんの息子の、これまた戦国武将と同姓同名の幼なじみに、

借りていた教科書を返しに行かなければと気付いた。

隣の島津家の呼び鈴を押すと、忠恒が出た。


「富久ちゃんいいところに…ちょっと宿題助けて欲し。

じゃどん今、おやっどんら話しちょるから」


忠恒は私を手で中に招いた。

足音を忍んで忠恒の部屋に入る。

私の部屋とは違ってきれいに片付いてるし、生花や可愛いぬいぐるみまで飾ってある。

相変わらず忠恒ん女子力高かかあ!

同い年の男でありながら、ちっさくてほっそりしてて、性格もおとなしくて、

何だか女として負けた気がしてならない。

マイルド関西弁で男らしさを出そうとがんばっても無駄だ、無駄!


忠恒のクラスの方が数学は遅れていたため、やった問題ばかりだった。

私たちは忠恒が出してくれたジュースを飲み、お菓子をつまみながら、

忠恒の宿題をあれこれしゃべりながら片付けていた。

途中でトイレに立つと、閉め切ったリビングからおとんと義弘じいちゃんの声がする。

うー、何話してるんだろ。


「…このまま上手く行けば特赦もありうるぞ、豊久。

お前はもう戦国の世界で犯した罪を十分償った」

「そいは困っと、おいはこんまま『ねお薩摩』んいたかと」

「いや、でもお前は流刑人の島津豊久だし、天界の命令は絶対だよ」


…聞いてしまった。

私は父の秘密を知ってしまった。

父は戦国の世界からやって来た人。

名前も島津幸弘じゃなくて、島津豊久。

そして流刑人として、天罰を受けている身…!


大好きなおとんが、私の最愛の人が罪人だったなんて。

あんな優しい人がどんな罪を犯したって言うんだ。

おとん…おとん…。


私は泣きながら忠恒の部屋に戻った。


「富久ちゃん…! どげんしたん? 何あったと?」


忠恒が立ち上がり駆け寄って来て、私の肩を抱く。


「おとんが…おとんが…」


私は何も言えなくなってしまい、忠恒の肩にもたれて泣いた。

…知りたくなかった。

だから父は過去を語らなかったのだ。

優しい人だから。

「マイルド関西弁」…関西弁より発展した独自言語

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