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アチチ砂漠あちち!後編

 アチチ砂漠はその壮絶な熱ゆえ、一匹たりとも魔物がいない。

 こいつを除いては。

 地表が爆裂する。砂塵から現れた巨影は、周囲の大気をあの太陽よりも熱していく。


「あっつ!」


 やがて見えるその姿は輝く橙色。ぼとりぼとりとマグマを垂れ落としながら、マグマ土竜は獰猛な眼で少年を捉えた。


「めっちゃ見てる! めっちゃ見てる!」

「分かったから下がってよ!」


 柄にもなく少女は本気で怒号を浴びせる。彼女もまた、焦っているのだ。行きの旅路では撃退こそしたものの、町の人々の協力や、入念な準備があったのが大きかった。


 少年は砂に足をとられながらもなんとか少女の近くまでたどり着く。背に大きな袋を背負って。


「伏せて!」


 少女が叫び、小さな窪みに二人して転がり込む。真上を熱波が駆け抜けた。


「魔銃とかねえのかよ!」

「そんなものあるわけないでしょ!」


 生命を否定するかの如き灼熱が、触れれば即あの世行きの飛び散るマグマが、少年少女にかつてない緊張を促す。

 ちらりと覗き見ると、マグマ土竜はその体積がやや減っているようにも見える。


「チャンスだ。目標どっちだ!?」

「ええ!? っと……!」


 少女はわちゃわちゃ双眼鏡で辺りを見渡す。


「西に350。向こうだ」


 冷静な一言は砂中から出てきた賢狼のものだ。


「落ち着け。そして迅速に行動するのだ」

「……おう!」

「頼んだわよ」


 賢狼は再び砂中に潜り、少年は走り出した。


「おいクソ熱野郎! こっちだ!」


 すぐさま反応するマグマ土竜。滅茶苦茶な足取りの突進が少年に迫る。その速さは圧倒的であり、少年が手ぶらでないのも相まってぐんぐんとその距離は狭まっていく。


「思ったよりこえぇ!」


 だが、突如としてマグマ土竜は盛大に転倒した。すぐさま追いかけなおそうとするも、後ろ足が固まったように動かない。


「不格好よな」


 賢狼は静かに告げ、その力を行使し続ける。巨体そのものを止めることはできずとも、動きを封じることはできる。


「流石ー!」

「無駄口を……むっ?」


 しかし、拘束状態は長く続かなかった。

 マグマ土竜は後ろ足を使わず、前足のみで動き出したのだ。その目はひたすらに少年を捉え続けている。


「嘘でしょ……なんとかならないの!?」

「これは困った」


 少女が賢狼に向かって悲痛に訴えるが、どうしようもないらしい。


「なんでそんな呑気なのよ!」

「まあ見ていろ」


 賢狼は呑気にしているわけでも諦めているわけでもなく、信じていた。

 少年と、マグマ土竜の決死の這いずりと、どちらが勝つか。


「あと、ちょっと……!」


 目標地点の印である木まで、もう少し。だが、それと同じくらい自分と離して、マグマ土竜。単純に走れば追いつかれてしまう距離。


「それなら」


 少年はおもむろに袋を逆さにした。

 するりと出てきたそれは、鉄と木でできた簡素極まりないスコップ。


「えっさ、ほいさ」


 そして何を思ったかその場を掘り出した。この間にもマグマ土竜は迫り続けている。


「何やってるの!?」

「掘っておるのだ」

「見ればわかるわよ!」


 やがていい感じに掘り終えると、少年はその穴へ飛び込む。

 すぐそばまで近づいていたマグマ土竜はそれを見て、勢いよく少年のいた場所目掛けて飛び込み掘り進んだ。


 瞬間、爆音が耳をつんざく。衝撃と砂塵。少女が思わず顔を覆った後、地鳴りのような鳴き声が辺りに轟いた。


「……っ!」


 すぐさま少女と賢狼は砂煙の中へ。すると日照りの熱とは異なる、肌を包み込むかのようなうっとおしい暑さを感じ始める。


「水蒸気……?」

「いてぇ! いってえ!」

「そこにいるの!?」


 奥から聞こえたのは少年のものだ。わりと元気そうな声だが、少女たちは急いで向かう。


「あーいてえいてえ。あ、おつかれ」

「……いや、おつかれじゃなくて……」


 大小さまざま、真っ黒な石片が沢山散らばる中に少年はいた。服は所々破け、打撲や切り傷などで体は痛ましい有様だ。


「なによ、それ……」


 思わず少女は口に出した。


「あー、爆発は大丈夫だったんだけどな。まあそんなにひどくは」

「馬鹿!!」


 綺麗なまでの破裂音が響いた。


 * * *


「正気? ねえ頭だいじょうぶ?  よくあんな真似できたわね!?」

「うるさっ!」


夜。無事マグマ土竜も討伐し、砂漠に平和が訪れたため、盛大な宴が催された。食うもの、踊るもの、寝るもの――少年と元気くんもジョッキを片手に語り合っていたのだが、少女だけは憤慨していた。


「……死んだかと思ったのよ」


 少女が心底悲しそうな顔をするので、少年は左の頬に赤い手形をつけたまま俯いた。半笑いで。


「心配するならビンタすんなよ」

「もう一回貰いたいの?」


 少年は今度こそ笑みを消し、無言でジョッキをあおった。

 結局、昨晩元気くんが思いついた作戦は、絶賛掘削中の水路にマグマ土竜を突入させて水蒸気爆発を起こすというものだった。結果として一番危ない役を買って出た少年は無事だったものの、ふつうなら死んでいただろう。


「……まあ、賢者には感謝だな」

「そうね。ていうか教えなさいよ事前に」


 実は、往路で少年は久遠の草原の賢者に加護の魔法をかけてもらっていたのだった。それは元気くんだけに教え、マグマ土竜をひきつけてそのまま爆発に巻き込まれるという流れも少女には知らせていなかった。


「絶対反対するじゃん」

「当然よ! もっと他に方法があったでしょうに」

「時間もなかったし、あん時はそれがベストだったんだよ」

「……」


 少女は不服そうにグラスの水面を見つめている。


「……まあ、もう二度としないから」

「約束よ」

「お二人さん、仲良くしてるところに申し訳ないっス」


 振り向くと、そこには筋骨隆々、健康体の元気くんが正座していた。


「別に仲良くしてなんか……」

「どうしたんだよ。そんな改まって」

「二人とも、ありがとうございましたっス」


 そして、丁寧に頭を下げた。普段と全く異なる元気くんの雰囲気に茶化す気も起きない。


「マグマ土竜を追い払うだけじゃなく討伐まで……水路が完成したら、多くの人が救われるっス。二人には感謝してもしきれないっス!」

「俺たちは俺たちにできることをやっただけだ。一人で水路を造ろうと努力してたお前の方が立派だよ」

「そんなこと……!」


 もう元気くんは泣きそうだった。

 見かねた少年は、立ち上がって周囲を見渡す。 


「さあさ今宵お集まりの皆様方! 本日の主役、水路建設の功労者たぁこの男よ! 砂にまみれ熱にやられ、それでも闘い続ける信念! その熱い意志に賛同し、工事の力になるという者はおらんかねえ!?」


 返事は明白だった。


「俺だ! 俺が行く!」

「私もよ!」

「おっしゃあ、任せろ!」

「みんなでやりゃあ、すぐ終わる!」


 男女問わず、皆が声をあげ、ある者はすでに道具を取り出し、ある者は元気くんの元へ来て励ました。


「皆さん……ありがとうっス!」


 一層の団結力とともに、砂漠のオアシスの夜は更けていった。


 * * *


 そして、にぎやかな晩餐が名残惜しくも終わり各自が帰った後。少年少女は旅の支度をしている。

 少女は今回使われなかった愛銃の手入れを済ませる。次の出番はないだろう、なんて思いながら。バッグパックを閉めて、少年の隣に腰掛ける。


「なんか、あっという間だったね」

「そうか? 俺は長かったけどな。いてっ」


 少年は破れた服の修繕に格闘している。


「貸して」


 少女はひったくるように少年の服を取り、隣でちくちく縫い始めた。


「最初に会ったときのこと、私は昨日みたいに覚えてるわ」

「ああ……それは覚えてる。うちの村に冒険者なんて来たことなかったからなあ。あー、みんな元気かな」


 少年はかつて村で過ごした日々を思い出す。村を出てからさほどたっていないはずなのに、とても懐かしい。

 そこで思い立ったかのように、少年は紙とペンを取り出した。


「ああ、忘れてた」

「なに?」

「たいしたことじゃねえけど、あんまり元気と話せなかったからさ。手紙」


 少年は時折詰まりながらも、ぎこちない文を連ねていく。


「やっぱすげえよな。水路ができたら、たくさんの人の命が救われるんだぜ? そこらへんの英雄なんかちっぽけだ」

「……そうね」


 やがて手紙を書き終え、少年はカバンから黄金バナナを取り出す。三本のうち一本をちぎった。


「あいつの枕元にでも置いてくるよ」

「ええ。びっくりするでしょうね」


 少年は足早に元気くんの家へと向かっていく。

 少女はその背を見ている。


「……君は、私が人殺しって知ったら、どんな顔するのかな……」


 少年が戻ってきたらすぐに出発する。砂漠がまた日照り出す前に草原に行かなければならない。少女は頬を伝う一筋の涙を拭った。

黄金バナナ、残り二本。

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