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底なし谷を走れ!

 「ッ……! どうなってんだよ、コレ!」


 息も絶え絶えに必死に走る影が、一つ。


 「くそッ……狼ども! いるんだろ! 出てこいよ! なあ!」


 少年は、荒い呼吸の合間に、途切れ途切れ叫ぶ。少年は谷の内部をひたすら走っていた。

 後方にいるのは、二足歩行する人型の魔物。ほのかな温かみを持つ色の肌は筋骨隆々。手には棍棒を持っている。体長は3m弱だろうか。この魔物は俗に鬼人と呼ばれるそうな。

 なおも続く少年の叫び声をかき消すように、鬼人の怒号が響く。


 「オオォォァァアアアアアアアアアッ!」

 「っせー、んだよ!」


 少年は悪態をつく。この状況は危険だ。早く挽回しなければ。 

 鬼人の棍棒は生物の骨程度なら容易く砕く。まず一対一では勝てない。だから少年は逃げ回っているのだが。少女はここにいない。少年は少女を探す為にも走り回って叫んでいる。


 「狼……! 後で……覚えてろ……!」


 ここは底なし谷。11匹の賢狼が住まう渓谷。彼らは侵入者に干渉することはなく、只傍観するのみである。


 * * *


 時は遡り。竜の川付近の村での祭を終えた少年と少女は、その日の夜の内に旅立った。あまり長居するのも村人に迷惑だろうと思ったからだ。

 もちろん村人達は迷惑だなんて思わなかったが、少女がとにかく行こうと主張するのですぐに出発することになったのだ。

 底なし谷とは、その名の通り底のない谷。谷は縦にも横にも長く、迂回することは難しい。だからといって谷に大きな橋はかかっていない。その理由は、谷に住む魔物による被害のせいだ。谷には有翼の魔物がいて、橋は建築した傍から破壊されてしまう。

 そして、二人がいま同じ場にいないのも原因の一端はそこにある。

 まず二人は揃って谷を下っていた。振り向く。忽然、少女がいない。少年の焦りは計り知れなかった。この魔物の巣窟で迷子などシャレにならない。

 そして現在である。

 相も変わらず少年はただひたすらに、唯一の相棒を探して走り回っている。

 

 * * *


 だが、少女は。

 

「いつまでこうなの?」

「無論、我がよいと言うまでだ」


 陽が差していないというのに、その洞窟には明かりがあった。湧きあがる泉が幻想的な蒼を纏い輝いている。まるで谷底とは思えない光景に、一匹の狼と一人の少女はいた。


「結構暇なんだけど。銃の手入れくらい」

「駄目だ」


 少女はふかふかのソファに寝そべっていた。狼はそれに見向きもせず、石造りの床に姿勢よくお座りしている。凛とした銀の毛並みは長く、雄々しい。

 この部屋は賢狼たちの巣穴だというのにやけに文明品が多い。それは、やはり彼らが普通の狼ではないからだろうか。


「じゃあモフらせて」


 少女は真剣な顔をして頼んだ。


「……」


 賢狼は無表情なまましばらく固まったが、背後からの視線を敏感に感じ取り、ようやく重い腰を上げる。ソファの近くまでとてとて歩き、じっと少女を見つめる。

 すぐさま少女は飛び起き、引き寄せるように賢狼を抱き寄せた。


「あー」

「まったく……同じか、彼奴も貴様も」

「あー」


 少女が賢狼の抱き心地を感じる間、当の賢狼は、少年の身を案じていた。

 少女には、他の賢狼たちが少年を探していると言っておいた。が、実際には二匹しか捜索にあたっていない。八匹は現在用があって王国にいるのだ。


「まだ見つからないの?」


 ちょうど考えを射抜かれたかのようなタイミング。齢千を超える賢狼の長と言えども、その台詞には動揺した。


「今探していると言うただろうが……」


 しかし、かすかながらそれは伝播する。


「嘘」


 少女の真っすぐな瞳が賢狼を正面からとらえる。人と狼。生きる世界は違えども、語る瞳は同じ。


「事実を言ったところで、貴様に何ができる」

「……やっぱり」


 少女は勢いよく立ち上がり荷物をとる。大股で外へ歩き出す。

 賢狼が吠えた。


「動くな!」


 ぴたりと、不自然なまでに少女の体がその場に固定される。動かすことはできない。賢狼のもつ言霊だ。

 

「解いて」

「彼奴は行燈鬼人に追われている。貴様では足手まといだろうな」

「……! じゃあ、なおさら!」

「また同じ過ちを繰り返したいのか?」


 少女の気勢は落ち、明らかな狼狽が窺える。かつて一度目に谷を訪れた時、二人は魔物に襲われ、少女のせいで少年は傷を負った節があったのだ

 意気消沈。少女は何も言わない。それを好機と見たか、賢狼は最後の押しをかける。


「彼奴はしぶとい。鬼人程度なら逃げることも可能だろう」

「……じゃあ」


 だが、少女は恭順の意を示さない。


「あなたが言ってよ。助けに」

「まだ諦めておらんのか」


 賢狼は心の内で、少女の諦めの悪さを素直に評価していた。それはとある思いにまで行きつく。


「好き者よな」

「なにが……え?」


 少女の表情が一変する。


「男女が二人、旅をしておれば必然、そうなるだろうがな」

「ちょ……」


 少女は反論しようと口を開くも、出てくるのは空ばかり。思わず俯いた。すでに言霊は解けているというのに、そこから動かない。


「可能なら我が即刻救いに行くのだがな。ここを空けるわけにもいかんのだ」

「な、なんで?」


 少女は逃げ出すかのように声を出した。話題をずらす。少しでも。


「前にも言っただろう。結界の維持のために、魔力源が必要なのだ」

「魔力源かあ……」


 そこで少女は、はたと気づく。


「それって生き物じゃないとだめ?」

「いや、強大な魔力を含むモノならばなんでもよいが……」


 じゃあ、と少女が荷物から出したのは。

黄金色に輝く、高貴すら感じられるバナナ。


「なるほど、これほどの魔力量ならば容易いだろう」

「やった!」

「だが」


 狼の瞳の雰囲気が変わった。神の御前に屹立する番兵のような。


「……だが?」


 少女は固唾を飲んで返答を待った。狼は瞑目。そして。


「やはり、自然の産物はしかるべき方法で消えゆくべきだと思うのだ」


 バナナは、相も変わらず黄金色だ。


「あんたでも食べたいのね」

「然り」

「でも四本しかないのよね」

「然り」

「二本目はないわ」

「……」


 しょんぼりと、心なしか毛並みもへなへなと、座り込む狼。


「……まあ、また取りに行ってもらえればいいだけのこと」

「ええ……?」


 バナナは魔力源となった。


 * * *


「あ、狼!」

「小僧。元気そうだな」


 ぼろぼろの少年はすぐさま見つかった。再会の感動よりも先に、狼との喧嘩が始まっているのは残念だが。

 何はともあれ、少女は一安心。出っ張った岩に腰掛け、種族の壁を感じさせない喧嘩を見守る。

 この少年は本当にしぶとい。いつまでもいなくならないような気までする。

 そんなことは無いのに。


「それで」


 急に呼びかけられ、少女は身構える。見れば、狼とヒトの喧嘩が終わっていた。ヒトの無駄ステップによる疲労が主な敗因のようだ。


「次はどこへ行くのだ?」

「えと……次は、砂漠。で、久遠の草原で、王国」

「ふむ……」


 狼は一考した。もしかして旅のアイテムでもくれるのだろうか。だとしたら冷石でも貰いたい。今度の砂漠超えは死ぬかもしれない。


「ならば、我もついていこう」


 思わぬ提案に、うれしいやらがっかり。


「そう妙な顔を作るな。我も王国には用があってな。何も旅に長々とついていくわけではない」

「や、別に王国で……」


 少女は言いかけて止まった。こんな状況で言うべきではない。ではいつ言うのか。わからない。少女は押し黙る。


「お前が仲間になってくれんなら、大歓迎」


 見かねたわけではないだろうが、少年は寝転がったまま言った。


「決まりだな」


 かくして、新たな仲間と共に、一行は砂漠を目指す。

 

黄金バナナ、残り三本。

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